第3話 蘇生魔法
ガバァァァ!!
「 うわぁ!! マジでビビったぁ・・ 」
驚いた私は思わず仰け反り、危うく尻もちを突くところだった。
騎士風の男性が、突然飛び起きるように上半身だけを直角に起こしたためだ。
「 うぅ・・こ、ここは? え? あれ? お、俺は一体・・・え? 」
男性は呻きながら、胸部を両手で擦っていた。
風穴は塞がっているのだろうか?
破壊された組織も、無事元通りに治っているのだろうか?
「 き、君は? 俺は一体どうなったんだ? 君は・・・ここで何を? 」
隣に立つ私を怪訝な眼差しで観察しつつ、男性は必死に思考を巡らせている様子だった。
無理もない。
私も半日くらい前、似た様な体験をしたので気持ちは解るつもりだ。
尤も私の場合、目覚めた時に横に立っていたのは、長身のおじさんだったが・・・
それに私は基本的に死亡したわけではないと思う。多分・・・
とにかく、状況だけで言えばかなり似ていると思う。
「 お、俺は確かに死んだはず。セルケトの一撃で・・・ 」
「 セルケトって? あのサソリのバケモノですか? 」
高台から真っ二つになった巨大サソリを指差し――質問してみる。
「 えっ!? お、おい! な、何で!? 何で死んでるんだ? どーなってる? というか君は誰だ? この状況は・・・一体―― 」
――真実を話してもいいのだろうか? 話すとしてもどこまで?
そーいえば、別に「 かん口令 」は布かれていない。
そのあたりのことは、アノおじさんは特に何も言ってはいなかった。
――ってかこの人、普通に日本語喋ってるなぁ。しかもかなり流暢だし。やっぱこっちの世界の日本人なのかなぁ? ビジュアルが全然日本人じゃないけども。
――とりあえず蘇生魔法の説明は必須だろうなぁ
「 とりあえずあなたは死亡してたので、私が蘇生魔法を使って生き返らせた――って感じですかね? 」
「 はぁ?? え? 」
騎士風の男性は、直角の姿勢のままキョトンとしている。
「 いえですから――、蘇生魔法で生き返ってもらったって感じですね。も、もしや・・・ご迷惑でしたか? 」
「 う、えええええーーーーー!? 」
男性は体中を調べ始めた。
「 信じられん! 傷がない! え? ええ? 全くか? し、信じられんが・・・いやしかし、蘇生魔法って、死者を蘇らせることができる魔法――ってことだよな? 」
「 伝説の中だけの魔法だと思っていたが、信じられん! ほ、本当か? 君は一体何者なんだ? それにまさかとは思うが、セルケトを討伐してくれたのも――まさか君が? 」
――この人ちょっとしたパニック状態になってるなぁ・・・まぁ突然生き返ったら、皆こんな感じになるのかもだけど。
「 ええっと、あのサソリは攻撃魔法を何発か当てて、何とか倒しましたけど 」
「 き、君のような年端もいかぬ嬢ちゃんが? セルケトを? 魔法で? 嘘だろ? ヤツはこの原野の主だぞ!? 我々騎士団でも、出会えば即時撤退しろ――と厳命されているような相手だぞ? それに魔法ダメージの大半を抵抗する特性まで持っているのに! 」
「 にわかには信じられんが、い、いやしかし――伝説の蘇生魔法を本当に扱えるのならば、攻撃魔法も伝説級・・・なのか? 」
――魔法って概念は普通にあるのね。ちょっと安心かも。
しかし、やっぱあのサソリ強敵だったのね・・・私は運が良かったのかもしれない。
「 君は本当に何者なんだ? 本当はもう俺はやはり死んでいて、今ここは死後の世界・・・ってんじゃないだろうな? 俺は今、夢見てんのか? そんなんじゃあないよな?! 一体全体どーなってやがるんだ? 現実とは思えんが・・・ 」
「 紛れもなく現実だとは思いますが。しかし、う~ん・・・あなたは確実に死亡していたと思いますよ! 混乱するのは仕方無いとは思いますが、何者かと言われてもな~、何と答えていいか私も困るっていうか・・・う~ん、何と言うかー 」
長い沈黙が続いた・・・
突然男性は両膝を突き、私の方へと向き直って頭を垂れた。
「 いや失礼した。取り乱してしまった! まずは礼を述べねばなるまい。窮地から救ってくれたことに感謝の言葉もない。さらに、我々では逃げ回ることしかできなかった難敵を討伐してくださるとは! もしやとは思うが、まさかお嬢さんは、いや――貴殿は転生賢者か? 」
――転生? う~ん・・・転生?
転生して別の宇宙の、別の地球に来たわけではないよな?
転生って一度死んで別の人間に生まれ変わるってことだよなぁ~?
