第23話 降臨
「 な、何やってるんですか?! ・・・っていうか、何で今?! 」
私は、半ば呆れと混乱に満ちていた。
まさかこの場で、こんな形で現れるとは・・・
「 実を言うとね、わたしは常にハルノ君を捕捉できるわけではないのだよ。分かり易く説明するとだね、私と精神的な繋がりが強まる、この場所のような極めて狭いエリアでしか、俯瞰で見ることができないんだ 」
デュール神は優雅な仕草で説明を続ける。その言葉は、目の前の現実離れした光景にさらに拍車をかける。
「 このエリアに入ったハルノ君を確認できたので、すぐさま会いに来たってわけだ。ハルノ君がこちらの世界にある程度慣れてから連絡すると言っただろ? 見たところ、この国の重鎮も同席しているようだし、好都合だね 」
私以外の全員が──、呆然と立ち尽くしていた。
オリヴァー殿下はハッと我に返った様子で、一歩前に飛び出して叫んだ。
「 デュール様! デュール様が降臨なされたぞ! け、賢者殿・・・なぜデュール様とそんなに親しげに!? まさか賢者殿は神の眷属だったのか!? 」
「 おいオリヴァー控えよ! 頭を垂れろ! 神の御前だぞ!」
国王様が声を低めつつも怒鳴りつけ、国王様自身も含め、その場にいた全員が臣下の礼をとった。
大国のトップである国王様が跪く光景は、まさに稀代の出来事と言えるだろう。
「 こちらの都合で唐突にお邪魔しておいてすまないが、暫くの間、二人だけにさせてもらうよ? 」
デュール神は誰に言うともなくそう告げると、右手を眼前で大きく振る。
すると――、デュール神と私だけを包む、淡くブルーに光る半透明の円すいが出現したのだ。
「 これで我々の会話は洩れない――もっとも、外部からの音も遮断されるがね 」
遮断したってことは・・・
ポータルとやらを探せって使命は、他人に知られてはダメなのだろうか?
かん口令は布かれていなかったので、すでに口外してしまっているけども・・・
まぁいいや、とりあえず疑問をぶつけてみよう。
「 ・・・で? ポータルとやらを探せってことでしたけど、その手掛かりなどを伝えるために、わざわざ下界に降りて来たってわけですよね? そもそも神様じゃないって断言してませんでしたっけ? 思いっきり神様として崇め奉られてるみたいですけど? 」
私は畳み掛けるように続けた。
「 命を救われたことには感謝してますし、こちらの世界でやっていく上で、様々な能力を与えてもらったことにも感謝しかありません。ですが、そろそろ真の目的と――、あなたが本当は何者なのかを教えてもらってもいいんじゃないですかね? 」
デュール神は「 やれやれ 」といったわざとらしい仕草を見せ、一つ溜息を漏らした。
「 ハルノ君! まず言っておくが、わたしは本当に神ではない! そもそも君も含めたこちらの人類とわたしとでは、神の定義が違い過ぎるのだがね 」
「 君の故郷の人類が定義した基準を参考にし線引きをするとだね・・・せいぜい我々はレベル5からギリギリ6に届くか否かって存在だ。真の神とは、少なくともレベル7以上だよ。仮にわたしがレベル6だったとしても、レベル6とレベル7の間に存在する壁はあまりにも厚い。ちなみに君たち地球人は――、レベル1未満だがね! 」
「 い、いや、ちょっと何言ってるかサッパリなんですけど・・・っていうか、何だか馬鹿にしてます? 」
私の返答を聞いたデュール神は、またしてもわざとらしくよろめき、銀髪をなびかせて頭を左右に振った。
「 どうしたんだい? ちょっと見ない間に随分とやさぐれてるじゃないか 」
「 そりゃやさぐれもしますよ! いきなり巨大な怪物に襲われたんですよ? 何をすればいいのか、どこを目指せばいいのかも分かんないし 」
▽
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ライベルク国王ライザー三世は、跪きながら思考をフル回転させ、この異常とも言える唐突な事態の分析を始めた。
――実に、実に200年ぶりとなる神の降臨
しかし、自分に何らかの御宣託があり降臨なされたわけではないのは一目瞭然。
どうやら面会を許したこの賢者の少女に、助言をなさるために降臨なされたご様子。
この少女・・・一体何者なのだ?
オリヴァーが言うように神の眷属なのか? そう仮定すれば、この少女が扱うとされる蘇生魔法にも得心がいくが――
たとえ眷属ではなくとも、デュール様と懇意であることは疑いようがない。
今後この賢者と呼ばれる少女と、どういった関係を構築すればよいのか?
