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第26話 招かれざる来訪者

 ――わっ! マジか! 幽霊だろコレ・・・


 漆黒の闇に沈む部屋の中、私は凍りついた。視線の先で揺らめく黒い影。それは人型をしていたが、その輪郭は曖昧で、月明かりの届かない部屋の暗闇に溶け込んでいるようだった。

 反射的に毛布を引き寄せ、全身をすっぽりと包み込む。まるで亀が甲羅に身を隠すように、私は外界との接触を拒絶した。このまま何事もなく、あの影が消えてくれることを願う。心臓は喉を締め付けられるように鳴り響き、全身の血の気が引いていく。


 ――やばい! 怖い! マジで怖すぎる。


 この原始的な恐怖は一体何なのだろう。思考の余地もなく、ただただ本能が恐怖に支配されている。

 幼い頃から、怖いもの見たさで数々のオカルト番組や心霊動画を見てきた。しかし、目の前に本物が現れた途端、脳が考える前に体が反応してしまう。

 それはまるで、鬼がやってくるという行事で、鬼の姿を見た幼児が反射的に泣き叫ぶのと同じだ。鬼が怖い存在だと教えられたわけではないのに、本能が恐怖を刷り込んでいるかのように。


 ――待てよ・・・この世界での幽霊は魔物と総称され、一般人にも広く認知されているエネルギー体だったよな?


 私は魔力という特殊エネルギーが存在するこの世界に、いまだに現実感を持てずにいた。

 まるでゲームのオープンワールドRPGに迷い込んだような感覚が拭えない。もちろんここは現実だ。それは十分に理解しているつもりだった。

 しかしもしこれがゲームなら、幽霊なんてただの雑魚キャラ、敵キャラの一つに過ぎない。そう考えると、特段恐れる必要はないのかもしれない。


 そんなことを考えていると、微かな物音が耳に届いた。


 ―― キイィィィ

 ―― パタン・・・

 消え入るような音だったが、私の耳は確かに捉えた。 


 ――え? 扉から普通に出て行った? しかもご丁寧に扉を閉めたのか?

 ――え? 幽霊じゃなくて・・・まさか! 生きてる普通の人間だった?

 ・・・それはそれで怖すぎる。幽霊よりもよほど現実的な、得体のしれない恐怖が私を襲った。


 毛布を被ったまま、しばらく動けずにいた。

 どれくらい時間が経っただろうか。五分ほど経った頃、おそるおそる毛布から頭を出し、勇気を振り絞って周囲を見回す。 


 依然として闇が支配しているが、目が慣れてきたおかげで部屋の中の家具の輪郭がはっきりと見えた。あの黒い影はもう部屋の中にはいない。覗き窓は木製の板で塞がれており、その隙間から微かな月明かりが差し込んでいた。


 ――そういえば、今夜は月が綺麗だったな


 こちらの世界にも月がある。

 元の地球で観測できる月とは違い、月の海と呼ばれる部分は、どう見ても「 餅つきをしている兎 」には見えなかったが・・・


 ――隣の部屋で寝ているであろうリディアさんを起こしに行こうか?

 ――さすがにこれは報告すべき事案だよな? 街の宿屋とかなら兎も角、一応お城の敷地内なわけだし・・・


 蝋燭(ろうそく)に火を点けることはできない。治療院でヒルダさんが見せた、極々小さな炎を創り出すなんて繊細な芸当は、私にはできないからだ。


 私が炎属性魔法を使うと、この部屋は灰燼(かいじん)()すだろう。


 ――仕方ない。灯り無しで隣の部屋まで行こう・・・


          ▽


 ――どうせ起こすんだ。躊躇しても意味はないよな?


 ドン! ドン! ドン!!


「 リディアさん! 春乃です! すみませんが起きてください! 」


 ドン! ドン! ドン!!


 開き直って、思い切り分厚い木製扉を拳で叩きつけた。


 ・・・ガシャーン!!


 室内で何かが割れる音が響く。


 続いて、ドタドタとこちらへ走り込んでくる足音が近づいてくる。


 ギイィィィ!

 勢いよく扉が開き、リディアさんが顔を出した。寝起きドッキリを仕掛けられたような、慌てた表情だった。 


「 ど、どうなされましたか!? 」


「 ごめんなさい! すごい音がしたけど、大丈夫ですか? 」


「 だ、大丈夫でございます! ハルノ様、何かご所望でしょうか? 」


 下着姿で出てきたリディアさんは、いつも身につけている軽装鎧とは全く違う印象で、その姿はどこか艶めかしかった。


「 ホントにごめんなさいね。こんな真夜中に起こしてしまって・・・寝てたよね? 」


「 いえ、わたくしへのお気遣いは無用にございます。それで、どのような御用でしょうか? 」


「 あーあの、一応報告しなきゃと思って・・・ 」


          ▽


 私は事の顛末をリディアさんに伝えた。

 幽霊のようなエネルギー体ではなく、もしかしたら生身の人間かもしれない、と。もしそれが賊だった場合、警護にあたる兵士たちにとっては死活問題だ。


「 なっ! そ、それは・・・すみませんがハルノ様、わたくしは近衛の者たちに伝えてまいります! お部屋に戻り鍵を掛け、わたくしが戻るまでどこにも行かず、お部屋でお待ち頂けますか? 」


