第45話 ワルキューレ
「 お許しを・・・あの大きな岩までが限界ですね。あれ以上進むと気づかれそうなんです。防御塔の上に、一人だけ見張りの姿を確認しました 」
比較的体格が小さい騎士団所属の男性が、申し訳なさそうに肩を落とした。
「 いえ、ありがとう。あの岩石のお陰で、砦から見下ろしても死角になってるはずだから、私たちが侵入したら――あの岩石の手前まで進軍してくれます? 指示を任せてもいいですかね? 」
「 はい! お任せください! 」
「 で――、もし戦闘になった場合ですが、私が呼び出した召喚が中で大暴れする予定なので、戦闘が始まったらすぐ判ると思うから、特に合図が無くても砦から逃げ出す奴がいたら迷わず捕えてほしい。殺すな――とは言わないけど、できるだけ捕縛する方向でお願い。それから無理に追わなくていいから、森に逃げられたら深追いは禁止で! 」
「 了解致しました! 」
騎士団の面々が小声で返事をしたのを確認してから、私とリディアさん、そして騎士団のユーイングさんは、忍び足で身を屈め皆から離れた。
砦の南には湖の細い入り江が伸び、東西には森が広がっている。
北側には森の切れ間に目印となる巨大岩がドカリと座っていて、皆はその岩のさらに北で待機し、合図を待っている状態だ。
▽
西側の森の入り口までやってきた。
闇が支配しているとはいえ、これ以上接近するのは危険だろう。
「 ハルノ様、ここからどうやって進むのでしょう? 空から侵入と言うのは、具体的にどういう方法かお聞きしても宜しいですか? 」
リディアさんが、声を殺して私の耳元で囁いた。
「 ああ、ちょっと待ってね。やっぱりこの森からも危険だね。普通に見つかりそうだわ・・・やっぱ湖側から一旦かなり上空に飛び上がってから、砦上部の――あの崩れかけてる所へ急降下して、そのまま内部に侵入しよう 」
「 畏まりました 」
西側の森に一旦入り、少し迂回するような形にはなるが――南の湖を目指した。
「 結構な時間掛かりそうだけど、皆は寝落ちしないかな? 私は集合時間ギリギリまで寝てたからまだ全然平気な感じだけど、通常だったらそろそろ眠くなってくるかもだし・・・ 」
冗談交じりで、だがちょっとだけ本気の懸念も入れて聞いてみる。
「 このような緊迫した局面で、睡眠を優先する豪胆な者がいるとは思えませんが・・・ 」
「 ははは! それもそうだね 」
▽
南側の湖に到着した。
私の予想通り、こちら側の防御塔には見張りは1人もいない様子だ。
湖側からは流石に誰も侵入できないだろう――と思い込み、見張ること自体を放棄しているのだろう。
「 もったいぶって悪かったね。私自身が飛ぶ魔法はなくてね。その代わり――飛ぶことができる存在に運んでもらおうかと思ってね 」
「 飛ぶことができる存在? 」
「 うん、同時に3体出現するからこっちも3人ってわけ。ユーイングさんその背中の盾は邪魔になると思うから、もう最初から手に持って構えておいてよ 」
「 は、はい! 」
ユーイングさんは、オーソドックスな騎士風の装備だった。
軽装鎧を着こなし、背中にはカイトシールドを背負っている。腰の得物は小振りな片手剣だ。
「 戦闘に突入するようなら、そのまま参加させるからね。2人は私の合図があるまで、その召喚3体の援護的な動きでお願いね。召喚系の魔法は同時には発動できないし、もしも一度帰還してしまったら、再詠唱可能待機時間がかなり長いから、二回目の召喚はできないと思ってね 」
「 そもそも相手が只の賊なら、打ち倒して強制送還させるほどの戦力は無いとは思うんだけどねぇ 」
召喚系の魔法の中で唯一、訓練時にお試しで使用した魔法。
