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第242話 いくらなんでも

 度重なる『 転移 』という超常現象の経験に加え、真夜中の車窓から垣間見た日本の景色による強烈なカルチャーショックが原因で、アイリーンさんが人目をはばからず泣き出すという事態に見舞われた。幼い頃から信じてきた世界の構造、その全てが日本の夜の景色によって否定されたことによる、文明的ショックなのだろう。しかしそれ以外は大きなトラブルもなく、私たちは光輪会の建物に到着した。


 もしトラブルが起きるとすれば、警察による職務質問で車内の日本刀やサーベルなどが見つかることだろう。だが、今となってはそれもあまり恐れるに足らない。私たちの後ろには、警察権力さえも封じ込める力を持つ『 PHANTOM 』という特殊な権力が味方についているからだ。

          ・

          ・

  光輪会では、高岡さんと信者の伊藤さんが合流した。

 運転を交代してもらい、私たちは再び仮眠を取ることにした。

 もはや一刻の猶予もない。

 移動時間をすべて睡眠に充て、周防大島へと急ぐことになったのだ。


          ▽


          ▽


 ~周防大島~

 ~早朝~


 車内の僅かな光と、外から差し込む早朝の柔らかな日差しが混ざり合い、瞼の裏を橙色に染めている。

 誰かの呼び声が、その温かい色の層を突き破って、微睡みの奥底まで届いた。


「 ――乃さん! 春乃さん! 着きましたよ! 」


 ぼんやりとした意識の中で、その声が信者の伊藤さんだと認識した。心地よい振動と単調なエンジン音に揺られ続けていた体は、突然訪れた静寂に驚くかのように僅かに強張る。


 重い布団を剥がすような億劫さを覚えながら、ゆっくりと目を開けた。視線を少し動かすと、焦点が定まらないながらも、運転席から身を乗り出している伊藤さんの人の良さそうな顔が見えた。その向こうには、フロントガラス越しに薄明るくなり始めた空の色が広がっている。


 身体は鉛のように重かったが、頭の中は驚くほどクリアになっていた。移動の時間が、まるですべて良質な睡眠に変わってくれたようだ。


「 ・・・ん、着いた、のね 」


 掠れた声で呟き、シートに深く沈み込んでいた背中をゆっくりと起こす。微睡みから覚醒へと移行する瞬間特有の、まどろっこしい感覚が全身を駆け巡った。


 隣に座っていたリディアさんは、もう既に目覚めていたのだろう。「 おはようございます! ハルノ様! 」と言いながら、真剣な表情をしていた。そのさらに隣、窓際に座るアイリーンさんは、まだ少し不安そうな面持ちで、慣れない日本の景色に目を奪われている。


「 伊藤さん、運転ありがとう。ってか、このバカでかい倉庫なの? 」


 深く感謝を告げながら、私は窓の外、朝日を浴び始めた周防大島の光景にようやく意識を向けた。


「 はい。この倉庫で間違いありません。姫野氏から指定された住所で間違いありません 」

          ・

          ・

 約三時間の車での移動だった。道中、美東SAでトイレ休憩を挟んだが、アイリーンさんに日本のトイレの仕組みを教えるのに一苦労した以外は、特に問題はなかった。


 ちなみに移動中の服装は、私がいつもの青色ベースの民族衣装っぽい一張羅にスニーカー。

 リディアさんは革の短パンでロングTシャツにブーツ。

 アイリーンさんはデニムで緑色の薄手ジャケットにスニーカーという出で立ちだ。

 言うまでもなく、バルモアさんだけは着替えていない。

 一番こちらの世界に馴染んでいる服装をしているのは、意外にも、最もこちらの世界に慣れていないはずのアイリーンさんだった。


 私たちが車外に出て大きく背伸びをしていると、「 待ってました! 」とばかりに、巨大な倉庫の鉄扉がガガガッ・・・と地響きを立ててゆっくりと開いた。どうやら監視カメラか何かが私たちの到着を感知したのだろう。


