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最終話

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 円卓の間を支配していたのは、真空のような静寂だった。


 誰の口からも言葉は出ない。

 ただ、リディアの押し殺した嗚咽だけが、さざ波のように冷たい床を伝っていく。

 彼女はハルノの冷え切った手を両手で包み込み、額を押し当てたまま動かない。

 その背中はあまりにも小さく、見る者の胸を締め付けた。


 オーレインは膝をついたまま、呆然と虚空を見つめていた。彼の視線の先には、砕け散った『転生の揺籃』の破片が散らばっている。それは彼の希望の残骸であり、筆頭魔道士としての敗北の証明だった。


「 ――すまぬ、ワシが愚かだった・・・ 」


 オーレインの震える唇が懺悔を紡ぐ。


 ――もし余計なことをしなければ、あの穏やかな最期の時間を、あんな賭けに費やさなければ・・・

 ハルノ様はもっと安らかに、皆との会話を楽しんで逝けたのではないか? ワシのエゴが、ハルノ様の最期を汚したのではないか・・・


 その自責の念が、老魔道士の心を押し潰そうとしていた。


          ▽


          ▽


 ハルノの遺体と共に、全員で礼拝堂へ移動してきた。


 祭壇に遺体を安置し、誰からともなく膝を突き祈りを捧げ始めたその時――


 空間そのものが軋みを上げた。祭壇の中央、ハルノの遺体の頭上付近に、黄金の亀裂が走る。

 そこから滲み出る圧倒的な神気。眩く激しい光が礼拝堂内に充満していく。


 国王が、オリヴァーが、そしてドノヴァンが、弾かれたようにその場に平伏した。間違いない。この気配は――


 この場にいる者たちにとっては、光栄なことに、何度も経験している奇跡の一つだった。

          ・

          ・

 光の中から顕現したのは、人の形を模しているものの、その輪郭が曖昧なほどに輝く高次元の存在。


 主神デュール


 この世界の神と崇められる存在にして、使徒ハルノを喚んだ張本人。


『 ――顔を上げなさい 』


 響いた声は、鼓膜ではなく、脳髄を直接揺さぶるような威厳に満ちていた。部屋の空気が一変する。重苦しかった沈黙が、神々しい緊張へと変質する。


「 畏れながらデュール様・・・何故このような過酷な運命を、ハルノ様に・・・ 」


 リディアが涙に濡れた顔を上げ、呆然と呟く。

 しかしデュール神は答えない――


 デュールは感情の読めない光の瞳で、動かなくなったハルノを見下ろし、次いで、絶望に沈むオーレインへと視線を向けた。


『 魔道士オーレインよ。先刻、水晶が砕けたような音を聞いたはずだ、汝はソレを、なんと聞いた? 』


「 え? 」


 あまりに唐突な神からの名指しの問いかけに、オーレインは震えた。名を呼ばれた至高の名誉に、心が震え、全身が硬直する。


「 きょ、拒絶の音、でございます・・・異界の魂を、この世界のエネルギーが受け入れられず、器が耐えきれずに弾け飛んだ・・・わたしの術式が、失敗した音です 」


『 ふむ、肝心なところが見えていない 』


 デュールは半ば呆れたように、しかしどこか楽しげに微笑んだ。


『 あれは「拒絶」ではない。「脱皮」の音だ 』


「 え? 脱、皮・・・? 」


『 お前たちは池の水しか入らない器に、湖の水を注ぎ込んだのだ。器が壊れるのは道理だろう? だが、水そのものが消えたわけではない 』


 神の言葉の意味を理解できず、国王たちが困惑の表情を浮かべる。

 デュール神はゆっくりと、ハルノの遺体へと手をかざした。


『 転生を繰り返した者が集めた膨大な生命エネルギー。オーレインの術式による指向性。そして何より、聖騎士リディア、汝の狂気的なまでの祈り・・・それらが混ざり合い、臨界点を超えた時、奇跡の方向性は変わったのだ。これは極めて特別なことだ 』


