第47話 眦(まなじり)決して
「 んうぅ~ん、うっ・・ 」
ゆっくりと瞼を開けると――、たわわな双峰が眼前に迫った。
「 おはようございます! 疲れは取れましたでしょうか? 」
状況は眠りに入る直前と全く同じだった。
鎧下姿のまま添い寝してくれているリディアさんが、すぐ隣に居る。
砦内から集めてきた布を重ね――寝床を作ったが、床の造りは切り出した石が並べられているだけなので、かなり硬く背中が痛い。
最近はリディアさんを抱き枕にしないと、眠りに入れない体になってしまったかもしれない・・・
私は潜在的なレズビアンなのかもしれない――と最近思い始めていた。
リディアさんに対して、性的にどーこーといった特殊な欲求は今のとこ無いように思う。
がしかし――リディアさんの身体を抱きしめて、これだけ心底安堵するということは・・・ただ単に自覚が薄いだけで、やはり私は女性を性的対象として潜在的に認識し始めているのかもしれない。
「 リディアさんもちゃんと休んだ? 」
「 はい、お陰様で体調も問題ありません 」
「 砦内の異常も無し? 」
「 はい! 今のところ何も変わった事は起きておりません。あっ、ですが――見張りをしていたワルキューレたちが、先ほど突然掻き消えてしまったのですが・・・ 」
「 ああ、問題ありませんよ。時間切れになっただけでしょ 」
瞑想をする要領で、内側に意識を向けてみると――召喚系魔法の文字の光が消えていた。
たぶん霊子充填中なのだろう。
▽
弓矢などで、砦内部から外部を攻撃する為に壁に設けられた――「 狭間 」から陽光が差し込んでいる。
もう正午前くらいだろうか?
「 しかし、何だかオリヴァー殿下暗殺事件の時と同じようなパターンだね。権力者がアウトローな奴らを捨て駒に使って、無辜の民を虐殺してるなんて・・・尤も殿下のあの事件は――身内じゃなくって他国が絡んでるかもってことで、まだ黒幕がハッキリとはしていないみたいだけど 」
「 そうですね。やはりまずは陛下に御相談されてから、今後の方針を決められた方が宜しいかと存じます―― 」
「 う~ん、でもそれだといたずらに時間が過ぎるでしょ? こうしてる間にも、攫われた人たちがどんな酷いことをされているやら・・・ 」
「 確かに、それはそうなのですが・・・ 」
リディアさんは何やらもっと言いたいことがありそうな雰囲気だったが――、グッと飲み込んだ様子だった。
「 ああ、そーいえば恐竜は大丈夫かな? 誰かに連れて行かれたりとか、モンスターと勘違いされて攻撃されたりとか・・・大丈夫かな? 」
「 ああ、特に心配はいらないと思いますよ。野生のならまだしも――、登録されているのを盗むのはかなりの重罪ですから。あんな足の付きやすいモノを、わざわざ盗む者はいないですよ。食用で盗むにしても、リスクの方が高すぎますし。それに意外と知能が高いので、おかしな連中が近づいただけで、戦闘モードに入ると思いますよ。腹が空けば荷車の中にほし草がまだ結構残っていたので、それを貪っているでしょうし、御心配には及びません 」
「 そっか、とりあえず湿原に転がってるだろう蛇の死骸は、もう放置でいいよね? 急いで恐竜のとこまで戻りましょうか 」
私はリディアさんに支えられながら身を起こし、服をパンパンと叩いた。
視線を落とすと、スニーカーがかなり汚れていることに今更ながら気付いた・・・
――このスニーカー、一回ちゃんと洗いたいな。
服関係は、元の世界から着て来たワンピと、今着ているマリアさんに買ってもらった民族衣装みたいなチュニックしか持っていない。足元はこのスニーカーのみだ。
「 さて支度しますか! まだ寝てる人起こして、点呼取って出発しましょう! 」
▽
陽は高く昇っており、穏やかな風が頬を撫でる。
かなりの快晴だが少し肌寒い。
巨岩の近くに、賊たちの死体が折り重なっていた――
「 ハルノ様! 本当に、本当にありがとうございました! 」
「 いや、もう御礼はいいですって! もう何回目なのよ! 」
昨日、喉に矢を受け絶命したハンターの男性が、事ある毎に私を捕まえては御礼を言ってくるのだ・・・
「 じゃあ点呼も終わったし、急いでイシュトまで戻ろう。ここの領主が絡んでるっぽいからね、これ以上皆を巻き込むわけにはいかなくなった。とりあえずイシュトに到着したら一旦解散しますね! で――言うまでもないかもだけど、領主が絡んでることは他言無用で! 口に出すと危険が及ぶかもなので 」