「 わかりました! 」


 私は部屋に戻り、手探りで閂をかけた。そしてベッドに戻り、腰掛けて大人しく待つ。

 思えば、眠る前に閂をかけるのを忘れていたのは自分の落ち度だ。しかし、真夜中でも近衛兵が交代で警護についているはずの王城内部に、ましてや国王様にとって最重要人物になってしまった自分が泊まっている部屋に、賊が侵入するなど通常ではあり得ないはずだ。

 警備は厳重に、というお達しが出ていたはず。その証拠に、リディアさんまで警護任務についていたのだから・・・

          

          ▽


          ▽


 一時間ほど経っただろうか。扉をノックする音が響く。 


「 ハルノ様。失礼致します! リディア・ブラックモアでございます! 」


「 あっ、はい! 今開けます! 」


          ▽


「 何か異変はございませんでしたか? 」


「 ええ、特には・・・ 」


「 交代要員の兵士も叩き起こし、総員でくまなく辺りを調べましたが――、賊が侵入した形跡は発見できませんでした。夜が明けたら改めて総員で捜査致します! 今宵はわたくしがハルノ様のお傍に控えてお守り致しますので、安心してお休みください! 」


「 うーん、それはさすがに何だか悪いですね・・・心強いですけどね。私だけのうのうと寝るってのは――さすがに悪いな~ 」


「 ハルノ様は本当にお優しい方ですね。わたくしのような一兵卒にまでご配慮くださるとは・・ 」


「 え? 一兵卒って・・・陛下の親衛隊の、しかも隊長さんでしょう? とんでもなく高位の要職なんじゃないんですか? 」


「 盾となり死亡したとて惜しくない人材・・・わたくしはそういう立場なのです。ですが陛下の盾となり死ねるなら本望です。今はハルノ様の盾となり剣となり、この命を使う所存にございます! 」


「 重い! 重いよ! ってか、逆に自分の命をそんなに軽く扱わないでよー・・・いや、ごめん。なんか違うな。決して自分自身を軽んじてるわけではないんですよね? 何だか上手く言えないけど、自分の仕事に誇りを持って命がけで取り組んでるってこと――ですよね? 」

「 ――なんかほんと凄いな。たとえ同じ立場になったとしても、私にそこまでの覚悟は生まれないと思うわ・・・ 」

「 あっ! そうだ! 」


 ふと、ある魔法を思い出した。

 警護要員を召喚する――うってつけの魔法を。


「 いいこと思いついた! 私が護衛となる軍隊を召喚し、その者たちに警護任務を丸投げします。なのでリディアさんも私と一緒にこのベッドで寝ましょうよ! 拒否権はありませんよ! 」


「 え? 軍隊を召喚?? 」


「 そうそう 」

「 じゃいきますね。もうちょっと私の方に寄ってくれる? 」


 部屋に設置してある中央テーブル横の広いスペースを目掛け、唱える!


暁の軍隊(サモンアーミー)! 」


 実は私自身、軽く説明を受けたことがあるだけで、御披露目するのは初の魔法だった。


 すでに瞳孔がかなり闇に順応し、覗き窓から月明りを取り込んでいることも手伝って、先ほどよりは幾分か明るい。

 しかしその中に複数の人型がムクムクと浮かび上がる光景は、ホラー映画のワンシーンのようで、とても不気味だった。


「 こ、これは! ハルノ様がたった今、魔力を使い創造されたのですか!? 」


「 まぁ、一応そういうことになるんですかね 」


 現れたのは、軽装の防具と外套を纏った、明らかに人間ではない無表情なアンドロイドのような人型だった。 

 総勢8体。

 それぞれが片手剣、槍、短剣+スモールシールド、背に括り付けた両手剣、そして残り4体が弓部隊といった構成だった。説明によれば、8体ならではの特殊過ぎる特徴があるらしい。


「 えーっと、私たち二人は今からこの部屋で眠るので、起きるまでの間、私たちを警護してください! 」


 指示を出すと、返事はないものの彼らは即座に行動を開始した。部屋の四隅に一体ずつ配置され、残りの四体は入り口の扉の前へと移動した。


「 よし! 警護は彼らに任せ、私たちは寝ましょう 」


「 ハ、ハルノ様。四隅からあの者たちに見つめられていると、気味が悪くて落ち着いて眠れる自信が・・・はっ! あ、いえ――も、申し訳ございません! 神の御業に対し、なんと無礼な発言を! お許しください! 」


 リディアさんは土下座する勢いで頭を下げた。


「 ちょっともう! そんなに畏まらないでください! では彼らには壁の方を向くように指示を出しますので、それなら幾らか安心でしょ? とにかく一緒に寝ましょう 」


 指示を出すと、彼らは一斉に壁の方を向いた。これもまた、かなり不気味な光景だとは思ったが・・・


          ▽


 同性とはいえ、クールビューティーなリディアさんとベッドを共にするのは、さすがに緊張する。

 心臓の鼓動を抑えられないまま、私はしばらく眠りに就くことができなかった。


 ――しかし、マジであの黒い影は何だったんだろうか?

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