 デュール神がかざした手から、まばゆい光が降り注ぐ。すると――信じられない光景が広がった。


 ハルノの老いた身体が、内側から発光し始めたのだ。


 それは死体の腐敗の促進ではない。

 深く刻まれた皺の奥から、白銀の光が漏れ出し、まるでひび割れた陶器のように、老いた皮膚に亀裂が走っていく。


「 な、なにが? ハルノ様の御身に何が!? 」


 リディアが悲鳴に近い声を上げるが、デュール神はそれを片手で制した。


『 見ていなさい。古い器は砕け散り消滅する、次に現れるのは精神体が纏うべき新たな衣。君たちのあまりに無謀すぎる試みが、種を芽吹かせたのだ 』


 パキッ、パキィッ・・・


 再び、あの硬質な音が響く。

 だが今度は、絶望の音ではない。それは鳥が卵の殻を破るような、あるいは蝶が蛹を破るような、生命の息吹に満ちた音だった。


 ハルノを包んでいた「老い」という概念そのものが、光の粒子となって剥がれ落ちていく。

 白髪が光に溶け、シミだらけの皮膚が霧散し、曲がった背骨を覆っていた肉が塵となる。


 完全に光の塊となり、人の形をした肉体が一瞬の消滅を迎える。


 そして再び強く輝きだす!


 その光の奔流の中心に、再び人影があった。


 老いた殻の下で、密かに、しかし急速に再構成されていた「真なる器」

 膨大なエネルギーを、転生ではなく、肉体の「再構築」に使った結果。


 光が収束する!


 粒子が晴れ、祭壇の上に横たわっていたのは――


 透き通るような肌。朝日のように艶やかな黒髪。そして一切の穢れを知らない、瑞々しい肢体。


 そこには、この世界に召喚された日そのままの、いや、神気を得てより神々しく生まれ変わった若い女性の姿があった。


「 あ・・・あ、あ・・・ 」


 リディアの喉から、言葉にならない嗚咽が漏れた。その顔は、城の肖像画に残されていた伝説の始まりの姿。

 だが今目の前にある彼女は、絵画よりも遥かに美しく、命の熱量に溢れていた。


『 厳密に言えばルール違反ではあるのだがね、ハルノ君が死を受け入れ、精神体が触媒の効果で即座に肉体を離れたので、わたしも手を出しやすくなった 』

『 本来であれば、わたしには、時の巻き戻しも完全な無から再構築する能力もない。それをやり遂げたのは、紛れもなく君たちだ。誇っていいだろう。そしてそれに応えないのは、この世界で神と呼ばれるわたしの沽券に関わると判断したというわけだ 』


「 で、では! ハルノ様は蘇生可能なのですかっ?! 」


『 喜ぶのはまだ早い。本来、肉体を離れた精神体は定められた時間が経過すると、大いなる思念に取り込まれる。だが君たちの働きの結果、ハルノ君の精神体はいわば被膜形成された状態で、即座に次元の狭間へ吸い込まれ彷徨っているはずだ。まずはソレを探さねばならない。君たちの時間的概念で、数日~数十日はかかる可能性がある。いや、それ以上の時間がかかる可能性も否めない 』


「 それは一体・・デュール様が、ハルノ様の精神体を探してくださるということでございましょうか?! 」


『 そういうことだ。たとえ君たちが肉体の再構築に失敗していたとしても、大いなる思念に導くために、わたしはハルノ君を探す旅に出るつもりだった 』


「 お待ちください! 確認させていただきたいのです! このハルノ様の御身体に、精神を戻してくださるということですよね?! 」

 リディアが、デュール神に掴みかかる勢いで詰め寄る。


『 そうだ。でなければわたしは、「君たちの働き」などとは言わず「君たちの愚行」と言っている 』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

