第4話 拠点帰還
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「 お前・・・本当にフォルカーだよな? っつーか実はアンデッドだ! なんてオチじゃねーだろーなぁ? 」
「 バ、バカを言うな! だが信じられねーのも無理はねぇよ。正直、俺自身いまだに信じ切れてねぇからなぁ・・・ 」
アイメーヤ・フォルカーは、騎士団の兵士たちに囲まれて質問攻めにあっていた。
寝ぼけ眼の者も数名いて、死んだはずの仲間が真夜中に拠点まで戻って来たとあって、ゴーストやゾンビの類に身を堕としたんじゃないか? ――と、本気で疑っている者もいる始末だった。
鮮やかな青色の眼を持つ兵士が、詰問を開始する。
アイメーヤ・フォルカーが隊長と呼ぶ兵士だった。
「 で? 門をくぐるなり客間に直行し爆睡おっぱじめたお嬢さんが? ――転生賢者だとぉ? しかもお前を蘇生魔法で蘇らせて、ついでにセルケトも? ――あのお嬢さんが討伐したと? 」
「 はい、そうです・・・にわかには信じられんと思いますが、隊長とミルズが安全に撤退できたのも、あの方がセルケトの注意を引いてくれたお陰だと思っています 」
ミルズと呼ばれている青年が、アイメーヤ・フォルカーの右腕にしがみ付いた。
どうやら涙を浮かべている様子だった。
「 でも本当に良かった! 僕、僕これからどうしようかと考えてたところでした。フォルカーさんを盾にして僕は何もできなかった。小隊長の怒号が無ければあのまま僕も死んでいたでしょうけど・・ 」
「 気にすんな! またこうして会えたんだ。結果的に俺の選択は間違ってなかったってことだろ? 即座に撤退を判断し指示したアレン隊長ももちろん間違っていない! しかしまさか蘇生魔法を施され冥界から生還するとはな・・・自分で言っててかなりぶっ飛んでる話だとは思うがな 」
「 ふむ。まぁーとにかくお嬢さんが起きてからだな。大隊長も交えて仔細を聞こう。しかしお前の体の傷は本当に――、全て癒えているのか? 」
アレン小隊長が、まじまじとアイメーヤ・フォルカーのブ厚い胸板を観察する。
「 はい。この半壊した甲冑が物語ってるように、俺――確かに串刺しになりましたよね? 隊長も見ましたよね? ・・・でももう痛みは全く無いし、まるで夢でも見てるかのような気分ですよ 」
「 夢を見ている気分なのは俺の方だ。明日はお前の遺留品を探しに、二部隊派遣されるところだったんだぞ。しかし伝説の蘇生魔法か、正直――まだお前がこうして生きている事がまるで信じられんが 」
「 いやすまんな――、もう遅い。続きは明日にしよう。とにかくお前も体を洗ってから休め。侍女を起こして水浴びの用意をさせろ! おい! お前らも見張りの当番以外はもう寝ろ! 話は明日だ明日! 」
アレン小隊長はパンパンと両手を打ち鳴らし、皆に撤収を命じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
▽
▽
▽
「 寝すぎて頭が痛い・・・ 」
頭痛薬なんて勿論持っていない。
もしかして、こんな些細な身体の不調も魔法で治ったりするのかな?
試してみようか?
いや――、とりあえず今は食料の確保が先だ・・・
「 しかしこの部屋、客室って聞いたけど必要最低限の家具以外な~んにも無いなぁ・・・ 」
小型のテーブルと椅子が二組、あとは今寝ているベッドと小型の引出し箪笥が一つしかない。
「 とりあえず何か食べたい。お風呂にも入りたいけど・・・ 」
食べ物はともかく、お風呂は期待できそうにない。
石造りの巨大な砦。
アイメーヤ・フォルカーさんの話だと、かつて――グリム原野のさらに南、リューステール領以南からの獣人連合による襲撃に備え、ライベルク王国直轄領地とグリム原野(一応、王国の領地)境の山間に、砦を築いたらしい。改築は今なお行われているみたいだが、始まりはもうかれこれ140年も前だそうな。
とりあえずベッドから降りパパっと服をはたいて整え、肩までの髪を手櫛で何度か梳き、入り口の扉へと向かう。
格子状になっている木材の横棒一本が、閂の役割を兼ねているようだ。
閂を真横にひいて鍵を開けた。
――これ・・・外側の横棒と連動しているから鍵の意味が無いよな?
