第58話 領都帰還
「 ここは? 」
まるで溶けて落ちてきそうな大きな夕日が眼前に迫っていた。
整備された街道が右手に確認できる。
商人の一団と思われる隊商が、街道を我が物顔で進んでいた。
「 どうやらかなり遠方に見えるアレは・・・ミルディア城のようですね。跳ね橋はまだ下りているように見受けられますが 」
巨大な城を取り囲むように街が展開されている。
中央の城は小高い丘の上に建設されているので、ここからでもその壮麗な城の姿をハッキリと確認できる。
移動中の車の中で姫野さんに色々と確認した結果、私がこちらの世界に飛ばされ――こちらの世界で過ごした時間分、元の日本でも同じだけ時が過ぎていると確信した。
逆も真なりで、元の日本での滞在時間分、こちらの世界でも同じ分だけ経過している気がする。
――しかし私のこの身体は一度死んだ肉体なのか?
私がこちらへ飛ぶ原因となった列車脱線事故は、かなりの社会問題となっているらしい。
テレビで連日特集が組まれるほどに未だ世間の注目度は高いらしい。
姫野さんに何度も確認したのだが、死亡者の身元は全員ハッキリとしているのだそうな。
身元不明の遺体などは皆無らしい。
勿論、姫野さんにはテレビで連日報道されている情報以上のモノは無いわけで――、もしかしたら一般人には知らされていない――報道されていない情報が存在する可能性があるのかもしれないが・・・
少なくとも一般人レベルの情報に於いては、私は事故死をしていないと思われた。
ナゼなら、姫野さんのスマートフォンで見せてもらった死亡者の氏名が羅列された動画には、父の名はあったが私の名前はどこを捜しても無かったからだ。
実はこの世界に降りる直前、治癒魔法効果の検証のため、デュールさんが魂の入っていない人間の肉体を用意してくれた事があった。
その時は、準備の良い超常の存在だな~、ていどにしか感じなかったわけだが・・・
もしかしたら私のこの身体? と――、最近になって疑心暗鬼に陥っていたのだ。
つまり――以前の肉体は事故で損傷し死亡してしまい、いわゆる魂だけを抜かれた状態でデュールさんに捕獲され、新たに用意されたこの肉体に捻じ込まれた上で復活し、今に至るのではないかと邪推していた。
しかし元日本の事故現場に私の遺体が無いとなると・・・
私の邪推は杞憂ということで、結局肉体もオリジナルのままこちらの世界――、というかデュールさんの下にそのまま召喚された可能性が高い。
――いや今考えるのはやめよう。考えても意味無いことだわ・・・
「 地下の洞窟内部にいたはずなのにナゼ外に? なんでお城の前に戻っているのか? 別の世界で移動した分、こちらに戻った私たちもその移動した分だけ先の座標に出現ってことなのかしら? 」
「 ここは、元のウィン大陸で間違いないのでございましょうか? 」
リディアさんはキョロキョロと辺りを見回し、不安そうに懸念を口にしていた。
「 う~ん、多分大丈夫だとは思うけど・・・デュールさん曰く並行世界は無限にあるらしいので、知り合いに会うまでは油断できないですね。そもそもなんで元の世界に飛ばされたのか? あの洞窟にいたデッカいオッサンをぶっ倒したことがトリガーになってるんだろうけど・・・意味が解らないわマジで。デュールさんの仕業のような気もするし、そうじゃないかもしれないし 」
「 また突然元の世界に飛ぶんじゃないかと戦々恐々だわ。とにかく今は領都に入ってみますか? ユーイングさんたちと合流できるかもだし、リディアさんの服も調達しないとだし・・・ 」
「 か、かしこまりました 」
私は、カインズさんから頂いた背負いバッグの中身に手を伸ばした。
あるていど乾いてはいるが、一度ずぶ濡れになってしまったため、バッグの中の革袋は未だに水分を含んでいた。
――これだけ金貨があれば何でも買える。
経済的な憂いが無いのが、せめてもの救いだわ。
「 あ、あのハルノさん・・・いや! ハルノ様! 」
後ろにいたはずのパルムさんが、突然――私の眼前に廻り込み片膝を突いた。
「 何? 急に・・・気持ち悪いな 」
「 これまでの数々の無礼を、どうか! どうかお許しください・・・ 」
「 ど、どうしたの? 急に・・・ 」
「 ハルノ様がデュール様の使徒様だと確信致しまして! もはや疑う余地が無くなったと申しましょうか! 何と申しましょうか・・・ 」
「 様が多いな! 」一応ツッコんでおく。
「 お前もやっとハルノ様の偉大さが身に染みたか! 」
リディアさんはまるで自分のことのように――、それはそれは嬉しそうに頬を緩めていた。
「 とりあえず、なんで別の世界に突然飛んでしまったのか? って謎は考えても仕方ないので保留ってことにします。いつになるかわかんないけど、シャルディア城に戻れた時にもう一度デュールさんを呼んで聞いてみます。とりあえず今は領都に急ごう! モタモタしてると日が沈んでしまう 」