―――――――――――――――――――

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~岡山県・井原市美星町~

 ~美星スペースガードセンター~


 美星スペースガードセンターのコントロールルームは、張り詰めた糸のような緊張感に包まれていた。

 モニター上の小惑星アポクリス455は、不気味なほどの静寂を保ったまま、宇宙空間に固定されている。


 だが、その均衡が破られる時は唐突に訪れた。


 この数日の間、JAXAの本部から大勢の人材が送り込まれていた。

 PHANTOMの持明院を通じ、奥山や白凰組の姫野も含め、全ての真実が告げられていた。

 当初JAXAの者たちは、もちろん誰一人として信じてはいなかった。


 実際に、小惑星がピタリと静止している現実を見るまでは・・・


「 ――数値変動! 」


 その観測員の一人が上げた鋭い警告音が、静寂を切り裂いた。  

 センター長の奥山は、祈るように組んでいた指を解き、画面へと食らいつく。


「 動きましたか!? 」


「 は、はい! 加速度検知! 0Gから急激に上昇中! 小惑星が・・・再始動しました!! 」


 メインモニターの数値が目まぐるしく変動を始める。

 それはあの日、春乃がかけた「魔法」という名の奇跡が、今この瞬間に解けたことを意味していた。すなわち、彼女の命の灯火が尽きたことを、冷酷なまでに示唆していた。

 全て、持明院から説明を受けた通りの状況へと移っていた。


「 ああ・・・春乃さん 」


 奥山の胸に、鉛のような喪失感が広がる。

 だが、感傷に浸る時間は許されなかった。彼女がその身を呈して稼ぎ出した時間が、果たして人類を救うに足るものだったのか。

 その審判が下されるのだ。


「 急いでください! 軌道再計算! 地球との相対距離を出してください! 」


 奥山の怒号が飛ぶ。

 スタッフたちが血走った目でキーボードを叩き、弾き出す膨大なデータを解析していく。


「 現在の時刻より、小惑星のベクトルを修正! 地球の公転移動距離を代入! 」


「 シミュレーション結果出ます! 」


 全員の視線が、中央のメインスクリーンに注がれた。

 そこには、地球の軌道を示す青いラインと、動き出したアポクリス455の赤い予想軌道が描かれていく。


 赤いラインが伸びる。地球へと迫る。

 そして――


「 ――け、計算結果、出ました 」


 二つのラインは、交差することなく、絶望的なまでに広大な「空白」を挟んですれ違った。


「 アポクリス455の地球最接近距離・・・約907万キロメートル! 」


 観測員の声が、震えで上ずっていた。恐怖ではない。抑えきれない興奮が、その声を揺らしているのだ。


「 よしッ!! 」


 奥山が雄叫びを上げる! それは月の軌道すら遥かに超える彼方だ。宇宙規模で見ても「ニアミス」ですらない。完全なる「安全圏」だ。論理量子AIに聞くまでもない。


「 しょ、衝突確率は!? 」


「 完全に・・・ゼロです! 」


 観測員が、涙声で叫んだ。


「 万が一の外乱、潮汐力、あらゆる不確定要素を最大に見積もっても・・・今後少なくとも数百年、この小惑星が地球に衝突する確率は、0.0000%!! 完全に回避しました!! 」


 その言葉が落ちた瞬間、一瞬の空白の後、コントロールルームは爆発的な歓声に揺れた。


「 う、うおおおおおおっ!! 」「 やった! やったぞぉぉぉっ!! 」「 ・・・実感はまるで無いんだが、助かったんだよな? 俺たちは、地球は助かったんだよな?! 」


 ある者は椅子から飛び上がって抱き合い、ある者はその場に泣き崩れ、またある者は震える手で眼鏡を外し、溢れ出る涙をぬぐった。

 理性の砦であるはずの科学者たちが、子供のように感情を爆発させている。

 荒唐無稽な真実を伝えられてから数日、そしてその死の恐怖からの解放。

 未来が繋がったという安堵。

 それが部屋中を熱波のように駆け巡る。


 奥山はヘナヘナと椅子に座り込んだ。

 全身の力が抜け、指一本動かせないほどの脱力感が襲う。だが、その顔には深い、深い安らぎが刻まれていた。


 救われた、一人の女性に・・・絶望的な未来を回避した・・・


 奥山は潤んだ瞳で、メインモニターに映る遠ざかっていく小惑星の光点を見つめた。そこにはもう、何の脅威もない。ただの岩塊として、虚空を過ぎ去っていくだけだ。


「 ・・・ありがとう、春乃さん 」


 喧騒の中で、奥山は静かに独りごちた。

 彼女は約束を守った。『最低でも72時間』と言っていたが、彼女はそれを遥かに超える時間を、その細い体で支え続けたのだ。地球が安全な場所まで逃げ切るその瞬間まで、彼女は決して手を離さなかったのだ。


「 あなたの勝ちだ・・・完全勝利だよ 」


 奥山の頬を熱い雫が伝った。隣にいた持明院が、スマホを握りしめたまま、深く深く頭を下げていた。おそらくスマホの向こうの政府高官たちに、勝利の報告をしているのだろう。だがその目もまた、赤く腫れていた。


