第243話 生命という究極の貸し
「 いっったい、これっていくら使ってるんですか?! 」
私はもはや、呆れ果てた様子を隠そうともしなかった。こめかみがピクピクしているのが自分でもわかる。この尋常でない物量、この異常な空間、どう考えてもやり過ぎだ。
すると持明院さんは涼しい顔で、まるでスーパーのレジ打ちでもするかのように静かに指を折り――数秒、脳内の超高性能電卓を叩いた。その間、耳元で「 カチッ、カチッ 」と聞こえたような気がした。
「 バルク購入割引を最大限に考慮した上で・・・ええと、輸送費やこの確保した倉庫の賃料まで含めまして、ざっと計算して、最も少ない試算でも1億8,000万円以下はあり得ないですね。実際には1.5倍近くになってもおかしくないです 」
その声はあまりに冷静で、まるで「 今日のランチはパスタでした 」とでも言っているかのようだった。
「 ありがたいけども、マジでやり過ぎ・・・ 」私は喉の奥で息を詰まらせた。
持明院さんは、そんな私の反応を織り込み済みという顔で、さらに静かに、しかし有無を言わせぬ口調で続けた。
「 ご安心ください。もちろんこの費用は全て我々が負担します。そして、ここまでした目的は一つ――春乃さんとリディアさんに『 絶対的な貸し 』を作るためです 」
彼女は、こちらの感情の揺れを正確に読み取りながら、まるでチェスの盤面を眺めるような先を読んでいる雰囲気だった。
静かな瞳で核心に切り込む。
「 春乃さんに、我々が望む行動を拒否できない状況になってもらうためです 」
さらに持明院さんは、不用意に私へと歩み寄り小声で耳打ちする。
「 春乃さん、そろそろあなたの正体を教えていただけませんか? そしてどうやって小惑星を止めるのか、その方法も併せて教えていただけますと助かるのですが・・・ 」
持明院さんはこちらの警戒心を測るように、さらに畳みかける。
「 ワームホールを創り出す能力で、直接小惑星に接近し、小惑星を丸ごと飲み込むといった手法でしょうか? もしや宇宙空間でも、春乃さんならば生命活動が停止することはない、と? 」
――やはり私のことを、パラレルワールドを行き来している異次元の超能力者と結論づけているな・・・まぁ、ほぼ正解だけど。
――それに持明院さんは、私の逆鱗に触れないように冷静に推測し、私の不在時に、光輪会や白凰組に対して調査したりはしていないのだろう。
賢明な判断と言える。
この黒田さんあたりに袖の下を渡せばペラペラ喋りそうだが、そんな安易で足のつくリスクを冒すつもりはないのだろう。
――まぁそもそも、調査してたとしても、私には怒る理由がないけども。
「 わかりました。持明院さんにだけ全て話しましょう 」
「 リディアさん、バルモアさんを呼んできて 」
「 御意 」
私の指示を受け、リディアさんが車へとって返した。
▽
車内は十人乗りという特別仕様ながら、今は私と持明院さんの二人きり。他の皆は倉庫内で暖を取っている。
窓にはスモークはかかっておらず、明け方の青白い光がそのまま車内に差し込んでいた。
大きな窓ガラス越しに、東の空がゆっくりと茜色に染まり始める様が見える。そのグラデーションが、持明院さんの端正な横顔を、まるで静謐な絵画のように照らしていた。
私はその光を背中に浴びながら、ため息を一つ。
「 これから話すことは全て真実です。到底信じられない内容だとは思いますが、誓って――嘘や誇張はゼロだと予め断言しておきますね 」
「 はい! 春乃さんのことは微塵も疑ってはおりません! 」
シートに深く身を沈める。外界の音は遮断されている。この薄明かりの中では、車内というよりは、これから始まる「 密談 」のための特設ステージといった雰囲気だった。
「 それにしても、最低でも1億8,000万円分か―― 」
私は呟きながら溜息を漏らした。
▽
▽
まず始めに、私は光源魔法を唱え、車内に一瞬だけ光源を発生させすぐに掻き消し、さらに持明院さんに魔法障壁を付与し、本当に『 魔法 』が使えるということを見せつけた。
そしてこれまでの経緯を、懇切丁寧に時系列を守り話して聞かせた。
持明院さんは静かに私を見据え、ずっと聞き入っていた。
「 いまさら別世界の証拠でもないけど、これを見てください 」
私はそう言いながら、ライベルク王国製造の金貨を一枚手渡した。
金貨を摘まみ裏表を確認しながら――持明院さんが質問する。
「 これは金貨? 春乃さんが籍を置くライベルク王国のモノですか? 」
「 そうです。一般的に流通している通貨なので、全てが純金ではなく合金らしく――価値的には数万円ていどだと思いますが 」
「 ただコレ、鍍金技術っていうんですかね? 受け売りになりますが、現代では電気を使うんでしょうけど、水銀を使って鍍金しているらしいです。なので職人さんの多くは「 水銀中毒 」で体を壊し、後遺症に死ぬまで悩まされていたそうです。私が出現するまでは――ですが 」
