第30話 地道な活動
~翌日の夕方~
私はマリアさんとリディアさんを連れて、ハンター組合の本部を訪れていた。
昨夜、暫く御厄介になっていた宿屋に戻ると、大隊長さんとアイメーヤさんはすでにグリム砦へ向けて出発した後だった。宿に残っていたのはマリアさんだけ。
マリアさんの話によれば、デュール神の期待に応えるべく、二人は意気揚々と砦へ旅立ったそうだ。きちんとした挨拶もできないままの別れに、私は少しばかり寂しさを覚えた。
二人は「 ハルノ殿にはまたすぐに会える 」と言い残していたというが、その言葉の根拠は私には全く想像もつかない。ただ、マリアさんがこれから私の側仕えとして、色々と世話をしてくれることになったのは心強かった。
「 ハルノ様。この魔法のポーション全部――35本も、本当に無償で与えるおつもりなのですか? 」
三段に積み重ねられた台車に載った木箱には、整然と小瓶が並んでいる。その台車を押しながら、リディアさんが不安げに尋ねてきた。
「 ええ、勿論。無償配布は最初だけですけどね。『 サービス開始時期はまだ未定だけど、事が上手く運び出した暁にはちゃんとチケット購入して交換してね! 』って伝えながら配ることにするよ 」
夕暮れ時のハンター組合本部は、行き交うハンターたちでごった返していた。物々しい雰囲気をまとった猛者たちが絶え間なく出入りし、組合の頑丈な扉は常に揺れている。
「 よし! この辺りでいいかなー・・・マリアさん、看板を立ててもらえますか? 」
私はハンター組合の建物に隣接した、少し窪んだ小さなスペースに、手作りの三角スタンド看板を立てた。看板の文字は、マリアさんにお願いしてチョークで書いてもらったものだ。
チョークがこの世界にも存在することに驚いたが、どうやら日用品として広く使われているらしい。作り方も簡単で、卵の殻を大量に砕いて他の何かと混ぜ、乾燥させれば出来上がるのだとか。
地面に敷物を広げ、三人分の座る場所を確保し、製作したポーションを並べる。準備の段階ですでに、ハンターらしい防具を身につけた数人が集まってきた。
「 おお、あの時の! 訓練場で魔法戦をやってた魔道少女じゃねぇか! 」
「 あっ、ホントだ! 女三人でこんなトコで敷物広げて何やってんだ? 」
先日、オリヴァー殿下との模擬戦を観戦していた者たちだろう。私にとっては見知らぬ人たちだが、屈強な男性二人が柔和な笑顔で近づいてきた。
「 こんなトコで露店でもやるつもりかよ? よく許可が下りたな。どれどれ・・・『 怪我を負っている方、先着30名様に魔法のポーションを進呈します! 大怪我も即座に治ります! お気軽に 』・・・何だこれは? 大怪我が治る? 進呈ってことは、無料でくれんのか? 」
一人が看板に書かれた文言を読み上げた。
「 はい、そうです。但し大小関わらず怪我を負っている方限定で、この場で飲み干して頂きますけどね。小瓶が結構高価ですし―― 」
「 はぁ? 何の目的があってそんな奇特なことやってんだ? ポーションは結構高額だっただろ? 」
「 あー、これは仕入れたわけじゃなくって私が作ったんですよ。特にハンターの人たちは、怪我しても放置する人が多いって聞いたので・・・まーアレですね、今日に限っては一種のボランティアみたいなモノです。もちろん無料なのは今日だけですよ! 」
二人の男性は怪訝な表情を浮かべた。
「 はぁ? 自作? いやいや――、自作だとしても意味がわからねぇし・・・そんなことして、お嬢さんたちに何の得があるんだ? 」
二人の食いつきぶりに、私は内心ほくそ笑んだ。これは、この二人を拡声器として利用できるかもしれない。
「 実は王家の意向で動いているんです。将来的には、ある場所で食事の際に寄付をすると、私から直接治癒魔法を受けられたり、このポーションと交換できるチケットをもらえるようにしたいんです。そのための客寄せといってはなんですが、このポーションの効能をハンターの方々に直接体験してもらい、口コミで広めてもらおうかと考えていまして 」
「 王家の意向 」というのはもちろんハッタリだ。しかし、そう設定しておいた方が何かと動きやすいと判断した。私が孤児問題を憂慮し、何らかの行動を起こしていることはすでに国王陛下もご存じなので、特段問題はないだろう。多分、きっと・・・
「 おお! お嬢さんたちは王家の下で働いてんのか! タダもんじゃねぇとは思っていたが―― 」