「 センター長! 軌道データの確定値をJAXA本部へ配信しますか? 」


 部下の問いかけに、奥山は立ち上がり大きく頷いた。

 その表情は、人類の未来を守り抜いた一人の女性に対する深い感謝の念に満ちていた。


「 ああ、すぐに! すぐに伝えてください! 我々は生き残った! この惑星は、一人の聖女の命によって救われたのだと!! 」


 割れんばかりの拍手と歓声が再び巻き起こる。その熱狂の中心で、奥山は心の中でそっと手を合わせた。


 ――どうか安らかに・・・我々の命の恩人よ。人類のために、全てを捧げてくれた優しき魔法使いよ


 美星の空に広がる宇宙は、今日どこまでも澄み渡り、美しく輝いているようだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

―――――――――――――――――――

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~約二週間後~


 女性の長い睫毛が微かに震える。

 心臓の鼓動が、静寂を取り戻した室内に、トクン、トクンと力強く響き渡るかのようだった。


 そして――


「 ・・・んぅ 」


 ハルノの唇から、あどけない寝息のような声が漏れた。

 ゆっくりと、その瞼が開かれる。現れたのは深い黒色の瞳。その瞳が、焦点の合わない様子で周囲を彷徨い、やがて目の前で顔をくしゃくしゃにして泣いている騎士リディアの姿を捉えた。


 彼女は不思議そうに小首を傾げると、鈴が鳴るような、しかし聞き慣れた「あの口調」で言った。


「 ・・・あ、あれ? リディアさん? ど、どーなってんの? 私、もしかして・・・え? 生き返った? ええっ!! 」


 その一言が、世界の時を動かした。


「 ハルノ、様ッ!! 」


 リディアが叫び、なりふり構わずその身体に覆いかかった。温かい。柔らかい。そして生きている!


「 ぐ、苦しいよリディアさん・・・ていうか、あれ? なんか身体が軽いような・・・腰も痛くないし 」


 ハルノは抱きつかれながら、自分の両手を目の前にかざした。そこにあるのは、節くれだった老婆の手ではない。白く滑らかで、未来を掴む力に満ちた若さ溢れる手だった。


「 嘘ぉ・・・これ、もしかして若返ってんの? マジで? 」


『 マジだよ、ハルノ君 』


「 うおおっ! デュールさんもいたのか! 」


 デュール神が、苦笑交じりに告げる――

『 君たちの無茶な賭けが、道理をねじ曲げたのだ・・・まったく、人の執念とは恐ろしいものだね 』


 ハルノは状況を理解しきれないまま、けれど自分の胸に顔を埋めて号泣するリディアの背中を、優しく撫でた。


「 そっか・・・なるほど、成功したんだ、オーレインさんのギャンブル 」


 彼女は視線を上げ、へたり込んでいるオーレインに向かって、ニッと――少女のような顔で、あの時と同じ不敵な笑みを浮かべた。


 オーレインは震える手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣いた。それは悲嘆の涙ではない。生涯で最も尊い奇跡を目の当たりにした、歓喜と感謝の涙だった。


 デュール神が、笑みを浮かべながらさらに告げる――

『 ハルノ君の思考を借りれば、「ボーナスタイム」のようなモノだ。その肉体は、蓄積されたエネルギーを使い切るまで使えるだろう 』


「 え? 何日くらいですか?! 」


『 はははっ! 心配いらない、君が本来天寿を全うするくらいの時間は十分持ちこたえることだろう。その点は、わたしが保証しよう 』


 春乃はホッと胸を撫でおろす。普通の人生を謳歌するのに匹敵する、もしくはそれ以上の時間の猶予があると、この世界の神が告げたのだ。


「 良かった・・・ってかこの身体、もしかしてオーレインさんの術が成功したんじゃなくて、デュールさんが若返らせてくれたの? 」


『 いや、わたしはそこに関しては何もしていない。この者たちに感謝するんだね 』


「 そっか・・・ 」


 こうして殻は破られた。


 聖女ハルノの第二の人生――その物語が今、ここから新たに動き出したのである。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

―――――――――――――――――――

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~広島県・広島市西区己斐(こい)

 ~広島平和霊園~


 広島の街を一望する高台。広島平和霊園の空気は、穏やかな陽光を浴びて澄み渡っていた。


 白凰組の若頭である姫野は、不釣り合いなほどに真っ白なセダンを自ら運転し、霊園の坂道を登っていた。助手席には、似つかわしくないほど華やかな花束と、それとは対照的な、安っぽいプラスチック製の円筒容器。駄菓子屋の店先に並んでいる「紋次郎イカ」の容器が、路面の揺れに合わせてカタカタと音を立てていた。