「 なるほど。その「 デュール 」という人物が民衆の眼前に降臨しなくても、春乃さんが「 聖女 」と呼ばれているのも頷けますね 」
持明院さんはそう言いながら、小刻みに頷いていた。
「 ええ、そう呼ばれて悪い気はしないので、たまに調子に乗って安請け合いすることもありますけどねぇ 」
「 では、そのエイリアンである「 デュールさん 」から授かった専用の魔法を使い、小惑星アポクリス455を慣性の法則を無視して停止させ、その間に地球が公転で移動し、引力の影響を与えない安全な位置に来るまで魔法を維持し、その後解除するという認識で間違いありませんか? 」
「 そうですね。任意で解除するというよりは、強制解除になるでしょうけどね。ってか、逆に慣性の法則が作用してほしいですね・・・たぶん一瞬の停止の瞬間、小惑星は粉々に砕け散るか、液体のような状態に変形するだろうから。いや待てよ、それだとダメなのか? 結局、飛来するのが無数の破片や液体の小惑星に変わるだけで、人類の滅亡は回避できないのか? もうスケールが凄すぎて想像できないな・・・ 」
自分で自分の言葉を聞きながら、「 停止 」という魔法名なのに、ガロさんやデュールさんが「 静止 」という言葉をわざわざ使っていた理由が漠然と理解できた。それは、慣性の法則などが働かないから「 静止 」なのかもしれない。魔法名はあくまで「 私にとって理解しやすい魔法名 」になっているに過ぎないのだ。
「 待ってください春乃さん。任意ではなく強制解除とは? どういうことですか? 」
――!! そこに引っ掛かりを覚えるか・・・さすがPHANTOMの日本支部を背負っているだけのことはあるな。
――こんな最初から最後まで荒唐無稽な話を、信じるだけでも大変なことだろうに・・・
「 持明院さんを信頼し、持明院さんだけに話しておきますが、その答えは――『 残りの寿命を全て消費して行使する魔法だから 』、そして『 寿命が尽きる時に強制的に解除されるから 』ですよ 」
「 ?! えっ? 」
意表を突かれた様子で、持明院さんが目を丸くして驚く。
私は観念したように、シートの背にもたれ掛かった。
「 再び小惑星が動き出す時は、私が老衰死した時なんです。どうやら発動中、私にとっては一日が十五年分くらいに匹敵するらしいですから 」
「 つ、つまり、一旦発動してしまうと急激に老化する・・・ということでしょうか? 」
さすがの持明院さんも、喉に何か詰まらせたような状態で言葉を吐き出していた。
「 そうです。もって五日ってところでしょうかね? 多分ですけどね・・・まぁ使ったことがないので、実際にどうなるか、本当に全ての寿命を消費することになるのか、見当がつかないですけどねぇ 」
持明院さんの顔色が一変する。彼女の口元が、わずかに引き締まったのを私は見逃さなかった。極度に集中しているがゆえの生理的な反応なのだろう。
「 そんな・・・ 」
「 で、では、春乃さんは、命と引き換えにアポクリス455を止めてくださると・・・ 」
持明院さんは、冷たい空気を吸い込むかのように静かに呟いた。その瞳には、全てを理解しようとする知性の炎が宿っていた。
「 そうなりますね 」
「 お願いしておいてこんなことを言うのはおかしいのですが・・・春乃さんは本当にそれでもいいのですか? 死が怖くはないのですか? 」
「 そりゃ怖いですよ! 」
「 でも私にしかできないのなら、やるしかない。関りを持った人たちを見殺しにするなんて、私にはできない・・・この元日本で私が活動するように仕向けたデュールさんの狙いは、まさにソレだったんでしょうね。そしてあなた方PHANTOMとの縁も、デュールさんが私に用意した重要なパーツなんだと思います 」
「 なので全てが上手くいった後――、つまり私が死んだ後、皆に真実を伝える役目を、持明院さんに任せます。それまでは絶対に口外しないでください 」
持明院さんの両眼から、一筋の涙が零れ落ちる――
「 春乃さん・・・わたしは、あなたの覚悟に敬服いたします! 」
持明院さんはもはや涙を拭うことさえ忘れ、静かに、しかし全身の力を込めてそう告げた。
彼女の頬を伝う雫は、私の献身とそれを受け止めざるを得ない自らの無力さ、そして純粋な畏敬の念の表れのようだった。
「 わたしの口から、この真実が漏れることは絶対にありません。そして、あなたが命と引き換えに創り出す『 時 』を、我々は絶対に無駄にはいたしません 」
彼女は――、強い意志を瞳に宿し、深く一礼していたのだった。
展開が遅いとは思いますが、ラストに向けて丁寧に書きたい部分なので、ご容赦願います。
ってか今話で、100万文字超えたと思います。