召喚についてだが、デュールさん曰く――術者の精神を介し、必要な分量の霊子そのものに次元の壁を無理やり超えさせるらしい。そして三次元世界において具現構築される。
たとえば、ただ護衛をさせるために傍に置いておくだけならば――、比較的長時間、具現化したままらしいのだ。
だがエネルギー消費が著しい、たとえば近接戦闘のような激しい動きを伴う行動を長時間させてしまうと――、その分強制送還までが早まるのだそうな。
以前――盗賊団を殲滅した際、ゴーレム君が夜明け頃に早々と強制帰還してしまったのは、思う存分暴れさせたのが原因なのだろう。
そして六属性魔法や回復魔法などとは一線を画し、召喚魔法は連射が利かない。
再詠唱可能待機時間が存在するせいだ。しかもそれはかなり長時間に及ぶ。
デュールさん曰く、霊子エネルギーが別次元で充填されるのに、どうしても時間がかかるとのことだった。
デュールさんは、何だかそれ以上の説明もしていたような気がするが、今となってはもはや記憶に留めてはいなかった・・・
正直、講義中はその話の半分以上が、私の頭脳では理解し難かったためだ。
「 精霊召喚!! 」
ソレは透き通ったアストラルボディ。
「 これはまた神々しい! ハルノ様の召喚魔法にはいつも驚かされますね 」
「 僕もこんな精霊召喚魔法、見たことも聞いたこともないです。これが、デュール様の使徒様の御力か! 」
西洋建築の壁に、フレスコ画として描かれる天使のような両翼と、女性のようなしなやかな肢体を備えた3体だ。
手甲と脛当て、そして胸当てを装着しており、さらにショートヘルムからはウェーブがかった長い髪がはみ出している。そういうデザインだった。全てが透き通っており、背景が透けて見えている。
「 私たち3人を、それぞれが掴んでください。んで、一旦一緒に上空へと飛び上がってもらって、あの砦の真上まで飛行して! で――急降下して内部に侵入するって手筈で、ひとつお願いします! 」
呼び出した召喚に対し、念のために馬鹿丁寧な指示を出した。
ゴーレム君などと同様に、ちゃんと聞いているのか謎だ。
均整の取れた顔立ちだが完全なる無表情。指示を出しても、そもそも承知したのかどうかさえ――判別不能だった。
だが、私の指示が終わり一呼吸置いたところで、即行動に移ったようだ。
3体は同時に分れ、私たちそれぞれの上空で浮遊し始めたのだった。
▽
▽
「 なっ! 何だこれは?! レ、レイスか? どこから来やがった? おい敵だ! 敵襲だ! 敵襲!! 」
崩れかけた砦上部の大穴から――音を立てないように静かに侵入し、すぐ左にあった階段を下りていくと・・・踊り場で、ジョッキを片手に持った男と鉢合わせとなってしまった。
男は叫びながらこちらへジョッキを投げつけ――、階段を跳ねるように、段飛ばしで駆け降りて行った。
陶器素材と思われるジョッキが勢いよく床に落ち、ガシャ~ン――という大袈裟な破壊音が響き渡った。
「 ああ、もう・・・まずは話を聞いてもらいたかったのに! 仕方がないですね 」
私としては人質が囚われている可能性を考慮し、まずは魔法の力を誇示し戦意を削ぎ落し、その上で警告を発して人質を解放させるつもりだった。その場合、できるだけ危害は加えないつもりでいたのだが・・・
――やっぱそんなに甘くはないか。
私たちは一旦、上階に避難する選択肢を選んだ。
▽
「 えーっと、盾役をお願いします! あとは敵が向かってきたなら、前方範囲技で蹴散らしてください! 」
私は精霊3体に対し、またしても丁寧に指示を出した。
「 リディアさんとユーイングさんは、後方で私と一緒に待機で! 」
「 畏まりました 」
精霊3体それぞれの左手が、グニグニと徐々に変化していく。
