第25話 歓待
「 とにかく本日は貴賓館に御宿泊ください! デュール様の使徒様に対し、このまま何のもてなしもせずにお帰りいただくなんてことは、絶対にできませんからな! 」
国王様の声が、重厚な礼拝堂に響き渡る。その熱のこもった眼差しは、まさしく「否」を許さないと語っていた。断るのも面倒だと悟った私は、素直にその厚意に甘えることにした。
「 う~ん、わかりました。では今夜は御厄介になります。ありがとうございます 」
私の言葉に、国王様は破顔した。
「 おお、御宿泊くださいますか! ありがとうございます! 早速、急ごしらえにはなりますが――宴の準備を致します 」
控えていたリディアさんに、国王様は間髪入れずに命じた。「 おい、伝令に走れ! 料理人たちを総動員させろ! 宴の用意だ 」
リディアさんが素早く礼拝堂の入り口へと駆け出し、侍従の男性へ指示を伝える。
「 はっ、直ちに! 」
侍従男性は、わざとらしく派手な足音を立ててリディアさんの前から駆け出した。その慌ただしい様子は、国王様の命令への忠誠を誇示しているかのようだった。
「 え? いや、必要ないですよ 」
私は慌てて口を挟んだ。宴そのものが必要ないと言ったのだが、国王様は私の言葉を誤解したらしい。
「 ああ、御心配には及びません! 同席するのは我が身内の者たちばかりですので、ハルノ殿がこれ以上心労を重ねる心配はございませんよ 」
勘違いしている国王様を前に、私はただ苦笑するしかなかった。
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しかし、結果としてその夜は大満足だった。
豪華絢爛な食事が供され、国王、オリヴァー殿下、王妃殿下、宰相の男性、そしてその他二名の男性と私――わずか七名での会食は穏やかに進行した。
リディアさんは貴賓館の玄関前で警護に当たっており、団長やグリム砦の面々は、城の敷地内にある別の建物で食事をしているらしい。
会食中は互いに簡単な自己紹介を交わす程度で、私は努めて会話に深入りしないよう心がけた。
国王様は私の機微を察してくれたのか、終始当たり障りのない話題しか振ってこなかったため、王妃殿下や宰相のおじさんからの質問攻めに苦慮することも皆無だった。
おそらく、国王様やオリヴァー殿下から事前に釘を刺されていたのだろう。
ただ宰相のおじさんからは、何度か猜疑の視線を感じた。それ以外は特に不穏な空気もなく、ただただ時間が淡々と過ぎていった。他愛もない話に終始しながら、宮廷料理に舌鼓を打つ――まさに贅沢な時間だった。
そして食事の後に何より嬉しかったのは、貴賓館と呼ばれる絢爛豪華な施設内に「お風呂」があったことだ!
自然石をふんだんに使用して組み上げられた浴場は、この城全体の壮麗さにも通じるものがあった。優秀な石工職人が大勢いるのだろう。
私のために何十人もの使用人さんたちが井戸から水を汲み上げ、大型の鉄製の桶で湯を沸かし、さらにその湯を自然石の浴槽まで運び入れてくれたという。
この大陸の浴場は、貴族以上の身分か豪商の類にしか普及しておらず、基本的に水風呂が主流とのこと。わざわざ湯を張るなど、そもそも普通はしないらしい。
食事中、国王様に「 何かご所望はおありですかな? 遠慮は無用ですぞ 」と問われ、深く考えずに「 強いて言えばお風呂に入りたいですかね。久しぶりに熱いと感じるくらいのお湯に肩まで浸かりたいですね 」と軽々しく言ってしまったせいで、大勢の人々に迷惑をかけてしまったのだ。
しかしせっかくの厚意を無駄にするわけにもいかず、申し訳なさを感じながらも、ありがたく食事の後すぐに一番風呂に入らせてもらった。
正直なところ、お湯はかなりぬるかった。それでも、この大陸に来てから初めて肩まで浸かれるちゃんとした風呂。まさに至福の時と呼んでも差し支えない一時を享受することができた。
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浴場のすぐ外には、二人の侍女が常に控えていたようだ。
風呂から上がった直後、彼女たちがいきなりそれぞれ手に持つ布で私の身体を拭こうとしてきたので、私は反射的に驚いて思わず後退りした。
「 す、すみません、自分でやりますので、お気遣いありがとうございます! 」
「 え? いえ――、そういうわけには・・・ 」
私が即座に拒むと、侍女たちはキョトンとしていた。
同じ女性なので、全裸を見られても特に思うところはない。しかしいきなり身体を触られるのは、さすがに許容できない。
