第55話 接続
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「 まさか! 逃げたのか・・・? 」
――ナゼだ?
逃げる必要がどこにある? あれほどの、魔人のような猛攻を見せておきながら・・・
そもそも猛攻から一転、我を突然隔離したこと自体が意味不明だったのだが・・・
最初から逃げるつもりだったのならば、一応は腑に落ちる。
しかしナゼだ?
逃げる意味も、必要もないだろう!
少女があのまま手を緩めず攻撃を繰り出し続けておれば、我は滅していた可能性が高い。
それは間違いない。
まさか、わざわざ自分が手を下してまで滅する価値がないと・・・
この我が、殺すまでもない雑魚だと見縊られたのか?
まさかそんな・・・
雑魚過ぎて、興味そのものを無くしたとでも言うのか?
ビビアンは今一度――、周囲を隈なく見渡した。
朱色に染まる我が住処は、いつもと同じでどこにも全く変化はない。
斬り捨てられた鎧騎士たちの残骸が、そこかしこに転がっているだけだ・・・
ゴツゴツとした岩場の空間。
身を隠せる場所は皆無。
生き残った鎧騎士2体と唸りを上げる火炎龍が、手持ち無沙汰で佇んでいる。
「 一体何なのだ? やはり矛盾だらけだな。存在自体も行動も、その魔法技術も。思考だけはかなり読みやすいと踏んでおったが・・・本当に逃走を図ったのならば、これ以上の思考は読めん! あまりにも予想外過ぎる 」
この感情は当惑だった・・・
久方ぶりだ。
このように感情の起伏が激しい一日は。
この住処に籠ってから、如何ほどの月日が流れたか・・・
今迄、我の意識は沈殿し停滞していた。
ただただ魔力の器を成長させることだけに尽力した日々。
もうすぐ、もうすぐ目標に到達すると思われた――、まさにこの時、この瞬間に現れた超常の存在。
これもまた運命というものか――、と覚悟を決めたのだがな・・・
「 我が決死の覚悟を嘲笑ったかぁ! 小娘えぇぇ!! 」
ビビアンは沸々と湧き起こる憤りを吐き出した。
「 光神剣! 」
斬ッッッ!!
宙に舞い飛ぶ回転する己の首から、真下の位置にある見慣れた胴体を見下ろした。
「 え?? 」
「 別に――、嘲笑ってはいませんよ 」
何処かから、微かにくぐもった少女の声が聞こえる。
「 な、なん、なんだ? 何が起こった!? 」
生身の人間ならば即死級の攻撃だが、魔物に身を堕として久しいビビアンにとっては、まだ何とか冷静に今の状況を分析できるダメージだった・・・
だが、手遅れの致命傷には変わりない。
絶望的な攻撃を受けてしまったことを自覚する。
「 ど、どこから? 」
無残に地に転がった自身の首の前に、少女が姿を現した。
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私が動いた途端、即座に反応した――隣に佇んでいた首なし鎧騎士を、一刀両断で破壊した。
そしてその後、私はゆっくりと鎧を脱いだのだ。
いや脱いだというよりも、ドデカい「 着ぐるみ 」から脱皮したという方が正解か?
「 どうやら音に反応するようですね。もしくはある程度の動作に反応し、襲い掛かって来るんですかね? まぁどうでもいいけど。とにかくこの伽藍洞の騎士のお陰で、これほどの距離にまで貴方へ接近することができましたよ 」
「 ってか、脱いでもまだ無茶くちゃ暑いな! あのでかい龍の所為か? 」
「 なんと! お主に倒され我が制御から外れた下僕の中に! 化けていたのか? 」
「 まさか、魔力を完全に打ち消していたのも――、全てはこの為だったのか? 」
「 くうっ、卑怯なっ! 火炎龍!! 」
地に転がる真っ青な首だけのおっさんが、声を振り絞って叫んだ。
「 命のやり取りに卑怯も何も無いでしょう? 兵は詭道なんですよ。あれは炎属性の召喚ですか・・・よくわかんないけど、水属性が効くのかな? 」
中空から炎を纏った紅蓮の龍が、私を目掛け急降下してくる!
「 聖なる水球! 」
私の頭上に現れた巨大な水球を意思の力で操作し、思いっ切り振りかぶって、急転直下で迫り来る紅蓮の龍にぶつけた!
ボジュゥゥゥゥウウウ!!
接触したそばから次々と蒸発し、夥しい水蒸気が発生する。
水圧で少しだけ動きが停止したところに、間髪入れず次を唱える。
「 聖なる稲妻槌! 」
青白い雷を纏った大槌が瞬時に現れ、停止した紅蓮龍を下から掬い上げるように、アッパーカット気味で殴打する!
