第41話 幕間 その弐 人虎
マリアさんとはハンター本部で別れ、リディアさんの案内のもと、シャルディア城内の騎士団詰め所を訪れた。
応接間で待っていると、騎士団長サイファーさんが、側近を伴い慌てた様子でやってきた。
「 待たせたな嬢ちゃん! こんな遅くにいきなりやって来て、用件は賊を討伐してほしいだと!? 一体なんだ? 急にどうしたんだ? っつーか、何で獣人が2人もいるんだ? 」
「 え~っとですね・・・えー、じゃあこちらの人虎族のキューさんとリンさんから説明していただきますね。キューさん、もう一度最初から――この騎士団長さんに事の顛末を話して聞かせてあげて 」
人虎族のキューさんとリンさんは、現在――王都西門エリアの貧民街に住んでいる。リンさんはつい最近、キューさんを頼って王都へ逃げて来たのだ。
2人は城郭エリアに入るのは初めてらしい。
加えて、いきなり騎士団長のような雲の上の要人に面会したとあって、ずっとビクビクとし落ち着かない様子だった。
「 え、えっと・・・キューと申します。こっちのリンはつい最近あたしを頼って王都に来たんですが、リンとあたしは南の国境沿いにある――小さな村の出身なんです。十日ほど前の深夜、村が襲撃を受けたらしく・・・リンだけが逃げれたみたいで、それでハンター組合で討伐依頼を出してた時に、ハルノさんたちに声を掛けさせて頂きまして 」
「 ふむ――、その村の被害は? 」
サイファーさんの質問に、それまで黙っていたリンさんが重い口を開いた。
「 最後は床下の隠し部屋まで逃げて――じっと隠れて息を潜めていたので、ハッキリとはわかりませんが・・・村の男は全員殺されたと思います。お父さんもお母さんも殺されました。数名の若い女は縛られて荷馬車に、幼馴染のミミも連れて行かれてしまって 」
「 今時そんな大胆な凶行を実行に移す輩がいるとはな――、賊を討伐して攫われた仲間を救いたいのだな? 南の国境沿いならば、リューステール領だろう? 独自裁量権が認められてる辺境伯様か・・・あの領兵たちならば精鋭揃いだろ? ナゼまずそちらへ駆け込まなかった? 」
その質問には――リンさんの代わりにキューさんが答えた。
「 領王様は昔から獣人嫌いで有名な人でしたから・・・まず相手にはしてもらえません。リンは昔からあたしの妹みたいなものでしたから、王都で働くあたしのとこへ、飲まず食わずで逃げて来たんです 」
「 ん~、たとえ獣人を救うのが本意ではないにしてもだ・・・自治領内でそんな輩を放置し続けるとは思えんがな。まぁ事情はわかった。で? わざわざ王都で依頼を出したということは、村を襲撃した奴らの情報は、あるていど持ってるってことだよな? 」
「 はい。リンの話では、突然襲撃してきたのは6人くらいの陸人族の男たちだったそうです。息を潜めて隠れていた時に――そいつらの会話を聞いたらしく、【三日月砦】跡地を根城にしているのは間違いないと思います 」
「 たった6人で大胆な奴らだな・・・よほど腕が立つ精鋭なのか? 」
サイファー団長は腕組みをしたまま、目を閉じ暫し考え込んだ・・・
「 ふむ、隣接する領地とはいえ、ちと難しいな・・・この王都直轄領地内ならば、俺の権限で動けるんだがなぁ。辺境伯様の領地となると少々難しい。それは軍も同じだと思うぞ 」
「 はぁ? 何言ってるんですか? 領地は違えど同じ国内でしょ? サイファーさんの裁量で無理なら、私が国王様にお願いしてもダメなの? 騎士団の精鋭と、もっと必要ならオリヴァー殿下直轄の中隊を率いて、さらにリディアさんと私がいたら――6人くらいの相手ならまず負けたりはしないでしょ? 」
「 いや、敵の数は少なく見積もっても・・・そうだな――実際にはその三倍はいるだろうな。まぁだが、攻城戦を想定したとしても、嬢ちゃんのその算段だとかなりの過剰戦力だからな、まず討伐自体は成功するだろう。だがなぁ~、リューステール辺境伯様は気難しい人で有名でなぁ、王都から騎士団や軍を派遣するとなると、今からすぐにってのは無理だろうな。色々と手順を踏まないとだな 」
「 何を悠長なこと言ってるんですか? 今こうしている間にも、攫われた人たちがどんな酷い目にあっているか! 手順踏むとか温いこと言ってる場合じゃないでしょう? すでにもう十日以上も経ってるんですよ? 」
「 そう怒るなよ。嬢ちゃんの正論は尤もなんだがな――、色々と派閥も絡んでて厄介な事になる恐れがあるんだよ。俺にも一応立場ってものがあってだな、まぁだが、まずは陛下に御相談するべきだな。俺の予想では、嬢ちゃんの頼みでも今からすぐに――ってわけにはいかねぇと思うぞ 」
「 う~ん、とりあえず国王様に謁見申し込むかぁ、リディアさんに頼めば――明日にでも即拝謁できると思うし 」
私の発言に対し、後ろで直立するリディアさんが口を開いた。
「 いえ――ハルノ様ならば、これから赴いても全く問題ないかと思われます 」
「 ああ、嬢ちゃんならたとえ真夜中に陛下を叩き起こしてもお咎め無しだろうな 」
サイファーさんが半笑いで同意した。
隣に座るキューさんとリンさんは、唖然とした様子で私を見つめていた。
――解るよ、解る・・・一体この人は何者なんだ? って言いたいんでしょう。
「 しかし、その手続きとやらにどれくらいかかりそうなんです? 」
「 う~ん、急使を立てたとして最短でも往復で六日、獣人嫌いってのがどう影響するのか未知数だが、なんだかんだ理由を付けて渋る可能性も否定できないからな、最長十五日弱ってことも覚悟した方がいいかもなぁ――まぁギリギリのとこまで進軍しといて待つってのも一つの手だがな 」