彼女たちにとっては当たり前の仕事なのかもしれないし、それを拒絶するのは失礼なのかもしれない――そう考えもしたが、やはり抵抗があった。
「 いや~、ホントに! あ~、じゃあすみませんが何か冷たい飲み物をお願いしてもいいですか? 」
「 か、かしこまりました! 少々お待ちください! 」
――あ~冷蔵庫なんて無いんだから「 冷たい飲み物 」ってのは無理難題だったかもな――と、即座に反省し制止しようとしたのだが、時すでに遅し。
侍女さんの内一人がバタバタと慌ただしく駆け出し、出口の先に消えていくところだった。
気を取り直して、もう一人の侍女さんにもお願いしてみる――
「 あっ、あなたには別のお願いが! 今は私の護衛の方なんですけど、陛下の親衛隊長のリディアさんを呼んできてもらえませんか? 今はこの建物の警護をしているらしいんですけど 」
「 は、はい、直ちに! 」
残りの侍女さんもまた、慌ただしく駆けていった。
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「 お待たせ致しました! 」
息を切らせた剣士のリディアさんが、足早に私の前まで駆け寄ると、即座に膝を突き臣下の礼をとった。
「 もう・・・そんな跪く必要はありませんから、やめてください! 」
「 そ、そういうわけにはまいりません! 」
「 もう――、それはそうと食事はしたんですか? 」
私は少々怒気を込めて詰問した。国王様たちとの会食でお腹いっぱいになった私とは違い、リディアさんは警護のために同席していなかったのだ。
「 携行食料を齧りましたので大丈夫です! 」
「 いやいや、超ブラックじゃん・・・休憩も無しで食事も仕事しながらとか! で――当の本人である護衛対象の私は、宮廷料理を食べてのうのうとお風呂に入ってるとか、全然ダメじゃんよ・・・ 」
リディアさんの顔には「 この人は一体何を言っているんだ? 」と書かれているようだった。
「 え? えっと、わたくしには何がダメなのか理解し難いのですが・・・そもそもわたくしへのお気遣いは無用にございます 」
どこまでも忠実な臣下といった感じだった。
「 っていうかさ・・・一応お城の敷地内なのに、リディアさんみずから警護する必要なんてないんじゃ? 元々警護に当たっている近衛兵さんたちに任せておけばいいのでは? 」
「 いえ、わたくしも配置に着くように――と、陛下からのご命令ですので! 」
「 う~ん、でも今は、国王陛下よりも私の指揮下に入ってるって認識で間違ってませんよね? 」
リディアさんは頭を垂れて即座に答える。「 はっ、左様でございます! 」
「 じゃあホントは命令とかって言葉は使いたくなかったんだけど――、リディアさんは今すぐにお風呂に入ってください! もうかなりぬるいお湯になっちゃったけど、お風呂に入って、それからちゃんと食事をしてください! これは私からの命令です! 」
リディアさんを呼びに行った、傍に控える侍女さんの方に向き直り指示を出す。「 すみませんが、リディアさんの食事を用意していただけますか? 」
「 か、畏まりました! 」侍女さんはまたしても慌てた様子で駆け出していった。
「 しかしハルノ様・・・ここは私のような兵士が、気軽に使用してよい場所ではありませぬ故、お気遣いには感謝致しますが 」
「 ダメです。これはもう決定事項です。ここで今からお風呂に入って疲れを取ってください。警護は近衛兵さんたちに任せて、食事の後しっかり朝まで寝てください。もしも陛下が苦言を呈してきた場合、私からの指示だとお伝えいただければ結構! 」
「 は、はぁ、承知致しました・・・ 」
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お風呂の後――あまりにも広すぎる豪華な部屋に案内された。
グリム砦の面々とも連絡がつかないし、特にやることもないので、いつ眠りに就いてもいいように灯りを消し、巨大なベッドの上でゴロゴロしていたのだが――案の定いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
そして、ふと目が覚めたのは真夜中だった。
何気なく左側に視線を向けると――
私が寝ているベッドの真横に、黒い人影が立っていた。
ただでさえ真っ暗な空間なのに、その人影はひときわ濃い闇を纏っているように見えた。
「 ひっ!! 」
一瞬で心臓を鷲掴みにされたかのように、キュッと胸が圧迫される。
――わっ! ゆ、幽霊?




