第56話 既知との遭遇
「 えええええー----!! 」
「 186石見街道、大佐スキー場まで13キロ、ええー! 日本か、ここ日本かよ! 」
街灯が一本だけポツンと寂しく立っている。
街灯の明かりの真下には、小さな虫たちが群れをなし円を描いていた。
侘しい田舎の峠道――、といった様相を呈している。
時刻は何時だろうか? もうかなり遅い時刻な気がする。
「 ハ、ハルノ様! ここは!? わたくしたちは一体・・・ 」
「 お、おい! 俺まで巻き込みやがって! 一体何なんだ・・・ここはどこだ? さっきまで洞窟内部に居たはずだが、ここは? そ、外だよな? 」
リディアさんとパルムさんは、忙しなくキョロキョロと周囲を見回していた。
「 ここは私が元居た世界ですね・・・しかも広島までって書いてある看板が立ってるってことは、ナゼだか解りませんがここは日本で――そして中国地方なのかも 」
「 か、看板ですか? あの青い・・・何か異国の文字が白い文字で書いてありますね 」
「 リディアさん読めるの? 」
「 い、いえ全く・・・文字だということは何となく解りますが、読めません。申し訳ございません 」
――な、何なんだ? この唐突な展開は! 意味不明すぎる。
かなりの田舎な気がする。夜中っぽいが、周囲に何もないのはよく分かる。
峠道なのは間違いない。
かなり離れた間隔ではあるが、等間隔に街灯が整備されている。
きちんと舗装された道路で、歩道もちゃんと造られており、見渡す限り延々と峠道が続いていると思われた。
季節は初夏ってところか? 初夏? それにしては暑い・・・
走ったりすると汗ばみそうだ。
私が事故に遭った時は六月だった。時系列的には辻褄が合うな・・・
兎に角――このまま唖然としていても何も始まらない。とりあえず移動しよう。
「 とりあえず、多分こっちが島根方面ってことだから、こっちが広島方面かな? 独断にはなりますが、広島方面に歩いて進んでみよう 」
「 はい! しかし――元の世界とは? ハルノ様は一体・・・ 」
「 ああ、色々気になるでしょうけど、またリディアさんには改めてちゃんと説明するよ 」
「 はっ! 申し訳ございません・・・ 」
リディアさんは謝罪しつつ、パルムさんの方を恨めしく睨んだ。
「 な、何だよ! しかし何でこんなに暑いんだ、ふぅ・・・ 」
パルムさんは暑い暑いと愚痴りながらも、フラフラとついてきていた。
――あ、暑い。夏なのは間違いないなこれ・・・熱帯夜ってやつか?
喉が渇いた。何か飲みたい。
そうだ! 魔法は使えるのだろうか? 元の世界に戻ったということは、魔法という特技は封印されている可能性が高い。
――とりあえず唱えてみよう。
内側に眼を向けるよりも、それが一番早い。
「 聖なる水球! 」
巨大な水球が頭上に出現した。
タプンタプンと――、保護膜の中で流動している。
「 使えるんかーい!! 」
「 ふぅ・・・普通に魔法が使えるわね 」
む? 気のせいか? いつもより一回りくらい水球が小さい気がする・・・
「 ど、どうされましたか? 」
一瞬、情緒不安定になった私を心配したのか――焦った様子のリディアさんに声を掛けられた。
「 あ、いえ、元の世界でも普通に魔法使えたなーって。ま、まぁ、確認ですよ確認! とりあえず水分補給をしましょ! 」
「 おお、助かるぜ! 」
「 お前は何なんだ! こんな時だけ調子のよい! 」
水球を見るなり駆け寄ってきたパルムさんに、リディアさんが訝しむような表情で苦言を呈す。
「 だ、だってよ・・・喉がカラカラなんだから仕方がねぇだろう? 」
「 まぁまぁ、とりあえずリディアさんも飲んで飲んで! 」
「 はっ! 有難く頂戴致します! 」
私たち三人は、宙に浮く水球に手を突っ込み――掬っては口に運んでいた。
もし自動車がここを通ったらヤバいな、とは思いつつも――渇きには勝てなかった。
だが幸いなことに、今のところまったく車は通っていない。
多分あちらが南だろうと定め、このまま暫くゆっくりと確実に歩を進めることにしたのだった。
▽
2キロほどは歩いただろうか・・・
すれ違った自動車は20台ほどだった。
中型から大型のトラックがほとんどで、一般的な自家用車は数えるほどだった。
運転している人たちから見て私たちがどう映るのか、とても気になるが・・・
幸か不幸か、わざわざ停車して声を掛けてくる人は一人もいなかった。
リディアさんとパルムさんから「 あれは一体何だ? モンスターか? 」と質問攻めにあったが、こっちの世界の馬車のような物だと説明し、一応は納得してもらった。
リディアさんはほとんど下着姿、パルムさんも鎧下装備だった。
ド深夜に、こんな田舎道を明らかにおかしな恰好で、外国人二名と日本人一名が闊歩している・・・
もし私がここを通りかかったドライバーだったとして――今と逆の立場ならどうするだろうか?
