第244話 大規模な物資搬入
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空調の低く響く微音と、防湿剤の乾いた化学的な匂いだけが倉庫を満たしている。フォークリフトの爪痕一つない床は、エポキシ樹脂が鈍く光沢を放っていた。
視覚的な圧迫感を生むほど整然と山と積まれた物資。全てが厳重にストレッチフィルムでパレットに固定されている。数百キログラムの塊が、高強度の合成繊維ロープという最新の素材によって一つに統合されようとしていた。
「 急いで! 」春乃の鋭い指示が静寂を切り裂く。
黒田と沢村は呼吸を合わせ、パレットの底面の「リフト穴」めがけてロープを一瞬で滑り込ませた。
ロープは円を描く全てのパレットを巡り、構造的に、そして間接的に、数トン級の巨大な集合体を一本の強靭な「輪」に変える。
円の中心に立つ春乃。彼女を取り囲むのは、完璧な円陣を組んだ物資の壁。足元を巡るのは、パレット全てを連結した一本のロープだ。一周したロープの両端を、春乃がしっかりと握り締める。
春乃の転移魔法は、「 自身と周囲の魔力を有する生物 」と「 間接的にでも触れているのが条件で、質量がある大地と繋がっていない物質全て(もちろん限度はある) 」を対象とする。このロープを介することで、円を構成する全てのパレット、そしてその内部の数千キログラムの物資全体に、春乃の魔法エネルギーが効率的に淀みなく伝わる。
「 神威の門! 」
春乃の全身の細胞が、空間そのものを軋ませるエネルギーで満たされていく。倉庫の静寂は打ち破られ、「 チリ、チリ、チリ・・・ 」と、電離した空気が発する不吉な微細ノイズが響き始めた。
次の瞬間
彼女の眼前の「何もない中空」に、漆黒の小規模ブラックホールが無音で出現した。
春乃と、彼女を取り囲む数千キログラムの物資群は、まるで巨大な手が掴み引きずり込むように、小ブラックホールへと吸い込まれていく。
グンッ、という物理的な抵抗すら許さない唐突な消失。
後には、空調の微かな唸り声だけが残った。数秒前まで存在した質量は、何の痕跡もなく、完全に空間から消え去っていた。
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周防大島北側の海岸沿いの倉庫からの転移だったため、ライベルク王都のすぐ傍、というわけにはいかなかった。
遥か先、シャルディア城と都市の防壁が薄い霞のように視界に入る。まだかなりの距離だ。
この世界間転移魔法の特性――自動修正は、やはり便利だった。倉庫内のまったく同じ位置から転移しても、ウィン大陸側では、先に置いた荷物を避けるように自動的に修正が入り、空いているスペースに出現してくれる。
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休憩を挟み、六時間以上。二十五往復は繰り返しただろうか。
二時間ほど前、王都に向かう隊商が通りかかり、その異様な光景に度肝を抜かれた様子で駆け寄ってきた。
トランシーバーで警備隊に連絡をしようとしていた私は、「 これはちょうどいい 」と思い、すぐさま呼ばなければならないわけでもないし、事情を説明して応援の要請をお願いした。「 王都に入ったら、兵士さんを大勢、輸送車と一緒にこちらへ向かわせてください 」と。なのであと数時間で、王都から大勢の兵士さんが手伝いにくるはずだ。
【龍さん】がもし王城にいれば、来てくれるとこれほど頼もしいことはないのだが・・・
見渡す限りの広大な草原。そこにパレット十枚が描く円を一つの単位として、その集合体が無数に、不規則に並んでいた。
パレットの総数は、およそ二百五十枚。
物資が積まれたパレットが織りなす、無数の巨大なミステリーサークル。
一時期、元地球のイギリスの農園で耳目を集めていた現象――ミステリーサークル。もしかしたらアレも、近隣住民の悪戯ではなく、実はエイリアンが転移ついでに何かを運んだ跡だったりして! ――そんな現実離れした空想に浸ってしまうほど、今の状況は奇妙な美しさを伴って重なり合っていた。
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「 これが最後だね 」
