第32話 依頼の行方
「 ただの治癒魔法なので、失われた血液までは補完されていないと思います。無理は禁物ですよ! 」
茫然自失
まさにその言葉通り、まるで魂が抜けたかのように、気の抜けた表情で固まっている人たち。
「 お嬢さん――、タダもんじゃねぇのは分かっていたつもりだが、まさかここまでとはな。そもそも魔道士ってだけでも貴重な存在なのに、一体なんだその魔法は? 『ただの治癒魔法』だと? 断じて俺の知る治癒魔法じゃあねぇぞ 」
血の気が引いた表情で、二人のハンターのうちの一人が震える声で呟いた。
彼らの反応は、私にとっては最高のデモンストレーションだった。
「 あぁ、私の中では一応、最上位の治癒魔法なんですよね 」
そもそも二種類しかない治癒魔法。
実はただの【治癒】という魔法も使える。大は小を兼ねるってやつで、正直この【治癒】の必要性がまるでない――、と言うかそもそも出番がない! と、つい最近まで思い込んでいた。
だがつい最近、霊薬を製作していた時に気付いたことがある。
――あ~、これってあえて霊薬のランクを設ける場合、効能の大小という差別化を図るため、この通常の方の【治癒】で一つ下のランクの霊薬を作ることができる! ということに気付いた。
「 いや、そんな上とか下とかそんな次元の話じゃねぇよ・・・そもそも異常すぎんだろ! 何だこの回復力は! あり得ねぇよこんなの 」
▽
「 で! この治療に対する報酬の件に移りたいんですけど―― 」
腕を失っていた男性ハンターは、未だにその場から動けずにいる。自分の左腕を凝視し、信じられないというように目をキョロキョロさせている。
「 あのー・・・驚いてるとこ邪魔して悪いんですけど、報酬の件をー! 」
「 あ、ああ、そうだな。すまない・・・まずは礼を言わせてくれ。信じられないが、本当に助かった。だが報酬か・・・こんな見たことも聞いたこともない高度な治療を受けておいて本当に申し訳ないが、見合うような報酬は出せない。すまない。とにかく全財産を渡すよ・・・たかが知れてるけどな 」
彼は視線を落とし、肩を落とした。
「 あーいえ、お金は一文もいりませんよ! あー・・・一コイン? 一金貨? と言った方がいいのかな? とりあえずお金はいりません! その代わり、私が使った治癒魔法と同じ効能があるポーションの宣伝を手伝ってもらえませんか? あなたたちの反応を見て、言葉だけではとても信じてもらえないことはよく分かりましたから。だからこそ、誠心誠意、ハンターの方々を中心に宣伝してほしいのです! それを報酬の代わりとしましょう。どうです? 」
「 そんなことでいいのか? それでいいなら精一杯宣伝させてもらう! 同じハンターに宣伝すればいいんだよな? 」
「 そうです。もちろん、それ以外の方にもどんどんお願いします! 」
「 ちょ、ちょっと待て・・・ 」
二人組の片方のハンターが、腰のバッグから小さなガラスの小瓶を取り出した。
「 これ・・・って、もしかして、さっき看板に書いてあったことは本当なのか? まさか、さっきみたいな治癒魔法の効能が、本当にこのポーションにもあるのか・・・? 」
私の返事を聞く前に、彼らはすでに信じかけているようだった。二人のハンターは固唾を飲んで私の返事を待つ。
「 ええ、そうです。だから宣伝してほしいんですよ。本当に大怪我でも治るんだってことを 」
「 マジかよ! 神話級のアイテムじゃねぇか! こんなモノをポンっとくれるなんて、あんたらどうかしてるぜ! 正気か? お、おい、言っとくが返さねぇぞ! ちゃんと宣伝するから、これは報酬としてもらっておいてもいいんだよな? 」
「 もちろんですよ! まだ沢山ありますから。ちゃんと仕事をしてくれたら、追加で差し上げることもあるかもしれませんよ 」
本当の価値を理解した途端、彼はその小瓶をまるで赤子を抱くかのように、慎重にバッグへ収めた。
「 マジかよ・・・これ一本で国同士の紛争が起きてもおかしくないレベルだぞ! 王家が後ろについてるのも頷けるな。だが忠告しておくが、むやみに誰彼構わず渡さない方がいい。冗談抜きで命を狙われるかもしれねぇ! いやそうか! そうならないためにこんな回りくどいことをしてるのか? このレベルのポーションが広く一般にも認知されれば、超高価格帯でも安定する。効果が本物なら、こんなとんでもねぇポーションはどこを探したってあるわけねぇしな! 」
「 王国としては、外交の一種の切り札にも使えるかもな。各国のパワーバランスを考えると、かなり優位に立てる。王家がどこまで考えているかは分からないが・・・しかし既存の薬師たちが黙っちゃいないだろう。そのあたりは価格で差別化するしかないか? ただ、どうしても一定額下げざるを得なくなるだろうから、反発は免れないだろうな 」
興奮しているのか、二人は勝手に考察を始めた。
――ん? んん? この人たち・・・何かブツブツ言ってるけど、壮大な勘違いをしているような?
