第31話 文明レベル5の魔法力
「 リディアさん! 見せておやりなさい! 」
戯れに、白ひげ好々爺の台詞を真似てみたものの、この突拍子もないノリに付き合ってくれる者など、コチラの世界にはいるはずもなかった。
「 え? 何を・・・で、ございましょう? 」
リディアさんはきょとんとして問い返す。
「 あ、いや、えっと・・・国王様からいただいたエンブレムです 」
「 ああ! コレでございますね! 」
ようやく合点がいったらしい。リディアさんは手荷物から国王陛下より賜ったばかりの、この上なく美麗な装飾が施されたエンブレムを取り出し、組合長によく見えるように掲げた。
組合長はその輝きを前に目を丸くし、言葉を失った。やがて、喉から絞り出すような声で呟く。
「 おいおいおいおい! マジかよ! ・・・本当に王家から派遣された者たちなのか? 」
「 流石にこれで信じていただけましたか? 私たちの意思は、延いては国王陛下の意思なのですよ! 」
私は胸を張り、ドヤ顔120%で堂々と仁王立ちのポーズを決めた。
「 マジかよ! いや、これは失礼を・・・無礼な態度をとってしまい申し訳なかった。許してくれ・・・ 」
先ほどまでの威圧感はどこへやら、組合長は急にしおらしくなった。
「 いえいえ! わかっていただけたなら、何も問題ありません。大丈夫ですよ! 」
「 ちょ、ちょっと待ってくれ! 整理させてくれ。孤児を中心に、食うに困ってる奴らを救済するためなんだよな? 提携する食堂で、ハンターたちが食事をする際に寄付を募るんだよな? で――、寄付の見返りとして魔法のポーションと交換か、もしくはお前さんたちが施す治癒魔法サービスが受けられると、ここまでは間違いないよな? 」
「 ええ、概ね間違いないです 」
「 だがな、ポーションで大怪我も治るってのはどうなんだ? ハンターをやってる奴なら真に受ける奴はいねぇとは思うが、あからさまに胡散臭いだろ。いくら王家の意向だとしても、ハンターたちを巻き込むなら話は別だ。ここの責任者として、黙って『 はい、そうですか 』とは言えねぇ 」
全くもってごもっともな意見だった。権力に屈せず、組織を守るために言うべきことは言う。その姿勢は素晴らしいと思う。
「 う~ん、本当にある程度の怪我なら治るんですけどねぇ~、それを証明して、口コミで広めてもらうために、怪我人を待ってるんですけど・・・尤もまだ一人も来てませんけどね 」
「 ふむ。国王様の高尚な理念など俺如きには計りかねるが、ただ治癒魔法なら兎も角、ポーションで即座に大怪我を治すってのは無理があるだろ? 詐欺まがい――とまでは流石に言わねぇけどな。ハンターたちを相手にするなら、いい加減なことはせず、キチンとしてくれ! 頼むぜ! 」
「 はい、留意いたします! 」
言うべきことは伝えた、といった様子で、「 では失礼する! 」と言い残し、組合長は踵を返した。
その背中に向かって「 引き続きここにいても良いってことですよねぇ? 」と声をかけると、組合長は振り返りもせず、右手だけを上げてひらひらと振った。許可の意図を示す、その仕草はなんとも洒脱で、思わず笑みがこぼれた。
▽
「 タダならもらっておこう 」と思うのかもしれないが、全く怪我をしていない者が虚偽の申告をして、ポーションの小瓶を掻っ攫って逃げる、という事件が二度ほどあった。それ以外では小瓶が減ることはなかった。
やはり、以前の模擬魔法戦でのインパクトが強かったのだろう。断じて自惚れではないけれど、私のファンになりつつある人が、少なからず存在する気がしていた。そういった奇特な方々が、意外と多く声をかけてくれる。
「 この前の殿下との一戦で、ちょっとだけ顔が売れちゃったみたいだね。声かけてくる人の中に、あの時の試合を見てた人が結構いる感じだねー 」
「 そのようですね 」と、マリアさんが静かに同意する。
街を闊歩しているような人は、怪我自体していないのだろうか? カノン・ヘルベルさんの話では、皆、生傷が絶えない状態で日々の依頼をこなしている、と言っていたのだが・・・やはり誇張だったのかもしれない。
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しかし、こうして座り目の前の商店の店先を眺めていると、私たちが使っているような三角スタンド看板を置いている店は皆無だった。もちろん、建物自体に看板となる木板が設置されている店はある。
飲食店なら、今日のおすすめを書くだけで集客に繋がると思うのだが。ちょっとした手間だけで、費用もさほどかからないのに、なぜ実施しないのか謎だ。
――三角スタンド看板を商品化してみようかな。そういえば特許権ってあるんだろうか? もし無ければ、あっという間に模倣されて終わるだろう。その場合は、自分で作るよりも買った方が安い、という価格設定にしないと。
などと色々考えていると、妙に喉が渇いてきた。
「 う~ん、喉が渇いたなー・・・よし! 気分転換に喉を潤しにいきますかー! 」
「 ハルノ様、わたくしは情報提供の依頼の件で、有力な情報が出ているかどうか確認してきても宜しいでしょうか? 」
「 ええ、勿論。じゃあ、マリアさんの分も注文しておくね 」
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ハンター組合1Fの飲食店で、パインジュースのような味の飲み物を、グビグビと飲んでいたその時だった。
「 おお、お嬢さん方! ここにいたのか! 探したぜ! もう帰っちまったのかと思って、半ば諦めるところだったぜ 」
宣伝してもらうために、ポーションを手渡した先ほどの二人組だった。
「 どうしたんですか? 」
