第241話 虚像の使徒
丸半日を費やし、私は霊薬をひたすら製作する作業に没頭した。
その合間合間に、数時間おきに数回、世界を跨ぐ転移を強行した。
そして光輪会がピストン輸送で準備してくれた潤沢な物資を、まるで濁流のように運び込んだのだ。
今回、転移の拠点となったのは、深い緑に抱かれた佐賀市の山奥だった。
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~日没後~
~グレイウッド領主館そばの草原~
夜の帳が降りた草原を、光源魔法の太陽が白昼のように照らし出していた。それはただの光ではなく、頼もしく熱気を帯びた魔法の輝きだ。
その光の下、グレイウッド領主館のすぐそばに広がる草原は熱気に満ちていた。大地を震わせるような、およそ三百人ほどの領軍兵士とナイトクロー構成員たちが、整然と黒い塊となり集結している。
彼らは低く、囁くような声で話し合い、来るべき事態への張り詰めた緊張感を滲ませていた。
彼らの瞳には、領主館の窓から漏れる微かな光と、頭上の光源魔法の輝きが映り込んでいる。
夜の闇と三百の人間が放つ熱気が、草原の境界線を曖昧にしていた。
この集結はただの訓練ではない。誰もがそのことを理解しており、微動だにしない者、そわそわと落ち着かない者と様々だが、その全てに、デュール神と新しい統治者のために戦う――という固い決意の熱が宿っていた。
『 皆さん一列に並んでください~! これから、デュール神様から伝授された特別な魔法障壁を順に付与していきます! 行軍に参加される人は漏れなく全員に付与しますので、焦らないで順番を守ってください。全員への付与が終わったら、馬、恐竜の順で付与していきます! ちなみにユーリックには唯一付与しませんので、悪しからず! 』
「 ええっ!! 」
ユーリックは意表を突かれ、突然の宣言に目をひん剥いて驚愕した。
『 当然でしょう? ほぼ無敵になる魔法障壁を、裏切る可能性があるあなたに付与するわけないでしょう! 少なくとも、私はあなたのことを全く信用してはいませんよ? 』
「 そ、そんな・・・ 」
ガックリと、分かりやすく肩を落とすユーリック。
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私は拡声器を使い、指示を出し終えた。
ナイトクロー討伐に駆り出されていた者が多く含まれており、病死したはずの領主も生き返り、なおかつ病自体も完治した今、私が本物の神の使徒だとほぼ全員が信じている様子だった。ゆえに、すべてスムーズに終わるだろう。
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「 ミラさん・・・では、私たちは出発するよ 」
最後に魔法障壁を付与したミラさんに、私は静かに告げた。
「 はい! ハルさんに次お逢いする時には、ヴァレンティの城にて、万全の態勢でお迎えできるよう整えておきましょう 」
――・・・やはり言えない。伝えるのは無理だ。
もしかしたら、これが最後になるかもしれないというのに、伝えることはできない。
「 うん・・・ 」
私は表情に出さないよう――、グッと下腹に力を籠めた。
「 ルグリードさん、アンディスさん、ミラさんの護衛を頼みますよ 」
「 お任せください!」
「 はい! 俺が盾になりましょう! 」
「 ハルさん・・・また、すぐにお逢いできますよね? 」
唐突に、ミラさんが問う。
「 うん・・・すぐには、無理かもだけどね 」
私は返事に窮しないように努めた。
「 絶対に無理しないでね! ヤバいと思ったら迷わずポーションを飲んで、それでもヤバかったら迷わず逃げてね 」
「 はい、決して無理はしません! 」
「 ハルさん、リディア殿、バルモア殿、そしてアイリーン殿、皆さまの多大なる尽力、深く感謝いたします。わたくしたちだけでは、ここまで来ることは到底叶いませんでした 」
