第35話 投げキャラ
「 リディアさん、殿下はとりあえずこのままにして敵を殲滅しましょう! 」
リディアさんは血溜まりに膝をつき、殿下の亡骸に手を当てていたが、私の提案に一瞬、その端正な顔に驚愕の色を浮かべた。
「 危険です! 畏れながら、ここは兵が時間を稼いでいる間に、殿下の亡骸を担いで一旦距離を取るために撤退するべきです! どうかわたくしの具申をお聞き入れ頂きたい! 」
殿下が死亡している今、最優先すべきは私の身の安全。それはリディアさんの立場からすれば当然の判断だろう。しかし私の価値観は異なった。
私にとっては兵士の命も大事なのだ。もちろんリディアさんが兵士を捨て駒として考えているわけではないだろうけど。
「 私は欲張りなんです! 敵を殲滅し、この場にいる全員を五体満足な状態で家に帰したいんです! 言うまでもないですが、殿下も生き返らせます! 」
「 し、しかし・・・ 」
私の身を案じ慄くリディアさんを尻目に、私は天幕の出口へ滑り出た。
「 ハルノ様! お待ちください! 」
「 お前は殿下の傍を離れるな! 」
「 は、はいぃ! 」
リディアさんに叱咤された兵士は、慌てて踵を返し天幕内に取って返した。
▽
激戦区域の前線を目指し、二人でひた走る――
戦場の轟音が間近に迫る。あともう少しだ。
「 僭越ながら、わたくしが敵を引きつける役を務めます。ハルノ様には遠隔から魔法攻撃をお願いしたく―― 」
「 盾役か・・・いや、リディアさんは前線の兵士を撤退させることに専念してください! 盾役は自分で用意します! 」
――段々ムカついてきた! 睡眠と食事を邪魔されるのが一番ムカつく!
リディアさんの筋肉質な肢体を真後ろから抱きしめながら眠りに就く、という密かな幸せは味わえたが・・・睡眠を邪魔されたことには変わりない。
極上の抱き枕を奪われた、私の怒りを思い知るがいい!
「 岩人形創造 」
地面がボコボコと沸き立つように揺れた次の瞬間、光り輝く魔法陣が眼前の地面に展開された。魔法陣が閃光を放つ中、地面から浮かび上がったのは、圧倒的な存在感を放つ巨躯のゴーレムだった。
全身は冷ややかな銀光を放つ滑らかな鋼鉄の装甲に覆われている。その体躯は三メートルにも及び、力強い四肢は岩をも砕くかのような無骨なデザイン。特に腕部は途方もない厚みを持ち、鋼鉄の塊そのもののような迫力があった。指先は精巧でありながら、異質な冷たさを漂わせる。
頭部はヘルメットのような形状で、目にあたる部分には二つの赤い光が灯り、静かに周囲を見渡していた。鋭く冷徹な光は、その存在が放つ鋼鉄の輝きと相まって、むしろ神々しい威厳すら醸し出していた。
――えぇー! これ全然「 岩 」っぽくないやんか・・・鋼鉄人形なら分かるけど。あの人――絶対ネーミング間違えただろこれ。
岩のゴーレムではなく、どこからどう見ても完全に鋼鉄のゴーレム。
「 て、鉄の巨人! なんと神々しい! 」
リディアさんは感嘆の溜息を漏らしていた。
「 よしゴーレム君! このまま前進! 人間の兵士を踏み潰さないように注意しつつ、モンスターを撃破せよー! 」
必要無いのかもしれないが、ゴーレムにもダメージカット効果の【女神の盾】を付与した。
「 こいつを盾役にして私は後方支援。リディアさんは兵士の誘導。わかりましたね? 異論は認めません! 」
「 りょ、了解致しました 」
▽
見えてきた! 怪物の悍ましい容貌が!
異様に長い剛腕を、駄々っ子のようにブルンブルンと振り回し、目に付く物を手当たり次第に破壊している!
「 聖なる光球! 」
闇夜の中空へ手をかざし、光源魔法を唱えた。バスケットボール大の、やや黄色がかった激しい輝きを放つ光球が掌から射出される。勢いよく射出された光球を上空五メートル辺りで静止させ、小刻みに震えるようにホバリングさせた。
座学の情報によれば、この光を浴びるだけで低位のアンデッドは消滅するらしい。
「 ハルノ様――、あれは大鬼ではありません! 同じ獣人ですが、あれは巨人族です! 人を襲うような凶暴な種族は北方の寒冷地でしか遭遇することはない、と言われているのに・・・何故こんな所に 」
「 あっ! まさかこいつらは! 」
肩から二の腕にかけては、まるで岩を彫り上げたような筋肉の隆起。その腕は異様なほど長く、地面に届きそうなほどだが、その力強さには圧倒的な迫力があった。力任せに腕を振り回す動きからは、触れるものすべてを粉砕せんとする暴力性がにじみ出ている。
一方、下半身は驚くほど短く、筋骨隆々とした上半身とのバランスを著しく欠いていた。それでもその短い足が支える巨体は、地面を震わせるほどの重量感を秘め、圧倒的な存在感を放っていた。大地を踏みしめるたびに響く音が、その恐るべき力を誇示している。
スキンヘッドに近い頭部。肌は艶のある緑色で覆われ、無骨で無機質な印象を与える。興奮状態のようなその顔には――我々のような人間性の片鱗は見えない。視線を向けられるだけで、恐怖に身がすくむような威圧感がそこにはあった。
その巨人三体がこちらに迫り来る光景は、絶望そのものだった。獣のごとく咆哮を上げ、その声が反響するたび、空気が重く沈むように感じられる。その存在が放つ異様なオーラは、生き物としての生命力と破壊の本能が絡み合った、まさに凶悪の象徴だった。
「 こわっ! な、何なのあのスキンヘッドの緑の巨人は・・・しかも三体もいるやん! リディアさんまさかって何? 何がまさかなの? 」
巨人族三体とも、こちらの旗印である鋼鉄機兵を捕捉した様子だった。
地面が揺れる!