バリィィィイイイ!!
バリバリバチバチと感電する轟音が空間内に響き、龍は中空でその身を歪めていた。
更に、光神剣を操作し龍の首を切断する!
「 ――な、何という猛者なのだ! ここまでの魔道士は未だかつて出会ったことがない! まるで伝説のデュール神の化身ではないか! 何という理不尽な存在なのだ! 」
「 あなたが糧とした人たちの死体――、どこにあるのです? 」
私は巨大な首を見下ろし、できるだけ冷徹に訊ねた。
「 ・・・この更に奥へ進むと水流があってな。そこへその都度流しておった。外部の森へと通じておる。運が良ければだが、綺麗な死体のまま流れ着いておるかもしれんな。だがそのほとんどが――森の生物に喰われておるだろうがな 」
「 最後に、何か言い残すことはありますか? 」
「 ・・・不思議と清々しい気分だよ。確かに手段は間違っていたのかもしれんな。別の手段で研鑽を積み、もっと早くにお主に出会っておれば、或いは・・・ふふ、もうお主が手を下すまでもないぞ。長い年月をかけて、溜めに溜めた魔力の流出がもうすぐ終わる・・・ 」
「 ん~・・・私には魔力が見えないんですよね 」
「 ははは! ――空前絶後の正体不明の強者よ! 来世で会おう! 願わくば、その時まで我が名をその記憶に留めておいてくれぃ! 」
――デ、デスラーで良いなら、覚えておくよ・・・
心の中で、しっかりと返事をした。
真っ青な首が諦めの境地で私にお別れを告げた矢先・・
突然、頭の中に声が響いた!
『 規定の魔力量を確認しました。これより調整を開始します。マスターの認識時間単位で、約15分間必要です。暫くお待ちください 』
「 え? へっ? なにこれ? 」
突然、頭の中に響いた女性のアナウンスにより、私は軽いパニックに陥った。
強風に吹かれる砂漠の砂の様に、サラサラと消えていく真っ青な首だけのおっさんは、最後の最後にあたふたとする私をその眼で捉え、何を思ったのだろうか?
「 15分? 元の世界の時間単位を、今言ったよな? 」
『 後14分43秒です。暫くお待ちください 』
「 やはり言った! と、とりあえず待ってみるか・・・ 」
▽
▽
光源魔法を用い辺りを照らしつつ、地面に三角座りをして良い子にして待っていた。
すると突然――、またしても脳内にアナウンスが流れる。
『 調整が完了し、魔力圧縮に成功しました。続いて、接続しても宜しいですか? 』
「 え? 接続? 何と接続するんだろ・・・ってか「 宜しいですか? 」って聞かれてもなぁ・・・この流れで「 YES 」以外の選択なんてできないだろ 」
「 えーっと、じゃあYESでお願いします 」
私が声に出し承諾の返事をした直後、こちらへと走り込んでくる――二つの影を確認した。
「 ハ、ハルノ様! 御無事ですか? 急に魔力の波動が掻き消えましたので、御身に何かあったのかと・・・ 」
「 ああリディアさん、こちらへ近づけるようになったってことは・・・魔力酔いとやらが起きなくなったんですか? それでこっちへ来れたってことです? 」
ほとんど下着姿のリディアさんは、隣に居るパルムさんの存在を意に介していない様子に加え、とても焦っていた。
「 はい! 濃い霧が突然晴れたように、魔力の波と言いましょうか? それがスッと突然引いた感覚がありまして、それでこちらへと急いで移動致しました! 」
リディアさんは比較的血色が良さそうだが、パルムさんは相変わらず顔面蒼白だった。
「 なるほど。変な魔物がいたので倒したんですよね。多分それがトリガーになってんだろうけど・・・私にもイマイチよく解らなくてね 」
『 転移対象3名を確認しました。これより転移を開始します。なお初回に限り、霊子エネルギーが不十分な為、滞在時間は約2時間弱となります。2時間弱が経過しますと、強制転移が発動しますので御注意ください。ちなみに、転移後3分経過で再び転移することができます 』
脳内のアナウンスが終わるや否や、眼前の中空の空間が歪み、小規模なブラックホールの様なモノが出現した。
そして次の瞬間、突然重力から解放された宇宙飛行士のように、私たちは3人とも――自分の意思とは関係なく宙に浮き始めた。
「 うおおおおお! 何だコレ! おいお前! やめろ! 降ろせ、何やってんだよ! 」
「 私じゃないって! 何なのこれは!? す、吸い込まれるうぅ! リディアさんっ 」
「 ハルノ様! じ、自由が利きません! これは一体・・ 」




