第66話 プロとアマ
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殺し屋村上(偽名)は、激しく思考しつつ注意深く跡をつけていた。
――アレは、本当にあの夜、両の肺を撃ち抜いた標的と同一人物なのか・・・?
絶対におかしい・・・
西から太陽が昇るくらいに、おかしい事象が現実に起きている。
まさか影武者だったのか?
俺は影武者を殺したのか?
何をバカな! 群雄割拠の時代じゃあるまいし、画像や動画がこれほどまでに進化し、精緻になった現代で、そもそもこの俺が見紛うほどの影武者を、用意できるモノなのか甚だ疑問だ。
やはりあり得ない。
絵巻物や肖像画でしか個人の姿形を知る術がなかった時代ならば――有効な手段なのだろうが・・・
整形に何千万も掛けて顔を完璧に似せたとしても、単純に背丈や歩いている時の手の振り方など、完璧に対象をトレースすることなんぞ、まず無理だ・・・
俺がヤツの上に立つ人物だったとして考えてみる。
やはり、そこまで金と手間を掛けてまで――守り通すべき人物だとは到底思えない。
そもそも、あれだけ下準備をし標的を調べ上げ、歩き方のクセなども頭に叩き込んだのだ。
そして、寸分違わず計画通りに事を進めたこの俺が――最後の最後で見間違うはずもないだろう・・・
一体どういうことだ?
消去法でいけば、今前方を歩いているヤツの方が――むしろ影武者なのでは?
その可能性が高い気がする。
前方に廻り込んで、もう一度顔を拝みたい・・・そうすればハッキリするかもしれない。
そして隣を歩く女・・・画像に映っていた女と見て間違いないだろう。
つまり――、連日ヤツと行動を共にしていることになる。
▽
まず仮説を立ててみよう。
俺は確かにヤツを始末した。
峠に死体が残り、遅くとも早朝には発見され、通報される。
そして遅くとも昼には――、銃撃事件として報道されるはずだ。
だが、未だ騒ぎにはなっていない。
そこから考えられる可能性は・・・
ヤツの組が動き、騒ぎになる前に死体を回収した可能性だ。
さらにヤツが死亡したとなると、何か不都合が生じるため――ヤツが死亡した事実を隠すことにした。
そして、まるでまだ生きているかのように見せるために、以前から組が雇っていた代役を使っているという可能性――
それならば、連日出歩いていることの説明もつく。
あえて人目に触れるため、わざわざ出歩いている――ということになる。
何のために?
流石にそこまでは解らない。
色々考えられるが――どれも不明瞭だ。
まさか、俺を誘き出すためか?
ここまでの仮説が正しいならば、その可能性は否定できない。
もしそうなら、今俺は――まんまと術中にハマり、ヤツの尾行をするように仕向けられている、ということになる。
だが、ヤツを尾行する俺を観察する者はいない。
少なくとも、周囲二十メートル圏内では確認することはできない。
一体何なんだ・・・
全くもって納得がいかないし、結局は何も説明がつかない。
「 即死はダメだ! 死の苦しみを味わわせたい! 」という――オーダーのせいにする訳ではないのだが・・・
遅くとも二分後には死ぬだろう――と、確信しその場を離れ、最後まで見届けなかった俺の落ち度は、確かに否めない。
プロ失格と言われても言い返せなかった・・・ここまでの屈辱は初めてだ。
見届けていたならば、これほどまでの疑心暗鬼に陥ることもなかっただろう――
疑念を払拭する手っ取り早い手段は、たった一つ。
影武者の可能性が高い――あの前方を歩くヤツを始末することだ。
殺した後――、至近距離で観察すれば、整形しているかどうかは判別できるはずだ。
だが、本当にアレは影武者なのか?