まぁでも、曖昧だけど転生みたいなモンだよなぁコレ・・・
「 う~ん、あんまり詮索しないで頂きたいのですけどぉ。まぁでもそんな感じなんですかねぇ・・・ 」
「 おおおっ! やはりっ! 得心致しましたよ! 飽くなき研鑽のため、魔道の深淵に触れるため、それらに必要な時間を確保するために、依り代となる人間に魂を憑依させる方法で、転生を繰り返すと聞いたことがあります! 」
「 伝説の魔法を操る大賢者とはそういうモノなのでしょう? 単なる夢物語だと思っておりましたが・・・まさか実際にお目にかかることになろうとは! しかも、まさか身をもって伝説の蘇生魔法に触れることになろうとは 」
騎士風の男性は、もう完全に敬語になり、今度は片膝を突いて臣下の礼をとった。
「 い、いや、やめてください! 私はただ自分の身を守るためにやむなく戦っただけですし。あなたを蘇生したのも何と言うか、そのぉ、ついでのようなものですから! と、とにかく頭を上げてください! 」
あたふたする私のことを意に介する様子はなく、彼はさらに深々と・・・まさに平身低頭といった姿勢になった。
「 転生賢者殿! 俺以外に死人はいませんでしたか? セルケトに殺されたのは俺だけですか? 」
「 え? ええ、他に死体は見てないですね。あのサソリは・・・私に敵意を向ける前に、熊のような動物に騎乗して逃げていた――二人の騎士を猛追していたようですが 」
「 おおお! それは同部隊の仲間だと思います! 良かった! 逃げ切れたのか! 良かった・・・俺が生き返れたのは勿論ですけど、隊長たちが逃げ切れたのも、全ては賢者殿のお陰です! ありがとうございます! 」
ぐううぅぅぅううぅぅぅううぅぅ・・・
「 うっ・・・ 」
不覚にも、盛大にベタなタイミングでお腹が鳴ってしまった・・・
たぶん今私は、耳まで真っ赤になっていることだろう――
「 ご、ごめんなさい・・・飲まず食わずでずっと歩いてきたから・・・ 」
「 いえいえ! 謝るようなことではございませんよ! とりあえず何とか体力のあるうちに、砦まで一緒に戻りましょう! 寝床も食事もご用意できますので! 」
「 砦? 」
「 はい! ああ、申し遅れました。俺はライベルク王国――騎士団所属のアイメーヤ・フォルカーと申します! 以後お見知りおきを! ここから徒歩ですと、日を跨ぐ真夜中になる頃には騎士団が詰める砦に到着できるかと 」
――ここからまた長いこと歩くのかぁ。しかも一滴の水分すら無い状態で・・
――やはり水属性の魔法を試そう! 飲めるかどうかは知らないけど。
――いや待て待て、待てよ!
その前にライベルク王国? 薄々感じてはいたけど、やはりここは日本じゃないのかな? でもこの人の言語は完璧な日本語だよな・・・見た目とのギャップがハンパないけど。
「 あのぉ、おかしなことを聞くようですけど・・・やはりここは日本国ではないんですよね? でもアイメーヤさんの話してる言語って、日本語なんですよね。これって一体どーなってんの? 」
「 え? 俺の話している言語? ニホンコク? ああ、国の名前ですか? 」
「 あ、はい。実は私、日本という国が故郷なので 」
「 二ホン――という国名は聞いたことがないですが。ところで俺の話している言語とは? ん? どういうことでしょうか? 」
――まさかとは思うけど・・・
「 あのぉ、今私が話している言語って・・・何語を話してることになるんですかね? 」
「 え? す、すみません。ちょっとおっしゃってる意味が解りかねますが、賢者殿は俺と同じ母国語にあたる――ウィン大陸語を話されていますが? それが何か? 」
アイメーヤさんからは、酷く困惑している様子がその表情から読み取れた。
が・・・すぐに何か閃いたような素振りを見せた。
「 あ、もしかして! 失礼ながら憑依後の後遺症みたいなモノですか? 記憶障害的な後遺症でしょうか? 前人格の記憶との混濁が起こるとか何とかって――噂で聞いたことありますけど 」
「 え? あ・・・あぁまぁ――、そんな感じです。ご明察ですね! あっ! それから私も申し遅れましたが、私の名前は春乃と言います 」
――何だかこちらにとって都合の良い誤解をしてくれているみたいなので、いっそのことこのままにしておこうかな・・・
訂正しない私もどーかとは思うが、ここまで激しく誤解するこの人も・・・いかがなものか。
「 あ! 賢者殿。セルケトの眼球と魔核をくり抜いてきますね! ちょっと魔核の場所が解らないので、少々お時間を頂きたい! 討伐の証明にもなりますし! それにレア過ぎて値段が付くかはわかりませんが、蒐集家が買い取ってくれるかもしれませんしね! 」
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到着したのは真夜中だった・・・
道中、水属性魔法で創り出した巨大な水球を頭上に浮遊させ、時折――掌で掬っては口に運び水分を摂っていたので、喉の渇きはすでに解決済みだった。
胃が水分で満たされタプンタプンだったが、それでも――やはり空腹感は激しかった。
こればっかりは魔法で解決というわけにもいかず、如何ともし難い。
いや、むしろ今となっては、空腹よりも睡魔に襲われかなりキツい。
少しでも気を抜くと、深い谷底に転げ落ちて行きそうな――そんな幻覚を見る気分だった。
今なら横になった途端、二秒で眠りに入れる自信があった。