第246話 スペースガードセンター その弐
~メインコントロールルーム~
重い金属の摩擦音と、厳重なロックが解除される――重厚な制御音が響き渡った。
「 ここかな? どうぞ、こちらです 」
持明院さんが端末を覗き込み確認をしながら、静かに分厚い扉を押し開ける。
「 手動かよ・・・ 」
私が不満を漏らした瞬間、冷たく無機質な空気が一気に流れ込んできた。
私たちが足を踏み入れたのは、美星スペースガードセンターのメインコントロールルームのようだった。
そこはまるで宇宙船のブリッジのような、薄暗く無数の光が瞬く空間だった。
部屋の壁面、そして操作卓の正面には、大小さまざまなモニター群が扇状に展開している。
全ての画面が淡い青や緑の光を放ち、その光量が合わさって、この中枢室を荘厳な雰囲気に包んでいた。
室内に満ちているのは、冷却ファンの低いうなりと、無数の機械の駆動音だけ。生命感のない、しかし極度に張り詰めた静寂だった。
私がまず視線を奪われたのは、部屋を支配する巨大スクリーンだった。
右側の大型モニターには、山間に白い巨大なパラボラアンテナ群が陣取り、まるで宇宙へ向け無言で祈っているかのように浮かび上がっているリアルタイム映像。
左側には、地球と思われる球体の周囲――漆黒の宇宙空間を漂う無数の光点が描かれた軌道図が映し出されていた。
これらは人類が宇宙に残した残骸・・・スペースデブリの軌道図か?
点滅するそれらの光は、残骸の数を容赦なく突きつけていることになる。
そして中央の最も目立つスクリーンには、不吉な赤い軌道線が太く描かれていた。
操作卓がいくつも並んでいる。その一つの傍らに立っていたのは、一人の初老男性だった。
「 PHANTOMの持明院さんですね? センター長の奥山です。お出迎えできず申し訳ありません 」
持明院さんが深々と頭を下げた。
「 いえ、この度はご対応くださり、誠にありがとうございます 」
被せるようにセンター長が発言する。
「 早速ですが、先ほどもお電話でお伝えしましたが、詳細説明をお願いしたい。JAXA理事長からの指示では、国家機密に関わることなので、何も聞かず全面協力するようにとのことでしたが・・・しかし「 今日だけ職員を全て帰らせろ 」などと、理事長はこちらの業務を何だと思っておられるのか! 現場の状況を全く理解しておられない! 」
白いYシャツにネクタイ姿のセンター長は、微動だにせず、モニターの青白い光を浴びている。その瞳は持明院さんを見つめて動かず、まるでカウントダウンを待つ司令官のようだった。彼の顔には、この状況が生み出した極度の緊張と、諦念にも似た複雑な陰影が落ちていた。
「 奥山センター長。今は詳細説明ができないのです。しかし成功した暁には、あなたにだけは経緯を説明してもよい、との許可を得ています。ですので、まずはわたしの指示に従っていただきたい 」
持明院さんの静かな声が、機械音と光に満ちた部屋の冷たい空気を震わせた。
センター長は怪訝な表情を隠す気もないようで、まるで睨みつけるように眼光を強めた。
「 はい? 成功した暁? 何をなさるおつもりですか? 」
センター長の声は、疲労の色を滲ませながらも、重くはっきりとしていた。
「 アポクリス455の映像をモニターに出してください! できるだけ大きく鮮明に! 」
「 ・・・一体何のために? 」
「 先ほども申しましたが、成功した後にご説明いたします。可能ですか? 」
「 ・・・・・ 」
センター長は怪訝な表情のまま私たちを順に見据えた。特に姫野さんに対して不審な眼差しだ。まぁ無理もない。どうひいき目に見ても、姫野さんは堅気には見えない。
ワザとらしい溜息を吐きながらセンター長が発言する。
「 地球に最接近するまで約四ヶ月、距離はおよそ4億1500万km。アポクリス455のように巨大だと、逆にここまで接近すれば15等級よりもかなり明るいので、もう少し夜空を待つ必要はありますが、もちろん可能ですよ 」
「 では、お願いいたします 」
▽
▽
「 データリンク完了。主望遠鏡、追尾開始 」
センター長の声が響く中、私と持明院さんは、一番大きなメインモニターの前に立っていた。持明院さんの顔は照明を浴びて青白く、まるで彫像のようだった。
・
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「 投影開始 」
センター長は低い声で告げながらキーを叩く。
一瞬の静寂の後、メインモニターの表示が一変した。
そこには無数の白い粒子が散りばめられた、暗黒の宇宙空間が映し出された。粒子の一つ一つが遠い恒星だ。その中でただ一点、背景の星々とは明らかに異なる、わずかに滲んだ光の粒が、ゆっくりと画面を横切っているのが見て取れた。