――デュール様降臨
この事実を広めることができれば、低迷中の求心力をかなり底上げすることができるかもしれん・・・
日和見を決め込んでおる一部の貴族派閥も、こちらの派閥に付く奴らが大勢出てくるだろう。
そう遠くない未来
獣人連合の一部を配下に招き入れたと噂される彼の国との衝突は避けられない。
何としてもそれまでに一枚岩となり、より盤石にせねばならない。
――問題は200年前とは違い、大多数の民草の前にその御姿を現されたわけではないという点と、君主に神託を授けるためではないという点だ。さすがに特定の我々の前だけに降臨なされたとあっては。
貴族や臣民への周知のために声高に吹聴したとて――、単なる安直なプロパガンダだと思われ、一笑に付されるだけだろう。
だが・・・この降って湧いたような幸運――、僥倖を利用しない手はない。
どうする? どうすれば最も効果的か・・・
国王はその白髪頭の中身を酷使し、グルグルと思考を巡らせていた。
王子であるオリヴァーも父親同様――、この「 神の降臨 」という一生に一度お目にかかれるかどうかというビッグイベントを、今後どう利用するか思案に暮れていた。
淡いブルーが煌めく半透明の光の中で、神と少女が密談を交わしている。
少女が身に纏うチュニックも淡いブルーだった。
青光のヴェールに溶け込んでいるような――、そんな幻想的な印象を受ける。
この少女は間違いなく神の眷属なのだと、オリヴァーは強く確信していた。
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▽
「 まぁとにかく、まずはそのポータルってのが具体的に何なのか教えてもらえませんか? 探すにしたって、どんな形状なのかさえも教えてもらってないし! 」
遮断された空間の中で、デュール神に問いかける。
「 ああ勿論、そのために来たのだからね! 一言で言えば膨大な魔力の塊なのだよ。不定形なので、どんな状態で存在しているのかわたしにも判らないのだ 」
「 はぁ? 不定形? 決まった形がないってことですか? そんなのどーやって探せば・・・ 」
「 まぁ最後まで話を聞いておくれ。この世界には魔物と総称される存在がいるのは知っているかな? 」
「 魔物? 私がこちらに飛ばされた後、いきなり出会っていきなり襲ってきた巨大なサソリとかのことですか? 」
「 いや、それは実体がある生物だろう? それらは単純にモンスターと総称される存在だと思うぞ。魔物とは、魔力を糧にして活動エネルギーを得ている存在だ。代表的なものでハルノ君がイメージしやすいとなると――、レイスやゴーストと言えば解り易いかな? 」
元いた日本では、休日はもっぱらゲーム三昧だった。
ご多分に漏れず、色々なゲームをクリアしてきた。
レイスとかゴーストといえば――、RPGによく出てくる敵キャラだ。
いわゆるアンデッドの代表的なモンスターである。
私は霊感が無いので、実際に見た事はない。いや――ソレっぽいのを一度だけ見たな・・・
とにかく、現実世界でも幽霊などがそれに該当すると思われる。
「 ん? いわゆる幽霊とかですよね? こちらでは魔物と呼ばれ――認知されてるってことですか? それが一体どーゆー風に関係してるんです? 」
「 ――あっ!? もしかして・・・ポータルが膨大な魔力の塊なら、それを糧にしようと――寄って来る魔物がいるってわけか! アンデッドがその周りに無数に点在してるはず! つまり魔物が群れてる場所をしらみつぶしに探せ、ってことです? 」
私の意見を聞き、デュール神は「 うん、うん! 」と力強く頷いた。
「 理解が早くて助かるよ! その通りだ。魔力量が膨大であればあるほど、それに引き寄せられて、より強大な魔物が近くに生息しているはずだよ。ポータルほどの魔力量があれば、相当に強大な魔物が、まず間違いなく近くにいるはずだ。ならば、少なからずその周囲の村や町などで噂に上っているかもしれない。ハルノ君はそういった強大な魔物の情報を基に――行動を起こせばいいのだよ 」
「 な、なるほど! 一応は納得しました・・・規格外の攻撃力をもった魔法を使えるようにしてくれたのも、全てはその周囲の魔物を駆逐するためにってわけですか・・・まぁでも私――、単純に幽霊自体が怖いですけどね 」
「 いや、そのためだけにってわけではないのだがね! 」
「 で? 魔力の塊ってのは不定形って言ってましたけど、それがポータルだってことをどうやって確かめれば? 一目見ればすぐ判る感じなんですかね? 」
「 ハルノ君が自分で判断する必要はないよ。ハルノ君にセットした――、ある魔法が反応してくれるはずだ。後はそれに従って選択すればいいだけだよ。少なくともこの大陸には、一つ~二つは確実に存在するはずだからね 」
「 はぁ・・・何だか分かりませんが仕組みは理解しました。とりあえず魔物の情報を集めることから始めますかね。しかし選択とは? ポータルを私が見つけたとして、それが何かの役に立つんですかね? この世界の人たちのためになるとか? 何が目的で私に探させるんですか? ・・・ってか、大陸毎に何個か存在するってことまで分かってるなら、ご自分で探された方が上手くいくんじゃ? 」
「 こう見えてわたしは忙しくてね。恩着せがましいことは言いたくはないのだが、君の命を救った事に対する対価は、ポータル捜索の成就という形で支払ってもらう。とりあえず君は、彼らに協力してもらい情報を集めるんだ! その間、講義で伝授した方法で――霊薬でも作って待つのはどうかね? 先の目的そのもの云々に関してはまたの機会にしよう。彼らをこれ以上待たせるのも忍びないのでね 」
そう言ってデュール神は――、未だに跪いている国王様たちを一瞥したのだった。




