第40話 幕間 その壱 不気味の谷現象
「 え? そうなの? 」
「 はい。小隊の規模だとしても、魔道士だけの部隊というのは――どの国も存在しないと思いますが・・・少なくともわたくしは聞いたことがないです。魔道士人口は極めて少ないですので、能力的なものを度外視したとしても、まず頭数が揃わないと思います 」
私の問い掛けにリディアさんが答える。
昨日小雨の中、深夜に王都へ戻ってきて、オリヴァー殿下が顔パスで取ってくれた宿へ直行した。
そしてひたすら爆睡してしまったのだ。
そして急使を使わせてもらいマリアさんと待ち合わせ、ハンター組合本部付近の――カフェっぽい飲食店のテラス席で、昼間っから女3人お茶を嗜んでいる。
「 え? 少ないってそんなに? ハンターさんたちの4~5人パーティーには――必ず1人くらいの割合で入ってる感じなんじゃないの? それくらいは普通にいるのかとずっと思ってたわ・・・ 」
この人は一体何を言っているんだ? と、半ば呆れている様子を私に察知されないように努めているのだろうか? リディアさんは酷く困惑した表情を見せていた。
「 ま、まさか! そんなに魔道士が存在したなら、今頃我が国はこの大陸を支配していると思われます。少なくともこの大陸で、一定水準以上の魔法戦闘ができる魔道士となると――1万人に1~2人くらいの割合かと 」
「 え? マジで? 」
どうやら私は、完全なるゲーム脳だったようだ・・・
確かに私以外に魔法使える人って、殿下とヒルダさんしか出会ってないわ。
あの神様は別として・・・
今までずっと感じていた――違和感の一つはこれだったのか。
確かに何度か訪れたハンター組合本部でも、魔道士っぽい人は、只の一度も見かけたことがなかった。
ほぼ全員が――近接戦闘系の武器や防具で身を固めていた。所謂ローブ系を纏った、如何にもな魔法使い装備の人は皆無だった。装備で判断しようとしている時点で、かなりのゲーム脳なのだろうが。
しかし、そんなにレアジョブだったのか。
「 そういえばオリヴァー様との魔法戦は、かなり噂として広まっていますよ。特にハンターたちの間では語り草になっています。依頼の確認で組合本部を訪れた際、よく声を掛けられますから。ハルノ様の侍女として――ナゼかわたし自身も顔が知られているようでして、組合長もわたしをわざわざ呼び止めて、ハルノ様のことを聞いてきましたよ 」
「 え? 未だに噂になってんの? 組合長は何て? 」
「 訓練場での魔法による模擬戦が最近噂になっているが――、ポーションを配ってたあの時一緒にいたお嬢さんが、その噂の魔道士だったのだな! と言っていました 」
魔道士ってだけでもかなり珍しいのに、加えて奇天烈な立ち回りをした所為で、あの時あの場所に居た人たちだけに止まらず――、未だに耳目を集めてしまっているというわけか。
「 ・・・ところでマリアさん。私が居ない間、何か進展はありました? 」
「 えーっと、昨日の日中の時点では――まだ魔物の情報更新はされていませんでした! それからお任せ頂いた「 子供食堂 」の件は軒並み順調です! カインズ様の全面的な御協力の賜物ですが、チケットの雛形製作も完了しておりますし、スタート時の飲食店にも話をつけて頂いております。あっ、それと魔法のポーションの件ですが、ハルノ様が手首を復元されたハンターの方が、連日かなり頑張って宣伝してくれている模様です 」
「 そっか、マリアさんに全部丸投げしてしまって、何だか申し訳ないですね。でも本当にありがとう 」
「 何を仰いますか、ハルノ様には神からの使命が御有りなのですから。わたしで出来ることはどんどん振って頂きたいです 」
「 あっ! 孤児院への差し入れも順調? 」
「 はい。院長さんも大変喜ばれておりました! 」
「 それは良かったわ。落ち着いたら私も一度お伺いしないと――ってか遠征できるようになるまで暫くかかりそうだし、今日は有事に備えてポーション作りに励もうかな~ 」
▽
「 乗り合い馬車、さっき出たばかりのようですね 」
「 マジかぁ~・・・まぁでも仕方ないですね。のんびり待ちますか 」
北門行きの乗り合い馬車を利用する為に、停留所に設置してある運行予定表を見ていたら・・・
どこかで見たことのある男性が、私の名を呼び通りの向こう側から手を振っていた。
「 ハルノさ~ん! お久しぶりです! その節は大変お世話になりました! 」
