第44話 フラグ回収
「 ん~、もうぅフラグ立てるからぁ! 思いっ切りエンカウントしてるじゃんよ! 」
差し詰め、今私たちは――フィールド画面からバトル画面に遷移した直後ってところだろうか?
浅い湿原をパシャパシャと水音を立てながら、胴回りが大木のような大蛇が迫る。
20名にも及ぶ武装した集団を捕捉しても、全く動じてはいない。
尤も、爬虫類に純粋な恐怖心があるのかは疑問だが・・・
警戒や恐怖よりも、むしろ20個の美味しそうな食料にしか見えていないのだろうか?
ゆっくりと、だが確実にこちらへと接近していた。
ジットリと濡れたヌラヌラとした表皮をくねらせ近づいてくる!
私たちは今まさに、蛇に睨まれた蛙状態だった。
「 おいどーすんだよ! 近づいてきたぞ、ヤベェ・・・もう殺るしかねぇぞ! 」
激しくビビってはいるようだが、流石は正規のハンターといったところか。
応援の騎士たちはもちろん、臨時で雇ったハンターたちも即座に武器を構え、等間隔にお互い距離を取り、指示がなくても各自連携ができる体制を整えた。
「 ああ皆さん、ここは私に任せてください。巨大サソリに比べれば全然圧を感じない。戦闘経験の少ない私にでも解るわ、こうやって対峙するとよく解る。私の方が確実に強い――ってね。それに昔から爬虫類は大丈夫なんですよ! 虫はダメだけど・・・ 」
ゲームのように、レベルなんてものは存在しないのは重々承知しているが、それでも私は、初回のセルケト戦でかなりの経験値を稼いだ気がする。
精神力にレベルがあるとするならば、レベル1だった私は、何十も飛び石で精神レベルが上がっている気がしていた。
「 マ、マジかよ! 俺としては即時撤退したいところだが、しかし本当に1人で戦うつもりか? あんたの魔法なら、本当にマジで倒せるのか? 」
「 ええ、まぁーもしヤバそうなら助太刀願います! 多分、大丈夫だと思うけど・・ 」
「 いやいや! 助太刀願いますって言われても・・・ 」
「 ハルノ様! 来ます!! 」
リディアさんが叫ぶと同時に、大蛇が上体を起こし鎌首をもたげる!
――威嚇のつもりか?
大蛇は様子を見ているようだ。
先頭の私の位置が、まだ射程距離外ってところか?
「 聖なる炎柱!! 」
三メートルはあろうかという、燃え盛る炎柱を六本出現させる。
「 うおおお、何だこれぇ! ス、スゲェ!! あんた、なんちゅー炎出すんだよ! 」
応援の騎士やハンターたちは、愕然としていた。
大蛇から目を離してしまったようだ。
意思の力で炎柱を操作する。
炎柱は音もなく、それぞれがスゥーっと、湿地スレスレを浮いて滑るように移動した。
大蛇の周りを取り囲むように、炎柱で六角形を形成する。
大蛇はその場で小刻みに右往左往としていた。
「 ははは! 爬虫類もビビるのかね? 情報通り火に弱いらしいな。何だかキョロキョロしまくってて、挙動不審だわ 」
「 ちょっとだけ可哀想になってきたかも 」
「 おいハルノさん! 余裕こいてないで早く焼き殺せ! 毒を吐くかもしれんぞ! 」
戦闘中にもかかわらず――呑気にしている私に、鬼気迫る勢いでハンターの1人が叫んだ。
――別に余裕こいてるわけじゃないんだけど。
それに、焼き殺すのが目的じゃあない。
その場に釘付けにする為なのよね。
このままセルケトと同じ戦法で、雷のハンマーで叩こうかとも考えたが、湿地帯なので流石にヤバいことに気付いた!
私たちも一緒に感電してしまう!
単純に潰すだけなら、やはりこっちだろう――
「 聖巨人の震脚!! 」
大蛇の頭上に、青光りする雲が出現する。
次の瞬間――
雲の切れ間から、巨人の素足と思われる極太の左脚だけが現れた!
太腿から下のみが勢いよく飛び出し、その勢いのまま大蛇を踏み砕く!
ドゴォォォォォオオオオオ!!
パアァァァァァアアアン!!