あの歩き方・・・間違いなくオリジナルの――ヤツそのものなのだが。
俺の直感が、これ以上は深入りするなと訴えかけている。
だが――、プロとしてここで降りるわけには絶対にいかない。
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~広島市中区、高級焼肉店~
「 今さらなんですけど、そのメガネ・・・人のセンスにケチをつけるわけじゃあないんですけどね。そのメガネはどうしたんです? 煙が目に染みるのを防ぐためですか? 」
しっかりと焼いた肉を咀嚼しながら、姫野さんが――メガネっぽい透明なグラスをクイッと持ち上げた。
「 これか? これは強化プラスチックのゴーグルじゃわ。春乃さんに何も対策してないんか? って言われて、確かにいかんなぁ~っと思うてな。ちょっとは準備しとこうかなって 」
「 なるほど・・・この際見た目は度外視で、安全性第一ってわけですね 」
「 そうじゃなぁ。サラシの間にはかなり薄い鉄板も入れとるし、ファールカップもしとるで! 」
「 何ですか? ファールカップって 」
姫野さんはテーブルと身体の間のスペースの下方を指差し、「 ココじゃココ! 」と不敵に笑った。
「 え? 」
「 わからんか? タマを保護する防具じゃわ! 」
「 ああ、なるほど・・・ 」
女の私には理解不能な痛みのアレね・・・
「 まぁ、頭や心臓を撃ち抜かれたらどうしようもないけどなぁ。眼と腹と男の急所だけは――保護しとるんじゃわ 」
「 な、なるほどです・・・ 」
「 春乃さんがかけてくれた盾の魔法って――拳銃の弾も跳ね返してくれるんかのぉ? 」
「 う~ん、どうでしょう? 試したことないので・・・でも、屈強な男に両刃の西洋剣で斬りつけられても無傷だった人もいるので、致命傷になることはないんじゃないですかね? 」
「 おお! そりゃすごいのぉ・・・魔法ってのは何でもアリなんか 」
「 何度も言いますが、過信は禁物ですよ? 」
「 わかっとる。それより話ぃ変わるが・・・父ちゃんのことはええんか? 怪我人を治すより前に――父ちゃんの骨を何とかした方がええんじゃないんか? 」
「 ・・・・・ 」
いきなりセンシティブな話題に切り替えてきたが、姫野さんなりに――私の身の上を真剣に考えてくれているのだろう。
「 う~ん、まぁ何と言うか・・・正直実際に御骨を目の当たりにしちゃうと、死んだって事を認めざるを得なくなっちゃうので、ちょっと躊躇われるって言うか何と言うか・・・まぁ、とりあえず今はまだいいかな 」
「 そうか――、まぁ気持ちの整理がついたらワシらに言うてくれぇ! 全力で捜索するけぇ! 」
「 はい。その時は宜しくお願いしますね 」
▽
▽
~午後21時30分頃~
焼肉店を出た私たちは、寄り道をせず真っすぐ帰るつもりだった。
「 春乃さん! おそらく来たで・・・振り向くなよ 」
姫野さんは敢えて身振り手振りを強め――談笑している雰囲気を創りながら、早口で私に重要事項を伝えてきた。
「 え? マジっすか? 結構早かったな。こんなにすぐ行動に移しているとは、さすがプロってことか 」
「 ああ、予想通り外注じゃろうなぁ~。ワシを弾いた奴かどうかまでは判らんが、何人かのチームかもしれんしな・・・ 」
「 どうします? 」
「 敢えて一人になる隙を創る。先に言うとくが――春乃さんの協力に感謝じゃ! 」
「 やめてくださいよ! これから死ぬ人のフラグみたい・・・まぁ、死んでも蘇生しますけどねぇ 」
「 おう! 当てにしとるわ 」
流川と呼ばれる繁華街を抜けると、全体的に薄暗い大きな公園が見えてきた。
すでに人通りは疎らだ。
数メートル離れていても、こちらの会話が聞かれてしまう恐れがあるので、喧騒渦巻く繁華街を抜ける直前から、敢えて他愛もない――内容のないどうでもいい薄い会話を続けている。
「 ちょっと待っとってくれぇ! ちょっとビール飲み過ぎたかもしれん! 」
姫野さんは大声で陽気に叫び、電灯に小虫が群がる公衆トイレへと走って行った――
「 あー、ごゆっくり! 私はそこのベンチで待ってますね! 」
私も、敢えての大声で返事を繰り出す。
姫野さんがトイレへ駆け込んだ後を追いかけるように――、1人の男性が公衆トイレへと消えて行った・・・
――やはり殺し屋か?
私たちが尾行に勘付いたことに、気付いているのだろうか?
気付いているが、敢えての襲撃だとしたら――殺しの技術に相当な自信があるということになる。
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村上(偽名)は、数秒だけだったが――思考を巡らし可能性を考慮した。
自分の存在に気付き、誘っているようにも思えたからだ。
催したので、公衆トイレへと走った。
ただそれだけのことで、一見するとおかしな部分は無い。極自然な行動だ・・・
だが、僅かな違和感を感じる。
しかし、これ以上のチャンスはもう無いかもしれない。
このシチュエーションの稀有さが、村上の足を動かした。
▽
男子側に足を踏み入れると、ジョバジョバと不快な音を立て、標的が用を足していた。
不用心極まりない・・・
命を狙われている者の行動ではない。
人間が、最も無抵抗になる瞬間の一つだ。
もう油断も慢心もしない――
確実に仕留める。
匕首を懐から取り出し、音を殺して背後に立つ。
やはり杞憂だったか・・・これほどまでの無防備さを見せるとは。
筋金入りの極道とはいえ、やはり素人だ。
ヒタリ――
匕首を喉笛に当て、躊躇なく真横に流した。
「 うっ・・・ 」
意表を突かれた標的が呻く。
そして次の瞬間――、首元から鮮血がほとばしる!
はずだった・・・
「 えっ?! 」
気付くと村上は、強烈な右フックをまともに食らい、後方に吹き飛び壁にしこたま頭を打ち付けた。
「 ぐあっ! 」
「 な、何だ?! 」
「 大事なムスコをしまうけぇ! ちょっと待っとれや! 」
見上げるとそこには――標的が仁王立ちし、いそいそと股間を弄っていたのだ。
「 なんだ? どーなってる?! お前の身体はどーなってるんだあぁ!! 」
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