第29話 魔法のポーション
「 ハルノ様! よくぞおいでくださいました! 」
治療院の扉が開くと、温かく響く声が迎え入れた。声の主は赤髪の美女ヒルダさん。彼女はにこやかな笑顔で出迎えてくれるが、私は困ったように首を振った。
「 ヒルダさん・・・『様』なんて敬称はやめてください。それに、治療を手伝うって約束だったのに遅くなってしまって、すみません 」
「 ああ、こちらはパーティーメンバーで、一応私の護衛でもある剣士のリディアさんです 」
「 お初にお目にかかります。ハルノ様の護衛を務めております、リディア・ブラックモアでございます 」
優雅な会釈を交わす二人。ヒルダさんとリディアさんが互いに初対面の挨拶を終えると、私は本題を切り出した。
「 実は今日お伺いしたのは、治療院を手伝うことも勿論なんですけど――、霊薬・・・えっと魔法のポーションと言った方がいいのかな? ちょっとそれを試作したくて、設備を貸して頂きたいんですけど 」
「 もちろん、素材の費用はお支払いしますので 」
「 あっ、そういえばライル君は? 」
「 あぁ今日は生憎暇な日でして、特にやることも無くなったようで先ほど帰ってしまったのですよ 」
「 そうですかー、残念ですね 」
「 とりあえず作業場を使わせて頂いても宜しいですか? 」
「 勿論です! ご自由にお使いください! ハルノ様は錬金術にも精通されていらっしゃるのですね。わたくしも、製作過程を拝見させて頂いても宜しいですか? 」
「 いえ、精通なんてとんでもないです。実はとある方から――作り方の手順は一応講義を受けたんですが、実際に製作するのは初めてなんです。カインズさんから、ヒルダさんはポーション作りも得意だ、とお聞きしています。なので、ご指導いただけると嬉しいのですが 」
「 なるほど! 初めてなのですね。しかし、伝説の蘇生魔法を行使する稀代の魔道士であるハルノ様が、どんなポーションを作られるのか・・・とても興味があります! 」
▽
案内されたのは、治療院の最奥にある一室だった。中には貴重なガラス製の小瓶や、薬草と思われる葉物が所狭しと並んでいる。今日は治療の予約が入っていないらしく、ヒルダさんは暇を持て余していたようだ。私たちは丁度いい時に訪れたらしい。
「 どうぞ――、こちらの小瓶が新品ですので、これらをお使いください 」
「 ありがとうございます! 」
手持ち無沙汰だったリディアさんが、力仕事なら任せてと言わんばかりに小瓶の入った木箱を運ぼうとする。私はそれを手で制し、代わりに木箱を受け取った。
「 あっ、リディアさんいいよ! 私が持つから―― 」
木箱の中には小瓶が整然と並んでいる。私はそれを一つひとつ丁寧に作業台の上に並べていく。小瓶が割れないように等間隔に配置していると、ヒルダさんが別の荷物を運んできた。女性の腕力でもかろうじて持ち上げられそうな小ぶりの樽と、微かに発光している薬草の束だった。
「 蒸留水はこちらです。あとフレイヤの魔草はこれで―― 」
「 え? いやあの――、私が教わった工程だと、その魔草ってのは使わないみたいなんですけど。蒸留水とガラス製の瓶さえあれば 」
ヒルダさんは目を丸くして固まる。
「 ええ? え? いえあの、フレイヤの魔草が無いと、ただの純度の高い水にしか・・・え? ハルノ様が御作りになりたいのは、回復系のポーションなんですよね? 」
「 ですです! 私の治癒魔法を籠めたポーションです 」
リディアさんは「 おおっ! 」と感嘆の声を漏らしたが、ヒルダさんは「 へっ? 」と、間の抜けた声を上げた。
「 え? ハルノ様・・・その治癒魔法を籠めるとは? 一体どういうことでしょうか? 」
「 え? 魔法を籠めて作るんじゃ・・・え? 違うの? 」
どうにも話が噛み合っていない。
いや、根本的な部分が違うのかもしれない。冷静に考えれば、それも当然だろう。
自称「神様じゃない」と主張する神様と、地上に生きる人間では、そもそもの作業工程が異なっているのかもしれない。
「 えっと、あのー・・・私が教わったのは、まず蒸留水に聖属性を付与してスタンバイ状態にして、その次に付与したい回復魔法を唱えて、それが成功したら即座に密閉する、みたいな・・・割と単純で簡単な作り方なんですけど 」
「 ええ? し、失礼ながら――、そんな方法聞いたこともありませんが・・・ 」
