第33話 核弾頭
先日の急な宣伝活動の中止を経て、ゆっくりと静養した甲斐もあり、私の体調はすこぶる良かった。
だが、ひとつだけ憂鬱なことがあった。それは、目的の【カラフ遺跡】まで丸三日もかかると聞いたことに加え、王国の軍隊が護衛として同行するという話を聞いたからだ。
約束の時間が近づくと、オリヴァー殿下が専用の馬車で迎えに来てくれるらしい。
王都街を出た先の草原で、殿下が率いる軍隊と合流し、【カラフ遺跡】まで行軍する予定だという。
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昨夜、マリアさんからこの予定を聞かされたとき、私は思わず目を丸くしてしまった。
「 え? 私とリディアさんと殿下の三人だけでポータルを捜索するんだとばかり思ってました 」
そう面食らっている私に、リディアさんが即座に否定を示した。
「 まさか! 王都内ならまだしも、流石に国王陛下がお許しにならないでしょう。ハルノ様と殿下をお守りするには、むしろ少なすぎるくらいです! 一歩王都を出れば、魔物やモンスター、盗賊が蔓延しておりますから 」
――確かに、冷静に考えれば当然か。
将来王国を背負って立つ人物がいるのに、たった三人で危険な旅に出るなどありえない。殿下やリディアさんの「絶対守るマン」的な発言に、私は完全なる思い込みをしていたのかもしれない。
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宿泊先を出ると、すぐにオリヴァー殿下が迎えに来てくれた。
王都に残るマリアさんに見送られ、宮廷専用馬車に乗り込む。しばらく揺られて王都街を出て、田園地帯を抜けると、見渡す限りの穏やかな丘陵が続く草原へと変わった。あちこちに残る土塁の跡は、およそ10年前の他国との戦争の名残だそうだ。
遠くに、すごい数の軍隊らしき一団が見えてきた。ざっと数えても100人近くはいるだろうか。
「 殿下、先ほど貴族のご子息が多く在籍している中隊だとおっしゃってましたが、まさか、あの人たち全員が貴族のご子息ってわけじゃないんですよね? 」
「 はい、全員ではありません。約2割といったところでしょうか。元々俺の直轄部隊ですが――今回は暫定的ではありますが、ハルノ殿に指揮権を移譲いたします 」
オリヴァー殿下は、それが当たり前かのように平然と言い放った。
「 え!? は、はいぃ? いや、軍隊の指揮なんて任されても困るんですが・・・ 」
道が整備されていないためか、馬車の揺れが激しい。私と殿下の声は震えまくり、真面目な会話をしているにもかかわらず、それがおかしくて笑ってしまいそうになる。
「 国の中枢では、すでにデュール様降臨の事実が周知されつつあります。ハルノ殿の存在は、まだ許可が下りていないので濁してはいますが、俺が護衛にあたる方は、とても高貴な女性だと伝えてあります。ハルノ殿を一目見れば、思慮深い者ならデュール様ゆかりの方だと気づくでしょう 」
「 ・・・へ? その事実が周りにバレることと、私に指揮を任せることにどんな関係が? 」
「 俺が指揮するよりも、ハルノ殿が指揮する方が、間違いなく兵の士気が上がりますからね! 」
ウィン大陸語では違う響きなのかもしれないが、私には「指揮」と「士気」が同じように聞こえて、思わずクスッとしてしまいそうになる。それを堪えるのに必死になっていた。
「 所詮、王族といってもただの人間。デュール様に比べれば、我らなど塵芥――取るに足らない存在です 」
「 へ? 」
元々無神論者である私には、この世界の唯一神に対する畏敬の念に違和感しかない。
「 ちょっと待ってください。確かに神様は崇拝する存在なんでしょうけど、なぜそこまでデュールさんを畏怖するんですか? チラッと聞いた話だと、今までだってせいぜい時の君主に助言を与える程度だったんですよね? 」
