第24話 御神託
デュール神は遮断魔法を解き、中央通路で跪いている一団に対し、鷹揚に語り掛けた。
「 やあ皆さん、突然の訪問で驚かせてすまなかったね。ところで君たちはこの国の要人かな? 」
国王様がすぐさま顔だけを上げ、神からの問いに恭しく答える。
「 はい! ライベルク国の君主を務めております、ライザーと申します! 」
続いてオリヴァー殿下も顔を上げ、言葉を継いだ。
「 私は息子のオリヴァーと申します。後ろに控えておりますのは我々の護衛となります 」
「 そうですか! これは丁度良いですね。君たちに是非とも頼みたいことがあるのだが―― 」
「 ははっ、何なりとお申し付けください! 」
デュール神が、チラリと私を一瞥する。
「 ここにいるハルノ君を全面的にサポートしてほしいのだ。君たちのような大国の為政者の助力があれば、目的はより成就し易くなるだろう 」
「 ははっ! 神命確かに承りました。全身全霊を捧げ、必ずや御期待に応えてみせましょうぞ! 」
国王様のあまりにへりくだった応対に、私は内心でため息をついた。
――この若作りな男性を、本当に神だと信じ込んでいるのか? 微塵も疑いがないのだろうか?
「 ではハルノ君、首尾よく事が進むよう祈っているよ。君たちも頼んだよ! では、また会おう! 」
「 はっ! お任せください! 国の威信にかけても必ずや! 」
この終始大袈裟なやり取りに、私は少々辟易としていた。
「 えっ、ちょっと! もう帰っちゃうんですか? 」
「 ん? 何だい? やっぱりわたしがいないと寂しいのかな? 先ほども言ったと思うが、こう見えて何かと忙しい身でね、もし進展があれば――わたしの像などがある、こういった神聖とされる場で語り掛けてくれれば、すぐにでも会いにくるよ。では、失礼する! 」
デュール神は一瞬で光の塊に変化し、さらに細い光の帯となって急速に縦に収縮すると・・・プツリと消え失せた。
――ホントに行っちゃったよ・・・あ~、言語関連のこととか、文字が読めないこととか、いろいろ質問するのを忘れてしまってた。
「 ハルノ様! 蘇生魔法をはじめ――高位魔法を扱える賢者だとお聞きしておりましたが・・・正直に申しますと、息子から一連の報告を受けても、なかなかに信じる気にはなれませんでした。ですが、まさか神の眷属であらせられたとは! いやはや、疑念は完全に吹き飛びましたな! これで全てに得心がいきましたぞ! 」
未だ臣下の礼をとったままの国王様に、私は慌てて応じる。
「 い、いや――神の眷属なんかじゃないですよ! 単なる知り合いといいますか、まぁ一応は使徒ってことになるのかもですけど、っていうか、敬称で『 様 』を付けるのはやめてもらっていいですか? 一国の王様に『 様付け 』で呼ばれるとか・・・あり得ないんですけど 」
「 そういうわけにはいきませんぞ! デュール様の御名代であらせられるハルノ様は、我らにとっては神も同然。デュール様からの御神託もありました故――、国を挙げてハルノ様の御支援をさせていただく所存です 」
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国王は、デュール神降臨の事実を民衆レベルにまで広め、それによって国王派閥の支持率を高めようと決意していた。そのためには、目の前の少女を祭り上げる必要がある。
今回のデュール神降臨と、少女が蘇生魔法を扱える魔道士であるという事実を広めれば、民衆は簡単に「 デュール神の御名代 」という存在を信じるだろう。そもそも嘘を吐く必要は微塵もない、全てが真実なのだから。信じない者はよほどの無神論者だろうが――少なくともこの大陸には、そんな者は一人もいないと言っても過言ではない。
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「 嫌です! やめてください、国を挙げてとか! 使命を遂行するにしても、もっと何と言うかこう――のんびりというか、自分のペースでやりたいんですよ 」
「 と、とにかく特別扱いと言いますか、神の眷属的な扱いはやめていただきたいのです! 」
「 し、しかしですな、実際にデュール様から直接ご神託を承ったわけですから――、我らとしましては、それを遵守するのは当然のことでして・・・ 」
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ここで少女に断られては、目論見がいきなり頓挫してしまう。
国王は少し焦った様子で、捲し立てるように言葉を重ねた。
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「 とりあえず跪くのはやめてください! 椅子にお座りになるか、せめて立っていただけると・・・というか、皆さんも跪くのはやめてください! 」
心からの必死な叫びも虚しく――、誰一人立ち上がろうとする者はいなかった。
「 で、では! これは神の名代としての命令です! 今まで通り――私に対しては平民扱いで構いませんので、普通に接してください! 」
