第5話 王国管理の村へ
私は今、馬車に揺られている。
――いや待て! 馬車? これって馬車じゃないだろ?
どこからどう見ても馬ではない。
トリケラトプスのような立派な二本の角を備えた、恐竜のような生物が牽いている。
タウルスと総称される草食動物で、性格は極めておとなしいそうな。
ちなみに大隊長さんは、「 輸送車 」という言葉を使っていた。
言葉の謎は解明できていない。私自身もウィン大陸語とやらを話しているらしい。
しかしナゼ私にだけ日本語に聞こえ、そしてウィン大陸語として発音できているのか?
全く理解できないが、もう深く考えるのは止めにしたのだ。
考えたところで何も変わりはしないし、受け入れるしか選択肢がないからだ。
それから相手の唇の動きを見ていると、明らかに日本語を話している動きではなかった。
意識を研ぎ澄まして観察すると・・・もう違和感しか残らないので、できるだけ唇の動きは見ないように心掛けている。
逆に周りの人たちは、私の日本語の発声に伴っているであろう唇の動きに、違和感は覚えないのだろうか? ・・・と、これまで何度も気になったが、今のところ不審に思われている様子はなかった。
▽
「 ハルノ殿、とりあえず移動は日中のみ短時間行います。王都まで二日~三日かかりますが、無理せず日が落ちたら最寄りの村にその都度宿泊する予定です 」
「 了解です 」
大隊長ラグリットさんと第二小隊所属のアイメーヤさん、御者を務める兵士さん、侍女のマリアさん、そして私という五人パーティーだ。
「 そーいえばアイメーヤさんの小隊って、グリム原野で調査中にセルケトに襲われたんですよね? 単なる好奇心で聞くんですけど、何の調査をしてたんですか? 」
「 ああ、ウィルム族の目撃情報がポツポツと入ってきてましてね。原野に「 地獄の裂け目 」って呼ばれているクレバスがありまして、そこを出入りしているって目撃情報なんですけど――その調査ですね 」「 で、ウィルム族に出会う前にセルケトに襲われたわけですが・・・セルケトの生息範囲からは大きく外れている場所だったはずなので、油断してたんですよね 」
「 なるほー、ってかウィルム族って何なんですか? 」
「 え? ああ、まぁ一言で言えば真龍ですね。人間ほどではないと言われていますが、ある程度の知恵もあり、属性ブレスを吐く強靭なモンスターです。とはいえテリトリーに無断で侵入するか、こちらから攻撃しなければ、向こうからはまず襲ってはこないと言われています。セルケトのような問答無用で襲い掛かってくるモンスターの方が個人的には恐ろしいですね 」
「 へぇ~、龍かぁー! 強そうだなー 」
「 ははは! セルケトを易々とお一人で討伐された賢者殿なら、ウィルム族だとしても1匹程度ならば物の数ではないかもしれませんね! 」
私とアイメーヤさんの会話を黙って聞いていたラグリットさんが口を開いた。
「 そういえば、ハルノ殿はどんな魔法を駆使しセルケトを倒されたのですか? 」
「 ん~・・・まずは炎系で攻めたんですけど、巨体を活かしたプレス攻撃を仕掛けてきましてね。思わずハンマーの魔法でぶん殴っちゃいました。それで何とか撲殺できましたね 」
「 ハ、ハンマーの魔法? それは、魔法で創り出した武器で攻撃したってことですかな? 」
「 そうですね! 雷を纏った大槌ですね 」
「 え? は? か、雷? いや失礼した・・・どうやら、わたしどもの理解の範疇を超えている魔法のようですな・・・ 」
「 う~ん、でも今回否応なしに戦闘に突入しましたけど、今となっては良い経験だったと思えますね。本物の経験値といいますか・・・たった一回の戦闘ですが、自分にとってはかなりの自信に繋がりましたので 」
「 ふむ。我ら騎士道を探究する者たちの中にも覚醒する者が偶におりますからなー。訓練も大切だが、それだけでは絶対に越えられない壁を、たった一度の命の奪い合いを経験する事によって簡単に越えて行く者を何名か見てきました 」
「 へぇ~、何だか深いですねー。やっぱ本質的な強さって、結局精神の強さに因る部分が大きいのですかね~? 」
「 そうですね。忠義と信念、そして矜持。無論我らとしては、強靭な肉体が基礎にあってこそ折れることのない精神が宿るという教えですがね 」
▽
砦を出発してどれくらい経っただろうか?
こちらの世界の人たちは、時間に対する意識があまりにも適当だ。
今何時くらいなのだろう? ――と、常に気にしている自分の方がおかしいと思い始めていた。
▽
薄暮の時間となった。
完全な闇となるにはまだ時間がありそうだが――、もう少し進むと村があるらしいので、今日はそこに宿泊することになるらしい。かなりゆっくりな進行速度だ。
もしも獣人連合軍や他国に攻められて最南のリューステール領が陥落し、さらにグリム砦も陥落した場合――自国難民や敗走兵はもはや王都まで撤退するしかないわけだが、撤退時に補給ポイントを確保するため、等間隔にそれなりの規模の村を作り移住者を募って住まわせて今に至るらしい。
だが完全なる撤退の際、その後侵攻してきた敵軍に有効活用させないために、自軍の利用が終わった直後に村ごと焼き払う取り決めもあるそうな・・・
有事の際という極めて特殊な状況下とはいえ――焼き払う事が前提の村で暮らすのって、どんな気分なのだろうか?