「 御意! 」
▽
▽
閉店間際の服屋さんに飛び込んだ。
下着姿の長身女性を含む、ドロドロに汚れた私たち三人を視界に捉えた店の人は、目をひん剥いて驚愕し即座に嫌悪の表情を浮かべた。
「 お気持ちは分かりますが追い出さないでください! ちゃんとお金を出して買いますので! 」
こちらも即座に先手を打ち、カウンターに金貨五枚を叩きつける。
死んだ冷めた眼をしていたのに――、みるみるうちに生気が宿っていったのが、あまりにも分かりやすい反応でついクスっとしてしまった。
「 おお! これはこれは! どうぞどうぞ! ごゆっくりご覧ください~ 」
やはり金貨が放つ輝きのインパクトは絶大な効果だ。
「 リディアさん好きなの買っていいよー 」
「 は、はっ! 」
「 パルムさんも何か欲しい物あったら買っていいよ 」
「 おお! 良いのですか? 」
「 ええ、勿論 」
▽
▽
私が傍にいると無駄な気を使うだろうと考え、入り口付近の椅子に座って待っていた。
試着の後、購入した一式に着替え現れた二人の恰好は対照的だった。
貴族崩れの吟遊詩人みたいな出で立ちのパルムさんと、革製のチュニックに革製の腰巻を身に着けたリディアさん。
派手と地味。動と静。高価と安価。
「 パルムさん・・・似合ってないわけじゃないけど、何なの? その吟遊詩人みたいな恰好は 」
「 ハルノ様の従者ならば、これくらい気品が備わった服装でなければ! それに粗末な服装だとそれだけでナメられますからね! 対外的問題が生じる可能性も考慮しての結果ですよ 」
「 う、う~む、従者になってもらった覚えはないんですけどね・・・ 」
「 そんなぁ! 今さらそれはないですよ! 」
「 真の従者ならば、何時如何なる時でも身を挺してお守りできるように、わたしのような戦闘前提の服装にしなければ駄目だろう! 何なんだその帽子は? まるで貴婦人の帽子ではないか! 」
リディアさんが、パルムさんが被る羽根付き帽子のツバ部分を、片手でパシッと叩いた。
「 き、貴様! 俺は晴れてハルノ様の従者になったのだ! 王都では陛下の傍に控える音に聞こえた剣士かもしれんが――、ハルノ様、延いてはデュール様の御前では、その肩書も無意味! つまり今、俺とお前は同格と言える! 故に無礼は許さんぞ! 」
「 どの口が言っているのだ! 今迄ハルノ様に散々な無礼を働いてきたのはお前の方だろうが! それに同格と言ったな? わたしとお前が同格なはずがないだろう! 我が腰に聖剣がないお陰で、今まさにお前は命拾いしていることを努々忘れるなよ! 」
「 この筋肉女め! 言わせておけば! 」
「 はいはい、そこまでそこまで! 」
私はパンパンと大袈裟に掌を叩き仲裁を始める。
「 まず! リディアさんに対し筋肉女呼ばわりは流石に看過できませんよ? リディアさんほど剣士として絶佳で、尚且つ美麗な女性はそうはいません! 私はリディアさんが大好きなんです! そもそも私の護衛としてはリディアさんはパルムさんよりも先輩です。先輩に対し噛みつくのは、ちょっといただけないですね! 」
「 うっ、しかし・・・ 」
パルムさんは激しい狼狽を見せた。
「 そしてリディアさん! 先輩なんですから、後輩にはもっと優しく接するように! すぐに斬って捨てる的な発言もあまり感心はしませんね 」
「 うっ、も、申し訳ございません・・・ 」
神の使徒という絶対的存在から叱られたことにより、両耳を垂らしシュンとなった子犬のように――リディアさんはみるみる小さくなっていった。
「 ハルノ様! 後輩ってことは! やはり俺も、従者として認めてもらえたってことですよね? そうですよね? 」
パルムさんはリディアさんとは対照的に、尻尾を振り回し歓喜する子犬に変身していた。
「 うっ、そ、それは――、言葉の綾と言いますか・・・ 」
そんなこんなで、服屋さんの店の前でわちゃわちゃと騒いでいると――
通りの向こう側から私の名を呼ぶ声が耳に飛び込んできた
「 ハルノ様!! ここにおられましたか! 」
「 おー、ユーイングさん! これから捜しに行こうとしてたんですよ! 」
街で待機してもらっていた――、騎士団の六名だった。
「 捜していたのは我々の方ですよ! ミルディア城で一体何があったのですか? 混乱を避けるためか、まだ街の民衆には知らされていない様子ですが、城内部からアンデッドが発生しています! 」
「 え! は? アンデッド? アンデッドって、モンスターのことですよね? 」
「 はい! ハルノ様の御帰りがあまりにも遅いので、ミルディア城門前までお迎えにあがったのですが、これはあれか? 入れ違いになってしまったのか・・・待機と言われていたのに申し訳ありません 」
「 いえ、それはいいんです。ってかアンデッドって? え? どういうことです? 」




