第251話 神の使徒 VS 転生賢者 その壱
「 まずは自己紹介をしておこう 」
魔道士は、横たわる龍さんの骸に背を預けたまま静かに口を開いた。その声は依然として夜気のように冷たく、熱を持たない。
「 俺の名はセルフィア・ルーメン。現在は、イシュリリアのお抱え魔道士をしている 」
ミルディア城の伝令から名を聞いた時も、今こうして本人から聞いても、その名に関して記憶を探るが覚えがない。空白だった。
「 まずは貴公の疑問に答えておこう。貴公が異世界からこの世界に召喚されたことは存じている。ナゼなら、俺は350年前に生を受け、デュール神が様々な異世界から使徒を選別しているのを知っているのだ。この世界の人族を使徒に選ぶこともあるらしいが、貴公のその服装は一目瞭然だ 」
350年前――
その言葉は、私の背筋に新たな冷や汗を流させた。この魔道士は龍さんを殺しただけでなく、時間というスケールすら超越した怪物だと理解させられる。
「 もう一つの疑問、ナゼこの蜥蜴を殺したのか――、だったな? 」
セルフィアは自身の背後の巨大な龍さんの骸を、軽く指で叩いた。
「 それは貴公をこの場に誘き出すためだ。しかしここまで思惑通りの動きをするとは、少々驚いているがな 」
「 ふふっ、貴公も蜥蜴も、どこまでも単純と見える 」
「 よく喋る野郎だな! 女の外見だけど、『俺』と自称してるところを見ると、転生賢者ってヤツか? お前、元は男ってわけか? 」
私の怒りはピークに達していたが、あえて冷静を装い、敵の心理を揺さぶる言葉を選ぶ。
「 ああ、そうだ。この身体は何代目だったかな・・・ 」
セルフィアは肩をすくめ、マグカップを投げ捨てた後の空虚な手を軽く振った。その仕草には、自分の肉体の性別や出自に対する、極端な無関心が漂っている。
「 デュール神の使徒である私と、腕試しをしたいのか? そのために龍さんを利用したのか? 」
「 ははっ、腕試しか・・・まぁ、それに近いかもな。この世界に『最強』は俺だけで十分。そして戦利品として、貴公を俺の魔道具とする! この決定が覆ることはない 」
「 魔道具だと? わけのわからないことをっ! 」
私の全身の毛が逆立つ。龍さんを殺し、デュールさんに関わる知識を持ち、350年生きているという情報全てが、この「 魔道具にする 」という狂気の宣言の裏付けのように感じられた。
セルフィアのすぐ傍の空間が、ガラスにヒビが入るように歪む。
別次元の空間から滑るように出現したのは、龍さんがいつも首から下げていた神剣だった。セルフィアは、その柄を何の造作もなく掴み取る。
「 何と! 亜空間収納か!? 見るのは初めてだ 」
バルモアさんが驚嘆の声を上げていた。
「 蜥蜴の戦利品は既に頂いている。そうだな、万が一にも俺が敗北したら、所有権は貴公に戻そう 」
その冷徹な宣言と共に、辺りの瘴気と熱気が一瞬にして凍り付いたような錯覚を覚える。
その言葉の恐ろしさは、圧倒的な自信にあるのではない。
セルフィアの中で「 万が一 」とは、激情や慢心から生じる隙ではなく、己の勝利を99.9パーセントと定義するための、計算に組み込まれた数字のように響いた。
その目は私という存在を、既に結果が決まった実験台のように扱っている印象だった。
論理に裏打ちされたその冷酷さこそが、熱狂的な傲慢さよりも遥かに不気味で、私の背筋を凍らせた。
そして戦いは避けられない。避けるつもりもない。
「 まずは、数の不利を補おう 」
セルフィアは静かに、そしてゆっくりとその右手を虚空に掲げた。まるで、そこに確かに存在すると信じている見えないレバーを引くかのように。
その瞬間、辺りの空気がぐっと重みを増した。
セルフィアの掲げた掌を中心に、空間そのものが軋みを上げる。漆黒の夜闇に、まるで巨大なインクの染みが広がるように、五つの濃密な闇色の穴が次々と開口していった。
それはただの闇ではない。そこから噴き出す冷たい圧は、触れただけで魂が凍り付くような別次元の質量を伴っていた。
そしてその穴の中から、巨大な影がぬるりと這い出してきた。
「 うあっ! 」
リディアさんの短い悲鳴が空気を震わせた。
それは全身を粗削りの岩塊で覆われた、三メートル前後の巨躯だった。その体表は、風雨に晒されたような無数の傷と、硬質な苔のような染みに覆われている。続いた四体もまた、同様の重々しい石塊で構成されていた。
五体のゴーレムは、まるで大地そのものが形を得たかのように、圧倒的な質量感を伴って空間の裂け目からその姿を現す。その存在は周囲の地面を軋ませるほどの重圧を放っていた。
瞳にあたる部位からは、赤く禍々しい光が点滅し、周囲の闇を不気味に照らし出す。その全身から放射される圧力は、ただの魔法生物とは一線を画す。まさに、殺戮のための機械だ。
