第39話 尋問の末
夜が白々と明けつつあった。
朝日が薄っすらと顔を覗かせている。
あちらが東だろうか?
元の地球と同じ環境で、惑星配列や公転や自転などが全て同じであるならば、あちらが東ということになるはずだ。
天幕エリアの西側――、草原エリア。
夥しい数の死体が転がっていた。
死屍累々とは、正にこのような現場のことを言うのだろう。
こんな凄惨な現場は、生まれて初めて見たかもしれない・・・
私が考えた作戦を実行した結果であり、つまりは――私が引き起こした虐殺だ。
元地球の――特に先進国は、どんな理由であれ人を殺せば罪となる。
法が人を守り、そして法が人を裁く。
元地球の人類があれほどまでに文化的発展を遂げたのは、偏に法というルールを創りあげ、それを遵守してきたからに他ならない。
だが、そう考えているのは善側の者だけ。悪側の者は常に利己的で、法の遵守など気にも留めていない。
では私はどっち側だ?
私は自分で善人だと思っているし、善か悪かで言えば――間違いなく確実に、善側に入ると思っている。
だが、今回のこの虐殺はどうなる?
私は人を複数殺した事に因り――、悪側に片足を突っ込んでしまったという判定になるのか?
この王国にも――勿論法律は存在するし、人殺しは勿論重罪らしい。
ならば、この虐殺は罪になるのだろうか?
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などと色々考え込み、理屈を頭の中で並べ立て、斜め上の妄想をしていた自分にハッとし我に返った。
この殺人が悪の行いか?
いや、断じて違う!
そもそも――清々しいほどに罪悪感は皆無だった。
むしろ死んで当たり前だろう・・・と、素直に思っていた。
殺られる前に殺っただけ。
そう――、シンプルにただそれだけのことだ。
人を殺そうとして近づいて来たのなら、もしかしたら逆に自分が殺されるかもしれない――という覚悟が出来上がってここに来ているはずだ。
逆に殺されても文句は無いだろうし、また言う資格も無いだろう。それこそ御門違いってやつだ。
尤も、死人に口無しなのだが。
こういったケースに限った場合――こちらの世界では法律なんて関係ない! それ以前の問題だろう。
▽
「 ハルノ様! こちらに居られましたか 」
戦場では獅子奮迅の活躍だったと称えられていたリディアさんが、いそいそと駆け寄って来た。
「 どうしました? 」
「 こちらの死者6名と、負傷者多数の回復をお願いしたく! 」
「 ああ、すぐに行きます 」
「 恐れ入ります! もうすぐ捕虜の尋問を行いますので、中央広場に――ハルノ様はお越しにならない方が宜しいかと存じます 」
「 わ、わかりました・・・ 」
――拷問ですか?
尋問という名の、拷問をして吐かせるおつもりですか!
▽
負傷者収容所と化した天幕に入る。
呻き声がそこかしこで聞こえる。
またしても血の匂いが鼻を衝いた。
味方の兵士さんたちにも甚大な被害が出ていた。
中央隊は一人の戦死者もいなかったらしいが、サイドから攻めて、白兵戦に持ち込んだ両翼の部隊に――負傷者がかなり出ていたらしい。
闇夜の中の乱戦ともなれば、当たり前の結果なのかもしれないが・・・
熟練度はこちらの兵士がおしなべて格上なんだろうけど、死兵と化した一部の敵兵の勢いも、相当苛烈なものだったのだろう。
オリヴァー殿下も、騎兵の一人として剣を振るっていた。
剣撃を一度受けてしまったが無傷だったらしい。
私がかけた――魔法障壁のお陰で問題無かったと言っていたが・・・
天幕内を見渡す――
指先を失っている兵士さんが、傷のある方の腕を渾身の力で捻じり、指先の痛みを誤魔化そうとしているのが――何とも痛々しかった・・・
正直、傷口を直視するのが辛い・・・
こればっかりは、いつまで経っても慣れることはないのかもしれない。
私は血に弱い。
特に裂傷や欠損などの傷は、見るに堪えない・・・
私がお医者さん――、特に外科医を心底尊敬するのは、自分が絶対に耐えることができないであろう局面を、日々の仕事現場にしているからに他ならない。