「 ハルノ様。お疲れはございませんでしょうか? 」リディアさんが心からの労いの言葉をかけてくれた。
「 うん。私はただロープ握って転移するだけだしね・・・倉庫内の持明院さんたちこそ、今頃はヘトヘトでしょうね 」
私は最後の運搬を終えた。リディアさん、バルモアさん、アイリーンさんも、この最後の転移に同行している。
時刻はとうに正午を過ぎ、空は快晴。延々と続いた単純作業を終えた後の火照った体に、頬を撫でる風がとても心地よかった。
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「 じゃあ、バルモアさん、アイリーンさん、後は任せたわ。滞在時間の回復は、岡山で転移してすることにするわ。というのも――ライベルクの人に捕まったら足止め喰らいそうな気がするし 」
「 では、私とリディアさんは行くわ! 早くても、戻るのは明後日になるかもしれない。できるだけ早く戻るようにするわ 」
「 御意にございます 」
バルモアさんの返事を聞き、二人から十分離れてから、再び転移魔法を唱えた。
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~歓楽街サラム~
歓楽街サラムは、中央街イシュトや領都ミルディアから見て東の果て、主要な街道から意図的に外れた場所に位置する。
この街は、ライベルク王国経済を支える鉱山や石切り場で働く、荒くれ者たちを慰撫するために作られた。そのため、普段から王都や領都、イシュトから酒や贅沢品といった物資が頻繁に運び込まれ、隊商の行き来が非常に激しい。サラムは、欲望と資本が渦巻く――秩序の外に存在する特異な街だった。
歓楽街サラムの喧騒が遠い唸り声へと変わる頃、黒く塗り潰された隊商の幌馬車が、東門を音もなく滑り出した。領都へ向かう西街道の賑わいに隠れるように、この東の道は夜にはほとんど使われない。
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御者は焦燥を隠すように鞭を入れ、車輪が砂利を噛む乾いた音だけを響かせ、一時間ばかり走った。
街の明かりが地平の向こうに潰れた頃、隊商は荒野のただ中、目印の――崩れた石塔の下で停車する。
待っていたのは、魔道士然とした一人の女だった。
マントの裾から覗く革製のブーツと、わずかに揺れる編み込まれた銀髪の房が、彼女が旅慣れた者であることを示す。
サラムの熱気とは無縁な、ひんやりとした静謐が彼女の周囲には満ちていた。
御者が無言で荷台を開ける。女魔道士はためらいなく近づいた。
「 首尾はどうだった? 」
女性の声は夜風よりも冷たい涼やかさを持っていた。
それを受け、荷台に乗っていた細身の男が足早に駆け降りる。
「 謹んでルーメン様にご報告申し上げます。デュール神の使徒は実在し、真龍も懐柔されておるのは事実のようです。サラムでは使徒の恩恵はそれほど多くはないように見受けられましたが、民衆の口の端に上がるその偉業の数々は、邪派の王を彷彿とさせる能力かと・・・ 」
「 そうか、どうやら誇張されているわけではなさそうだな。デュール神め・・・今回は当たりを引いたというわけか 」女魔道士がポツリと呟く――
「 ルーメン様、サエスタ大橋は現在復旧中とのこと、人だけならば渡れるようですが。代わりに、かの使徒が暫定的に架けた吊り橋が北にあるとの情報、拡張工事も済んでおり――大型の馬車も通行可能だとか。まずはその橋を使い、直轄領地に入られるのがよろしいかと存じます 」
「 ああ、その情報なら俺もミルディアの執政官から聞き及んだ 」
明らかに女性であるにもかかわらず、「 俺 」という一人称を使った魔道士がさらに続ける。
「 真龍なんぞ、もはや眼中にはない 」
「 そういえばミルディアでは――声を増幅する魔道具を使徒から貸し与えられておったわ。皮肉なものよ。俺の声を増幅するための道具になる予定の使徒が、そのような魔道具を作り、兵士どもに与えておるのだからな 」
「 は、ははっ・・・左様でございますな 」
細身の男は――、引き攣った笑顔を見せていたのだった。
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