少しだけ扉を開け、顔だけを出してみる。
――通路には誰も居ないな。
等間隔に並ぶ通路の小窓から陽光が射し込んでいた。
――今、何時だろう? お昼くらいだろうか?
昨夜は魔法で創った水分ばかりを摂り、結局――水以外なんにも胃袋に入れていない。
十分な睡眠をとったせいで――睡魔が誤魔化してくれていた空腹による不快感がぶり返してくる。
「 すいませ~ん! どなたかいませんか~? 」
両手でメガホンを作り大声で叫んでみた。
▽
通路の曲がり角の先から、バタバタと走ってこちらへと近づく足音が聞こえた。
「 起床されましたか! 起きられましたらお食事のご用意をするようにと仰せつかっております。さぁどうぞこちらへ! 個室をご用意しておりますので! 」
侍女らしき人が、曲がり角から走って現われた。
黒いワンピースのような服に、厚いデニム生地に似た前掛けという恰好だった。
▽
個室には水瓶と、かなり大きな木製のタライが用意されていた。
「 お食事をお持ちしますので、こちらでお顔などを洗っていただければ! もう少々お待ちください 」
またしても簡素な部屋へと案内され、お言葉に甘え洗顔をさせてもらい、小さなテーブルに着席して待つこと10分程度・・・
――うう~ん、遅いな
コンコンコン!
急いているようなノックの後、間髪入れずに乱暴ともいえる勢いで扉が開いた。
「 賢者殿! おはようございます! よく眠れましたか? 」
損傷した鎧を着こんでいた昨日とは打って変わって、薄手生地の上下に身を包んだアイメーヤさんだった。
「 あ! はい。ありがとうございました。ただ、お腹が空き過ぎて気分が悪いですが・・・ 」
「 もう少々お待ちください! もうすぐ運ばれてくるはずですので! 」
「 あ、いえ――すみません。何だか色々お世話になってしまって・・・ 」
「 何を仰いますか! 砦に詰めてる大隊長からも国賓級の待遇をせよ! との御達しですし。尤もこのグリム砦じゃ満足なもてなしはできませんが・・・その辺りはご容赦いただきたい 」
「 いえ! そんなに気を使わせて何だか申し訳ないですね・・・ 」
「 失礼致します! お食事をお持ちしました。大変お待たせ致しました 」
侍女さん二人が食事を運び込み、テーブルの上に並べ始めた。
――待ってましたーーー!!