男女4人が、こちらへと渡ってきた。
「 ああ! カノンさん。カノン・ヘルベルさんですね 」
「 名前覚えててくれたんですね! 光栄です! 」
――いや・・・カノンさん以外はちょっと怪しいかもしれないけど。
「 ハンター組合に行くんですか? 」
「 はい、そうです。そー言えばハンターたちの間で、ハルノさんがすごい有名人になってますよ! 」
「 え? やっぱり? 」
「 ガイゼルさんの千切れた腕を治したんでしょ? しかも完璧な状態にまで 」
「 ああ、名前は知らないけど、モンスターに腕を食い千切られたとかで大変な事になっていたので、魔法で治しましたね 」
「 超高位の治癒魔法が使える魔道士だ! って話で持ち切りですよ。しかも王家が後ろに付いてるって。あっそれから――ポーション配布や治癒魔法サービスの事業を始めるらしいって聞いたんですけど 」
「 ああ、そうなんですよ。営利目的じゃないんですけどね。ってか、まだ準備段階で開始時期もまだ未定なんですけどね 」
「 それだったら、俺たちで良ければ何でもお手伝い致しますので! 遠慮なく仰ってください! ・・・ところでハルノさんたちは、依頼を受けたりしないのですか? 」
「 ああ、そーいえば登録してなくても受けれるんでしたっけ? あーでも、依頼主が「 登録無しでもOK 」――で依頼書出してないとダメなんですっけ? 」
「 そうですそうです! どうです? もしお時間あるなら、これからご一緒に。どんな依頼があるのか見てみるだけでも結構面白いですよ 」
――う~む、基本的に文字が読めないからなぁ・・・まぁでも暇だし、ちょっとくらいなら良いかなぁ~
「 うーん、馬車も来ないし、ちょっとだけ見てみようかな! 」
「 やった! 」
カノンさんは小躍りして喜んでいた。
▽
ハンター組合本部建屋の――分厚い木製扉を押して中へ進むと・・
「 え!? 猫? 虎? 何? 獣人なの? 」
玄関入ってすぐの右手に――獣人がいる!
虎がそのまま二足歩行になったとしか思えない姿の獣人が・・・何やら羊皮紙を胸の前で広げ、突っ立っていた。
「 ハルノさん! 聞こえますよ。ちょっと失礼にあたるかと・・・ 」
カノンさんが囁くように、すかさず苦言を呈する。
「 あ、すみません。そんなつもりでは 」
確かに失礼すぎる。姿形を視界に入れた途端――、揶揄していると受け取られても仕方のないような物言いは、流石に人として失格だろう。
――この街の中では初めて見たかも。これが王都で暮らす獣人なのか・・・
「 ごめんなさい。初めて獣人見かけたものだから、つい・・・ 」
私は声を潜めて、誰にともなく言い訳をした。
「 ええ? 獣人見たの初めてなんですか? 」
「 あ、いえ、巨人族は間近で見たことあるんですけど、この街中では初めてで 」
そーいえば、暴れまわった巨人族たちは、盗賊との戦闘前に捕縛され、その後一緒に王都まで帰ってきたのだが、どうなったのだろうか? 一旦拘留すると殿下は言っていたけど。
「 なるほど。そういう意味でしたか。このエリアでの獣人は確かに珍しいですよね。西門エリアの最外周付近が生活圏だと思いますが、こっちの方では滅多に見かけることはありませんからね 」
「 へぇー、そうなんですね 」
一般的なチュニックに、ハーフパンツのような服装だった。
かなりゆったりしている服だが、バストの膨らみがあるので女性なのだろう。
年齢は判別のしようがない。若年なのか壮年なのかさえ、一見しただけでは判らない。
少なくとも日本のアニメに出てくるような――耳と尻尾だけが獣で、その他は通常の人間と大差ない、といった感じではない。
体中体毛で覆われており、完全に虎そのものだった。
虎が衣服を纏い直立している! もう違和感しかない・・・
巨人族のビジュアルにもかなり驚いたが、ある意味――それ以上のインパクトだった。
いうなれば、SF映画の緻密な特殊メイクを全身に完璧に施された人が、すぐそこに居るような感じ・・・かなり不気味だった。
しかし、私は猫が大好物だ。
犬よりは断然――、猫派だ。
私の猫好きには、ちょっと病的な部分があるという自覚もある。
故に動物園などでネコ科の虎などを見ても、獰猛な感じでちょっと怖いな――と感じる一方、それ以上に可愛いとさえ思えるほどだった。
だが、すぐそこにいる虎の女性はどうだ?
