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第247話 スペースガードセンター その三

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「 なっ・・・なんだ今の発光は? あ、あなたの身体が光を発したように見えたが・・・ 」

 センター長の奥山は、全身の血の気が引くのを感じていた。

 たった今――目の当たりにした謎の現象を、受け入れることができないでいた。


【はるの】と呼ばれる女性が意味不明な叫び声を発した直後、確かにその身体が発光したのだ。

 そして支えを失ったかのようにグラつく彼女に、外国籍の女性が、悲鳴にも似た嗚咽をあげながら駆け寄る。発する言語は、今まで聞いたことのない初めて聞く言語だった。


 ――魔法? こいつらは一体何を言ってるんだ・・・何かの比喩なのか?


 ここは美星スペースガードセンターのメインコントロールルームだ。

 宇宙の脅威を科学と理性の力で観測し、警告を発する人類の盾となるべき場所だ。


 ――訳の分からないオカルトで、全人類の運命を弄ぶなど以ての外だ!


 奥山は、混乱しながらも怒っていた。

 怒りだけではない。この状況への深い侮蔑と、それを許したJAXA上層部への憤怒が混ざり合っている。


 しかし持明院は顔色一つ変えず、メインモニターを指差した。


「 奥山センター長。アポクリス455を捕捉している望遠鏡のデータが、このメインモニターに映し出されるまでに、どれくらいのタイムラグがあるか教えていただけますか? 」


「 あ、ああ・・・ 」

 奥山は反射的に操作卓を覗き込んだ。


「 小惑星アポクリス455までの距離は、約4億1500万km。光の速度で計算すれば、データ伝送の遅延は・・・ 」キーを叩く。無機質な数字がモニターに浮かび上がる。そして、奥山の思考回路はその数値を瞬時に処理した。


「 約23分。それがこの画面に反映されるまでの時間です 」

 奥山は、ナゼか声が震えていた。


 片膝を突きながら、脱力した【はるの】が掠れた声で告げる。

「 小惑星は停止したはず・・・この気だるさがなによりの証拠かもしれない。魔法も光速の縛りがあるとしたら、最悪、倍かかるかもだけど、とりあえず23分待ちましょう。話の続きはそれからです 」

 静かに告げられた言葉が、制御室の冷たい空気を震わせる。


「 あなたはさっきからずっと何を言っているんだ! 小惑星の進行を、意味不明な魔法とやらで止めたとでも言いたいのか?! ふざけるのもいい加減にしたまえ!! 」


 ――魔法だと? 馬鹿にしているのか?


 もちろん信じてなどいない。

 だが、視線はメインモニターの一点、わずかに滲んだ光の粒から離せなくなった。

 胸の動悸は激しくなっている。

 機械音と【はるの】を抱える外国人の微かな喘鳴だけが、鼓膜を刺激していた。


          ▽


 ~20分後~


 奥山は無意識のうちにモニターに近づき、その光点を見つめた。


 いつの間にか、怒りも軽蔑もすべて消え失せていた。


 残ったのは、科学者としての純粋な好奇心。


 ――冷静になってみれば、この者たちが全員ふざけて、こんな事態を引き起こしているとは到底思えない・・・

 そもそもどんな狙いがあるんだ?

 JAXA理事長が全面協力しているということは、文部科学省の上層部から指示が出ているはずだ。

 まさか本当に魔法が使えるのか?

 確かにこの女性の身体は突然発光した・・・それは事実だ。

 確かにこの眼で見た!


「 22分経過した・・・ 」

 奥山が誰にともなく呟いた。


 その瞬間だった。


 メインモニターの中央、漆黒の宇宙空間を静かに横切っていた一点の光の粒が――ピタリと静止した。


 奥山の視界は、その一点に釘付けになった。

 背景の星々は流れている。地球のシンボルも、デブリの軌道図も動いている。だが、アポクリス455だけが動かない!


「 なっ・・・ 」

 声が出ない。

 奥山は何十年も天体を観測してきた。

 軌道、速度、重力、慣性の法則。全てが自分を構成する真実だった。

 それが今――目の前で、あまりにも静かに、あまりにも冷たく崩壊した気がした。


 奥山は操作卓に飛びつき、キーボードを乱暴に叩いた。


 ――データ、データだ。数字だけが真実だ!


 速度:0km/s

 加速度:0G


「 ば・・・馬鹿な!! ありえない!! どんな外乱でも、こんな・・・こんな急激な変化はありえない! 質量が消えたのか? どこかの惑星の重力で弾き飛ばされた? いや、まさかそんな・・・ 」


 奥山の専門知識の全てが、目の前の現象を否定する。

 しかしモニター上の数値は、紛れもない事実として「 静止 」を主張している。


 奥山は頭を上げ、外国人に抱えられ今にも意識を失いそうな【はるの】の姿を見た。

 彼女の頬は青白く、その表情は何か大きなものを失った後の抜け殻のようだった。


「 まさか、あなたの・・・本当にあなたの魔法だというのか? 」

 奥山の口から出たのは、科学者が最も忌み嫌うオカルトを代表する単語の一つだった。その問いは、奥山が積み上げてきたキャリア、知識、そして理性そのものとの決別を意味していた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~3時間後~


 微睡みながら目が醒めた・・・


 どうやら私は医務室のような部屋に運ばれ、ベッドで寝ていたようだ。身体に残るのは、まるで数日間の激しい肉体労働を終えた後のような、深く重い倦怠感だけ。しかし、頭の中は驚くほど澄み切っている。