 中から飛び出してきたのは、明らかに堅気ではないヤクザ者風の男性二名。そして、その背後に持明院さん率いるPHANTOMの面々が小走りで続く。


「 姐さん! お待ちしておりましたッ! 」


 アウトローな男性の一人が、まるで大スターを迎えるかのように勢いよく駆け寄ってきた。


「 えっ? 誰? 白凰の人? 」


 私は一瞬真顔になり、全く記憶にないというように首を傾げた。


「 お忘れですか! ほら、岡山の県境で、姐さんにタマ獲られた黒田です! その節はありがとうございました! 」


「 あ〜! 私が水球で窒息させて殺してしまった人か! 」


 私は、まるで友人のペットの名前を思い出したかのように、悪びれる様子もなく手をポンと叩いた。


 黒田はかつて私に殺されたことを、なぜか感謝と誇りの入り混じった顔で語っていた。


 PHANTOMの面々が、完全に時間が止まったように揃ってギョッとする。持明院さんは、青ざめた顔で「 ・・・タマを、獲られた? 」と小さく呟いた。


「 そうです! 思い出していただけましたか! 生きててよかったッス! 」


「 あ〜、あの時は本当にごめんね。殺すつもりはなかったんだけども、つい・・・ってかあなた、なんでココに居んの? 姫野さんやマツさんは? 」


若頭カシラや皆さんは、丘の平屋で休んでおられます! 俺らが連絡係ってことで、姐さんを待つ番犬を仰せつかりまして! 」


 黒田の横にいたもう一人のアウトローが、頭を下げながら「 アッス! 」と低い声を上げた。


「 へぇ〜、ってか、あなた白凰の人間になったの? 拷問されてから、もう一度確実に殺されると思ってたわ 」


 私は、目を細めて黒田を値踏みするように見つめる。リディアさんは、私の容赦ない発言に、わずかに口元を緩ませていた。


「 いやいやいや! 冗談キツすぎるっスよ姐さん! 俺は姐さんのお陰で生まれ変わったんスよ! 若頭カシラが『 行くとこ無いんじゃったらウチでパシリから始めろや 』って言ってくれまして。俺ら二人とも御言葉に甘えた次第です! 」


 黒田はそう言って、涙ぐむほど感動した表情を見せた。


 ――いあ~、冗談じゃなくて、最終的には金光組に引き渡されて、死体すら残らないように処分されると思ってたのに・・・まあ、ここは冗談ってことにしておくか・・・


「 は、はははっ! そうよね! ちょっとキツイ冗談だったわね! ごめんごめん! 」


 私は引きつった笑顔で大声で笑う。その隣で、アイリーンさんは恐怖を感じているのか、服の裾を強く握りしめていた。リディアさんは肩を震わせて笑いを堪えている。私の発言分だけでも、会話の内容が十分に予想できたのだろう。


 私たちのぶっ飛んだ内容の会話を、PHANTOMのメンバーは、呆気に取られた表情でただ見守っていた。彼らの間で「 水球で窒息って何だ・・・ 」「 春乃さんが殺した? 誰を? 」という囁き声が漏れている。


 持明院さんは、これ以上不穏な会話が続くと士気が崩壊すると判断したのか、会話の切れ目を逃さず鋭く割り込んだ。

「 は、春乃さん! 指示された物資はこの倉庫に集積しております! のちほど御確認ください! 」


 持明院さんは、私にまっすぐな視線を送る。話を変えることに必死だ。


「 あっ! ありがとうございます! でも、なんでこんな巨大な倉庫をわざわざ? もしかして、あの隙間から垣間見える影は、まさかこの倉庫をパンパンに満たす物資ってことですか? 」


 私がそう尋ねると、持明院さんは涼しい顔で頷き、「 目標通り、可能な限り最高の効率で調達しました 」と、はにかんだ。クールな女性が垣間見せる愛嬌の瞬間だったが、同時に、私の背筋に言い知れぬ悪寒が走ったのだった。


 ――まさか、このバカでかい倉庫を満載にするまで買い集めたのか? いくらなんでもやり過ぎだろう!