「 知り合いが負傷してるんだ! 飯を食うためにここを離れた後、道中で知り合いのハンターが血相変えて助けてくれって掴みかかってきてな。事情を聞いたら、パーティーメンバーの一人がモンスターに腕を食い千切られて、今にも死にそうってんだ! 組合お抱えの魔道士に治療を頼むために走ってたらしいんだが 」
「 俺たちも他人事じゃねぇしよ! ――何か力になれないかって思って、そんでお嬢さんが治癒魔法も使えるって言ってたの思い出してな、探してたってわけだ。すまんが今すぐに一緒に来てくれねぇか? せめて、出血が止まる程度までは治癒魔法をかけてやってほしいんだ。魔法治療費の確約は俺たちにはできねぇが、そこは何とか頼むぜ! あんたほどの常識外れな魔道士なら、治癒魔法もスゲー威力のが使えんだろ? ああ怒るなよ? 褒めてるんだぜ? 」
男は捲し立てるように言った。その焦燥感がひしひしと伝わってくる。
「 ええ――、もちろん構いませんが 」
「 ホントか! ありがてぇ!! 」
「 でも、それなら――進呈したポーションを飲ませてあげればよかったのに。多分、欠損した部位も元通りになるはずだけど 」
「 おいおい! 今そんな冗談に付き合う気にはなれねぇよ、とにかく急いでくれ! 」
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荷物はハンター組合に預けた。組合長と顔見知りになっていたことが功を奏し、すんなり預かってもらえることに成功する。ここなら盗難の心配はさすがにないだろう。
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小走りで30分近く移動してきた――
二人組はもちろん、リディアさんやマリアさんも、この程度の運動では疲労している様子はなかった。しかし私は一人だけぜいぜいと、喘息でも発症するんじゃないかと不安になるくらい、息も絶え絶えの状態に陥っていた。
「 もうちょっと頑張ってくれ! もう少しで目的の宿だと思うんだ 」
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こじんまりとした宿屋に到着。
玄関をくぐるなり、ぎょっとする。血痕が点々と落ちていたのだ。もう案内は必要ない。この血の跡を辿っていけばいいだけだろう。
血の跡が続く奥の部屋に入ると、事前に聞いていた通り、テーブルの上に左腕の先がないと思われる男性が、血まみれのまま呻きながら横たわっていた。
「 ここか? おい、しっかりしろよ! 治癒魔法が使える奴を連れて来たぞ! おいおい、メンバーは一人もいねぇのか? 治療してくれるやつを探しに出たまんまかよ・・・俺たちが一番乗りとはな 」
「 あんたら! こいつの仲間かい? まったくいい迷惑だよ! 誰がこの血だまりを掃除すると思ってるんだい! モンスターに襲われて腕を無くしたのは気の毒に思うがね。なんでうちに飛び込んでくるんだい! さっきの付き添ってた奴がいないようだけど、あいつはどこ行ったんだい! 」
宿屋の女主人だろうか、おばさんが血相を変えて怒っていた。だがその暴言とは裏腹に、積極的に介添えをしてあげていたことが窺える。その証拠に、腕は布でぐるぐる巻きにされ、応急処置が完了しているようだった。間違いなくこのおばさんがやったのだろう。服に大量の血糊が染みていた。
「 お嬢さん、頼むぜ! 血と痛みさえ止まれば、後は街医者に任せればいいだろうしな 」
「 はいはい~、もう大丈夫ですよ! 」
――そう、私の前では腕どころか、命を落としても大丈夫なのだ。
「 とりあえず、その布を剥ぎ取ってもらえますか? 」
「 何言ってんだいこの子は! せっかくノタ打ち回るこいつを押さえつけて、やっとのことで巻いたってのに! 止血のためなんだよ! 剥ぎ取る意味なんてないだろ! 」
「 お黙りなさい!! ハルノ様が行使する神の御業を、その眼で拝めるだけでも僥倖と知りなさい! 」
とんでもない声量で、リディアさんが怒号を飛ばす。空気がビリビリと震えるような――そんな感覚すら覚える。
マリアさんと怪我人以外の者は――、全員がポカンと口を開け言葉を失っていた。
誰も動かないので、リディアさんが腰の剣を置き、ジタバタと声にならない唸りを上げ寝返りを繰り返す男性の肩口を押さえつけ――「 マリア殿、お願いします 」と、腕に巻きつけられた布を剥ぎ取るようにと催促した。
騎士団の兵士たちが詰める砦で働いていたことが関係しているのか――、意外にもマリアさんは血に慣れている様子だった。無表情のまま、男性の腕の布を容赦なく剥ぎ取っていく。
男性は悲鳴を上げていたが、マリアさんは全く意に介していない。
「 うっ・・・ 」
私は血が滴るグロテスクな傷口を直視してしまい、胃から先ほどのパインジュースがせり上がってくる感覚を覚えた。酸っぱい胃液を飲み込み、苦虫を噛み潰したような表情のまま、魔法を唱える。
「 全治癒! 」
白色光が明滅した。
失われた部分、本来そこに掌がある空間部分で、一段と強く煌めく。
次の瞬間――
まるで切断面から一気に生えるように、真っ白い手骨が伸び上がった。
続いて、筋肉組織が一本一本の筋となって、もの凄いスピードで無数に絡み合いながら、あっという間に元の掌を形成した。
「 ・・な!? 何だ? 何なんだこれは! 」
私たち三名以外、当然ながら治療を受けた本人も含め、全員が呆然として言葉を失っていた。
「 ふふふ、私自身はレベル1未満の存在らしいですけどね。魔法の力だけは『 レベル5 』なのですよ! 」
デュール神からの受け売りにはなるが、私はキメ台詞を言い放ったのだった。
だが・・・未だに、何に関するレベルなのかは全く解らない!