 リディアさんは、ベッドの横に置かれた簡素な椅子に座り、私の手を両手で握りしめたまま、ウトウトしていたようだ。彼女には極度の疲労と緊張が見て取れる。


 リディアさんは、私の微かな身動きに気づき、ハッと顔を上げる。その瞳は涙で濡れた痕が残っており、深く安堵の色を浮かべた。


「 ハルノ様! お身体の具合は! 」

 リディアさんはすぐさま顔を近づけ、心配と安堵が入り混じった表情で尋ねた。


「 ああ、リディアさん。ごめん、寝落ちしてしまったみたいね。まだちょっと気だるいけど、深い眠りに堕ちてたせいか、頭はすごいクリアになってるわ 」

 私は力なく微笑み、リディアさんの頬にそっと手を触れた。


「 痛みなどもありませんか? 何か異常を感じたらすぐに仰ってください 」

 リディアさんはそれでも不安を拭えないようで、私の身体を丹念に見つめる。


「 うん、大丈夫。皆は? 」

 身体を起こして尋ねる。


「 会議を行うような部屋で、まだ話し合っていると思いますが・・・ 」


「 そう、じゃあ私たちも合流しよう 」

 私はベッドからゆっくりと立ち上がった。


 まだはっきりとした自覚はないが、手の甲の皮膚の張りが、わずかに失われたような――そんな錯覚を覚える。

 やはり今こうしている間にも、急速に老化が進んでいるのだろうか?

          ・

          ・

          ・

 リディアさんは私を支えながら、会議室のドアを開けた。


 中では、奥山センター長と持明院さんが向かい合って座り、それを遠巻きに囲むように皆が椅子に座っていた。


 奥山さんはネクタイを緩め、両手で顔を覆ったまま微動だにしない。彼の前には、飲みかけの冷めたコーヒーカップと、何やらプリントアウトした紙が無造作に置かれている。数時間前の激情は影を潜め、今はただ、異常な現象を処理しきれない科学者の深い苦悩が支配しているようだった。


 持明院さんは背筋を伸ばしたまま、冷静に資料に目を通しているところだった。


「 春乃さん! 大丈夫ですか? 」


 持明院さんが入室した私たちに気付き声を上げる。


 奥山さんがゆっくりと顔から手を離す。その目は充血していた。


「 春乃さん・・・アポクリス455は本当に静止している。これは美星の観測史上、そして人類の知る物理法則において、あってはならない事態だ 」

「 しかしながら、全てを持明院さんから聞き及び、今もまだ混乱しているところですよ・・・ 」

 奥山さんは絞り出すような声で発言していた。


          ▽


 私たちも交え、再び話し合いが始まった。


「 データ伝送の遅延は23分。その23分だけでも、地球は公転により約4万キロメートル移動した。そして現在、すでに約4時間経過している 」

「 では、さらにどれだけ公転で距離を稼げば地球の重力圏範囲外となり、絶対的な安心を得ることができるのか? というご質問でしたね? 」


「 そうです 」

 奥山さんは受けた質問を復唱し、持明院さんが肯定していた。


 奥山さんは科学者としての義務感に突き動かされたのか、即座にキーボードへ指を走らせた。

          ・

          ・

          ・

「 今はまだ解除するのは危険すぎると考えます。地球は今、僅かしか動いていない。たとえ地球の重力圏を完全に抜け切ったとしても、太陽系の軌道力学によって、今後、軌道の不安定性が生じるかもしれない 」


 奥山さんが机を叩く。


「 小惑星の質量が消えたわけじゃない。魔法を解けば、それは太陽の周りを回る天体になるかもしれない。その軌道が、今後数ヶ月、数年先に、地球の公転軌道と交差しないと誰が断言できますか? 」


 彼は一呼吸置き、決然とした目で続けた。


「 科学者として、絶対的に安心できる時間は丸三日はほしい。最低でも72時間あの小惑星を静止させ続けてください! その時間があれば、約780万キロメートル移動することができる。これで太陽系の複雑な三体問題から生じる軌道の――わずかなブレや不安定性を無視できるレベルまで、安全な軌道へと逸脱させられる 」

「 しかし絶対的な確実性を求めるのならば、やはりその――人類の叡智を超えたであろう論理量子AIに聞く方がよろしいかと・・・ 」


 ――丸三日か。つまり寿命45年分・・・


 三日後、私は・・・え? 一気に約70歳の肉体か!


 ババアやないか!


 しかし70歳で老化を止めれるのなら、寿命が90歳~100歳だと仮定した場合、最低でもその先、二十年は余生を愉しむことができるかもしれない!


 だが――、気になるのはやはりデュールさんだ。

 あの人は、私が死亡するだろう的なニュアンスで話を進めていた。


 つまりデュールさんの計画では、三日ではなくそれ以上の停止時間を、私に求めていることになる。もしくは、私の本来の寿命は70歳前後という可能性も捨てきれない。


 私の最大寿命が90歳前後と仮定した場合、寿命を丸々消費する――、四日間か、五日間・・・


 とにかくこのまま停止を維持し、もう一度デュールさんから直接話を聞きたい。


 ライベルク王国の礼拝堂(あそこ)に戻ろう。


 もはや期待などはしていないが、十年、いや五年でもいい。いやいや、一年でも構わない。

 ババアの肉体でも、たとえ一年でも、最後の終活を行う時間がほしい・・・


 私は、そう強く願っていたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新して頂きありがとうございます。 ハルノさんの苦悩が伝わってきました。 胸が締め付けられる思いです。 でもハルノさんの ババアやないか!のツッコミで救われました。 解決の糸口が見つかるように…
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