第68話 王都へ向けて その壱 出立
ここは?
間違いない・・・グリム原野!
この世界で、私が最初に降り立った場所であり――凶悪な怪物にいきなり襲われた場所だった。
時刻的には夕方より前・・・
元の世界でいえば、大体15~17時に該当する感じだった。
遠目にだが、リューステール領と王国直轄領を分断する――大渓谷が確認できる。
つまり渓谷を背にし、このままひたすらママチャリで爆走すれば、いずれ王都に入ることができるわけだ。
しかし――、なんちゅーシュールな絵なんだろうか。
砂塵が吹き荒ぶ荒涼とした乾いた大地に、私1人――ママチャリに跨っている!
あまりに滑稽過ぎて、これは現実なのか! ――と、色々疑いたくなってくる始末だ。
未だ理解が追いつかない。
この理不尽なシステムに踊らされ、気付けばママチャリに跨って、別世界をこれから疾走しようとしているのだ。
今さら感がハンパないが、あまりにも荒唐無稽だ・・・笑うしかない。
しかも、街中のビルからビルへと忙しなく移動する――宅配便の配達員さんが乗っているような、リアカーを牽いた自転車だ! これは、流石にシュール過ぎる。
▽
一つ解ったことがある。
別々の世界における位置について――やはり相関関係があるのだ。
しかもそれは――どうやら逆かもしれない・・・
つまり、日本で南へと進み転移魔法でこちらへ戻ると・・・その進んだ分だけ、こちらでは北とされる方角へと進んでいるようなのだ。
姫野さんの考察が、見事当たったことになる。
私の話を基に、世界間の位置関係を考察し、根拠は解らないが確信を得ていた姫野さんが、「 できるだけこっちにおる間に距離を稼いでおこうや! 」と言い出し、宇品港と呼ばれる広島の最南に位置する海の玄関先まで移動し、そこから転移したのだ。
私たちは高級車で楽々と移動したのだが、私たちの到着よりも、一時間も遅れて宇品港に自転車を運んで来てくれたのは――組員のマツさんだった。
追いつけるはずもない車を、この宅配便仕様の自転車で、現役の極道が電力を使わず自力だけで漕ぎ、必死の形相のまま追いかけて来た姿を想像すると――失礼ながら笑いを堪えきれなかった。
「 姐さん、そりゃあんまりですよ・・・ 」と落胆していたが――
姫野さんや他の皆も大笑いしてくれたお陰で、私がつい吹き出してしまった非礼は誤魔化せたことだろう。
そして、車のトランクからリアカーに――各種酒瓶や乾き物を全て移し、転移魔法を唱えたわけだ。
関係者以外が、周囲からいなくなるのを暫く待ったのだが――
ただでさえ人目を引くアウトロー集団なので、私たちが気付いていないだけで、どこかから動画などを撮られてしまった可能性は否定できない。
転移魔法が発動しているところを撮られていたとする――
そしてその動画を投稿されてしまい、拡散したとする。
もしそうなったら・・・後々面倒なことになるかもしれない。
だが、その辺りのことを一々気にしていたらキリが無いわけだが・・・
そもそも撮られていたとしても――、「 どうせ作り物だ 」と、視聴者から一蹴される可能性が高いだろう。まぁ、希望的観測なのだが。
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ゴツゴツとした大地を、ひたすらママチャリで爆走する――というのも、なかなかの精神ダメージ(大)だった。
湿原やら草原よりかは幾分マシだとは思うが、いやはや、なかなかの悪路だった。
リアカー内の夥しい数の酒瓶が、カチャカチャと音を立て、かなり五月蠅い。
緩衝材のお陰で、割れたりすることはまずないだろうが――
アウトロー集団がせっせと箱から瓶を取り出し、一本ずつ丁寧に緩衝材を巻く姿を想像し、私はまたもや吹き出した。
――いやダメだ! 失礼過ぎる。
全ては、私のためだけに働いてくれたんだ。笑うなんて以ての外だわ。
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砂塵を巻き上げながらママチャリで爆走を続け――約一時間が経過していた。
スマートフォンは相変わらず圏外だが、時刻表示だけは、ナゼだか問題無く時を刻んでいる。
スマートフォン内の時刻は、元日本の時刻を表示したままだった。
ちなみに充電も自力で出来るように、姫野さんが手巻き式の充電器を用意してくれていた。
何時間も「 巻き巻き 」しないと、まともに通話すらできないらしく、あくまでも緊急用らしい。
姫野さんに買ってもらったお土産の中に、大量のビーフジャーキーも含まれていた。
「 ちょっとくらい食べてもいいよね・・ 」
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「 うまっ! ちょっと濃い目な塩辛さがあるけど――めちゃめちゃ美味いなこれ・・・ 」
成人してもお酒を飲む機会が無かった私は、こういった――所謂おつまみを食べることもほぼほぼなかった。
「 目から鱗だわ! こんなに美味しいなんて・・・ 」
私は停車し、跨ったままムシャムシャと貪っていた。
――む? あれは・・・砂煙か?
遥か先から、微かな砂塵が巻き上がっているのを視界の先に捉えた。
「 おっ! 遂に現地人発見か? 騎士団の連中だったら、話が早いんだけどな・・・ 」
何者かの一団が、グングンと近づいてくる。
私も必死にペダルを漕ぎ、接近を試みる。
――流石に、もうあの一団もこっちに気づいてるよな?
