第6話 組合ハンターと親切モンスター
一夜明け、朝を迎えた。
村長さん一家を押し退けてまで泊まらせてもらったことに、妙な罪悪感を感じてしまっていた。
大隊長さんは、「 そのための中継集落ですし国庫から補助金も出ておりますので、むしろ宿泊してやったぞ! ぐらいの心づもりで問題ないです! 」と言っていたが・・・
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「 では身支度も終わりましたし、そろそろ出発でいいですか? 」
御者の兵士さんが、大隊長さんに最終確認を取っている。
「 すみません! ちょっとトイレに・・・ 」
私は出発前にトイレに行くため――皆から離れそそくさと急いだ。
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「 お待たせしました~! って、あれぇ? 」
駆け足で中央広場に戻り、皆と合流したのだが、全然知らない人たちが混ざっているのが遠目にも分かった。
「 あれ? この方たちは? 」
「 この村を中継地点として利用しているハンターたちです。どうやら仲間の一人がモンスターに攫われたらしく、我らが騎士団の者だと分かるや否や――助けてほしいと・・・ 」
アイメーヤさんが代表して質問に答えてくれたが・・・何とも困惑した表情だ。
「 わたしは騎士団第三大隊の隊長、ラグリット・ハオカーだ。お前たちは組合所属のハンターということだが、助けを求めるなら組合に頼むのが筋だろう。冷徹なようだが――、自分たちの力量も計れず無茶な依頼を受け失敗したからといって、王国の盾である我々に助けを求めるのは些か浅慮過ぎるのではないか? 」
「 返す言葉もない・・・ただ俺たちは――無謀だと知りつつも、どうしてもこの依頼を達成しなければならなかったんだ 」
カイトシールドを背中に背負い、片手剣を帯剣している騎士風の男性が、言葉に詰まりながらも何やら意味深なことを言っていた。
このパーティーは男性二人+女性一人の三人組だった。
「 大隊長さん? いくら何でも冷たすぎるんじゃ? って――あなた怪我してるじゃない!? 」
軽装で小型戦斧を両腰に下げている――戦士風男性の右上腕部に、抉られたような傷が走っていた。ポタリポタリと鮮血が零れ落ちている――
「 ああ――これくらいは何ともない・・ 」
「 いやいや! 大丈夫じゃないでしょ!? すぐに自然治癒するような傷には到底見えないけど 」
「 全治癒!! 」
問答無用で、戦士に対しいきなり治癒魔法を唱える。
眩い光が戦士を包み、みるみるうちに傷が塞がっていく。
ほぼほぼ一瞬で、傷跡すら確認できないほどの綺麗な仕上がりを見せた。
「 じょ、上位の治癒魔法!? 」
治してもらった戦士は、目を丸くして驚愕していた。
「 ハ、ハルノ殿! 今、む、無詠唱で上位の治癒魔法を・・・ 」
大隊長さん以下――こちらのパーティーメンバーも全員目を見開いて、おまけに口もあんぐりと開いていた・・・
――え? む、無詠唱? 魔法名を唱えるだけで発動するって聞いてるけど
もしかして、これは特異なことなんだろうか?
いや――皆の驚愕の表情をみるに、間違いなく特異な発動方法なんだろうな。
「 とにかく! 袖触れ合うも他生の縁って言うじゃないですか! 詳しい話だけでも聞いてあげましょうよ! 」
「 袖? 縁? う、ううむ、まぁハルノ殿がそう言われるのであれば・・・おい! 力を貸すかどうかは別として、詳細を話せ! 」
――う~ん・・・日本語のことわざ的な表現は伝わらないのかな?
