第53話 対話
「 確かに礼を欠いておったな。まずは名乗ろう――我の名はビビアンだ! 小娘よ、お主も名を申せ 」
「 はいぃ? えええ! ビ、ビビアン!? ビビアン~? その見た目で? 」
私は目が点になってしまっていたと思う。そして思わず吹き出してしまった。
ダ、ダメだ!
我慢できない!
ルッキズムは良くないが――、さすがにダメだ!
こんなモンスターまる出しの巨大で真っ青なおっさんが・・・ビビアンって!
めちゃめちゃ女性的な名前じゃん!
「 こ、小娘ええぇぇ!! 我を愚弄するにもほどがあるぞぉ! 下手に出ておれば調子に乗りおってぇ! 」
「 ぶっ、ぶふぅ! い、いや――ごめんなさい! 別に馬鹿にしているわけではないんだけど、ちょ、ちょっと、ツボにハマっちゃって・・・本当にごめんなさい! 」
「 むぅ――その豪胆さ。お主・・・外界ではどういった立場の者なのだ? 」
目尻から涙が滲む。
ここ数年間で言えば、確実に三位内に入るほどにまでツボにハマってしまった。
ちなみに、私の中でのここ数年の堂々たる一位は――
メンヘラな芸風が特徴の女性タレントが、生放送のクイズ番組に出演した際、別スタジオで見守る芸人が繰り出すトンデモ面白珍回答を――、そっくりそのままその女性タレントが指示通り口に出し、何も知らない生放送中の共演者を、その都度凍りつかせるという――秀逸なドッキリ企画が一位だ。
「 い、いや別に、普通の一般人ですよ。私の名は春乃です。しかし本当にごめんなさい。本当に愚弄しているわけじゃあないんです。これは何て言うかその、一種の脊髄反射ってやつでして・・・しかし名前か、ぶはっ! も、もう私の中では、ふひ! 「 デスラー 」か「 マモー 」の二択なんで、そのどっちかで呼ばせてください! ぶふぅ 」
ダ、ダメだ! またツボにハマってしまった!
「 ぬうぅぅぅ・・・これほどまでに虚仮にされたのは初めてだ。我が名には「 聡明なる者 」という意味合いもあるのだ! 名とはつまるところ、最も単純な一種の呪詛と言えよう! 呪詛を嘲笑するということがどういう意味を持つのか――、お主は解っておらぬのか! 」
「 いやホントにごめんなさい。ホントに馬鹿にしてるわけじゃないんです! ちょっとツボにハマると、笑いが止まらない性分でして――お許しを・・・ 」
謝罪を受けたビビアンは、少しばかり冷静さを取り戻したのか、乗り出していた上体を――後方へスッと戻した。
「 ふむ、まぁいい。お主の豪胆さに免じ特別に許してやろう。では問う! お主は贄か? それとも、我に破滅をもたらしに来たのか? 」
「 う~ん、ミルバートンとやらは、私のことも生贄として差し出したつもりなんでしょうね。私の目的は、その生贄として捕らわれた人たちを救助するためにここへ来たのです。まずはあなたのことを知りたいですね。そしてもし――私が許容し難い罪をあなたが犯しているならば・・・この私が、引導を渡して差し上げましょう 」
ビビアンは真っ青な顔面を突き出し、口端をニィ~と歪めた。
「 ふははははははは! 実に愉快だ! まるで我を雑魚扱いしておるその強者の威厳! 虚勢などでは到底あり得ないその泰然さ! やはり矛盾しておる! 小娘でありながら、百戦錬磨の気概が――お主には間違いなく備わっておる。気に入ったぞ! 大いに気に入った! 特別に何でも答えてやろう! だがその代わり、我の問いにも全て返答してもらうぞ! 」
「 ではお言葉に甘えて、あなたはここで一体何を? あなたが生贄をミルバートンに送らせているの? 」
「 如何にも、我は贄を所望し、奴が用意しておる。対価として――奴に力を与えてやったのだ。我が贄を必要とする理由は単純明快だ。魔力の瓶を肥大させ、その容量を急速に増やすためだ 」
「 容量を増やす? 」
「 そうだ! この場は魔力の波動が異常とも言える。だからこそこの場を選んだ。しかるに、お主はどうやら魔力を感じ取る能力がそもそも備わってはいないのか? そうだろう? ただ鈍感というわけではない。そもそも感じ取ることが出来ないのであろう? 違うか? 」