私の疑問に答えてくれたのは、殿下ではなくリディアさんだった。
殿下が同席しているためか、彼女の表情は少し強張っている。
「 それはわたくしの知る限りですが、およそ200年前の話かと。どうやらハルノ様は直接お聞きになっておられないのですね 」
「 え? 何を? 」
「 文献によりますと、およそ300年前、この大陸で邪教を崇拝する国と、デュール様を崇拝する聖王国が戦争状態に突入しました。戦いは熾烈を極め、戦局は邪教国有利に傾いたのですが、戦線に突如デュール様が降臨なされ、邪教国の兵士を一瞬で殲滅し、さらにその場の聖王国の戦死者を多数蘇らせるという、信じられない奇跡を行使されたのです 」
「 その後、邪教国は国ごと滅ぼされ、大陸からその名を消しました。故に、この大陸に生きる者は皆、デュール様を心の底から崇拝し畏怖しているのです 」
「 ・・・マジかぁ! いくらなんでもやりすぎだろ! 限度ってもんを知らんのかあの人は! つまり核兵器みたいな役割を果たしたのか・・・そりゃあ怖がられるわな。納得だわ 」
私は吹き出しそうになったが、ぐっと堪えた。不謹慎だと思われたら困る。
「 その・・・『かくへいき』とは何です? なんらかの兵器ですか? 」
殿下は腕を組み、不可解そうに首を傾げた。
「 あ、いえ、気にしないでください・・・ 」
現代の地球に置き換えて考えれば、デュールさんはまさに核兵器級だ。たった一人で国を滅ぼせるほどの力を持った「 核弾頭と同じ影響力を持つ存在 」
そう考えれば、国王陛下をはじめ皆がへりくだっていたことにも納得がいく。逆鱗に触れれば、すべてが一瞬で消滅するのだ。
逆に、信仰心の厚い国にはとんでもない恩恵が期待できるのだろう。戦死した兵士を蘇生させたという史実が、何よりの証拠となる。
――確かにそれは敬うわ。裏を知らなければ、無神論者の私だってきっとすぐに敬うだろう。
会話に夢中になっていた。
気づけば、すでに軍隊が整列している開けた草原に到着していた。
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歩兵60名。騎兵12名。そして恐竜が牽く――荷車を管理する輸送兵が10名。
総勢82名という大所帯だ。
手頃な土塁の上には私たち三人が、その下には兵士たちが整列していた。
「 総員謹聴! 出発に際し、こちらの指揮官ハルノ殿よりお言葉を頂く! 」
オリヴァー殿下は大声を張り上げた後、私を一瞥した。
――えええ!! 何話せばいいのよ・・・
しかも、やっぱ私が指揮するのか!
そういうの苦手なのに。
――まぁ、だが仕方ない。ある程度は仕方ないか・・・
「 え、えーっと、えー、ご紹介に与りました、魔道士をやってます春乃と申します。えー・・・私たちにはとある使命がございまして、この度の行軍は、ハンターさんからの確かな情報を基に行動を起こしました 」
「 暫定的ではありますが、目的は【カラフ遺跡】に巣食う魔物を討伐する、という目的になるかと思います。えー・・・私は治癒魔法が使えるので、道中怪我などされましたら、遠慮なく申し出てくださいー、えー・・・そんな感じです 」
もういいですよね? と目で訴えるため、殿下の方に向き直った。
私の視線を受けた殿下は、即座に一歩前へ出ると、右手を大きく振った。
漆黒の外套が風にはためく。
「 お前たち! この俺よりもハルノ殿の安全を第一に考え行動しろ! 総員がハルノ殿の盾となり、死ぬことを常に念頭に置いておけ! いついかなる時でもだ! わかったな!? 」
「 はっ! 」
なんとも快活な返事を、全員が即座に発した。大袈裟な台詞を至って真面目に、恥ずかしげもなく叫ぶ殿下を横目に見ながら、私は考えずにはいられなかった。
もしかして私のことも、人を蘇生させる能力を持ったプチ核弾頭だと思っているのだろうか・・・
その可能性に、私はひどく心配になってしまうのだった。




