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第46話 羅刹女(らせつにょ)

 殺風景な大部屋は血の海だった。

 

 血だまりだらけだ・・・

 

 そしてボロ雑巾のような有様で、無残に息絶えている10人くらいの賊の死骸が散乱し、足の踏み場もない。


「 もう生きてる奴はいないっぽいですね。流石に気分悪くなってきたな・・・ 」


 血の匂いが充満しむせ返る――ちょっとしたきっかけで即嘔吐してしまうような、そんな危険な状態に私は陥っていた。


「 警戒しつつ砦の外に出ましょう! ワルキューレを盾にしてゆっくり外へ 」


「 御意 」


          ▽


「 た、助けてくれ・・・殺さないで! 」


 命乞いの常套句を連発する不逞の輩たち。


 結局、砦内から脱兎の如く逃げ出したのは8人らしい。


 いや、それ以上いたのかもしれないが――

 

 森の中へ身を投じた奴らがいたのかどうかまでは分からないが、ハンターたちは追いかけたりはしていないはずだ。


「 ハルノさんご苦労様です! 捕縛したのは5名です。残り3名は抵抗が激しかった為、息の根を止めました。捕縛は危険と判断しまして・・・全てご指示通りとはいかなかったのですが、お許しを 」


 応援でやって来た騎士団の1人が、申し訳なさそうに報告を入れてくる。


「 ああ、いえ! 5人も捕縛してくれたら十分でしょう。こっち側の人員に怪我人はいますか? 」


「 ・・・あ、それなんですが――すみません。ハンターの1名が、喉に矢をまともに受けてしまったようで、先ほど死亡致しました 」


 さらに申し訳なさそうに、深々と頭を下げている。

 まるで全て自分の責だと言わんばかりの態度に、少しばかり敬意を覚えた。


「 ああ、では先に蘇生しましょう。他に怪我人はいませんか? 」


「 え? そ、蘇生? 」


「 はい。その死亡した人の首の矢は刺さったままです? 抜いてもらえますか? どこです? 」


「 え? 」


 未だ恐縮している騎士団の男性は、間近で見るワルキューレの異様さのせいもあるのだろうが、かなりの困惑した表情を見せていた。


「 死亡した者の所へ案内せよ、と申されておるのだ。早くしろ! 」


 リディアさんが何だか面倒臭そうに手の甲をフリフリと振り、騎士団の男性を追い立てた。


「 は、はいっ! 」


 立場的には、リディアさんってかなり高位なのだろうか?

 そー言えば、騎士団の面々がリディアさんと会話する時だけは、どの人もかなり緊張した面持ちだったのが印象的だった。


 国王陛下の側近中の側近であるリディアさんは、もしかしたら騎士団長のサイファーさんよりも、権威があるのかもしれない。


「 この者です・・・ 」


 ハンター数名が近寄ってきて、灯りをかざしてくれた。


 口から下が真っ赤に濡れ、夥しい量の吐血があったことを物語っている。


 リディアさんが、見事に喉を貫いている矢を無遠慮に力一杯引き抜いた!


 ブシュゥ――と、ちょっとだけ血しぶきが吹き上がる。


 皆、神妙な面持ちだった――

 運が悪かったと言えばそれまでだが、仲間を死なせてしまった責任を、各々が感じているのだろう。


「 心配いりませんよ。すぐに生き返りますから。蘇生(レザレクション)! 」


          ▽


「 信じられん! 夢でも見ているのか俺は・・・あんた、いや失礼――あなた様は神族なのですか? 蘇生魔法って! おとぎ話の中のデュール様くらいしか、蘇生魔法を使える御方を俺は知りませんよ 」


 ――まぁそのデュールさん本人が、使えるようにしてくれたんですけどねぇ。


「 とりあえず喜ぶのは後にして――捕縛した奴らの尋問をしましょう! 賊を殲滅するのは二の次です! あえて言いませんでしたが、第一目標は攫われた人質を救うことなので。どこに監禁されているのか吐かせましょう! で――居場所が特定できたら、中は結構広い感じだったので、皆で砦内を隈なく探しましょう 」