兵士さんたちは、鬼の形相で痛みに耐えている。
だが、悲壮感に苛まれている様子はなかった。
皆――、理解しているのだ。
どんな傷も完治することを、そして死亡しても生き返れることを。
「 もう大丈夫ですよ。全部綺麗に治しますので 」
「 聖女様ありがとうございます! 俺たちの様な下々の者にまで、奇跡の御力を行使して頂けるとは、感謝の念に堪えません 」
拒否するタイミングを逸してしまい、いつの間にか「 聖女 」という呼称が定着してしまっている・・・
「 上も下もありませんよ。立場が違うってだけの話です。人は皆、生まれながらに平等なのですよ! 」
ナゼだか魔が差し、聖女ぶってそれっぽい感じの発言が――つい口を衝いて出てしまった。
「 おお! なんという慈愛に満ちたお言葉であろうか 」
「 いえ、これは私の言葉ではなく、福沢諭吉の言葉ですよ。とりあえず問答無用でガンガン治しますよ! 」
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両手両足を縛られ猿ぐつわを咬まされている敵兵が1人――、篝火が設置された広場に無造作に放置されていた。
芋虫のようにモゾモゾと――、だが激しく動いていた。
今さら逃げる意思はもう無いようだが、あまりにもキツく縛られている為か・・・激痛でもんどりうっているのかもしれない。
オリヴァー王子と剣士のリディア、そして王国軍兵士多数が、その芋虫を囲み――憐憫の眼差しを向けている。
「 おい! これからお前を尋問する。正直に答えれば命だけは助けてやる。だが嘘を吐いたり、誤魔化したり、時間稼ぎをしたなら・・・まずは足首を切断するからな。そのつもりで丁寧に、且つ迅速に答えるのだぞ? 理解したか? 」
芋虫と化した敵兵は、うんうんと激しく頭を振り承諾した。
「 ちなみに、俺は慈悲深いと自分ではそう思っている、が――、こっちの女傑は気が短く残忍だ。一言一句、気を張りながら答えた方がお前の為だぞ? 」
またしても、うんうんと赤べこの様に頭を振っている。
「 それからもう一つ先に伝えておく必要があったな。嘘の見抜き方についてだが――、お前以外にも数名生き残りの捕虜がいる。お前に行った尋問を、そっくりそのままその者たちにも行う。もし答えが一致しなければ、連座制ということで――全員の足首を切断するのでそのつもりでな。つまりお前が真実を正確に話しても、他の奴らが嘘を吐けば、お前はもう二度と自分の足では歩けなくなるからな? その時は仲間を恨め 」
「 ぐうぅぅぅぅぅ、ぐぅぅぅぅぅ・・・ 」
許してくれ! やめてくれ! 助けてくれ! とでも言っているのだろうが、ハッキリとは分からない。そんな声にもならない呻きを上げていた。
「 では猿ぐつわを外すぞ、騒ぐなよ? 」
王国軍兵士が猿ぐつわを外し、身を起こすのを手伝った。
捕虜の敵兵は完全に血の気が引いており、正に顔面蒼白となっている。
「 では第一問だ。お前たちの組織はどういった組織だ? 所属と目的を答えろ 」
「 お、俺たちは――ただの盗賊団だ。頭の名はギャリットだ。俺は末端だから詳しくは知らない、本当だ! 信じてくれ! 隠すつもりは全く無い! 本当なんだ、ただ又聞きした話がある! 頭に確かめたわけじゃないし、もしかしたら真実じゃないかもしれない。だからもし違っていても、斬り落とさないでくれ! お願いだ! 」
「 わかったわかった! とりあえずその人伝に聞いた話を聞かせてみよ―― 」
オリヴァー王子は、努めて慈愛に満ちた表情を無理やりに作って囁いた。
「 ここを襲撃するように依頼されたらしい。依頼主は正体を明かさなかったらしいが――、頭は帝国の手の者だろうと言っていたそうだ。王国の要人を襲う計画で、その護衛の兵士複数の殲滅を依頼されたらしい。それ以外は知らない、本当だ! 決して嘘はない、信じてくれ! 」
「 ふむ、バレス帝国か・・・ 」
――帝国だと仮定すれば、俺の命を狙うのは十分過ぎるほどに理解できる。
だがナゼだ? 俺が遠征する情報が洩れたとして・・・
ナゼこんなにも用意周到な動きができたのだ?
ただの偶然か?