「 うっ、ううむ、神命ですか、そう仰られてしまうと・・・弱りましたな。ん~、畏まりました。では今後は、「 ハルノ殿 」と呼ばせていただいても宜しいですかな? 」
国王様の表情は、心から納得しているようには見えなかったが、ともかく「様」から「殿」への降格は無事成功した。大国の王様から様付けで呼ばれるなど、居心地が悪すぎて耐えられない。もしそんな環境に身を置き続け、それに慣れきってしまったら・・・間違いなく勘違いしてしまい、知らず知らずのうちに、かなりイタい人に変貌しているかもしれない。最初は自分を律することができたとしても、いつの間にか横柄になっていたりするかもしれない。それが人間という生き物だ。自分だけは例外、などとは思わない。
「 ええ、それで良いので――、とにかく『 様 』はやめてください。そもそも私は神の眷属でも何でもないので 」
神の名代として命令しておきながら、神の眷属ではないと言い切る。
かなり矛盾し破綻しているという自覚は、勿論ハッキリとあった。
そして、その点を嬉々としてツッコむような奇特な人物は――、この場にはいなかった。
マリアさんを筆頭に、他の数名からも「様」付けで呼ばれることはあるが、それは客分としての扱いの延長だろうと、一応は納得することにしている。
私も元いた地球で会社員として勤めていた時は、当たり前にお客様には必ず「様」を付けていた。
だが、相手が王様や王子様ともなれば話は別だ。たとえこちらが客分だったとしても、さすがに最高位の立場から様付けされるのは、もはや針の筵以外の何物でもない。
「 わかった、わかった! 何をそんなに気にしているのかは知らんが、じゃあ俺は「 嬢ちゃん 」と呼ばせてもらうぞ? で、嬢ちゃん――サポートと言っても、俺たちは一体何をすればいいのだ? 」
騎士団長サイファーさんが、立ち上がりながら質問してきた。
「 私が探すモノは「 ポータル 」と呼ばれるモノらしく――、簡単に説明すると、膨大な魔力の塊みたいです。で、「 あの人 」が言うには、魔力に魅かれて魔物が集まってきているはずだから、まず魔物の情報を集めろって話でした。集まってきているのは、かなり強い魔物の可能性が高いみたいで――、そういった強い魔物の情報なら集まりやすいんじゃないか、とも言ってましたね 」
「 なるほどな。まずは情報か・・・ではラグリット、それとアイメーヤと言ったか? お前たちはハンター組合で情報提供の依頼を出せ! 俺は騎士団の手練れたちに聞き込みをしてみよう、奴らなら俺の知らない有益な情報を持ってそうだしな 」
「 了解しました! 我らもグリム砦に戻った際――、兵たちから魔物の情報を集めてみます 」
大隊長さんが即座に返事をした。
さらに国王様が発言する――
「 ハルノ殿! その他、我らで何か御力になれることはございますかな? 」
続けて、オリヴァー殿下も矢継ぎ早に問いかけてくる。
「 ハルノ殿、遠慮など無用だ! 何でも仰っていただきたい。そうだ! まずは拠点だな。デュール様の使徒だと判明した今、本来ならば貴賓館にでも御宿泊いただくのが最良だとは思うが 」
「 い、いえ、宿泊先は大隊長さんに宿をとってもらっているので・・・まぁでも、それもさすがにそろそろ悪い気がするので――、診療を手伝うついでにヒルダさんのとこにでも御厄介になろうかな~、とか考えてますが 」
私はそこで言葉を区切り、改めて国王様に向き直った。
「 あっ・・・実は一つ、これだけは確実に国王様にお願いしようと考えていたことがあります 」
「 おお、何でも言ってくだされ! 」
国王様が身を乗り出す。
「 実は街で孤児を見かけたんですけど、保護施設とかは無いんでしょうか? もしあるなら、あの子たちを保護していただけると 」
「 む? 孤児ですか・・・そのあたりの内政に関しては、正直任せっきりな部分がありましてな。早速、関係者を集めて対応させていただきます 」
「 宜しくお願いします! 私が出会ったあの子たちだけじゃなく、身寄りの無い子供たちは、全員保護していただきたいんです 」
「 畏まりました! ああ、それからハルノ殿の護衛についてなのですが――、我が息子オリヴァーと、ここに控える親衛隊長を御傍付きにさせていただければ――と、考えております 」
何やら国王様が、突然とんでもない提案をしてきた。陛下の後ろに控える護衛らしき女性も、目を剥いて驚いている様子だ。その表情からは――困惑気味な心中が容易に推察できる。多分この場で、急遽決定した事柄なのだろう。
「 え? 私の護衛に殿下を? いやいやいや! それはさすがにマズイでしょう! 」
「 いえ――最も現実的かと、親バカと思われるでしょうが、息子は魔道士としてもこの国では上位に君臨しております。ハルノ殿の立場を理解し、尚且つ腕が立つ者となれば・・・やはり息子が適任でございましょう。そしてこの者は、わたしの親衛隊長を務めておりまして、女の身でありながら生粋の剣士なのです。剣の腕は折り紙付きですので! こ奴らの辣腕を、思う存分活用して頂ければ幸いですな 」
オリヴァー殿下と、陛下の後ろに控える女剣士を護衛に抜擢したいとの申し出。損得を少し考えてみる。真っ先に危惧すべき点は――やはり王子様があまりにも目立つことだろうか?