言葉一つ一つは区切って翻訳されているみたいだけど。
片手剣の騎士風の男性が一礼し、話し始めた。
「 まず俺はこのパーティーのリーダーで、カノン・ヘルベルと申します。今治療してもらったこいつがウレックで――、こっちの女がコーセーと言います。それでもう1人、デュランって奴がいるんですが、先ほどの戦闘で樹人族に攫われて、そのまま森の奥に逃げられてしまい見失ってしまって・・・ウレックもまともに斧を振るえない状態だし、この状態のまま無闇に奴らの独壇場に入って行くのはあまりにも危険と判断し、一度撤退した次第です・・・ 」
「 樹人族か? ということは、この村の西に広がる【神聖なる森】だな? しかしどんな内容の依頼なんだ? わざわざ樹人族を討伐する依頼か? あの魔物どもは特段悪さをするような魔物ではなかろう? 」
「 依頼主は――俺たちが昔から世話になってる王都の商家の旦那で、その旦那の子供が男の子なんですが、ルード病に罹ってて。で――旦那が商売がてら領地中走り回って色々調べてたらしいんですけど・・・超高位の治療薬の調合方法が記載されている古い書物を手に入れたらしく 」
そこまで聞いていた大隊長さんが、もういい――と言わんばかりの仕草で手を振り口を挟んだ。
「 ――なるほどな。その薬を作るのに、樹人族の素材か何かが必要なわけか? 」
「 そうです。魔核が必要らしくて、しかも古木に限るらしく・・・ 」
「 ――またそれは無茶な話だな! そもそも神聖なる森は、神々の許可無き者は立ち入ることを許されないと口伝で伝えられている森だ。まぁ今ではそれを鵜呑みにしてる者はほとんどいないのかもしれんが。だが近隣の者でさえ、森の恵みを得るために浅い場所に入ることはあっても、古木が生息するような奥地に入ることはないと聞くが。戦闘になったと言うのなら、お前たちは奥地にまで入ったというわけだな? 」
「 ええ、あるていど奥地にまで到達した時に、運よく苗木を見つけて 」
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片手剣使いのカノンさんと大隊長さんの話は、実に興味深かった。
なにせ異世界のモンスターの話だ!
不謹慎だと頭では解っていても、何だかワクワクが止まらなかった。
アイメーヤさんが補足してくれた情報によると・・・
樹人族というモンスターは、言葉通りの自立歩行する樹らしい。
知恵もある程度あり、古木になると、驚くべきことに魔法も扱えるらしい。
さらに森の中限定とはいえ、高速自動治癒機能も備わったハイスペックモンスターなのだそうだ。
そして最も厄介なのが、「 個にして全 」というやつらしい。
つまり相手一匹だけに敵対した場合でも、下手をすると森全体の樹人族を敵に回すことになるみたいだ。
一説によれば、魔法的な思念伝達を用いて情報共有している節があるらしい。
魔核と呼ばれる、人間などでいえば心臓にあたる器官が高額で売れるらしいのだが、あまりにもハイリスクなのでわざわざ狩ろうとするハンターは皆無らしい。
そりゃそうだ・・・
近接戦に持ち込んで、物理攻撃が成功したとしても自動で修復するし、遠距離だと魔法を撃ってくる。
そして相手は一体だと高を括っていたら、気付けば凄い数に囲まれてる! なんてこともあり得るわけだ。
確かにハイリスク過ぎるモンスターだ・・・
だが基本的には無害らしい。
知恵がそこそこあり、こちらが攻撃を仕掛ければ話は別だが、ただ単に人間が森に入った程度ならば何もしてこないらしい。
それどころか――
食べられるキノコの場所や、森の中の小川まで案内してくれた――という逸話を聞くこともあるらしく、色々と伺うほどにかなり親切なモンスターだと感じた。
親近感すら覚える。
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「 で――お前たちは苗木を森から奪い、それをいわば人質にして、古木を森の外に誘き寄せたのか? 」
「 そうです。途中まで作戦は上手くいってたんですが・・・想定以上の攻撃を繰り出してきて、デュランが両手両足を串刺しにされてそのまま森の中へ 」
――苗木って何だろう?
「 苗木って何なんですか? 」
またしてもアイメーヤさんが補足してくれる。
「 謂わば樹人族の子供のようなものですね。森の中でも滅多にお目にかかれないんですけどね 」
「 う~ん、無害な親切モンスターなのに、その子供を奪って親を誘き出し、さらに殺そうとするなんて――ちょっと卑怯というか酷すぎませんかね? 」
私はつい素直な率直な感想と言うか・・・思ったことがつい口を衝いて出ただけなのだが、ハンターたちの良心に、容赦なくグサリと突き刺さってしまった感は否めなかった・・・