俺が遠征などで王都を離れなくとも襲撃する手筈だったのか?
王城内部に潜り込み、暗殺部隊で襲う計画の進行中だったのか?
その場合、父上ではなく・・・やはり俺が標的だったのか?
とにかく暗殺計画を進行中だったと仮定して、帝国にとっては都合良く俺が遠征する情報が急遽入った。
そしてより確実に、よりリスクが少ない状態で暗殺できると考え、この野営中に狙う方へと切り替えたのか?
もしかすると・・・俺が遠征すると判明し、父上から俺へと標的そのものを変更したのかもしれんな。
「 次の問いが決まった。では第二問だ。その正体不明の者が、お前たち盗賊団に依頼を出したのはいつの話だ? 」
「 そ、それは分からない、だがここ数日のはずだ。頭が昨日――「 いくら何でも急すぎる 」ってボヤいてたのを聞いた! 」
「 ふむ・・・ 」
――こ奴ら盗賊団は、ダメ押しの殲滅部隊として臨時で雇われただけか?
――俺の暗殺は成功した・・・それは事実だ。
攪乱で巨人族を駒として投入し暴れさせ――、兵士たちを疲弊させる。
さらに追い打ちで盗賊団が襲撃。
虚を突かれた王国軍兵士は総崩れとなるだろう。
なにせ、もう指揮官はその時点で死んでいるのだ。
それにもし王国軍が盗賊団に打ち勝ったとしても、王子を殺した罪は――盗賊団に擦り付けることができる。
やはり王国軍が野営中、盗賊団に襲われて壊滅した――という体にする為に、急遽臨時で雇った。そう考えるのが自然で腑に落ちる。
――ハルノ殿が帯同していなければ、実際に壊滅していた可能性が非常に高い。
少なくとも、実行犯は指揮官が俺だと思っていただろうし――、ハルノ殿の存在には気付いていたとしても、まさかデュール様が絡むような重要人物だとは考えていなかったのだろう。
もしそれほどまでの重要人物だと判っていたならば――、俺なんぞよりも真っ先に、ハルノ殿を狙う可能性があったかもしれん。
もしくは――、帝国がデュール様をどれほど信奉しているのかは知らんが、もし我らと同等に畏敬の念を持っているならば――、逆に神罰を恐れハルノ殿には絶対に手を出さない可能性も高い。
後者の場合――
神罰があまりにも恐ろし過ぎて、ハルノ殿がこちら側に与している限り、王国に手を出すこと自体を諦めるかもしれんな。
もし俺が帝国側の黒幕だったとしたら――、確実に手を引くだろう。
「 よし! お前の発言を信じてやろう。質問は以上だ。ブラックモア! 後は任せたぞ 」
「 御意 」
オリヴァー王子は勢いよく立ち上がり、外套を翻しながら、負傷者が収容されている天幕へと向かった。
尋問を終えた盗賊の真後ろに、音も無く静かに――リディア・ブラックモアは移動した。
そして静かに鞘から剣を抜き、躊躇なく背中から腹にかけて――突き立てたのだった・・・
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「 ハルノ殿! 此度はご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳なく! お許しください・・・ 」
オリヴァー殿下が、天幕に入ってくるなり――いきなり頭を下げて謝罪してきた。
「 え? 何で謝るの? とりあえず死んでる人は全員蘇生できましたし、怪我人も全員回復しましたよー 」
「 何と申し上げてよいやら、感謝の言葉もない・・・ 」
「 いえ、いいんですよ気にしなくっても~、それより尋問の結果はどうでした? ・・・やっぱ王国内の身内が犯人ですか? 」
「 いえ――確証は全くありませんが、バレス帝国の可能性が出てきました 」
「 帝国? 他国かぁ・・・う~ん、よくわかりませんが、つまりそれって――戦争の兆しアリですか? 」
「 ええ、帝国は完全なる覇権主義ですからね。いつ攻め込んで来ても、おかしくはないですよ 」
「 う~む、何だかキナ臭くなってきましたねぇ・・・ 」
「 はい。とりあえずハルノ殿――、デュール様にお叱りを受けることになりそうですが、一旦行軍は中止し王都に戻りましょう。一旦体制を立て直し、また後日遠征することと致しましょう 」
「 そうですね。流石に疲れたし――、とりあえず眠いですしね 」




