第245話 スペースガードセンター その壱
〜岡山県・笠岡市〜
PHANTOMが用意したマイクロバスが、白いガードレールに沿って勢いよく岡山県の笠岡ICを下りた。高速を降りた途端、車内の空気がわずかに緩む。
「 まだ三時間くらいしか経ってないね。高速道路って、やっぱりあっという間だ 」
車窓に流れる風景に目を細めながら、私は誰にともなく口にした。
「 ここから下道ですので、到着まで――まだ1時間前後はかかると思います 」
運転席の背後から、持明院さんが即座に、しかし落ち着いた声で応じた。
同乗しているのは、私、リディアさん、姫野さん、高岡さん。そしてPHANTOMの持明院さん、広瀬さん、桃谷さん、それに運転手の井口さんを加えた計八名。車内は、目的地へ向かう前の独特な緊張感と静けさに包まれていた。
視線を後部へ移すと、リディアさんがシートに浅く腰掛け、持明院さんから受け取った日本刀の刀身を、慎重に――まるで鑑定するかのように確認している。
「 どうやら、気に入ってもらえたようですね 」
その横顔を眺めながら、持明院さんが満足げに呟いた。
「 ・・・そう、ですね 」
私は同調したものの、彼女の眼には刀身を見つめているというより、遥か遠くを見つめているかのような、心ここにあらずといった様子の翳りが感じられた。
持明院さんは、「 私が希望していた物 」をことごとく用意した。
しかもこの短期間で。
普通ではない。
PHANTOMという組織は、優秀で有能という言葉では収まらない。あれほど困難な要求をこうも易々と実現する――その異常なまでの実行力に、私は改めて戦慄を覚えていた。
だが、だからこそ頼もしい。
私がいなくなった後、この組織が後ろ楯になるのならば、光輪会はもちろん、白凰組も安泰だろう。
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~出発前~
持明院さんは、リディアさんが扱う日本刀、そして私にも武器となる物を与えてくれた。
「 無鑑査刀匠による最高質の実用的な打刀です 」
リディアさんに、日本刀を両手で丁寧に手渡しながら持明院さんが告げた。
「 へぇ~、よくわかんないけど凄そうですね 」
「 春乃さんにも御用意しましたよ。尤もお話を聞いていると、春乃さんに武器が必要になるとは到底思えませんが・・・と言いますか、まずは春乃さんに謝罪をしなければなりません 」
「 謝罪? 」
「 はい。これなんですが 」
そう言いながら、小型のジェラルミンケースから取り出し、私の眼前に据えたのは――少し大きめの筒のような物体だった。
「 我々の間では『ナーヴキラーXX』、あるいはその即効性から『一呼吸』と呼ばれています。中身は極度の濃縮神経毒です。先端の針は驚くほど細く、衣服の上からでも容易に血管に達し、一度静脈に直接注入されれば、大型の熊でも数十秒で死に至ります 」
「 人間の場合だと、五秒で全身の血流に乗って、毒は脳と心臓を同時に叩き、視界は万華鏡のように歪み始めるようです。そして十秒経過すれば、中枢神経が完全に麻痺し、自力で呼吸する機能が失われ死亡するでしょう 」
「 いや! こわっ! そんな物持ち歩いて大丈夫なんですか? 中身は液体? 漏れたりしないんですか? 」
私はドン引きしていた。
「 この筒はチタン合金の多層構造でできています。普通の衝撃や圧力で中身が漏れる心配は一切ありません。完璧に密閉された死を運ぶカプセルなのです 」
「 いや! 怖い怖い! 」
「 謝罪しないといけないのは、最悪の場合、コレを春乃さんとリディアさんに使うために用意したという点です 」
「 ええっ! な、なんで? 」
「 簡潔に申しますと、春乃さんとリディアさんがエイリアンで、このたびの小惑星衝突を意図的に引き起こした存在という僅かな可能性を、ある時まで完全には捨てきれなかったからです 」
「 信じることができたのは、いや信じようと最終決断したのは、志村さんの命を懸けた捨て身の行動があったからです 」
「 な、なるほど・・・ 」
とても分かりやすい率直な理由に、私は一瞬で納得した。
持明院さんの立場に私を置き換えたら、確かに「 もしかして、こいつらこそ元凶じゃないのか? 」と、疑っていたかもしれない。
それくらい私たちは、理解不能で怪しく恐ろしい存在だったと思うし、それこそ――光輪会を利用し誑かしている悪いエイリアン――と勘違いされても仕方のない状況だったと思う。