地響きを立てて五体の岩の巨人が大地に立ち尽くす。その背後には、何の感情も読めない、ただ静かに掌を下ろすセルフィアの姿があった。
「 ゴーレム五体か・・・ 」
バルモアさんが絞り出すような声で呟いた。
私は奥歯を強く食いしばる。セルフィアは自身の勝利の確率を、さらに研ぎ澄ませたのだ。
「 ワルキューレたちよ! リディアさんとバルモアさんを護衛しつつ、ゴーレムを打ち倒せ! 」
私の指示を受け、即座にワルキューレたちが行動を開始する。ワルキューレたちの両腕がグニグニと変形し始める・・・
左腕は大型の盾に変形し、右腕は鈍器のような形の武器に変形する――
「 リディアさん、バルモアさん! 任せたよ?! 」
私は叫びながらも、視線はセルフィアに固定したままだった。
「 ヒヒヒッ! 御意にございます! 」
「 お任せください! 」
「 光神剣! 」
神々しい光り輝く魔法剣が顕現する!その鋭利な光は、周囲の禍々しい瘴気を焼き払い、空間を純粋な殺意で満たした。
「 お前の計算を今ここで狂わせてやる! 」
「 時空操作! 」
―― 一瞬で終わらせる。こいつを殺せばゴーレムどもも動きを止めるはずだ。
私にだけ視認できる、不可視のドームがこの場にいる全員を覆う。ドーム内の生物、その思考、物質の揺らぎ、魔法エネルギーの流れ――その全てが極度に鈍化する。
セルフィアは、まるで古い映画のワンシーンのように、微動だにせず完全に停止していた。
勝利を確信する。
「 聖なる光線!! 」
眼前で神々しい光が弾け、螺旋状に絡み合う極太の光線へと変換される!
回避不能のセルフィアに、その光が寸分違わず迫る!
直撃の刹那、バキバキと派手な音を立て、セルフィアが周囲に展開していたのであろう魔法障壁が破壊される。
「 空間置換! 」
セルフィアの冷たい声が、スロウ状態ではなく通常の速度で響き渡った。
ドゴォンッ――という、空間そのものが軋むような衝撃音と共に、極太のホーリービームはセルフィアの鼻先を掠め、強引に真上へと捻じ曲げられる!
破壊を免れた光の残骸は、夜空の遙か上空で霧散した。
「 なにっ?! 」
「 なんで動ける?! 」
――ありえない! 時空操作は、空間そのものを支配する絶対的な力のはず!
「 やはりお前たち使徒は付け焼刃だな。この俺が『時空対策』をしていないとでも思ったのか? 」
セルフィアは、まるで出来の悪い子供を諭すように静かに続けた。
「 愚かな使徒よ。デュール神から一方的に与えられたチカラに満足し、溺れ、研鑽することもなく未熟なまま 」
リディアさんたちを一瞥する。
ゴーレムやワルキューレも含め、私とセルフィア以外は、確かに極度のスロウ状態に沈んでいた。
――こいつマジか・・・タダ者じゃないな。
「 永劫の微睡み! 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
セルフィアが掲げた掌から、煤のような黒煙の塊がゆっくりと立ち昇る。
それは単純な魔法エネルギーではない、純粋な呪詛の波だった。
――ドルミエンティス。それは対象の魔法障壁を素通りし、魂と精神に直接、呪いを付与する系統の魔法だ。防御魔法の干渉を全てすり抜ける、セルフィアの最も確実な『宣告』だった。
黒煙は重力に抗うことなく、超スロウ状態の空間を破って、使徒ハルノの顔面へ一直線に滑り込んだ。
しかし――
何事も起こらなかった。
黒煙はハルノの皮膚に触れた直後、まるで熱い鉄板に触れた水滴のように瞬時に蒸発し、音もなく霧散した。
「 なんだとっ?! 」
初めてセルフィアに明確な動揺が走った。それは、真龍を殺し、使徒の力を無効化し、350年という時のスケールを超越した者の、予測不能な事態に直面した真実の驚愕だった。
「 効かない――、だと? 」
セルフィアは自身の計算が崩れたことを理解し、動揺を抑えようと続けた。
「 すでに何らかの、より強力な呪いにかかっているのか? 消去法で考えればそれ以外にはあり得ない・・・ 」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
セルフィアの発言が脳裏に浸透するまで数瞬を要した。
ズン、と空間の重圧が急に戻る。時空操作の効果が切れた。
――呪い? 私に? そんな身に覚えはない。まさか『急激な老化進行中』が、呪い判定になってんのか?
「 どうやら覚えがあるようだな! 」
セルフィアはそう叫んだ。動揺を押し込めたその声には、微かな焦燥が滲んでいた。
行動は速かった。
何やら詠唱をしながら、セルフィアは私目掛けて力強く地を蹴った――