巨人族三体が、ドカドカと小刻みな走りで猪突猛進の勢いで迫る!
「 うわああー! こっち来た! もう話してる暇ないー! リディアさん! 応戦しようとしてるあの兵士たちを誘導してすぐに撤退させて! 」
「 ゴーレム君! ボコボコにやっちゃってー! 」
「 畏まりました! 」
リディアさんは軍用ラッパを強く短く一回だけ吹き、大きく息を吸い込んだ。
「 総員撤退だ! 殿下の天幕、最終防衛ラインまで総員撤退だ! 繰り返す! 撤退だ! 」
とんでもない大声量だった。
以前、兵士たるものボイストレーニングは必須です。と言っていたのを思い出した。
尤も内容よりも、「 ボイストレーニング 」というワードが出たことに驚いたのだが。
「 し、しかしブラックモア様! 聖女様をお守りせよ! と王子に厳命されております! 」
一番近くで剣を構えていた兵士が、負けじと大声で返す。
「 煩わせるな!! これは聖女様の御命令だ! 総員撤退しろ! お前たちがいても邪魔になるだけだ! 」
走り込んできた先頭の巨人族が、鋼鉄ゴーレムの首を掴もうとその長い左剛腕を伸ばした!
巨体ゆえに緩慢だろうと高を括っていたが、意外にも素早い!
首を鷲掴みにされたゴーレムは全く怯む様子は見せず――、掴んできた巨人族の左手首を、逆に両手で握り締めた。
ボキボキボキッ!!
「 グオオオオオォォォォォ――・・・ 」
まるでポッキーを折るくらい簡単に、その丸太のような腕をへし折った。
「 うおお! つえええー! ゴーレム君いいぞぉ! 」
さらにお返しとばかりに、巨人族の太い首を左手で掴む!
そして右手でアイアンクロー!
こめかみから発生するミシミシという鈍い音がハッキリと聞こえる。
「 グオオオォォォ――・・・ 」
こめかみをロックされた一体はそのまま持ち上げられ、その短い脚をバタバタとさせ無駄な抵抗を試みている。
若干遅れて突進して来た残り二体が、その勢いのまま左右からタックルを仕掛けてきた!
ドゴオォォォ!!
正に鉄壁!
巨人族のタックルを受けてもビクともしていない!
この光景どこかで見たことあるな。
そうだ、あれは報道系のTV番組でやってた――横綱のお相撲さんがちびっ子力士三人に模擬稽古をつけていた時の光景だ。
ちびっ子とはいえ、同年代の子供に比べれば信じられないような大きな体格だった。
そんなちびっ子三人の「 ぶちかまし 」を、一身に受けてもあの横綱はビクともしなかった。
逆に三人の子供たちは、そのまま土俵外まで押し出されていた。
所詮、軽自動車がいくら突進しても重機には勝てない!
その後はもう作業のようなものだった。
首根っこを掴み、持ち上げては地面に叩きつけるという豪快な技を、巨人族三体が動かなくなるまで何度も続けたのだった。
格闘ゲームに最低1キャラは必ず入っている、「 投げキャラ 」のようなゴーレム君。
スピーディーでトリッキーな攻撃は全くできないようだが――掴まれたら終わり・・・という「 投げキャラ 」好きにとって、垂涎キャラに成りうるゴーレム君だった。
「 ゴ、ゴーレム君・・・もういいよ。何だか可哀想になってきたよ 」
私の言葉が届き、まるで電源が落ちたかのようにゴーレムは完全停止したのだった。
▽
完膚無きまでに叩きのめされた巨人族たちを、二人で眺めていた――
絶命しているのか?
もし息があったとしても、もはや自力では立ち上がれないくらいのダメージを負っているはずだ。
「 リディアさん、避難は完了? 」
「 はい! 動ける者は殿下の天幕辺りまで撤退していると思われます。その場で、陣形を崩さぬようにと命じてあります! 」
「 皆に殿下が死んじゃった事がバレるね。まぁ蘇生するけどね・・・ 」
「 はい! デュール様の御力を継承されているハルノ様が起こす奇跡を、皆心待ちにしているかと! 」
「 それからハルノ様。この巨人族どものことでお話が・・・ 」
――ん? 先ほど何やら言い掛けていたことだろうか?
「 うん、何? 」
「 あくまでもわたくしの勝手な推測なのですが、この巨人族どもは、我が国の労働者の可能性があります 」
「 はあ? え? 労働者? このモンスターが? 」
リディアさんの発言があまりにも予想の斜め上過ぎて、私の声は上ずってしまったのだった。