「 ははっ! 」


 一同が頭を下げ、またしても私は怪しい宗教の教祖になってしまった・・・


 こうなることは分かってはいたけど、少し寂しい気分に陥る。

 蘇生魔法が使える存在と理解した途端に、騎士団の面々は言うまでもないが――ハンターたち全員も洩れなく、私に対する態度が激変したためだ。


          ▽


「 全て吐け! わたしは非常に気が短いのだ! お前たちの返答に微かな違和感を感じただけでも殺す! 明らかな嘘を吐いたら即殺す! 容赦はしない! さぁ――わたしの言ったことを理解したなら、サッサと攫った者の居処を吐け! 」


 鬼気迫るリディアさんの迫力に気圧され、こっちまで息が詰まる思いだった。


 まるで見えない剣の切っ先を――、鼻先に突き付けられているような感覚だった。


 後ろで聞いている私でさえこの有様なのだから・・・対面する賊の戦慄は、如何ほどのものだろうか。


「 お、俺たちは、俺は・・・ただ雇われただけだ。獣人の雌は――もう、もうここにはいない。俺たちは指示通り村々を襲って攫い、引き渡しただけだ! それ以上は知らない! 」


 リディアさんはおもむろに剣を抜き放った。

 それを目の当たりにした賊が「 ヒイィィィ 」と悲鳴を上げた刹那――、躊躇なく胸に突き立てた!


 ドスゥゥゥ!!


「 グゥゥ、ガッッハァ! 」血反吐を毒霧のように噴射する。


 ――お、鬼や! この人鬼や・・・ちゃんと話したのに、迷うことなく刺してしもうた!


 しかしこれで――冤罪ではなかったのが確実に証明されることとなった。

 個人的には安堵の溜息が漏れる。


「 回りくどいので殺した! まだ4人いるな・・・つまりは、後3人殺しても何も問題はないわけだ! さぁ、続きを聞こうか! 」


 完全に場が凍りついた。


 後ろ手に縛られ、膝を突き雁首を並べる賊の表情が、絶望一色に変わっていく。


「 リ、リューステール辺境伯の指示だ! 生贄が必要だとか何だとか! それ以上は本当に知らない! 俺たち下っ端は知らないんだ! 」


「 獣人の村ならどこでもいいから襲って、比較的若い雌を捕えてこいという命令だったんだ! その頭数で報酬が決まるんだ! 辺境伯は表向き、一部の獣人を領民だと認めてはいるが、裏では迫害の対象にしていたんだ! それはいわば周知の事実だろ! 」


 ――え? この領地を治めるトップが指示を? 獣人を虐殺し、若い女性だけを攫って・・・一体何を?


 リディアさんの表情にも苦悶が浮かび、まるで害虫を目撃した時のような――そんな嫌悪感全開の顔つきとなっていた。


「 リューステール様は、若い獣人を捕えて何をさせているのだ? まさか獣人嫌いで有名なのは表向きのカモフラージュで、実のところは獣人嗜好――、そして毎晩夜伽(よとぎ)でもさせているとでも言うのか? 」


 私の疑問を、リディアさんが代わりに口に出してくれていた。


 ――ってか、私もリディアさんに毎晩、夜伽(よとぎ)を強制してるようなモンだよな。


「 知らない・・・目的が何なのかまでは聞いてない! リーダーなら知ってると思う! 俺は何も知らない! 本当だ、それ以上のことは知らない! 聞かされたこともない! 本当だ! 殺さないで・・・うぅ、殺さないで 」


 懇願するように泣き叫ぶ賊の1人を目掛け、リディアさんがまたしても騎士剣を振り下ろした!


