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第57話 自販機

 カヒュー、ヒュー・・ヒュー・・・


「 ゴボォ・・ゴホォ・・・ 」


 スーツの男性は小刻みに震えながら――、激しく吐血を繰り返している。


「 ああ、肺を貫通してるのかも? こりゃ死ぬね・・・ 」


「 ハルノ様! この者はナゼ――突然あのような魔法攻撃を受けたのでしょう? 」


「 う~ん、まず魔法じゃあないんだけどねぇ~、たぶん売った買ったの喧嘩のような偶発的なモノじゃなくって、そもそも付け狙われていたんでしょうねぇ~ 」


 我々三名は、スーツ姿の男性を囲んで見下ろし憐憫(れんびん)の眼差しを注いでいた。


 大型バイクの犯人は撃った相手の最後を見届けることはせず、スロットル全開で走り去って行き、もうこの場にはいない。


「 ・・て、てめぇ――、ら! ゴボォ・・・な、な、だ? グボォ! 」


 さらに大量の吐血・・・

 数十秒後――、間違いなく死亡するだろう。


 多分さっきの犯人は、この時間この場所で犯行に及ぶことが大前提だったのかも知れない。


 こんなド田舎のこんな僻地だと、助けなんてまず来るわけがない。

 たとえ呼んでも――絶対に間に合わない。


 救急車を呼んでも間に合うはずがない。


 本来ならこの人の死亡は確定事項だ。


 だが、超が何個も頭に付くほどこの人は「 超豪運 」と断言できる。


 ってかその前に何だ? このふざけた展開は・・・

 まさか、またあの人が仕組んだ事じゃあないだろうな?


 私がウィン大陸に降り立った直後の巨大サソリ(セルケト)との邂逅も、あの人が仕組んだ謂わばチュートリアルなんじゃないか――と、私は未だに疑っている。


 勿論、本人はしらばっくれていたが・・・


 まぁいいわ――、ここで「 実行しない 」を選択することはない。私の性格上それはできない。


全治癒(オールキュア)! 」


 自販機の電飾にも負けないほどの煌めく白色光が――血反吐を吐く男性の身体を包んだ。


「 ヒュー・・カヒュー・・・え? 」

「 え? なっ? え? 」


 正に虫の息だった男性はおもむろに上半身を起こし――、私の顔をポカ~ンと下から眺めていた。


「 どうです? 完全に治ったと思いますが、ただ治癒魔法の場合――失われた血液までは元に戻っていないと思うので無理は禁物ですよ! 」


 一応お約束の文言を並べてみる。


「 は? はぁ? え? ま、魔法? えっ、魔法? 今魔法って言うたんか? お前は一体・・・え? 」


          ▽


          ▽


「 ・・・って訳なんです。まぁ信じられないとは思いますけどね。なのでもう一度言っておきますが――、ここに私たちがいたのは単なる偶然で、貴方がナゼ命を狙われたのか知りたくもないし、関わるつもりもありませんからね? 助けたのは完全なる成り行きですからね! 」


「 は~、正直説明を受けても全く信じられんが・・・ワシの身体が撃たれる前と何も変わりゃーせんのんは事実じゃ! あんたはワシの命の大恩人じゃ! 何でも言うてくれ! 別の世界からこっちの世界に飛ばされて困っとるんなら――、ワシが全面的に力になるけえ! 」


 強面スーツの男性は、胡坐(あぐら)をかいたまま鋭い眼光を真っすぐ飛ばしてくる。


 精悍なその表情は真剣そのもので、言葉では信じられないと言いながらも私の伝えたことをきちんと咀嚼し、出来る限り信じようと奮闘している様子だった。


「 ワシの名前は姫野真也じゃ! ワシに何でも言うてくれ! 何でも用意するしワシに出来る事なら何でも喜んでするでぇ! 」


「 な、何でも? 」


「 おう! 何でもじゃ! 」


「 じゃ、じゃあそのー・・・コ、コーラを飲みたいんですけどぉ、その、あの、お金が無くって―― 」


「 はぁ? わははははは! 何を言い出すんかと思うたらコーラか! わははは! ええぞ! いくらでも浴びるほど飲ませてやるわ! わははは! あんた面白いのぉ! 」


 姫野さんは立ち上がり車のドアを開け、頭を突っ込んで小さなバッグを取り出した。

 そして自販機の前で財布を開く。


 チャリンチャリンと――、小銭を連続で投入している。


 自販機の各ボタンが点灯する。


「 ハルノ様! 箱がさらに光りました! 」


「 うん、今姫野さんがお金を入れてくれたからね。点灯したボタンの一つを押すのよ。飲みたい物を一つ選んで押すの。そうしたら下の取り出し口に選んだのが出てくる仕組みなのよ 」


「 わははは! ほんま面白いのぉ! 」


 大笑いしながら、姫野さんは過剰とも言える枚数を次々と投入している。


「 お、俺も選んでいいのか? 」


 喉の渇きは癒えているはずだが、私がすごい美味しいと言ったものだから、パルムさんも飲みたくて仕方がない様子だった。


「 この外人さん二人はワシの言葉もわかるんかのぉ? あんたの日本語には反応しとるようじゃが・・・ワシには何と言うとるんかサッパリじゃわ 」


「 ああ、私の日本語は通じるんですけどね。勿論、私も彼らが何て言ってるか解るんですけど、でも多分こっちの世界の人の言葉は理解できないんじゃないですかね? 」


「 不思議じゃのぉ――、その翻訳機能も魔法の効果なんか? 」


「 ん~、厳密には魔法効果じゃあないんですけど、まぁでも魔法みたいなモノですよね 」


 私は一貫し、誰に対しても日本語しか発していない。

 そして私の脳内では、ウィン大陸の人たちの言語は全て日本語として聞こえている。


 だがこっちの世界の人からすると、リディアさんの話す言語は異国どころか聞いたこともないような言語に聞こえるのだろうなぁ、きっと・・・


          ▽


「 コーラうめえぇぇぇ! 」


 喉が焼けるように熱い!

