第51話 死闘の予感
ドボオォォォォォン!!
「 ごぼおぉぉぉぉぉおおお!? 」
――みぃ?! 水? す、水中?
――う、上! 上に、上へ、真っ暗! 真っ暗の水中! 怖すぎる!
「 ぷはぁぁぁあああ! 」
モグラたたきのモグ頭のように、ピョコンと水面から頭を出した。
肺の底まで空気を吸い込む、何だか淀んだ空気だった・・・
小刻みに揺れる小波を目の端で捉えた。
暗い! 得体の知れないモノが真下から襲って来る恐怖・・・見えない恐怖。
水分という不定形の拘束具に、首から下が全て捕らわれているこの感覚、マジで怖すぎる・・・
少し離れた所だと思うが、右手の方からバシャバシャと水面を叩く音が聞こえてきた。
「 はっ! リディアさん? リディアさん! そこにいるの? どこ? 」
「 ハ、ハルノ様ぁ! お、お助けください! うっ・・っぷ・・・うぇうっ 」
バシャバシャと慌ただしい音の方向へ、平泳ぎでスイスイと進んだ。
「 ハルノ様! わたくし、うっ・・うう、お、泳げない、およげ、ううっ 」
「 待ってて! もう手が届く! 」
かろうじて頭を出しているリディアさんが視界に入った。
肩を掴み、こちらへと引き寄せる。
「 私の首に後ろから両手を回して抱き着いて! 」
「 は、はひぃ! 」
ほぼほぼヘッドロック状態だったが、私を浮きにして抱き着くことにより、幾らか冷静さを取り戻した様子だった。
「 すみません・・・わたくし泳げないものでして 」
「 はっはははっ! リディアさんの弱点を知ってしまったわ! 」
「 面目次第も御座いません・・・ 」
「 とりあえず軽装とはいえ、泳げないなら鎧を外した方がいいかもね。片手で私を掴んだまま、片手で脱げる? 」
「 は、はい、やってみます! ・・・すみません、そのまま動かないでください! 」
真後ろから、カチャカチャと鎧を外す静かな音が連続して聞こえてきた。
私としては、兎にも角にも真っ暗な水中からの攻撃が怖い・・・
たとえ小型であっても、水中生物が棲息していないことを祈った。
心拍数が上がり、呼吸の荒くなったリディアさんの吐息が、首筋にかかってくすぐったい・・・
「 お待たせしました、幾らか身軽になりました! 」
リディアさんは上半身の鎧を剥ぎ取り、水中で手放したようだった。
「 うん、鎧がちょっと勿体ないけどねぇ、そんなことも言ってられないからね。とりあえず水中から何らかのモンスターっぽいのが襲ってきそうで、無茶くちゃ怖いわ・・・とにかく視界の確保だね 」
――とりあえず明かりが欲しい!
「 聖なる光球! 」
「 まっ、まぶしっ! さすがにこの至近距離だと眩しすぎる! もうちょい離すね 」
私は眩い光球を意思の力で操作し、上へ上へと高度を上げていった。
「 しっかしまさか落とし穴とはね・・・さすがに予想だにしてなかった、不覚だわ 」
ゴツゴツとした岩肌が、四方から迫るかの如く視界に飛び込んでくる。
洞窟? 洞穴? 地底湖? 上空に舞い上げた光球の光量が凄すぎて、逆に上部のその先がよく見えなかった。
――いや、今は落ちてきたここまでの動線軌跡よりも、どこかにあるはずの陸地を探さねば・・・
▽
進行方向のその先に、水先案内人の体で光球を進ませた。
▽
「 おっ! 岩場はっけーん! とりあえずあの岩場に登ろう 」
「 はいっ! 」
どうやら城の地下に拡がる地底湖なのかもしれない。
――つーかどーゆー設計してんだろうか?
地底湖の上に城を建てるとか正気か?
後々利用できるかもしれない――とか考えたのかもしれないけど。
実際に利用してるしな。
もしくは、当初――単純に水源の確保が楽! とかって発想だったのかもしれないが、いやしかし、建築設計的には大丈夫なんだろうか? 建築関係は完全なるド素人なので全く解らないけど・・・
とにかく、本当にここが地底湖ならば脱出できるかもしれない!
一縷の望みが出てきた。
ミルディア城の東側には――見渡す限りの美しい森林が広がっていた。
遠目に確認しただけだが、それは間違いない。
ここが地底湖ならば、東側の森林のどこかに洞窟の一部が間違いなく繋がっているはずだ。
つまり、東側を目指せば出口が存在する可能性が高い!