「 捉えた 」
センター長が私たちの方に向き直り告げる。眼鏡の奥の眼光は鋭い。
「 秒速42キロメートル。地球最接近まで四か月の猶予。直径は・・・推定20キロメートル以上 」
モニターの端には、小惑星の軌道予測を示すのであろう赤い線が表示されている。赤い線は、画面の中央に描かれた青い地球のシンボルに向かって、明確に収束していた。
「 危機管理レベルとしては「史上最悪の脅威」、依然として世界の天文機関が緊急の追観測を行うレベル。専門家としてのわたしの見解は、衝突確率で言えば6.5%といったところでしょうか。あと数週間で軌道が確定し、衝突確率は急激に下がるという――希望的観測を強く抱いているのが正直なところですが・・・ 」
――6.5%? 【論理量子AI】から真実を知らされていない専門家が導き出した確率は、そんなに低いのか? 論理量子AIとは雲泥の差がある・・・
センター長は歩み寄り、モニター上の微かな光の粒を指し示した。
巨大な破壊の塊が、あまりにも静かに、あまりにも冷たく、モニターの中でその存在を主張している。
「 ズームは不可能ですか? 」
持明院さんが事務的に訊ねる。
「 軌道計算を優先しています。これが現時点での限界です 」
センター長が答える。
私は構わず、その一点の光を見つめた。
それは4億キロメートル以上離れた場所から、スペースガードセンターの望遠鏡が光を集め、電波に乗せて、このコントロールルームの巨大モニターに確固たる実在感をもって映し出された死の予言だった。
「 春乃さん・・・これで魔法の発動条件は揃いましたか? 」
持明院さんが私に向き直り、真剣な眼差しで問う。
「 正直やってみるまでわかりません。一回きりの、最初で最後となる極大魔法になるでしょうから 」
「 はぁ? 魔法、だと? 」
「 一体、何を言っているんですか? ここはオカルトの集会所ではない! 」
センター長の奥山さんが、全身の血の気が引いたような、侮蔑と困惑の混じった表情で私を睨みつけた。
「 ハルノさまっ!! 」
あまりの絶叫に驚き振り返ると、リディアさんは冷たい床に両手を突き、額を擦りつけんばかりに深々と頭を下げていた。
「 何卒! ハルノ様、何卒お考え直しを! 」
その悲痛な叫びは、この部屋の静寂を切り裂く警報のようだった。
他の皆も、リディアさんの言葉自体は理解できなくても、何を訴えているのかは想像に難くないだろう。
「 ・・・・・ 」
私は返答に窮した。
何を言っていいのか、もはや何を言ってもリディアさんを説得するのは不可能だろう。
やはり連れてくるべきではなかったのか・・・
だが連れて行かないのは、あまりにもリディアさんに対し、不誠実だと思ったのだ。
「 おい春乃さん。薄々は気付いとったが、小惑星を止める魔法を発動したら・・・春乃さんの身に何か起こるんじゃあないんか? もちろん良くない方向でな 」
姫野さんは操作卓に肘をついたまま微動だにせず、まるで氷を撫でるように、静かで鋭い低い声で私に問いかけた。
「 う~ん・・・まぁ、ペナルティっていうのかなぁ、まぁ交換条件っていうか、一応あるみたいですねぇ 」
私はそう言いながら、困ったように頬を掻いた。今日の夕食の献立でも決めているかのように、軽く聞こえたことだろう。この場を支配する極度の緊張感とはかけ離れていた。
「 それは何や? 春乃さんに危険が生じるなら、無理を承知で全力で止めるぞ! 」
姫野さんは静止していた体を一気に起こし、操作卓から離れた。
その低い声は先ほどまでの冷たさとは違い、明確な焦燥と決意を帯びていた。彼は、今にも私の腕を掴んで、この部屋から引きずり出しかねない勢いだ。
「 君たちは一体なにを言っているんだ! まずはこの異常な状況を説明したまえ! わたしはこのセンターの責任者だぞ! 当然聞く権利がある! 」
センター長の奥山さんが思わず声を上げる。
「 黙れ!! 」姫野さんは一瞥もせずに一喝で遮断した。その瞬間、持明院さんが素早く私との間に割って入った。
「 落ち着いてください姫野さん! 」
持明院さんは、事態進行への絶対的な意志を瞳に宿らせていた。その顔は、極度のプレッシャーで青白く、まるで仮面のように無表情だ。
リディアさんは床に額を擦りつけながら、さらに激しい嗚咽を漏らし始めた。高岡さんは心配そうにその背中を擦っている。
――笑ってしまいそうになるくらい、切実でカオス過ぎる空間だわ・・・
「 悪いけど、あなたたちと自分を天秤にかけた時、重く沈むのは圧倒的にあなたたちなのよ・・・それはもう、覆すことができない真実 」
「 惑星停止! 」
私はモニター上の一点の光に向け、魔法を唱えた。
まさにその瞬間――、決定的なナニカが、私の身体からスルリと抜け落ちる感覚が確かに存在したのだった。