リアル過ぎる虎人間・・・無類の猫好きの私をもってしても――不気味と感じる。
これはあれか?
「 不気味の谷現象 」ってやつか?
「 不気味の谷現象 」は、ロボットなどが人間に似ていく過程で、ある一定レベルの類似までは親近感がどんどん上昇するが、ある一定を超えると・・・
いきなり嫌悪感が上がったり、不気味だ! と、感じるようになるという心理現象のことだ。
三頭身くらいのアニメキャラのフィギュアは可愛いが、リアルすぎるマネキンは気持ち悪い、と感じるアレだ。
親近感をグラフにすると、ある時点でいきなりガクンと急激に落ちるので、その部分を谷に比喩しての名称らしい。
ダメだ・・・こういう精神状態が無為に人を傷つけてしまい、人種差別に繋がる。
変に意識するな! って方が無理な話だが・・・
虎人間の前を通り過ぎる際、できるだけ視界に入れないように、平静を装った状態で歩を進めた。
「 あ、あの――、話を聞いてもらえませんか? 」
妙にハスキーな声で、唐突に人虎族が話し掛けてきた。
「 へ? 俺たちに言っているのか? 」
カノンさんが面喰った様子で反応する。
「 あ、はい、あの・・・ 」
カノンさんたちは、人虎族の女性が広げる羊皮紙を覗き込む。
「 ん? 依頼書か? 何で貼らずに君が持っているんだ? 」
「 あ、待ってる時間が惜しくて、この依頼を受けて頂けませんか? 」
▽
「 ん? 【三日月砦】跡地を根城にしている賊の討伐依頼? ん? ・・・これは賊を殲滅してくれってことかな? 相手の規模が如何ほどなのかが分からないが、しかしこんなの――君個人が出す依頼じゃないし、4~5人で請け負うような内容でもないと思うんだが・・・それこそ騎士団や軍の守備範囲だと思うのだがな 」
「 しかも報酬が金貨一枚ってのはちょっと・・・正直に言わせてもらうけど、これじゃ幾ら何でも報酬が少な過ぎだと思うよ? 」
カノンさんは終始優しい口調で接していた。少なくともカノンさんは、獣人を差別する人ではないのだろう。
「 も、勿論、騎士団の方たちに嘆願したんですけど・・・門前払いで、話さえも聞いてもらえなくって、報酬の方は――これが精一杯なんです 」
私はちょっとだけ興味が湧いてきた。
どう考えても、依頼内容と報酬が見合っていないようだ。
単純にお金が無いのだろうか?
どうしても討伐してほしい――、だけど見合った報酬は出せない。
つまり、藁にも縋りたいほどに――切迫してるってことなのだろう。
御節介かもしれないが・・・
「 すみません。こちらのパーティーの一員ってわけじゃあないんですけど、良かったらその依頼を出した動機を教えてもらえませんか? 騎士団や軍に知り合いが結構いるので、御力になれるかも? 」
「 え! 本当ですか! ぜ、是非! 」
伏し目がちだった人虎族の女性は、一縷の望みを繋ぐように、その虎の目を輝かせていた。