「 王家 」という単語を聞き、二人のハンターは少し狼狽しているようだった。私たちを王国の要人とは考えていないだろうが、無礼があってはいけないと、反射的に身構えたのだ。
「 まだサービス開始時期は未定ですけど、もし良かったら――同業のハンターさんたちに宣伝しておいてもらえませんか? もちろん無料でとは言いません! 報酬として、このポーションを1本ずつ進呈ってことで 」
私は自作のポーションを一本ずつ手に取り、二人のハンターの目の前に差し出した。
「 俺たちは特に怪我をしてねぇが――、いいのか? 」
「 ええ、もちろん! その代わり、ちゃんと宣伝してくれれば 」
「 ああ、俺たちでいいなら協力するが―― 」
「 ありがとう! ではこれをどうぞ。飲むと上位治癒魔法と同じ効果が得られると思うんで。もし怪我を負ったら、一気に飲み干してください 」
二人の男性は、半信半疑の表情で小瓶を受け取った。
「 おいおい、いくら何でも誇大広告だろ! ただのポーションが上位治癒魔法と同じって! まぁ冗談はさておき、意図は理解したぜ。できる範囲でってことにはなるが、ちゃんと宣伝はしておいてやるよ 」
二人はもはや半笑いだった。
「 よろしくお願いします! 」
「 じゃあ、早速行ってくる 」
そう言い残し、二人はハンター本部の建物の中へ入っていった。
▽
物珍しげに看板をじろじろと見たり、先ほどの二人組のように「 どうしてこんな場所で? 何が目的なんだ? 」と尋ねてくる者はいたが、「 怪我をしているからポーションをくれ! 」と名乗り出る者は、いまだに現れなかった。
「 う~ん、怪我をしてる人って限定しちゃったけど、失敗だったのかなー 」
「 どうでしょう。ヒルダ女史も仰っていましたが、『 魔法のポーション 』というのは通称で、市場に出回っている普通のポーションには、治癒魔法と同じ効果はないですからね。せいぜい、自然治癒力が少し高まる程度のものです。ましてや、ハルノ様の神がかった魔法が封入されているなど、誰も想像もつかないでしょう 」
リディアさんが見解を述べる。
「 つまり、大怪我が治るわけがないと・・・? 意味不明な看板を立てて、女三人で何をやってんだ? って感じで警戒されてるのかなー? 」
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「 おい、お前たち! ここをどこだと思ってるんだ! 一体何をやってる!? 」
左目に眼帯をつけた、いかにもな男性が怒気を込めて叫びながら近づいてきた。
「 あ! え? すみません・・・ご迷惑でしたか? 」
「 ご迷惑? ここはハンター組合の敷地内だ! 俺は許可した覚えはないぞ!? 露店の出店なら別の場所を探せ! 」
「 え? 」
「 何だ? 俺を知らないのか? ・・・俺もまだまだだな。やれやれ、俺はここの責任者だよ 」
「 え? 責任者ってハンター組合の? 」
「 ああ、そうだ。玄関付近におかしな三人組が座りこんでいると耳にしてな。女三人ってとこに引っ掛かって、直々に見にきたんだが・・・ん? 何だこの『 大怪我が治る 』とは? どういうことだ? 説明しろ! 」
不審に思い、組合の責任者として確認しに来たとのことだが、これは逆にチャンスかもしれない。この人物を味方につければ、計画はよりスムーズに進むはずだ。そう考え、私は先ほどの二人組にした説明を、さらに丁寧に繰り返した。
▽
「 はぁ? 王家の意向で動いているだと!? 意味がわからんな・・・目的は何だ? 」
「 日々の食事にも困っている子供たちを救済するためです! 」
組合長は頭をボリボリと掻いた。
「 その理由が本当だとしてだな――、結局その先の目的は何なんだ? 食えない子供を救って、王家に何の得があるんだ? 」
この世界の人々は、基本的に損得勘定でしか動かない者が大半なのかもしれない。ボランティアで私財を投げ打ち、縁もゆかりもない他人を助けるなど、よほどのことでなければあり得ないのだろう。
「 お前たち一つ忠告しておいてやるが、いや、これは警告だが―― 」
「 冗談でも王家の名を騙るのはやめておけ! 場合によっては重罪になるぞ 」
懇切丁寧に説明しても、やはり全く信じてはもらえないんだな・・・
これはアレか――
御老公のお供のおっさんが、懐から出していた物と同じ権能を持つ、アレを出す時か?