まるでラージシールドの様な形状に化けた。
私たち3人を死守するために精霊3体が身を寄せ合い、左手が変化した盾を前面に押し出し重ねて――壁を作る。
賊たちが全部で何人いるのかまだ解らないが・・・
少なくとも上階に駆け上がってきて――攻めたてる選択肢は選ばなかったと見える。
「 じゃあ、この陣形を保ったまま下りて行こう! 暗いから踏み外さないようにゆっくりね 」
▽
「 き、来やがったぞ! 死霊使いだ! 3人とも死霊使いだ! 本体を狙え! 本体さえ潰せばレイスは消えるはずだ! 」
階下の殺風景な大部屋には、手に手に得物を持ち、武装を整えた男たちが勢ぞろいしていた。
松明が壁に等間隔で掲げられていると思われるが、かなり薄暗い。
ぱっと見渡しただけでも20人近くいるように思えた。
サイファーさんの慧眼は本物だった。
最低でも村を襲った人数の三倍はいるんじゃないか? と言っていたが・・・本当にその通りだった。
精霊たちが階段を下り終え、大部屋に足を踏み入れた。
「 レイスは無視しろ! 所詮、精神攪乱ていどのことしかできんはずだ! 後ろの本体3人を狙え! 放て放て!! 」
精霊3体が扇陣形を取り、私たち3人は階段を背にし――扇の要部分で身を重ねる。
――んん? 敵は私たち全員を、特殊な魔道士だと思っているのか?
口振りからすると、どうやら私たち1人1人が、それぞれ精霊を召喚していると勘違いしているようなのだ。
ハッキリとは見えないが、弓を構えている者が数人いる!
そしてビュンビュンと風を切る音と共に、低い角度で――放物線を描いた弓矢が何本も飛んできた!
「 ん~もう、問答無用ですか! 共振鳴音!! 」
私の合図と共に、まるでワルキューレのような出で立ちの精霊3体は、下顎がグニャリと胸部まで伸びた。そしてその大口を目一杯開けて金切声で大発声した!
キイィヤァァァァァァァアア!!
――う、うるせぇぇぇえ!!
高く張り上げた鋭い声が共振共鳴現象を起こし、無数の弓矢が空中で一瞬静止した!
そして力無くボトボトと床に落下する。
賊たちは全員両耳を押さえ、吹き飛ばされるように床を転げ回っていた。
前方扇状範囲技なので、後方にいる私たちに振動の被害は全く無い。
ただ単に、無茶くちゃ五月蠅いってだけだった。
デュールさんの説明が正しいならば、こいつらは少しの間だけだが、脳震盪のような症状でまともに動けないはずだ。
「 リディアさん、ユーイングさん! 攻撃を許可します! 手加減してたらこっちがヤバそうなので、本気でどうぞ! 」
「 御意! 」
待ってましたと言わんばかりに、リディアさんが剣を抜き勇ましく駆け出した!
ユーイングさんも盾を背に戻し、剣を両手で構え突撃していった!
「 精霊さんの呼び方は、今から【ワルキューレ】にします! ワルキューレたちよ! あなたたちも剣で攻撃を! 」
一呼吸置いて、ワルキューレたちの右手がグニグニと変形し、両刃の刀身に変化していく。
▽
もはや惨劇の場だった・・・
あちこちで悲鳴が上がった。2人+3体は――慈悲を欠片も見せず、流れ作業のように次々と斬り殺している。
――あ~、今更だけど、事前確認全くしなかったな。
いや、正確にはできなかったけど。大丈夫かな・・・もし冤罪だったらどうしよう。
弓矢を撃ってきた時点で、正当防衛ではあるのだが・・・
獣人の村を襲い虐殺した犯人が、本当にこの男たちなのか、全く確かめていない・・・
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そして私はこの後のトンデモ展開を、この時点では全くもって予測できていなかったのだった。