「 見えてきました! もうすぐ到着します~! 」
御者の兵士さんが大声で叫んだ。
▽
村の防護柵が見えてきた。結構立派な防護柵で囲われた小規模集落だった。
「 村側に前もって来訪を伝えているわけではないので、まずは俺が村長に話をつけてきますね! 」
そう言って客車部分から飛び降りたアイメーヤさんは、村へと駆けだして行った。
待つ事15分(体感)程度――
そんなに急がなくてもいいのに、アイメーヤさんが全力で駆け戻ってくる。
「 はぁはぁ、すみません~、お待たせしました! 宿泊自体はもちろん了承をもらったんですけど、ただ王都の組合所属ハンター四名が、依頼の関係で村を利用しているらしいです。とりあえず事情を説明して大隊長もいるって伝えたら――村長の家を空けてくれることになりました 」
「 そうか、ご苦労だったな。ではハルノ殿も参りましょう 」
輸送車と共に徒歩で防護柵を潜り入村した。
「 なんだか突然の訪問で気が引けますね・・・ってか組合所属ハンターって何なんですか? 」
「 王都のハンター組合で登録して活動する――いわゆる何でも屋ですね! ハンター組合には日々様々な依頼が舞い込みます。まずは報酬と依頼内容に納得する必要がありますが、ハンターたちはその様々な依頼をこなし日銭を稼ぐわけです。依頼内容は、それこそ人探しや土木工事の手伝いのような一人でもこなせるものから――多人数を必要とする大型モンスター討伐まで多岐にわたります 」
「 なるほー! で、組合は仕事を斡旋する代わりに手数料を取るって感じですか? 」
「 そうですね! ちなみに登録には二日ほどかかりますし――審査もあります。それに一応簡単な実技試験もありますね。まぁ登録せずにフリーで働くハンターもいますけどね 」
「 え? 登録しなくても依頼を受けれるんですか? 」
「 ええ、基本的には受けれますよ! 尤もフリーはダメ! という条件を、事前に組合側に伝えてから依頼を出している者もいますけどね。まーメリットデメリットはそれぞれありますし、特にフリーの場合は完全なる自己責任が常に付いて回りますね 」
「 へぇ~、じゃあ登録するメリットって何なんですか? 」
アイメーヤさんは騎士団に入団する直前までハンター稼業で生計を立てていたらしく、かなり詳しかった。末端とはいえ騎士団にいきなり入団できたのも、ハンター時代のとある功績が評価されてのことらしい。
登録するメリットは、まず登録証が王国領地内であればどこでも身分証明として使用できる点らしい。
さらに素材買い取りなどの手続きがかなりスムーズになり、また討伐依頼中などに怪我をした場合、見舞金や魔法のポーションなどが現物支給されることもあるらしい。
デメリットについても懇切丁寧に説明してくれた。
デメリットは――、何と言っても一定期間おきに支払わなければならない組合員費だそうな。
私はそれを聞き、保険の掛け金みたいなものだろうと解釈したが・・・
そして各領主などの権力者から発令される強制依頼と呼ばれるものがあるらしく、基本的に登録している者はそれを拒否することができないらしい。
それこそ大怪我や大病を患っている場合は、その限りではないそうだが。
まぁ強制依頼自体が滅多にない事柄ではあるみたいなので、日頃からそこまで気にしているハンターはいないらしい。
ちなみにフリーのハンターの場合、このメリット・デメリットが逆転する。
固定費を払わなくてよい分、もちろん補償は皆無。
各種手数料も登録している者に比べると割高。
身分証明が必要になった場合、何か別で作る必要がある。急ぐ場合はかなり困ってしまう局面もあり得るらしい。
だがその代わり――権力者発令の強制依頼を基本無視することができる。立場的にはかなり気楽らしい。
「 腕っぷしに自信があれば、大金も稼げるんですかね~? 」
「 そうですね。しかし討伐依頼は危険なものが多いですからね。装備を整えたり、薬品を買い揃えたりしていると結構出費もかさみますよ 」
アイメーヤさんと話しながら歩いているうちに、気づくと一際大きな煉瓦造りの家屋に到着した。
「 ここが村長の家です 」
▽
屋内には村長さんらしきおじいさんと、奥さんらしき年配の女性、そしてお子さんだろうか? 青年男性が二人おり、私たちが入るなり皆で深々とお辞儀をして出迎えてくれた。
「 これはこれは大隊長様。事前にお伝えいただければおもてなしもそれなりにできたと思いますが、流石に今回ばかりは・・・このアバラ屋を提供するくらいしかできませんで 」
「 いやいや、すまんな気を使わせて。なにぶん急なことだったのでな! 一晩だけ借りるぞ 」
「 ははっ! 仰せのままに 」