着地した時の轟音と、まるで自動車のタイヤがバーストした時のような――耳をつんざく鋭音が響き渡った。
衝撃で跳ねた湿原の水分が、私たちに襲い掛かる。
更に激しい地鳴りと共に、若干の揺れを体感する。
そして周りの景色に同化するかの如く、スーっと巨人の脚は中空に掻き消えていった。
大蛇は成す術なくグチャリと踏み潰され、体躯の胴中央部分がペチャンコになっていた。
体躯の下部が、バタバタと容赦なく暴れている。
まるで飼い犬が喜びを全力で表現する為に、猛然と振り回している尻尾のような動きだった。
暴れている尾の所為で、水飛沫がヤバい! 縦横無尽に飛び交っていた。
下部とは対照的に、頭部部分はグッタリと地に転がり、長い舌がだらしなく飛び出ていて小刻みに痙攣していた。
もうすぐ命が尽きるのだろう。
無益な殺生はできればしたくなかったが、こればっかりは仕方ない。
しかし、ただの食料としか見えなかった矮小な人間に殺される気分は、一体どんなものなんだろうか・・・
▽
「 ハルノさん、あんたマジで何者なんだ? 何だ今の魔法、あんな魔法がこの世に存在するとは 」
「 あんた! こんなスゲー魔道士なら、俺たちなんか集めなくてもよかったんじゃ? 賊が何十人居ようが、あんた1人で殺れるんじゃねぇのか? 」
「 ほ、本当に、本当にあの荒野地帯の巨大サソリも、1人で倒したのか? 」
もうこの手の反応には慣れっこだ。
やいのやいのと騒ぐハンターたちとは対照的に、騎士団の面々は押し黙り、愕然としたままだった。
バケモノ扱いされることに、慣れるのもどうかと思うが・・・
ハンターたちは素直に感心していた。
畏怖というよりは、羨望の眼差しを向けられていると感じた。
対照的に、応援の騎士団の面々は――ほぼほぼ恐怖で顔が引き攣っている様子だった。
「 まぁアレです。言いたいこととか聞きたいことは沢山あるでしょうけど、先を急ぎましょう! 」
「 ちょ、ちょっと待ってくれ! 大蛇の討伐証明は良いのか? このまま死体を放置して行くのか? 」
ハンターの男性が、切羽詰まった様子で叫んだ。
「 え? あ、魔核でしたっけ? 何だか色々素材が換金できたりもするんでしたっけ? 」
「 ああ! 折角討伐したのに、何も取らずにここに捨てて行くのはもったいねぇ! 」
「 う~ん、でもこの個体だけじゃないんですよね? 同じようなモンスターが何匹もいるんでしょ? 剥ぎ取りしてる間に、また襲われたら面倒でしょ? 」
「 いやそんなの――、あんたがいれば何も問題はないだろ! 」
「 おいお前たち! 指揮官はハルノ様だ! 欲をかいて乱すつもりなら、ここに置いて行くぞ! 」
黙って聞いていたリディアさんが、烈火の如くキレた!
「 いや俺は、何も金銭的な話をしてるんじゃねーよ・・い、いや、ないですよ! これは相当な武勲になると思って、御零れに与ろうなんて思っちゃいねぇし 」
「 ま、まぁまぁリディアさん、そんなに怒らないで・・・ 」
「 ・・・失礼しました、つい―― 」
「 う~ん、じゃあ帰りもここを通ると思うし、その時にまだここに死体があったら、好きなだけ解体作業して素材を持ち帰ろう。私は素材とか興味ないから、皆で山分けでいいよ。換金してから皆で分ければいいだろうし 」
「 えええ? 」
「 皆で分ける? あんたが倒したのに? ・・・良いのか? 」
「 ええ勿論、その代わり――私たちは解体作業を手伝ったりはしませんよ? それでも良ければ 」
「 ああ! そりゃ勿論だ! 」
ハンターたちのテンションが上がって、やる気が増すなら――そのくらいは安いものだと考えたのだった。
▽
~三日月砦跡地~
ナミエル湖の最北端
かなり細くなって――三日月のような浅瀬を形成しているその入江の先端に、この崩れかけた砦は鎮座している。
大陸南西に位置する――バレス帝国からの侵略に備える為、特に湖からの上陸を許し、奇襲をさせない為に、砦を築き時の王国が警戒に当たったのだそうだ。
上層の一部が崩れかけているとはいえ、四隅の防御塔は今も健在だし、籠城するには十分な機能が備わっているようだ。
さらに噂では、地下にも通路があるらしい。
隠し通路なんかもあるんじゃないかという話も聞いた。
「 ここか、仄かに灯りが見えるな。やはり賊の根城で間違いはないっぽいですね 」
「 はい、とりあえず斥候に1名出すのが常套かと、まずは見張りなどの配置を確認してから動き始めるのが宜しいかと、ところでハルノ様、策が御有りと申されておられましたが、どのような? 」
「 ああ、自分で言っといてアレですが、まぁ策って言うほどのものでもないんだけどね。単純に空から忍び込もうかと、夜間じゃないと即バレすると思ったのよ 」
「 え? 空を? まさかハルノ様・・・宙に浮かぶ効果のある魔法までお持ちなのですか? かつてデュール様も、この地に降臨なされた折――大空を自由に滑空されておられたと聞いたことがありますが 」
「 あ、いえ――そんな魔法はないですよ 」
「 え? 」
・・・じゃあどうやって? という文字が――リディアさんを始め、全員の頭上に思い切り浮かび上がった幻覚を見た気がした。