          ▽


 車を降り、整然と並ぶ墓石の間を歩く。

 目的の場所へ近づいた時、姫野の視界に、一人の背筋の伸びた女性の姿が映った。


「 おっ? おい、持明院か! 」


 その声に、墓前に立っていた女性――持明院が肩を揺らし、ゆっくりと振り返った。

 彼女の目元は赤く、手にしたハンカチが湿っているであろうことが遠目にもわかった。


「 ・・・姫野さん! 本当に、奇遇ですね 」


 持明院は寂しげな笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。

 二人の前にあるのは、真新しい墓石。そこには春乃の父の名が刻まれている。


「 しかし、こうして線香の一本も上げに来られるようになったんは、お前らのお陰じゃわ。春乃さんの遺骨は、ここには無い。じゃけど、合祀墓にぶち込まれとった父ちゃんの骨を特定し、DNA鑑定までして、こうして安らかに眠らせてやることができたんじゃけぇ。ホンマ、大恩に感じるわいや 」


 姫野は花束を抱えたまま、深々と腰を折った。暴力の世界に生きる男が、これほどまでに素直な感謝を口にするのは珍しいことだった。


「 いいえ。わたしたちの勝手なエゴですよ・・・せめて、これくらいはさせていただかないと、春乃さんに顔向けができませんから 」


「 ははっ、固いこと言いんさんな、ワシらだけじゃ骨を特定する前段階すら無理じゃわ 」


 姫野は豪快に笑い、手に持っていたプラスチック容器を墓前に供えた。


「 しかし姫野さん、その花束はともかく、その容器は一体・・・ 」


 怪訝な表情を浮かべる持明院に、姫野は少し照れたように鼻の頭を掻いた。


「 ああ、これか。春乃さんの好物でな。極道相手にイカをしゃぶりながら啖呵切るような人じゃったけぇ、お供え物に悩んだんじゃが、結局これが一番春乃さんらしいかと思うてな 」


「 ふふ、そうですね。確かに、似合いますね 」


 持明院が、今日初めて本当の笑みを見せた。


「 ――けど、結局約束は守らんかったなぁ。また戻ってくる言うて、勝手に逝きやがって! 最後まで春乃さんは春乃さんじゃったなぁ 」


「 本当ですね。わたしたちも、最高級の肉を御馳走する約束を果たせないままです 」


 吹き抜ける風が、供えられた花の香りを運んでいく。二人はしばらくの間、言葉を失ったまま、かつてこの空の下に確かに存在した、破天荒で慈愛に満ちた一人の女性に思いを馳せていた。


「 よし! 持明院、『お好み』食いに行くぞ! ワシがとびきりの店をおごっちゃるけぇ。ワシの車の後、ついて来い! 」


「 え? お好み焼きですか? 」


「 おうよ、広島に来といて食わんで帰らせれんじゃろ! はよ行くぞ! 」


 姫野は湿っぽさを振り払うように声を上げると、重い足取りを強引に前へ進めた。二人の人影が、逆光の坂道を下っていく。


 彼らはまだ――、この時点では知る由もなかった。


 五時間後に、お供えされた「紋次郎イカ」が、一人の女性によって回収されることを――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「 お供えするとかもったいないよ! うちの父はこんなの食べないから! 私がもらっちゃうよ? 」


 最終話『 リンカネーション 』


 ~~~~ おしまい ~~~~

最後までお読みくださり誠にありがとうございました!


まだ全話の句読点などの修正が終わってないので、個人的にはまだ真の意味では完成していないのですが、一応これにて物語自体は終わりとなりました。


最後まで感想などで応援してくださった方には頭が上がりません。本当にありがとうございました!

毎回読んでくれて、毎回「リアクション」を押してくださった皆様にも最大級の感謝を!

ありがとうございました!

良いお年をお迎えください~

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます。 最後までワクワクドキドキの時間を過ごさせていただき本当に楽しかったです。 最終話に名前をたくさん使っていただいて感無量です。 極道相手にイカをしゃぶりながら啖呵切るよ…
実に綺麗に終わった なんというか泣ける。奇跡の何が悪い。こういうのが良いんだよ 地球組と再会。飯タカりながら、これからのこと楽しく話し合うんだろうなぁ 世界間を股にかけて相変わらずの生活するんだろうな…
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