ミラさんは片膝を突き臣下の礼をとった。
「 ミラさん、一国の君主が――そう易々と膝を折ってはなりませんよ 」
「 昨日も言ったけど、今後はデュールさんも協力してくれることを約束してくれてるから、城に戻られたら、まずは聖堂への礼拝を忘れないでね。必ずやミラさんたちの力になってくれることでしょう 」
「 ありがたき幸せ! もったいない御言葉にございます! この御恩と御言葉を心に刻み、決して忘れはいたしません! 」
ミラさんは臣下の礼のまま、深々と頭を下げた。周囲にいるロランド卿をはじめ大勢の兵士も、自然と膝を折っていた。
「 では――ミラさんと皆さんの、御武運をお祈りしております! 」
私は胸の内に、自分自身に対するモヤモヤを抱えながらも、最後となるかもしれない別れの挨拶をしていた――
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~日本、佐賀市の山中~
~深夜~
私、リディアさん、バルモアさん、アイリーンさんの四人が転移した。
ストップウォッチ機能を使っており、高岡さんにも大体の時間帯を伝えていたので、すでに光輪会信者の迎えは到着していた。大量の物資を満載した別車両も待機していた。
私たちは、光輪会建屋から見て南西へ数キロのポイント(フロト村の転移ポイント)へ、3台の車で移動したのだった。
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~フロト村~
こちらも夜中ではあったが、時間的差異があるので、日本に比べるとド深夜という時間帯ではなかった。ちなみに日本での移動中に仮眠をとらせてもらい、体調は万全だ。
運転席でエンジンをかけ、ハイビームにしてクラクションを数回押す。
すでに就寝していたら申し訳ないなと思いつつも、時間が惜しいので、開き直って躊躇なく鳴らした。
ほどなく村の方角から、何人もの人影がLEDの光を振り撒きながら近づいてきた。
▽
野郎どもに物資搬入を任せ、私はレオンさんだけを空き家裏に呼び出した。
「 レオンさん――、ミラさんにはあえて伝えてないんだけどね、デュールさんからの使命を果たすために・・・ 」
少しワザとらしい演出にも思えたが、私は一旦言葉を区切った。
「 ――私は、死ぬことになるかもしれない 」
「 はっ? えっ? し、死ぬ? え? ハルノ様がですか? それはいったい・・・ 」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、レオンさんは私を見つめた。
「 そう、私がこの命を使って魔法を発動しないといけない事態になった。だからもうこれで最後かもしれない、もう会えないかもしれないってことですよ 」
「 え? 突然何を仰っておられますか! そんな、死ぬって・・・ 」
そこまで発言して、レオンさんは絶句していた。
「 ミラさんと合流したら、そのことを伝えてほしい。私が消えた後のことは、デュールさんにお願いしてあるから、そこまで悲観的になることはないから・・・ 」
「 ちょ、ちょっと待ってください! そんな突然、そんな―― 」
レオンさんはそれまで直立していた姿勢から、まるで糸の切れた操り人形のように数歩ふらつき、あわや尻餅をつきそうになった。辛うじて踏みとどまった彼の顔面は、月明かりと車のハイビームに照らされ、血の気を失って蒼白になっている。
「 ハルノ様が死ぬ? あなたが? どうしてそんなことに!? 」
告げられたあまりにも重い言葉に、レオンさんの瞳は大きく見開かれたまま焦点が定まらない。声は上ずり、喉の奥で詰まってしまって、言葉がまともに紡げない様子がありありと見て取れた。
レオンさんは乾いた唇を震わせ、強く私の腕を掴んだ。その指先からは、熱と汗と、そしてただならぬ動揺が伝わってきた。