 マジで鬼だ! 賊にとっては悪鬼羅刹と言っても過言ではないだろう・・・


 容赦の欠けらもなかった。

 

 後3人・・・


「 死体を含め、ここにそのリーダーとやらはいますか? 」


 飴と鞭が有効かと思い、努めて慈愛を籠め優しく聞いてみた。


「 わ、わかりません。暗くて、暗くてわかりません・・・ 」


「 じゃあ、あなたたちが砦の中から逃げ出す前、戦闘が始まる前に――さっきの大部屋の中にはいましたか? 」


「 はい・・・リーダーはいました 」


 残りのこの3人は極度の恐慌状態に陥っており――、これ以上のまともな受け答えはきついと思う・・・


「 ではユーイングさん! 」


「 はっ! 」


 輪の中からユーイングさんが慌てて飛び出す。


「 この3人の中の1人を伴って、そのリーダーとやらを・・・さっき戦った部屋の死体の中から探してきてもらえますか? 護衛にワルキューレを連れて行ってください 」


「 ははっ! 」


「 皆は、ここで討ち取った3人の死体を持ってきてください 」


          ▽


          ▽


「 う~ん、いませんでしたか。森へ逃げたのかな? 」


「 その可能性が高いかと・・・もしくは、この者どもが虚言を吐いている可能性も 」


 リディアさんが剣の柄に手を掛けた。


 3人の賊はそれを見て、仰け反るように跳ね上がっている。


「 ハルノ様どう致しましょう? 恐れながら、一度王都へ戻り陛下に御報告すべき案件かと存じます。本当に辺境伯様が相手となると、少々我々の手には余るかと・・ 」


 リディアさんがそう私の耳元で囁いた。


「 いや、政治的なことは私には解りませんが――、無用な火種を作らない為にも、我々だけで処理すべきかもですね。いや、そもそもリディアさんがこちら側にいたら火種になるかぁ。まぁとりあえずそれは一旦置いておこうか・・・ 」

「 念のため、先に皆で砦内を探索しましょう。こいつらが嘘を言っているとも思えませんが、本当に人質がいないかを確認しましょう。確実なる安心のために―― 」


「 御意! では、この者どもはもう用無しですね 」


 そう言い終わるや否や――疾風迅雷の剣撃で、あっという間に3人の賊の喉笛を掻き斬ったのだった!


 ――やっぱ鬼や! ここに鬼がおる・・・


          ▽


          ▽


          ▽


「 死体以外はほぼもぬけの殻でしたね。徒労に終わったかぁ・・・ 」


「 しかしハンターたちは嬉しそうですね。賊どもが貯め込んだ宝を発見できて 」


「 ああ、この場合どうなるんです? 私たちが取得しても問題無いのかな? 」


「 厳密には問題がありますね。硬貨は大目に見てもらえると思いますが――、貴金属、宝石、装身具などは、盗難品である可能性が非常に高いと思われますので、一旦提出するべきかと存じます 」


「 そっかー・・・意外と言っちゃ失礼なんだろうけど、結構ちゃんとしてるんだねー 」


          ▽


「 よし! じゃあ皆で分けようか? ――金貨は少なかったのよね? でも、大銀貨が結構あったんでしょ? 」


 私が誰に言うともなく質問を投げると、近くのハンターの1人が「 はい、そうです 」と返した。


「 じゃあ硬貨は皆で山分けにしようか、私とリディアさんたちは含めなくていいからさ 」


「 おおおおお!! 」


 ハンターたちは心底嬉しそうだった。

 元々報酬が高い上に、臨時収入がたんまり入るのだ――、無理もない。


「 とりあえず仮眠をとろう! 流石にこのまま強行軍で戻るのは過酷過ぎるし 」


「 御意! 皆聞いたか? この砦内で仮眠をとる。交代で見張りを立てるぞ! まずは2名が見張りだ。では――、まずはお前とお前だ! いいな? 」


 リディアさんがテキパキと指示を出した。

 無論、異議を唱える者などおらず、すんなりと決まっていった。

 

 死体が散乱している部屋が近くにあるのが――かなり気になるが・・・

 なるべく考えない方向で休むことにしたのだった。


―――――――――――――――――――


 この時、強行軍でもいいから、兎に角イシュトへ戻る決断をしていれば――また違った展開が待っていたのかもしれない。

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