だけど方角が――どっちがどっちなのか・・・全くもって解らない。
「 とりあえず水の中から抜け出せただけでも一安心だわ 」
「 はい、全くもって同感です! 」
光源で先々を照らしつつ、一歩一歩踏みしめ、安全を確かめながら岩場を進んだ。
リディアさんは――ほぼほぼ下着姿だ。
ビショビショに濡れているせいで、下着が肌に貼り付いていて妙に艶めかしい。
私のチュニックも、水分を含んでかなり重い。
「 ハ、ハルノ様!! 」
リディアさんに突然左腕を鷲掴みにされて、さらに力を込めたその大きな手に引っ張られた。
そして、私の脚は強制的に停止させられた。
「 何? ビックリした・・・何かあったの? 何にも見えないけど 」
「 へっ? 」
リディアさんは珍しく素っ頓狂な声を上げた。
「 え? 何々? 一体どうしたの? 」
「 え? ハルノ様は何も御感じになりませんか? この膨大な魔力を・・・ 」
――魔力? う~ん魔力? 正直ソレが何なのかさえ理解できていない。
「 いえ全く、全然何にも感じませんが 」
「 え? この先にとんでもない魔力を感じますが・・・とにかくわたくしはこれ以上進むと、酩酊状態に陥るやもしれません。俗に言う魔力酔いってやつです。それほどまでに強力な魔力の波動です 」
「 えええ・・・私やっぱおかしいのかな? 全く何にも感じないけど。そもそも魔力がどんなモノなのかさえ、正確には理解してないんですよね 」
「 さ、左様ですか・・・しかしあの参謀の捨て台詞が気になります。生贄だとか何だとか、もしかするとこの先に――わたくしたちを捕食する存在が待ち構えているのでは? 命を絶つのが目的で落下させたのではなく、わたくしたちを生贄として差し出すためなのは明白かと! 故にこれ以上進むのは危険です! 」
リディアさんは、その美顔に焦燥感を滲ませていた。
これ以上進むと本当にヤバいということは――、その表情からもよく理解できる。
だが――
「 引き返してもそこにあるのは地底湖だけだよ! 光源を操作して視界を確保したとしても、泳いで別のルートを探す方が、私にとっては怖いよ。とにかく水中で襲われるのだけは勘弁してほしい。怖すぎるよ。しかもリディアさんは泳げないんだし、選択肢はもう無いでしょ? 」
「 か、返す言葉もございません・・・ 」
リディアさんは恥じ入るような――忸怩たる表情だった。
私は子供の頃に何度も観た、巨大なサメに襲われるやつとか・・・巨大なタコに船ごと襲われる映画のワンシーンを脳裏に映し出していた。
大海原と狭い地底湖では、比べるまでもなく規模が全く違うわけだが、しかし規模の問題ではない!
とにかく水中から突如襲われるのだけは嫌だ! 絶対に!
間違いなくパニック状態に陥る自信がある。
それだけは絶対に避けたい。
▽
ドボオオオォォォー--ン!!
「 ぷはぁ! だ、誰かー! 助けてくれー! 誰かー! 」
先ほどまで私たちが浸かっていた湖方面から、激しく水中へと飛び込む音が響き、さらに数拍おいて男性の悲鳴が洞窟内を駆け巡った。
まぁ――どうせあの人だろうな。
▽
「 ビックリしたわ! この声、あの人も落とされたんだね 」
▽
「 た、助かった、いや助かってねぇ! お前たちに手を貸したお陰でこのザマだ! どうしてくれんだよ! 」
「 まぁまぁ、首を刎ねられなかっただけでも良かったと思いましょうよ。まだ私たちは生きてる。それは紛れもない事実なんですから! 」
「 ふざけんな! ここからどうやって生きて出るんだよ! あいつは生きて――、いや、死んでも脱出できないことが分かり切ってるからこそ、わざわざこんなとこに落としたんだろ! 」
苛立つパルムさんに、心の全く籠っていない安っぽい励ましの言葉を掛けたが、完全なる逆効果だった。
「 おい貴様! 言葉に気を付けろ! 誰に口を利いていると思っているんだ! 」
「 うっ・・・ 」
私には強気なパルムさんも、ナゼだか分からないが、リディアさんには妙にしおらしい。
「 まぁまぁ、とにかく前に進むしか選択肢は無いんですから、脱出できると信じて進みましょうよ! 」
▽
「 おえぇぇぇえええ・・・ 」
「 貴様ぁ! ハルノ様の御前で嘔吐するなど、神を冒涜しておるのか! 恥を知れ! 」
「 ううぅ・・そ、そんなこと言ったって、あんたは平気なのか? こんな魔力、これ以上進むなんて生身の人間にできるのか? 」
「 うっ・・・ 」
ビチャビチャと胃液をブチ撒けたパルムさんに対し、リディアさんが即座に激高したのだが――、そのリディアさんでさえも、顔面蒼白で今にも吐きそうな様子だった。
「 ほらぁ! あんたも俺と似たようなもんじゃねぇかぁ! それにしたって、一体この先に何があるってんだ? 何なんだこの魔力量は! と言うか何でお前はそんなに平然としてるんだよ・・・本当にお前――タダ者じゃねぇな 」
どうやら洞窟の通路の先――、右へ右へとゆるやかに湾曲しているその先に、何かがあるのかもしれない。
浮遊する光源を、スイスイとお構いなしに進ませた。
「 2人はここで待ってて! これ以上はキツいんでしょ? 」
「 し、しかし、御一人では危険です! わたくしにお任せください! もし何者かが潜んでおり、先制攻撃を繰り出してきても、初手の攻撃はわたくしが盾となり受け止めますので! 」
「 ダメだね却下! それに盾役としての硬度だけで言えば、多分私の方が上だよ! とにかく様子見て来るから、2人はここで待機してて 」
先行させた光源をかなり遅れて追いかけるように、通路のその先へ、私1人だけが駆け出した。
この先にゲームなどで言うところの――、生贄待ちのレイドボスみたいな存在が鎮座しているのだろうか?
私は魔力とやらを微塵も感じないが、もし何かがいるとしたら、ソレはリディアさんたちが吐きそうなほどに感じてしまう――膨大な魔力とやらを内包した強大な存在なのだろうか?
後退はない。進むしかない。
進路を邪魔する存在がいるのならば、兎にも角にも排除するまでだ!