「 だってあなた様はこれから、ミラ陛下とヴァレンティを! それなのになぜ、どうして今、そんなことに―― 」
混乱のあまり、自身の発した言葉の意味すら理解できていないかのように、何度も同じような問いを繰り返した。全身から発せられる激しい動揺は、夜の静寂に満ちた空気を引き裂くかのようだった。
そしてついに――、レオンさんはその場にへたり込んでしまった。
▽
「 じゃあ――、後のことはお願いしますね。私たちはもう行くわ。皆でミラさんを支えてあげてくださいね 」
「 お任せください! 」と――力強く叫ぶ野郎どもと村人たちの中、レオンさんだけは呆然としたままだった。
私は立ち去ろうと向けていた背中を、僅かにレオンさんへ向けた。
レオンさんの動揺は予想以上だった。彼が地面にへたり込んだ時、私は『 ああ、言い方を間違えたかな 』と少し後悔したけれど、もう言葉を取り消すことはできない。私はこのまま立ち去るつもりだった。
「 ――ハルノ様! どうか、お待ちください! 」
突然私を呼び止めたレオンさんの声に驚き、足を止める。
彼の表情には、先ほどまでの混乱は微塵もなかった。
彼はふらつきながらも、泥にまみれた膝を強く打ち鳴らして、直立不動の姿勢をとっていた。
「 俺の動揺を、お許しください 」
深々と頭を下げる彼の様子に、私は胸の奥で息を詰めた。彼はもう――ミラさんの腹心レオンに戻っていた。いや、それ以上の覚悟を決めた男の顔に見えた。
彼は顔を上げ、私の目を見据えた。
その瞳には、私の「死」という言葉に打ちのめされた者の絶望ではなく、使徒の使命を受け入れた者への、強烈な敬意と決意の光が宿っていた。私は自分の言ったことの重みを、改めて思い知らされた気分だった。
「 俺は、ハルノ様の御覚悟、そして我らの救済のために尽力してくださったハルノ様の御慈悲を、この場で改めて拝見いたしました 」
レオンさんは一歩、私に踏み寄った。
――やめて、そんな風に感謝されると・・・これで最後だと思うと泣いてしまう・・・
「 ハルノ様。あなた様が我らに与えてくださったものは、もはや感謝の言葉では言い尽くせません。我らに未来の道を照らしてくださった 」
声に込められた熱意が、夜の冷たい空気を震わせる。
私はグッと奥歯を噛みしめた。
この熱い視線を、感謝の言葉を、どう受け止めたらいいのだろう。
「 御恩は、千年経とうとも、ヴァレンティの歴史から決して消えることはないでしょう。あなたは間違いなく、この国の救世主でございます 」
彼は私に向け、最大級の敬意を込めた臣下の礼をとった。
光源魔法の光と、車のハイビームに照らされた彼の表情は、神聖さすら帯びている。
「 どうかご安心ください。ハルノ様が道を切り開いてくださった後の、ミラ陛下の玉座とヴァレンティの未来は、我らの命に替えてもお守りいたします 」
この場にいる全ての者が、臣下の礼をとる。
――ああ、もう十分だ。これ以上、私の罪悪感を刺激しないで・・・
私はもう何も言えなかった。ただ頷くことさえ、彼らの崇高な信仰を汚すような気がした。
「 ハルノ様から託されたものは、この命ある限り必ずや陛下にお伝えし、その御意志を継ぎます。デュール神の御加護は、必ずや我らと共にあるでしょう! 」
レオンさんの力強い言葉は、私の心に深く突き刺さった。
私が作り出した『 神の使徒ハルノ 』という虚像は、彼らの中で本物の救世主となってしまったのだ。
「 ありがとう、皆さん 」
それだけを呟き、私は振り返ることなく車へと向かった。
――後は任せた。ミラさんを、この国を頼む!
――そして私が指示した通りに、今後も援助を続けてくれデュールさん・・・
野郎どもと村人がまだ後ろで臣下の礼をとったまま、微動だにしていないことを感じながら、私たちは車に乗り込んだ。
転移に巻き込まないようにするため、エンジンをかけ――方向転換して少しだけ前進した。
彼らの姿が完全に闇に消えても、私がサイドミラーを見ることはなかったのだった。




