第49話 決戦前夜
「 き、貴様らぁ! 領王様を裏切るつもりか! 軍規違反は厳罰だぞ! 良くて懲罰部隊行き、最悪、領王様は斬首も厭わない御方だぞ! それでもいいのかぁ! 」
敵の指揮官は、真っ赤な顔で怒り心頭といった様子だった。
別に陣を張っているわけではないが、明らかに私たちのエリアに、複数の敵兵が武器を捨て俊敏に移動して来た。
「 あんたはあくまでも暫定的な部隊長だろ? 即席の部隊長とデュール様の御使い様なら比べるまでもねえ! 天秤に掛けりゃあ誰だってコッチに付くぜ! 」
こちら側に移動して来た兵士が、妙に冷めた雰囲気で言い放った。
「 き、貴様あぁぁぁ!! 」
「 い、いや部隊長、冷静になってくださいよ! 百歩譲ってこの御方がデュール様の御使い様じゃなかったとしてもですよ? このまま一戦交えて制圧できるとは到底思えませんよ・・・ 」
「 あんな超スピードで移動されたんじゃ、そもそも対応できないし、それに部隊長も見たでしょ? この光輝く剣の異常な速度の斬撃を! 視覚で捉えた瞬間には、もう首が胴とおさらばしてますよ。さっきこの御方がその気だったら――すでに我々は全滅していたと思いますけどね・・・ 」
「 ぐう・・ぬうぅぅぅ・・・ 」
さらに別の離反者から静かに諭された指揮官は、益々真っ赤となって、血圧が200を超えそうな勢いだった。
「 こいつの言う通りです! 御使い様かどうかは別にしても、そもそも――我々がこんな超ド級の魔道士様に敵う道理があるわけないでしょう! 」
寝返った3人目の敵兵が、ダメ押し発言を繰り出した。
▽
▽
結局敵の指揮官以外が全員こちら側へと離反したため、最終的には指揮官も渋々といった様子で諦め、白旗を揚げたのだった。
「 ――で? あなたたちは辺境伯の命令でここへ? 私たちを抹殺しろ――、とでも命令されて派遣されたんですか? 」
先ほどから煮るなり焼くなり好きにしろ――と、息巻いていた部隊長と呼ばれる男性が、突然全てを諦めたかのように粛粛と語り出した。
「 元々特殊なハンター依頼があれば、隣の領都へ報告が上がるシステムになっているのだ 」
「 お前の話も総合すると――、対人討伐の依頼自体が珍しい上に高額な報酬だったので、報告が上がったのだろう。直接判断を下したのは領王様ではないと思うが・・ 」
「 もしお前の主張が正しいならば、ここら一帯を縄張りにしている賊の討伐依頼が出た場合、予めソレを阻止する部隊が組まれる手筈になっていたのであろうよ。詳しい事は知らん! 俺は命令に従ったまでだ 」
「 どんな命令です? 討伐依頼を遂行している連中を、逆に犯罪者とでっち上げ殲滅しろ! とかです? 」
「 ああ、そんなところだ。偽造した証拠で対人依頼を出した者がいる。人的被害が出る前に抹殺しろとの御達しだった 」
「 その御達しを出したのは誰です? 」
「 領王様の側近だ。腹心で――領王様が最も信頼を置いている人物だ 」
地にドカリと胡坐をかき――開き直って座っている部隊長は、完全に諦めている様子だ。
「 あなたたちは辺境伯の悪行を知っていたのですか? 」
部隊長は細い溜息を一つ吐いた。
「 具体的な事は知らん。だが――、噂は常にあった 」
「 じゃあ片棒を担がされるかもしれないと、多少は感じてたわけですよね? 今回もその証拠隠滅の為とは思わなかったの? 」
「 どうしろって言うんだ! 俺もこいつらと同じ一介の兵士だ! この部隊だって、こいつらが口々に罵ってるように・・・俺は即席の部隊長に過ぎん! そもそも領王様の命令に背くなんて選択肢は、最初からないんだよ! 」
結局こいつらも賊たちと何ら変わらない。
長い物に命じられたら、善悪の判断すら自分自身ではしなくなる。
無論、善と悪なんて立場に因ってコロコロ変わる。そんな事は百も承知だ。
だがそれでも! 弱者を自分の都合だけで蹂躙するのは、完全なる悪だ。
簡単に許してはいけない。
「 まぁいいわ、あなたたちを責めるのは後回し! とりあえずこのまま領都とやらに出向き、辺境伯に会いに行きます! あなたたちにはその案内をお願いしよう。いいですかね? 尤も拒否権はありませんが―― 」
「 断ったらここで殺すのか? どの道このまま戦果無しで領都に戻れば、即座に懲罰部隊行きだろうがな・・・ 」