          ▽


 外界の薄暗がりを切り裂き、頭上の無数の蛍光灯が、暴力的なまでの煌々とした光を空間の隅々まで行き渡らせている。


 立ち尽くすこと数秒。視覚がこの異様な光量に慣れた時、眼前に広がったのは、まさに圧巻の一言に尽きる光景だった。


 梱包された物資が何層にも積み重なり、壁を築いていた。


 手前には、パレットに積まれた銀色の缶詰の山がピカピカと光を反射していた。その隣には、青いビニールで覆われた医療品のブロックが整然と連なっていた。さらに奥には、自転車の山が見える。数えきれないほどの「 必需品 」が、静かに、そして圧倒的な質量をもってそこに存在していた。


 手に持った分厚い電子パッドの画面を撫で、今の段階での物資リストを目で追う。


―――――――――――――――――――


 非原動物資・運搬

 ・・・『実用型自転車 100台』簡単な修理工具と予備部品を付属。

 ・・・『高品質一輪車 50台』

 ・・・『手動式深井戸ポンプ 50台』

 ・・・『滑車と高品質ロープのセット 500セット』


 食料品・飲料水 

 ・・・『ペットボトル水 4万本』

 ・・・『肉・魚の缶詰 8万個』

 ・・・『豆類の缶詰 5万個』

 ・・・『レトルト食品(多様な種類)5万食』         

 ・・・『高カロリー栄養バー 10万個』

 ・・・『スナック菓子 5000袋』

 ・・・『蒸留酒 パウチ/紙パック 5,000パック』

         

 衛生・医療品  

 ・・・『固形石鹸 5万個』

 ・・・『抗生物質 錠剤 50万錠』

 ・・・『鎮痛剤・解熱剤 錠剤 50万錠』

 ・・・『滅菌ガーゼ・包帯セット 1万セット』

 ・・・『高性能防塵・防護マスク 5万枚』

 ・・・『高品質な寝袋 1,000枚』

 ・・・『水質改善用・牡蠣の貝殻 1トン分(フレコンバッグ)』


 技術・工具   

 ・・・『高品質な刃物(ナイフ、斧、ノコギリ) 2,000点』

 ・・・『手回し式LEDランプ 5,000個』

 ・・・『水ろ過フィルター(携帯用) 3,000個』

 ・・・『精密手工具セット 1,000セット』

 ・・・『ねじ・ボルト・ナットのセット 10万点』

 ・・・『耐久性の高い紙とインクのセット 100セット』

 ・・・『笛(ホイッスル) 500個』

 ・・・『高品質な釣り針・釣り糸 1,000セット』

 ・・・『小型高出力の磁石 500個』

 ・・・『望遠鏡・双眼鏡(簡易型) 20セット』

 ・・・『アルカリ乾電池(単3/単4/単1/9V)5,000セット(計2万本程度)』


 知識・農業   

 ・・・『基本的な作物栽培の図解本 100冊』   

 ・・・『改良種子のセット 500セット』

 ・・・『冶金術・公衆衛生の図解本 100冊』

 ・・・『図解人体構造・薬草学の基礎 100冊』

 ・・・『基礎的な幾何学・測量の図解本 100冊』

 ・・・『筆記具(鉛筆、チョーク、ノート) 5,000セット』


―――――――――――――――――――


 指で滑らせるリストの文字列。


 ざっと見た限り、生活の向上、技術革新、知識伝達の加速という三つの目標を最大限に達成するための、最適解に近いバランス構成な気がする。


 私からのあまりにも適当な指示を受け、これだけバランスのとれたリストを短時間で作成し、たった数日で実際に手配し買い集めたとなると・・・PHANTOMは本当に優秀で、恐るべき実行力を持った組織と言えるだろう。


 私は静かにパッドを閉じ、満ちる光に目を細めた。


「 いや、本当に滅茶苦茶ありがたい。感謝しかないわ 」


 私はそう前置きした上で、頭を抱えて呻いた。


「 でもね持明院さん。これ、倉庫の容量の限界まで詰め込んだでしょ? マジでやり過ぎやんか! 」

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― 新着の感想 ―
更新して頂きありがとうございます。 ハルノさんの「 あ〜! 私が水球で窒息させて殺してしまった人か! 」ってところで笑いました。やっぱり感覚的に生死に慣れてしまうんでしょうか。 圧巻の物資量に驚き…
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