「 了解しました―― 」
皆の心情には複雑なものがあるのだろう。
自分が活動する圏内の、領地を統括するトップが重犯罪に絡んでいるのだ。
思い悩むのも無理はない。
とりあえずこの中に、人種差別主義者はいないと信じたい――
獣人だけが被害を受けているならば、自分には関係ない――と考える者はいないと信じたい。
「 でも、ハルノ様はどうされるのですか? まさかリディア殿と2人だけで、領王の城に乗り込むつもりでは? 」
ハンターの1人が焦った様子で声を上げた。
しかし、私のことを「 あんた 」とか「 お嬢さん 」とか呼んでいた人が――、いつの間にか「 様 」を付けて呼ぶようになっている。
やはり聖属性魔法は偉大だ――と改めて感じた瞬間だった。
「 ん~、それも悪くはないですが、正直まだ何も考えてないですね。無い頭をフル回転させて色々と考えてみたんですけどね、イマイチ良い案が思い浮かばなくて 」
無残な死体を横目に、出発しようとした矢先――
「 何だ? この音・・・何者かが大勢近づいて来る! 」
ハンターの1人が、東の森の方へ首を振って耳をそばだてた。
「 敵か? 逃げ出した奴らが援軍を呼んだか? それにしてはかなり早い・・・どこから呼んだのだ? 」
リディアさんが呟き――、珍しく不穏な表情で森を見つめていた。
やがて東の森の切れ間から、大勢の兵士が次々と現れ――我々の前で整列を始めた。
ざっと40人はいそうな規模だった。
両翼に展開する弓部隊が、キリキリと弓を引き絞る音を発しながら、等間隔に広がっている。
そして、やや中央の位置から――赤い羽根が装飾としてくっ付いているヘルムをかぶった、一際派手な兵士が近づいて来た。
「 お前たちだな? 危険分子とやらは! 無駄な抵抗はするなよ? 俺の一声でお前たちは斉射され、無数の矢をその身に受けることになるぞ? 」
「 貴様ら何者だ! 我々はハンター組合で、正式に受理された任務を遂行しているだけだ! 」
リディアさんがお得意の大声で叫んだ。
相変わらず耳をつんざくような大声だ。
赤羽根の派手な兵士が、巨岩近くで折り重なっている賊の死体を一瞥する。
「 どうやら手遅れだったようだな! 我らは領都軍特別編成部隊! お前たちが王国の公式書類を偽造し、ハンター依頼を出したことは調べがついている。お前たちの罪状は、偽造した証拠を使い――我が領地のハンターを唆した上、我が領民を殺害した罪! 唆されたハンターには情状酌量の余地がある、ハンターたちよ、首謀者を捕縛しこちらへ連れて来い! 」
リディアさんが、「 ふざけるな! 」と叫び飛び出した。
「 お前たちは辺境伯の手の者か! 辺境伯の裏の顔が明るみに出ることを恐れたか! 悪事が暴かれる可能性のある依頼が貼り出されたと報告を受け――、慌てて編成し、追いかけて来たというわけだな? つまり、お前たちは辺境伯の蛮行を知っていながら――我らに敵対すると言うことだな? 」
派手な兵士が、「 ふん 」と鼻を鳴らす。
「 女ぁあ! お前が首謀者か? ハンターたちよ何をしている! 行動を起こさないということは、首謀者と同罪と断定するぞ? いいのか? 今ならまだ間に合うぞ? 」
――これはまずいな、召喚はまだ出せない。
つまり盾役がいない・・・
今、この瞬間一斉に矢を放たれると、全員を守り切ることは不可能!
ハンターや応援の騎士団の人たちを助ける為に、ここで私だけ名乗り出ても、まず間違いなくリディアさんも一緒に捕縛されるだろう・・・
すでにリディアさんは喋り過ぎている。
それに、参加しただけのハンターたちは助ける的なこと言ってるけど・・・
絶対に口封じの為に殺されると思うわ――
――どうする? 今、戦闘になると、確実にこちら側に甚大な被害が出る。
敵全員を私の魔法で駆逐した後に、ゆっくりと蘇生すれば良いだけなのかもしれないが・・・
どうすれば? 思考を巡らせろ!
またもや死の恐怖をヒシヒシと感じる・・・だが――皆の命が私の双肩にかかっているのだ。
ビビっているだけではダメだ!
まずは私が絶対に死なないようにしないと、最悪私さえ無事ならば、どれだけ死者が出ても蘇生することができる。
だが、出来るだけ皆には痛い思いはさせたくない。
どうする?
どうすればこの危機を乗り越えられるのか? 私がやるしかない! 覚悟を決めねば・・・