「 先ほど誰かが言ってましたけど、殺すつもりなら――もうとっくに殺してます。悪いようにはしないと約束するので、私たちに協力してください。これはあなたたちにとってもチャンスですよ? あなたたちにどれほどの忠誠心があるのかは知りませんが・・・少なくともこの領地を憂う心があるのなら、今こそ、悪の手から浄化するチャンスですよ! 」
▽
領都軍の兵士も引き連れ、来た時と同じように帰りも湿原を突っ切った。
大蛇の死体がそのまま転がっていたが、剥ぎ取りなんぞしている時間は無いので、横目に見ながら通過したのだった。
▽
▽
結局、中央街イシュトに到着したのは日没後だった。
実に60名以上の大所帯に膨れ上がったこの団体は、否が応でも悪目立ちしていた。
大通りをただ進んでいるだけで、街民は自然と端に寄っていた。
そして勿論、我々は奇異な視線を浴びまくっていた。
大通りの両端には、石造りの家屋がほぼ隙間なく並んでいる。
その家々の戸口からも、我々を興味深げに覗いている街民が、数多く視界に入ってくる。
先頭を歩くのは私とリディアさん、そして領都軍の暫定部隊長パルムさんの3人だ。
「 本当にこのまま領王様の城に赴くつもりか? 先に言っておくが、俺はこいつらとは違うぞ! まだお前を信じたわけではないからな! ただ俺たちにとっても手ぶらで戻るよりかは、お前たちを連れ戻った方が、幾分かはマシというだけのことだからな! 」
パルムさんは常にイラついている様子で、失礼ながら小物感オーラがその身に漂っている。
「 ええ、別に信じて欲しいなんて微塵も思ってやいませんよ。私は私の信念に従って、やるべき事をやるだけです 」
「 もし――もしもだが、領王様が本当に噂の通り黒中の黒。つまり獣人虐殺の首謀者だった場合、どうするつもりだ? やはり殺すつもりか? 」
パルムさんが意表を突いた質問を繰り出した。
「 さぁ? とりあえず会ってみないと何とも言えませんね。私の望みは、ただ攫った人たちを解放して欲しいだけですから。そもそも冤罪の可能性もありますしね。三日月砦の賊たちが、不測の事態に備えて予め口裏を合わせていた――なんて可能性も理論上で言えばですが、ゼロではないわけで 」
「 畏れながら、その可能性は皆無かと・・・ 」
私の発言に対し、リディアさんが即完全否定していた。
「 うん。まぁほぼ無いだろうね。あれだけ生死の選択を迫られて、全員が全員――口裏合わせを遂行できるはずもないし。まぁ、あくまでも可能性の話 」
「 ――ところで、その噂ってのはどんな内容なんですか? 」
「 お前が賊たちから聞き出した話とほぼ同じだ。裏家業の者たちを使い、様々な獣人の集落を焼き討ちにしているという噂だ。領王様は常日頃から友好的な獣人に対しても、嫌悪感を隠さずに対応されておった。故にその様な実しやかな噂が立っても別段おかしくもないがな 」
「 しかし本当にどうするつもりだ? 領王様を守護している近衛兵どもは精強揃いだぞ? お前の魔道の力があれば相手にもならんのだろうがな――、もし領王様が非道を認めた上、尚且つ抵抗してきた場合、容赦なく鉄槌を下すのか? 」
攻撃してきた場合は、多分容赦なく殺すことになるだろうな・・・
私は、間接的にではあるが――すでに何人も殺している。
別に後悔はしていない。
他人を苦しめ自身の愉悦にするような輩は死んで当然だ。
元の世界ならば、更生させて社会復帰を促す――なんて甘っちょろいことも考えたんだろうが・・・
こちらの世界では更生なんて望めない。
もう今となっては、一度ダークサイドに堕ちた者は、抹殺することでしか救えないと考えている。
「 う~ん、殺すことになるでしょうねぇ。その場合、軍内部のクーデターってことにして、パルムさんには政変を成功させた立役者になってもらおうかしら? 後々――矢面にも立ってもらおうかしら 」
「 なっ! ほ、本気で言っているのか? 」
パルムさんは目を剥いて驚いていた。
「 半分冗談で半分は本気ですよ。領地を救った英雄になるのも――存外悪くはないんじゃない? 」
「 お、お前・・・ 」
頬は引き攣っていたものの、その眼の奥に一瞬宿った喜色を――私は確かに捉えていた。