というか――、むしろ自然だ。
純粋な人間だと思う人の方が、どうかしてる。
「 で――、この物騒なモノを私にくれると? 」
「 はい。アチラには大型の熊以上の――我々の想像を超える凶暴な生物が多く生息しているんですよね? その・・・今後のことを考えると、どなたか重要な人物に護身用として持たせておくのも必要ではないかと。もちろん取り扱いには十分注意を払っていただきたいですが 」
「 ああ、そういうことですか・・・ 」
私は即座に理解した。つまり持明院さんは、私がいなくなった後のことを考えて――「コレをやろう」と言っているのだ。
「 確かに・・・では、ありがたく頂戴いたします 」
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~約50分後~
~美星スペースガードセンター~
マイクロバスは低く唸りを上げながら、美星スペースガードセンターの広大な敷地内へと、まるで獲物を探す獣のように静かに滑り込んだ。
周囲の山々が吸い込むかのような深い静寂の中、敷地を睥睨する白い巨大なパラボラアンテナ群が浮かび上がっている。それは宇宙へ向けた祈りのようで、同時に、人類が抱える恐怖を象徴する白い巨人の亡骸のようにも見えた。
厳重な鉄製の警備ゲートの手前で、バスはぴたりと停止した。運転手の井口さんがキーをひねり、ディーゼルエンジンの重い唸りが途切れる。
「 到着いたしました 」
持明院さんの低い声が、車内の張り詰めた空気を揺らした。
白いゲートの奥には、数棟の無機質な建物が並んでいる。その一つ、正面に見える管理棟らしき建物は、他のそれよりも幾分か大きく、どこか研究所然とした雰囲気を漂わせていた。
窓の奥に誰もいないにもかかわらず、どこかこちらの動きを監視しているかのような、研究施設特有の圧迫感を漂わせていた。
「 到着してしまいましたか・・・ 」
リディアさんが、喉の奥で息を押し出すように呟いた。彼女の視線は、膝の上に横たわる日本刀の刀身に縫い付けられたままだ。その横顔の翳りは、もはや影ではなく、鋼の刃のような研ぎ澄まされた決意の輪郭を成していた。
「 持明院さん。誰も出てこないけど、ゲートは開くのですか? 」
私が問うと、持明院さんはスマートフォンを取り出しながら静かに応じた。
「 はい、事前の手回しは完了しています。我々PHANTOMが持つ、最優先入構権限を行使しました。この時間、センター長以外の人間の立ち入りは完全に制限されています。極秘裏の作業ですので 」
その言葉は、PHANTOMが持つ力の桁外れの大きさと、これから行われる事態の異常性を、改めて容赦なく突きつけた。
持明院さんが通話を終える。すると、まるで何かの儀式が始まるかのように、高周波の電子音が一つ鳴り響いた。
キィィィ・・・
重い金属の摩擦音と共に、ゲートが内側へゆっくりと開き始める。その鈍い機械音は、まるで地球の運命が転がり始めるカウントダウンのように、車内の私の鼓膜を打った。
「 ハルノさま、御意志は変わらないのですね・・・ 」
リディアさんが私をまっすぐに見つめた。その瞳の奥には、先ほどまでの「翳り」は消え失せているように見えた。その代わりに、冷たい鋼のような決意が宿っているように見えた。
「 そうだね・・・もう、引き返せない 」
私は彼女の視線を受け止めながら、ショルダーバッグの膨らみ、あの物騒な「ナーヴキラーXX」二本の感触を確かめた。
これを誰に託すのか、私がいなくなった後の世界で、必要な場面がこないことを祈る。
だが確かに、護身用としては最適かもしれない。
小型でありながら、チクリと刺すだけで確殺できる代物だ。魔法が使えなくても、非力だとしても、あるていど大型のモンスターも殺せるだろう。
託すとしたら国王様とオリヴァー殿下か? はたまた片方はミラさんか・・・私がいなくなった後、大陸の西側に行くならば、龍さんにお願いしてリディアさんを乗せて行ってもらうのが現実的だろう。
ゲートが完全に開く。
内部の景色は、どこか神秘的で、どこか不吉な静けさに包まれていた。
「 さあ、まいりましょう 」
持明院さんのその一言でマイクロバスは再び動き出し、白い巨人が見上げる空の下へと、静かに進んでいったのだった――
日本時間11月2日
ロサンゼルス・ドジャース WS優勝おめでとうございます!
この7戦はずっと語り継がれる伝説のシリーズになると思います!
間違いなく、山本投手がシリーズMVPでしょう!