 だがこれは歓喜の痛みだった。

 炭酸が喉を滑り落ちる時の刺激に悶える。


 リディアさんたちも炭酸に興味を示したが、流石に炭酸は未知すぎてヤバいかもしれないと思い、ウィン大陸にも普通に存在する紅茶ベースの飲料を半ば強制した。

 こちらの世界では、人工的な炭酸水の技術が確立されたのは18世紀くらいだと世界史で学んだ記憶があるが、ウィン大陸ではまだ確立されていない技術かもしれない。


「 ん~、美味しいですね! ハルノ様が焦がれるほどに欲していたのが解る気がします! 」


「 んむぅ~冷たい! 冷えてて美味い! まるで寒冷期に赴いた北方の小川で、暫く冷やしたようなそんな冷たさだな! 」


 二人とも喉を鳴らしゴクゴクと飲み干していた。


「 そんな一気に飲むとお腹壊すよ―― 」


「 外人さんたち何と言うとるんか解らんが、喜んどるんは判るわい! 」


 硬貨を投入する手を停止し、姫野さんも頬を緩めていた。


「 ただのコーラをこんなに美味しいと思ったのは生まれて初めてだわ! 」


「 ほうかほうか! もう一本飲むか? 何本でも買ってくれ 」


「 あ、いえ! もう大丈夫です。ありがとうございました! 」


「 もうええんか? ところであんた名前は何ぃ言うんじゃ? 」


「 あっ! 春乃と言います。こっちの女性がリディアさんで、こっちの男性がパルムさんです 」


「 ほうかほうか、ところではるのさんは腹空いとらんのんか? 」


「 ううっ、実はめちゃめちゃ空いてます・・・ 」


「 わははは! ほんまに面白いのぉ! 映画から飛び出てきたような超能力者じゃ言うのに――、腹を空かせた子供みとうなのぉ! 」


 姫野さんは終始大笑いしており、つい先ほどまで生死を彷徨っていたとは到底思えない・・・


 明らかにカタギじゃない男性が、スーツ姿の前面を吐血で派手に濡らしたまま大笑いしている。

 傍から見るとかなりヤバい絵面だろうな・・・


「 ほんなら車で移動しようやぁ。この先に道の駅があるけぇ。流石にこの時間じゃったら店は開いとらんじゃろうけど、パンやら菓子やらの自販機がぎょうさん(たくさん)あるけぇ。好きなだけ買うてやるわ! 」


「 うおー! マジっすか!? 惣菜パン食いてえー--!! 」


「 わはは! ほんならすぐに行こうやぁ! 」


「 どこまでもついて行きます! アニキ! 」


「 わははは! 」


          ▽


          ▽


 道の駅の駐車場に到着した。


 先ほどの自販機コーナーから車で約15分の距離だ。


 リディアさんとパルムさんの車内での様子が、完全なる「 借りて来た猫 」状態だったので、かなり可笑しかった!


 まぁ無理もない。

 移動のための乗り物だと頭では解っていても、リディアさんたちにとってみれば、こんな超スピードで移動する乗り物なんて初めてだろうし緊張するのは当たり前だ。


 無駄にただっぴろい駐車場には、姫野さんの高級車を含め三台の車のみが駐車していた。


 他二台の運転手の姿は見えない。

 車内にいるのかもしれないし、乗り合いとかで発生した単なる放置駐車なのかもしれない。


 ド田舎で、尚且つ深夜の時間帯で本当に助かった。

 パルムさんは兎も角、リディアさんの下着姿はマジでヤバい。

 昼間だとインパクトがデカすぎる。

 もしも吸い込まれた先が――、都会の街中で真昼間とかだったら・・・

 最悪の場合、即通報され即警察が飛んで来ただろう。

 考えただけで血の気が引く。


 姫野さんが指を差した――


「 はるのさんあれじゃ! あそこに並んどる自販機の中にパンとかを売っとったはずじゃ 」


 自販機が発する眩い光の方へ、吸い寄せられるように皆で歩く。


『 霊子エネルギーの喪失が規定を超えました。インターフェース確認。これより強制転移を開始します 』


 突然、脳内に――

 例のアナウンスが響き渡る。


「 う、うおっ!? まさか! ここまで来て時間切れかぁ? 」


「 どうしたんや? はるのさん 」


「 姫野さんヤバいです! 強制転移って言ってる! また別のとこに飛ばされるのかも・・・ヤバい! もう時間が無いと思う! 」


 我々の頭上に突如、またしても極小規模のブラックホールが出現した。


「 うおお! 」


「 うああ! またかよー 」


「 ハ、ハルノ様! 今度はどこへ飛ばされるのでしょう!? 」


 姫野さんは地に足をつけたままだが、我々三人はまたしても無重力状態となり、フワフワと浮かび上がった。


「 はるのさん! もしまたこっちへ来れたら、広島市の中区――白凰組を訪ねてくれえ! ワシが若頭をやっとる組じゃけぇ! そん時はこれを使うてくれぇ! 」


 姫野さんは吸い込まれる私たちに向かって、自身の財布のような物を投げつける。


「 ワシらは恩も仇も十倍返しが基本じゃけぇ! 待っとるでぇ! 」


「 わかりましたー! またねー! 私もコーラの恩は忘れないよー! 」


 私は吸い込まれる直前、姫野さんの投げた財布をしっかりキャッチしたのだった。



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