「 はぁ? 待てるわけない! そんなに待たされたらイライラしすぎて発狂するわ! 」
「 おい嬢ちゃん、どうしたんだ? 俺は決して獣人差別主義者じゃないと前置きしておくが、嬢ちゃんはナゼそこまで――昨日今日知り合ったばかりの獣人に肩入れするんだ? 」
「 そんなの決まってます! キューさんとリンさんは、ネコ科の人虎だからですよ!! 」
「 ――お、おう、そうか・・・ 」
サイファーさんは、私の意味不明な圧に押されてしまったようで、頷くしかなかったのかもしれない・・・
仕切り直しで、一つわざとらしく咳払いをしておく。
「 要は政治的な介入っぽくなるのがダメってことなんでしょ? その領地に中隊規模の人数が無断で入ったら、すぐにバレるもんなんですかね? 」
「 ああ、真っすぐ街道を抜けて行くなら確実にバレるな。少数なら関所を経由せず、たとえばかなり危険だが迂回して森の中を抜けたりとか・・・様々な抜け道があるのだろうがな、流石に中隊規模となると不可能だろうな 」
「 同じ国内なのに関所とかあんのか・・・何か良い方法ないですかね? 」
「 あの渓谷が厄介でな。必ず大橋を渡る羽目になるからなぁ。う~むそうだなぁ、嬢ちゃんたちは陛下に頼んで一般の身分証明を作ってもらい正規のルートで入る。それで一定以上の戦力が欲しいなら現地で雇うとか、こちらの王都のハンターたちを雇い、個別に入ってもらって現地で合流するとか、まぁどちらもかなりの金が必要になるだろう。嬢ちゃんの頼みなら、その費用も陛下が喜んで出してくれるかもな 」
「 ところで依頼を出したということは、お前たちは報酬を用意していたのか? 」
サイファーさんの問い掛けに、キューさんが恥ずかしそうに答える。
「 あ、はい・・・かき集めて、金貨一枚分しか用意できなくて 」
「 おいおい! それじゃあ5人くらいのパーティーの、道中の交通費や食費で消えちまうぜ 」
「 す、すみません・・・ 」
「 しかしまぁ、よくそんな低報酬でその内容の依頼申請が通ったもんだな。そもそも罪状確認はどーなってんだか――、ハンター組合は何やってんだ 」
「 ・・・はい、受付の人にも、依頼を出すのは自由ですが誰も受けないと思いますよ。と言われてしまいました 」
「 だろうな! 」
2人は俯いていた。
忸怩たる思いがあるのだろう。
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沈黙が暫く続いたが、私が破る。
「 う~ん、たとえ頭数が同じ団体でも、政治的な絡みが無さそうなら問題視されないって感じですか? じゃあ騎士団や軍だとバレないように、一般的な装備で領内に入れば良くないです? 」
「 ああ、まぁそれも悪くはないな。何人かに分けて通常の旅人のフリをして通過すれば問題無いかもな、特にハンターのフリをすれば一般人以上の武装をしていても怪しまれないだろうし、そもそも正式に依頼を受けているハンターなら、他領だろうが基本的には関係無いしな 」
「 尤も登録が完了してるハンターに限るから、登録証を人数分偽造する必要があるかもしれん。なのでかなりの手間と金が掛かる、本来ならば現実的じゃあない手段だが、陛下の全面協力を得ることができる嬢ちゃんならば――有効な手かもなぁ 」
「 う~ん、めんどくさいな~・・・ 」
「 騎士団や軍の団体が、無断であの領内に入ることの方が後々面倒な事になるんだよ・・・ってか嬢ちゃんはデュール様の使命の方はどうなってんだ? 後回しにしていいのか? 俺も騎士団内部で聞き込みをしたが、今のとこ魔物の情報で目ぼしいものは無いんだがな 」
「 ああ、別に期限切られてるわけじゃないし、テキトーでいいんですよ。あの人いつも大事なとこは濁してて、結局何をさせたいのか意味わかんないし 」
「 おいおい! 大丈夫なのかよ・・・ 」
唐突に神の名前が出たせいか、またしてもキューさんとリンさんに凝視されることとなった。
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もうかなり遅い時間だが――リディアさんの案内で王宮に足を運んだ。
キューさんとリンさんは騎士団詰め所に宿泊してもらう手筈となったので、今ここにはいない。
しかし、どうやら私がデュール神の使徒だという事実が、もうかなり周知されている様子だ。
お城の中で働く人たちは、私の姿を見ただけで平伏する者もいるほどだった。
リディアさんを引き連れていることで判断していると考察するが。
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謁見の間に到着し暫し待つ。
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血相を変えた国王様が、宰相さんと一緒に入室して来た。
「 こ、これはハルノ殿! 大変お待たせ致しました! 経緯は息子から聞きましたが、此度は我らの騒動に巻き込んでしまったようで――弁解の余地もございません 」
国王様は入って来るなり、ジャンピング土下座しそうな勢いで謝罪してきた。
「 ああ、全然問題ないですよ! もしかすると私が寝てる間に現れたあの不審者も、やっぱりゴーストとかの類じゃなくって、今回の暗殺事件に関わりがある者だったのかもしれませんよ? たとえば内通者とか、っていうか今日来たのは、その件じゃあないんです。別件でして 」
「 え? 別件と申されたか? 」
「 はい。南方――辺境伯の領地エリアで暴れてる賊討伐の件なんです。単なる私の御節介なんですけど、どうしても放っておけなくって 」