「 う~ん、そうですね。確かに何にも感じませんね。そもそも魔力って一体何なのか、まるで解ってないんですけどね 」
「 ふはは、そうだ! そこがまた面白い! だが意図的に隠蔽している可能性も捨てきれん。いや、詮索するのは後の楽しみにとっておこう。すまんな、またしても話が逸れてしまった。さて続きだが、まず「 魔力の瓶 」とは単なる比喩ではあるが、知的生命ならばどんな個体にでもその身に備わっておるモノだ。無論個体によって、その瓶の容量は様々だ。言うまでもなく、容量が大きい者ほど魔法技術的にも偉大だと言って差し支えないだろう 」
ビビアンはその場にドカリと腰を下ろした。
「 瓶の容量が極小の者は、魔力を浴びた折すぐに溢れてしまう。溢れた場合どうなるのか? いわゆる魔力酔い状態を引き起こすのだ。つまり、甘露な魔力を得ても我がモノとできないのだ。だが瓶の容量が底知れない者の場合どうなるか? 膨大な魔力を吸収することができ、ただそれを魔法として行使できるだけではない! ある一定の限界を超えた――その先には、次元の扉を開けることができるのだ! 我はその研究のために全てを捧げ、この場に辿り着いた。そして我は人を捨てたのだ! 」
「 人を捨てた? 」
「 そうだ。我も元は人族、転生を繰り返した賢者。だがいくら転生しても、人であるが故に、上限は必ず存在する。我はそれに気づき、人をやめ禁忌を侵し魔物となった。だが後悔はしておらん! 後もう少しだ。上限をさらに肥大させ、この身にさらなる魔力を注げば、我は次元を超えることができる! さらなる高みへと昇華できるはずだ! 高次元の存在として――この世に君臨することができるのだ! 」
「 御高説痛み入りますが、正直よく解りませんね・・・その研究のために生贄が必要だと? そう言いたいの? 」
「 そうだ! 本来ならば弛まぬ研鑽を積み、決死の修行に身を投じ、瓶の容量を増やすことになるわけだが・・・最も手っ取り早い方法は、魔力を保有する個体の精神体を喰らうことなのだ。特にお主のような若い女が尚良い―― 」
「 つまり、あなたがそのよく解らない高尚な研究を突き詰めるためだけに、私が捜している人たちを殺したと? そういうことですか? 」
「 そうだ。亜人どもは我が研究の糧となったのだ。その死は決して無駄ではない。故にお主が怒りに震えることはないのだ 」
「 怒り・・・怒りか――、それはちょっと違うかな。だけど、あんたがこの世に存在してはいけない者だってことはよく理解したよ。「 悪 」とはまたちょっと違うのだろうけど、自身の欲求のためだけに、他者の幸せを奪うのは見過ごせない! やはり――私がキッチリと引導を渡そう・・・ 」
「 何を言っておる! 我の見立てでは、お主も超常の存在だろう? 違うか? 我には解るぞ。ならば我の存在も許容できるはずだ! それに他者の幸せと申したが・・・お主たち人族も、日常的に家畜を殺し喰らっておるだろう? それと何が違うと言うのだ? 何も違わんだろう? 」
むうぅ、確かに・・・
豚や牛から見れば、人間は非道極まりない大量殺戮者と言えるだろう。
最初から食べる目的のみで大量飼育し、丸々太らせた挙句に容赦なく殺す――
そして肉塊にして食べる。
中には、マズいと捨てる者さえいる始末だ。
多くの人々は、そこに感謝が伴えば赦される行為だと信じて疑わない。
確かに・・・人は利己的だ。
この眼前の魔物の言うことにも一理ある。
だが、それでも!
やはりこのまま放ってはおけない。
少なくとも、今ここで止めることには意味があるはずだ。
これ以上の犠牲者を出させない――、という意味が・・・
私はブンブンと頭を振り、雑念を振り払った。
「 あなたの疑問は、私の全身全霊の魔法でもって――、お応えしましょう 」
「 ふはは! 対話はもう十分か? やはり面白い! 我との魔法戦を望むとは、だが確かに――お主の言う通りだ。我も望むところよ! お主という存在をより知るためには、実際の対話よりも、まずは魔法で話をするべきだな! 」
ビビアン改め「 デスラー 」もしくは「 マモー 」は、ゆっくりと腰を上げたのだった。