「 どうしたんですか? こんな夜中に! なんでこんなところをそんな恰好で歩いているんですか? 何か事件ですか? 」って――声をかけるだろうか? わざわざ下車してまでそれをやるだろうか?
多分やらない。
いくら治安の良い日本とはいえ、さすがに私たちは怪しすぎる!
触らぬ神に祟りなしってやつだ。
もしド深夜じゃなければだが、話のタネを作る為に、動画を撮るくらいはするかもしれないが・・・
そういえば、私のスマートフォンはどうなったのだろうか?
▽
前方に、煌々とした明かりが視界に入る。
どうやら峠道の中腹に設置された、自販機コーナーのようだ。
「 あっ、あれは! 自販機か! うおおー! コーラ飲みてえー! 」
私にスイッチが入り、ハイテンションになってしまって少しはしゃいでしまった・・・
「 ってか円を持ってねえー! 」
「 ハ、ハルノ様! この四角い箱たちは一体・・・この眩い光は魔法でしょうか? 何やら微かに唸っているような! まさか生物? ではございませんよね? 」
「 あーいえ、生物じゃないですよ。それにこの光、これは電気が生み出している光ですね。供給されてるエネルギーを使っているんです。魔法じゃないんですよ、ってか、この中には飲料水が入ってましてね、それはそれは美味しいんですが、こっちの世界のお金を持ってないので飲めないんですよね。あ~、リディアさんにも飲んでもらいたかったなぁ 」
リディアさんとパルムさんの喉元から、ゴクリという音が聞こえてきた。
「 こ、この中に? ハルノ様ですら欲する飲料水ですか? 提案でございますが、この箱を破壊してはどうでしょうか? わたくしもこの男も丸腰ですので、結局、ハルノ様の魔道の力に頼ってしまうことにはなりますが・・・ 」
「 いやいやダメダメ! そんなことしたら警察に捕まってしまう! 」
そんなやり取りをしていた直後、眩く強い光が私たちを刺すように照らした。
1台の車が自販機コーナーに入ってきたのだ。普通車のセダンだと思われた。
「 ヤバい! 二人とも隠れましょう! こんな格好を見られたら確実に不審者と思われる! 」
すでに手遅れかもしれないが――咄嗟に私たち三人は、4つ並び立つ自販機の真後ろへと駆け身を隠した。
自販機の間から様子を窺う。
どうやら――少し遅れて1台の大型バイクも入ってきたようだ。
ドルンドルンとエンジン音を轟かせ、停車したセダンの少し後ろへと続けて停車した。
「 ハルノ様・・・非常事態ですか? ナゼ隠れねば? 」
リディアさんが耳元で囁く。
私はジェスチャーで「 黙って静かに 」と返した。
セダンも大型バイクもエンジンは切っていない。
特にバイクのエンジン音が大きいので、私たちが少々囁いてもまずバレることはないだろう。
走って自販機の裏に回るところを見られた可能性は高い・・・
セダンから長身の男性が勢いよく降りてきた。
――夏なのにスーツかよ! しかもこんなド深夜に? 会社員か?
「 おいテメー! 単車で煽るとは良え度胸じゃのぉ! ワレェ! どこのモンならぁ! 誰の車ぁ煽っとるんか分かっとるんかぁ!! 」
――な、なんだ? 喧嘩か? 広島弁?
スーツ姿の男性が、後ろへ停車したバイクに跨る者へと詰め寄って行った。
バイクの運転手も、体つきから推測するに多分男性だろう。
フルヘルメットを被っているので、正確な性別までは判らない。
逆にスーツ姿の男性は、バイクのライトに照らされ――その怒りの表情までもがよく見て取れた。
バイクに跨る者が、胸のジッパーを開けて片手を差し入れた。
――このクソ暑いのにジャンパー着てるなんて、ライダーは大変だな。
と、思った次の瞬間――
チュイン! チュイン!
――え? えええー--!!
バイクの前に立ちはだかるスーツ姿の長身男性が――膝から崩れ落ちた。
――えええ! う、うそぉー! まさか撃たれたのか? 拳銃で? マジかよ・・・