曲がりなりにも――百戦錬磨の私には、もはや恐怖などは微塵もなかった。
慣れというのは本当に怖いし、凄いパワーだ。
あの迫りくる一団が、こちらの世界のアウトロー集団だったとしても・・・何ら問題はない。
すでに、そのパターンの対処は脳内で完結していた。
つまり、全員どうやって殺すか――という展開を、すでに構築済だった。
▽
どうやら杞憂だったようだ。
隊商の一団が、私の眼前に迫り完全に停止した。
「 お~、どうもどうも! 王都を目指して進んでるんですが――このまま真っすぐ進めば問題ないですかねえ!? 」
私はママチャリに跨ったまま、大袈裟に両手をブンブンと振り、あらん限りの大声で叫んだ。
大型の二頭立て荷馬車二台を中心に、騎兵8人が護衛を務めているようだった。
騎兵は全員――物々しい武装で固めている。
荒野のど真ん中で、見たこともない小さな乗り物に跨る女が――大声で叫んでいる・・・
それはどう考えても異様に映ってしまうだろうが、ここは満面の笑み全開で、敵意ゼロという意思を徹底して伝えることに努めた。
暫くして――後ろに位置する二台目の荷馬車から、男性2人が降りこちらに近づいて来た。
「 何かと思えば・・・若い女性が護衛も付けず、こんな所で何をしておられるのか? ソレは何なのだ? その跨っているモノは何かね? 」
「 お~どうも! 私は春乃と言います! これは乗り物で――自力でこのペダルを漕いで推進力を得るんですよ! 今王都を目指していまして、この後ろに繋がっている箱に、王都でお世話になってる人たちに配る――お酒が入っているんですよ! 」
一気に一息で、全て正直に真実を伝えた。
誤魔化したり嘘をつく必要性がまるでない。
例えば、私の説明を受けこの人たちの気が変わって、大量の酒があるなら・・・と、襲ってきた瞬間――この一団の命運は尽きる。
ただ、それだけのことだ。
「 ちょっと待て! 乗り物だと? それに跨ったままで――どうやって進むと言うんだ? 」
「 あ~、説明するより実際走りましょう! 」
この世界の人たちにとって――未知の仕組みを口で説明するよりは、百聞は一見に如かずと思い、実際に一団の周囲をグルっと走って見せた。
「 おお、すごいな! その前後に付いている車輪を動かしているのは――貴殿の足の動きが連動しているのか? これは斬新だ! ナゼ今まで思いつかなかったのだろうか・・・運べる量は少量で限られるかもしれんが、馬や恐竜で牽かせなくとも移動できるではないか! 狭い路地が入り組む街中で重宝するだろうな! しかも、何も荷を運ぶのを目的とせずとも、1人ならば単純に移動手段として使えるではないか! 革新的だ! まさか貴殿が考案され製作されたのか? 」
――この人すごいな・・・一目見ただけで、自転車の特性と利点をほぼ完璧に把握してしまった。
「 あ、いえ、私が作ったわけではないんです 」
――これはマズイな、正直に話したことは正しかったとしても、この世界に於いて――まだ発明されていない道具に対するツッコミが来た場合の、細かい設定までは考えていなかった。
「 では、どなたから購入されたのか? もしまだ世に出ていない才能ならば――是非ご紹介いただきたい! 」
「 あ~いえ、実は守秘義務というものがありまして、言いたくても言えないんですよ・・・ 」
「 う~む、そうか・・・ならば――コレでその義務とやらを破る気にはならんかな? 」
そう言って、身なりの良い男性が懐から革袋を一つ取り出し――グイっと私の方へ差し出した。
「 ああ・・・いえ、お金を積まれても言えないんですよね 」
「 むぅ、そうか。申し遅れたが、私はリューステール領で商いをしておる者で、ミリュウネと申します 」
「 い、いやちょっと待たれよ! 何だこれは? この乗り物は何を・・・どんな素材を使って作られておるのだ!? この様な素材見たこともないぞ! 触れてもよいですかな? 」
ミリュウネさんは身を乗り出し、眼を爛爛と輝かせながら右手を伸ばした。
「 ええ、どうぞ・・・ 」
「 では失礼 」
「 これは・・・木材や石材は一切使用されていないように見受けられますが! それにこの車輪の素材は一体! これは何だ・・・何ですかこれは? 」
ミリュウネさんは縋るような眼で――強張る私の顔を直視し説明を求めてきた。
「 あ~・・・それは、私は勉強嫌いだったのでよく解っていない部分が多いんですけど、多分「 石油 」から作ったプラスチックとか、ゴムとかだと思います。あ~! 車輪部分には手を入れないで! 怪我しますよ 」
「 おお、これは失礼! しかしセキユ? どれも初めて聞く素材名ですな・・ 」
「 耐熱性や耐水性などに優れてると思います。品質も安定してますし―― 」
「 未知の素材に未知の道具! 素晴らしい・・・なんという出会いだ! 神に感謝せねば! このような僻地で、まさかこのような感動が待っていようとは! 誰が想像できましょうか! 」
ミリュウネさんは天を仰ぎ、何やら本当に祈っている素振りを見せていた。
――これはあれだな。短絡的に襲ってくる連中の方が、話が早かったかもな・・・
最近考え方が物騒になりつつある。その自覚はある。
とりあえず、この人たちをどう捌くか・・・下手なことを口走ると、質問攻めが加速しそうだ。
――安心安全な野営をするために、この人たちを利用するつもりだったのだが・・・ここは一つ乗っかるとしようか。
「 確かに! 出会いは全て特別ですからね! どうです? もうすぐ日も落ちますし、野営ついでに私が運んでるお酒を飲みませんか? 本数にはかなり余裕があるので、少しだけなら振る舞いますよ? 」
「 おお! このような未知の乗り物を所持されておるのだ。酒の方も期待してよい――と、受け取りましたが。本当に宜しいのですか? 」
「 ええ、私はお酒を飲めませんが、もし良かったらお近づきの印に―― 」
そうしてミリュウネさんの指示で野営の準備に入り、酒盛りが始まるのだった。