こっちはただ、自力で満足に食べることができない子供たちを救いたいだけなんだけどな。
――いや、これも利用するべきかもな! 少なからず愛国心があるならば、より張りきって事に臨んでくれるだろうし!
「 頑張ってくれたら、私たちからの追加報酬だけじゃなくて、宮廷からも金一封が出るかもしれませんよ? 」
これは完全な嘘だが、問題はないだろう。本当に貢献してくれたなら、国からということで金貨一枚くらいは進呈するつもりだ。
「 おお! それはいいな! 」
二人とも、子供のような笑顔を見せた。
「 じゃあ私たちはこれで! 宣伝の方、頼みましたよ! 」
「 おう! 世話になったな! 宣伝は任せてくれ! 」
私たちは、未だ呆気に取られている腕が復活した男性とおばさんを尻目に、部屋から出たのだった。
「 遅くなっちゃったね。今日はもう宿に戻ろうか。荷物はこのまま組合本部に預けておけばいいでしょ? どうせまた明日も行くんだし! 」
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翌日の昼過ぎ、私たちはハンター組合本部へ来ていた。
昨日預けた荷物を受け取るため、リディアさんが受付で事情を説明している。この時間帯は人が少なく、閑散としていた。壁に貼られた大きな掲示板には、びっしりと羊皮紙が貼られている。この枚数だけ、未だ未解決の依頼があるのだろう。
私が手持ち無沙汰でキョロキョロしていると、マリアさんが「 ついでに目ぼしい情報が入っていないか、また確認してまいります! 」と言って、別のカウンターへ駆けて行った。
大隊長とアイメーヤさんが出したという情報提供依頼の確認も、王都に残ったマリアさんに一任されているそうだ。
私とリディアさんが、三角看板や小瓶の詰まった木箱を台車に乗せていると、マリアさんが何枚かの羊皮紙を手に急いで戻ってきた。
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「 ハルノ様! 魔物の情報が三つ入っておりました! 有益な情報には報酬を出さねばなりませんので、ご確認ください。当然のことですが、わたくしには判断できかねる分野ですので―― 」
渡された資料に目を落とす――
「 い、いや、読めんよ・・・ 」
マリアさんはハッと我に返り、「 あっ、そうでした。失礼いたしました! 代読します 」と続けた。
「 えっとまずは、王都街の最外周にある墓地に、夜な夜な大型のゴーストが現れるらしいです。今のところ墓守のおじいさんが驚いて転倒し怪我をしたらしく――、それ以外の被害は特には無いそうです。ちなみに討伐依頼は出ていないそうです 」
「 う~ん、それは全然的外れかもですね・・・ 」
「 ・・・そうですよね。では次です。今は廃村となっている元マニエル村の、中央に設置されている大型の農具付近に、女性と思われるゴーストが現れるらしいです。こちらはかなり攻撃的なゴーストらしく、近寄った者に被害が出ているそうです。ただ、その農具付近から離れることがないらしく、簡単に逃げることができるみたいですね。追いかけてはこないみたいです。その所為か、こちらも討伐依頼が出ているわけではないようです 」
「 うーん、それも違うっぽいなー 」
「 はい。では最後の三つ目です。【カラフ遺跡】の内部に、かなり遠くから一瞬見えただけみたいですが、【リッチ】が住み着いているそうです。遺跡内部の調査依頼で赴いたハンターの一団からの情報ですね。最近になって遺跡の周りにアンデッドが急激に増えたみたいで、その調査で内部に潜入した際に【リッチ】を確認し、即時撤退したそうです。ちなみに依頼は失敗扱いとなったそうで、後任はまだ決まっていないみたいですね 」
「 【リッチ】って何? アンデッドの骸骨のお化けだったっけ? 」
もう完全にゲームの知識だが、そう尋ねると、リディアさんが即座に答えてくれた。
「 アンデッドの王と呼ばれる、最上位クラスの魔物ですね。典型的な魔道士のような外見――、との噂は聞いたことがあります。わたくしは一度も出会ったことはないですが、ただやはり実体は無いと言われています 」
「 ほほう! それはかなり可能性が高そうな気がする・・・ 」
とりあえず――、使命の方もちゃんと進めているぞ! っていうポーズはしておいた方がいいよなぁ・・・
「 マリアさん、伝令に走ってもらえる? お城に行ってオリヴァー殿下を捕まえて、『 遠征するぞ! 』って伝えに行ってほしい 」
「 畏まりました! 」