ヒルダさんは酷く困惑していた。
リディアさんは「 ふむふむ 」と、興味深げに私たちのやり取りを見守っている。
「 とにかく一度やってみてもいいですか? 」
「 え、ええ、どうぞ・・・ 」
樽の蓋をリディアさんに取ってもらい、空の小瓶を一つ手に取ると、樽の中の蒸留水を掬い小瓶の八分目まで満たした。
「 聖属性付与 」
唱えると、小瓶の中の液体が仄かに発光を始めた。キラキラと光る粒子のグラデーションが神々しい。
「 これで、スタンバイ状態になっているはずです 」
リディアさんは相変わらず食い入るように凝視しているが、ヒルダさんの頭上には、?マークが連続して飛び出しているようだった――
「 で――、次に付与したい回復魔法を瓶の中へ捻じ込むイメージで唱えれば・・・ 」
「 全治癒! 」
輝く白色光が、渦を巻いて小瓶の口から流れ込んでいく。
「 す、すごい! 本当に最上位クラスの治癒魔法なの? こんな神々しい輝きは見たことない! しかも無詠唱って・・・ 」
ヒルダさんは目を見開いて愕然としていた。
「 リディアさん! すぐに蓋を! 」
「 はいっ! 」
ガラスが擦れる「 キュ 」という微かな音を残し――、あっという間に魔法のポーションは完成した。
「 これで完成です! これを飲み干せば、私が治癒魔法をかけた時と同じ効能が得られるはずです! ・・・多分 」
「 あ、あり得ない! 魔法のポーションとはいってもそれは単なる通称であって、便宜上皆そう呼んでいるだけです。最上位の治癒魔法と同じ効能があるポーションなんて! そんな―― 」
ヒルダさんの眼は血走っていた。
だが――、その異常なまでの美貌は欠片も損なわれてはいない。こんなにも美しいのは本当に不公平な話だ。
「 どうやら、かなり特別で特殊な作り方のようですね・・・でも私が教わったのは、この方法だけなので 」
私の言葉にヒルダさんは我に返り、まっすぐに私を見つめた。
「 ま、まさか! そのハルノ様に製作方法を教えたという御方も・・・ハルノ様のような、いやまさか! ハルノ様以上の魔道士なのですか? 」
「 ど、どうでしょう? 少なくとも私よりは、かなり上位の存在かと・・・ 」
上位どころではない。何せ地球人のレベルが1未満で、向こうは最低でもレベル5らしい・・・何のレベルかは知らないが。
「 どこまで途方もない話なんですか! そもそもハルノ様は蘇生魔法を本当にお使いになる時点で、この世の理から隔絶された存在だと思いますが――、そのハルノ様以上とは! その方は・・・まさか神になるおつもりですか? 」
――いや、もう神だけどね。
「 ハルノ様は転生を繰り返している賢者様とお聞きしましたが――、もうすでに、ハルノ様も神族の領域に到達されているのでは・・・ 」
――あーそうか、そういえば馬車の中で、マリアさんがカインズさんに話してたような。
あの時も特に否定はしなかった・・・
その所為でヒルダさんも、私が魔道を探求する為に転生を繰り返している賢者だと思い込んでいる。正直いちいち説明するのがダルいので、誤解を誤解のまま放置していたツケが、どんどん蓄積しているのかもしれない。
そもそも真実を話したところで、真実の方が信じられないだろうけど。
「 い、いえ嫌ですよ。神族なんてなりたくない、大変そうだし・・・ 」
「 えっ? 」
「 あ、いえ――、何でもないです 」
「 ハルノ様、わたくしはハルノ様のような冠絶した存在に出会えたことを、心の底からデュール神様に感謝いたします 」
ヒルダさんはまた、その場に跪いた。
――またそれかぁー! こっちの世界の人たちは、どうしてすぐに頭を垂れるんだよー!
▽
とりあえず魔法のポーションを量産しよう。
身寄りのない子供たちに――食事を提供するというシステムに協力してくれた人への、限定サービス。
その一つとして「治癒」ポーションを配布すれば、私が不在の場合でも問題ない。
むしろ携帯できる分、ハンターたちにはありがたがられるかもしれない。なにせ、効能は私の治癒魔法と全く同じなのだから。
しかし、その効能をより多くの人に信じてもらい、受け入れてもらう必要がある。王家に喧伝してもらうのが一番手っ取り早いのかもしれないが、必要以上に悪目立ちはしたくない。
現実的なのは、ハンター組合本部あたりで、デモンストレーションを行うことだろうか・・・