でも、その前にトイレに行きたい・・・
「 ごめんなさい。お食事いただく前にトイレに行きたいんですけどぉ・・・ 」
「 あ! はい、ご案内しますね 」
侍女さんの一人が先導してくれるようだ。
「 では俺、賢者殿の食事が終わったらまた来ますね! 」
▽
▽
私は今――軍議に使用されるらしい大部屋で、白濁したお茶を啜っていた。
エネルギーチャージを完全に済ませ、少々お腹が苦しいが――
このお茶はほどよい甘さでついつい口に運んでしまう。
お茶を愉しみながら、当面の目的を正直に伝えた。
素性に関しては、「 あまり詮索されたくない 」の一言で、意外だったがすんなりと通った。
魔道研究などのために転生を繰り返すらしい「 賢者 」と総称される存在だ――と、皆さん思い込んでくれている様子だが・・・
「 賢者ハルノ殿。此度は我が騎士団の兵士を救っていただき感謝する。大まかな経緯はこのアイメーヤ・フォルカーから聞き及んだが・・・ハルノ殿ご本人から今一度――確認を取らせていただきたい! 本当に蘇生魔法を行使し、フォルカーを蘇生されたのか? ――単なる上位の治癒魔法ではなく? いやまぁ上位の治癒魔法が使えるだけでも稀有な存在なのだが・・・ 」
代表して質問を投げかけているのは、この砦に詰めている兵士たちの総責任者――第三大隊の隊長さんらしい。名前はラグリット・ハオカーさんというらしい。
アイメーヤさんと小隊長のアレン・クラウザーさんは、大隊長が座っているソファーの斜め後ろで直立している。
「 はい。治癒魔法も使えますが、アイメーヤさんは完全に死亡していたので、蘇生魔法を使って何とか蘇生させました――です 」
「 そ、そうですか、いや先に謝っておきますが・・・疑っているわけではないのです。あまりの展開で言葉に詰まるが・・・しかしこれは国王陛下に報告すべき案件だ。まずは高位の官吏や宰相殿に話を通すべきなのかもしれんが、どうせ信じないだろう。私はとある武勲をあげたことがきっかけで、国王陛下から直接相談を持ち掛けられるくらいの立ち位置にはおります。まぁ内容は些少なものばかりではありますが・・・ 」
「 そこでだ! 唐突なことで御足労をかけることにはなるが、わたしと共に王都へ赴いてはもらえないだろうか? 是非ともお願いしたい! 」
――え? 王都に行くの?! それはちょっとだけ興味があるかも・・・
――だけどこの世界では治癒魔法はともかく、蘇生魔法は超レアで貴重な魔法ということはよく理解した。王都には行ってみたいけど・・・超レア魔法が使える私を重用しようと王様たちに囲い込まれるのだけは勘弁してほしい・・・
「 え? 大隊長さんと一緒にですか? 一時的だとしても、ここの責任者がいなくなるのはマズくないんですか? 」
「 御心配には及びません。クラウザーをはじめ優秀な部下が数名おりますからな 」
「 ――もし断ったら、どうなります? 」
「 いや、別にどうということはないのだが・・・しかしできればわたしが仲介役を務める故、御足労願いたい 」
「 正直に申しますが、セルケトほどの強敵を一人で討伐し、伝説の中だけのそれこそデュール神様が行使なさる魔法と思われていた蘇生魔法を実際に扱えるとなると・・・曲がりなりにも王国騎士団の一角を担う身としては、とてもじゃないが無視できる存在ではないですから 」
「 う~ん、そうですかー・・・ 」
「 ハルノ殿の御懸念はわかります。蘇生魔法が扱える転生賢者が王に拝謁するとなれば――最初こそ信じる者は少ないでしょうが、いずれ大騒ぎになる事は間違いありません。それこそ前代未聞ですからな。そして宮廷に囲い込まれるんじゃないかと危惧されているのでしょう? ――だがご安心ください。我が国王は「 賢王 」と一般の民からも称される存在。ハルノ殿が不利益を被るような処遇はしないでしょう 」
「 ――まずは王にお伝えするわけだが、その場に同席するであろう宰相殿、そして数名の側近たちの耳には必然的に入ってしまうと思われますが・・・その他の者には情報が洩れないように配慮致しますから! ――それに、ハルノ殿も後ろ楯は無いよりはあった方が良いでしょう? そのポータルとやらを探す為にも! 」
――う~ん、心を読まれたか。確かにごもっとも。
「 う~ん確かに、まぁ別に、この魔法の力を隠しているわけではないんですけどねぇ。そもそもここの砦の兵士さんたち数名は蘇生の一件を信じている様子なので、噂が拡がるのも時間の問題でしょうしね。まぁ噂を聞いた人が信じるかどうかは、私にはわかりませんけどね 」