「 い、いやしかし、王子様を連れて街中を歩くとか――目立って仕方がない気がしますが! しかも本格的にポータルを探す過程で、どんな危険があるやらわかりませんよ・・・ 」
「 俺の事なら心配無用です。不測の事態に陥っても、必ずやハルノ殿を守りつつ自分の身も守ってみせましょう。先日の試合、終始ハルノ殿は俺を歯牙にもかけていない様子だった。だがそれでもだ! 俺が魔道士として機能することは解っていただけたでしょう? 」
オリヴァー殿下は少しばかり顔を赤らめながらも、真剣な眼差しで私を見つめていた。
「 確かにハルノ殿には遠く及ばないとは思います。だが、有象無象の護衛を付けるよりは――俺の方が遥かにマシでしょう? お約束します! 必ずやハルノ殿のお役に立ってみせます! 」
――最初から薄々感じてはいたけど、この王子様、天然なのだろうか? 何か炎球を何発か掌から発射してたのは見たけど、実力とか全然わかんないし。
というか――、私に対してまるで通用していなかったのは事実だ。
私と対峙し、手も足も出てなかった人から「 守ってみせる! 」と言われてもなぁ・・・説得力がまるで無いような気がするんだけど。
だがその真摯な気持ちは、素直に嬉しいけども・・・
「 お前もご挨拶しろ! 」
「 は、はっ! 」
オリヴァー殿下に促され、帯剣し軽装鎧を身に纏う女剣士が一歩前に出てきた。唐突な展開に、やはり完全に困惑している様子だった。
「 陛下直属の親衛隊、隊長を務めております! リディア・ブラックモアと申します! この度は主神デュール様の眷属であらせられる、ハルノ様に御目通りが叶っただけでなく――神族の護衛という大変名誉ある大役を仰せつかり、誠に光栄であります! あらゆる外敵からハルノ様をお守りすることを、この聖剣と、我が騎士の名誉に懸けて誓います! 」
「 は、はぁ・・・ 」
――だから・・・様を付けないでと言ってるのに。人の話を聞いていないのだろうか?
――しかし、かなり美しい女性だな。女の私でも惚れ惚れするくらいにかっこいい。いわゆるクールビューティーというタイプだった。
剣を振る時、邪魔になったりしないのだろうか? ――と心配になるほどの、たわわな双峰を備えた金髪ショートボブの女性だった。170センチ以上はあろうかという、女性にしては長身で――かなりの筋肉質。日焼けしたハリのある褐色の肌が、さらに美しさを際立たせていると感じた。
「 ハルノ殿! 此度のデュール様ご降臨の報を、王国臣民に伝えたいと思うのですが! 宜しいでしょうか? 」
国王様が嬉々とした様子で、私にお伺いを立ててきた。
「 い、いや――別に私の許しとかいらないんじゃ? 特に問題はないかと思いますが・・・ 」
「 おお! ありがとうございます! では同時に、ハルノ殿の事も広く――臣民たちに向けて御披露目させていただきたく思うのですが! 」
「 え? いや、それはダメです! ダメダメ! 私の事は伏せてください! 絶対にダメです! 」
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勢いのまま承諾してもらえるかと軽い気持ちで、ダメ元で聞いてみたのだが――やはりダメだったかと国王は肩を落とした。
しかしデュール様ご降臨の情報は広めて良い、という言質はとることができた。
さらにこの少女の護衛に、最も自分に近い者たちを付けることに成功した。
今はこれで良しとしよう――と、国王は安堵の溜息を漏らすのだった。




