第20話 未来を繋ぐ神の御業
「 あんたほどの魔道士がただの旅人? マジか! もったいねぇ! それほどのチカラがあれば、国の中枢で要職にも就けるんじゃねーのか? それかハンターとして活動したとしても相当な地位を築けるぜ! 間違いねぇ! この俺が保証してやる! 」
次から次へとハンターたちが声を掛けてくる。
手放しで賞賛してくれる者もいれば、一方的に自己紹介をしてくる者。
とにかく自分たちのパーティーに入ってくれ、と懇願する者やら様々だった。
調子に乗っているつもりはサラサラなかったが、もてはやされる事は満更でもなく、悪い気はしなかった。
「 ハルノ様! ハルノ様! 」
聞き覚えのある叫び声が、私を取り囲む人たちの向こう側から聞こえてきた。
隙間からひょいと覗くと――、やはりカインズさんだった。
ドタドタとこちらに向かって走り込んできている。
「 ちょっとすみません・・・ 」
「 ハルノ様! 」
「 ど、どうしました? 何か問題でも? 」
約束の時間までまだ暫く猶予があると思い込んで、結構呑気に構えていたのだが――
カインズさんは、オリヴァー殿下の前で一度立ち止まり一礼した。
そしてすぐに身を翻し、鬼気迫る雰囲気のまま私の下へと滑り込んできた。
「 どうしたんですか? 落ち着いてください 」
「 す、すみません! 大変な事に! 大変な事になってしまって・・・ 」
「 とりあえずここではアレなんで――、場所を変えましょう 」
カインズさんは周囲を確認し、確かにここでは「 流石にマズい 」と感じたのだろう。
溢れ出そうな言葉を抑え込み、グッと我慢する様が明らかに見て取れた。
▽
組合側に無理を言って――個室を暫く貸してもらえることになった。
騎士団の大隊長という肩書を使うと効果てきめんだったようで、二つ返事で承諾してくれたらしい。
カインズさんは、終始ソワソワと落ち着かない様子だった。
「 で? どうしたんですか? 」
「 それが、わたくしが目を離した――ほんとにちょっと離した間に、息子が・・・ライルが自害したのです! ハルノ様! 実はライルの亡骸はもうこちらへ運び込んでおります! 何卒、何卒! 蘇生魔法の行使を! 今すぐにお願いしたく! 」
「 ええー!? 用意した毒をあおってですか? 」
「 そうです! こうしている間にも蘇生魔法の成功確率が下がるのでしょう? 何卒! お急ぎください! 」
「 そう焦らなくても大丈夫ですよ。ヒルダさんのトコにいた男性も、丸一日経過してたらしいけど何の問題も無く生き返ったでしょう? 死亡したのが先ほどなら、ほぼ確実に生き返ると思うし大丈夫ですよ! 」
「 し、しかし! 時間経過と共に確率が下がると仰ったじゃないですか!? とにかくすぐに表の馬車までおいで頂けますか? 」
「 う~ん・・・今私はかなり注目の的になっているので、この建物のすぐ外で・・・ってのはちょっとマズいかもしれませんね。ましてやここに運び込むわけにはいかないだろうし、まぁ魔法発動時の光を目の当たりにしても、まさか蘇生魔法とは誰も思わないかもだけど、でも殿下も見たいと仰ってましたし、できれば人気の無い場所に移動した方が良いかと 」
「 畏まりました! ではかなり迂回する必要がありますが、すぐに裏手に馬車を回します! ハルノ様は裏口から出てください! もちろん息子を乗せた馬車が到着してから出て来て頂ければ結構ですので! 」
カインズさんは早口で捲し立てるように話すと、駆け足で部屋を出て行った――
「 かの商人には悪いが、こんなにも早く伝説の蘇生魔法を拝めるとはな! みずから足を運んだ甲斐があったというものだ 」
オリヴァー殿下は喜色を隠さず笑みを浮かべていた。
▽
ハンター本部建屋の裏口から出る。
丁度カインズ商会の豪奢な馬車が、目の前で停車した。
地球でいうところの太陽だと思うが――、日が沈みかけていた。もうすぐ夕暮れだ。
馬車の上部側面にあるスライド小窓が開き、カインズさんの顔が勢いよく飛び出した。
「 ハルノ様どうぞ! 上から申し訳ありませんが、殿下もどうぞ中へ! 」
「 うむ、ラグリットは念のため周囲の警戒をしておれ! 」
「 ははっ! 」
▽
オリヴァー殿下が乗ってきたとんでもなく煌びやかだが手狭・・・といったタイプの客車とは違い、カインズ商会の荷馬車は実用的で、かなりゆったりとしたスペースを確保してある客車だった。
後部の観音開きドアを開け、無遠慮に飛び乗る。
内部は仄かに明かりが灯されており、そこにはライル君が寝かされていた。
まるで深く眠っているかのようだ。
一見――、死体とは思えないような顔の肌艶・・・
しかしかなり接近して見ると、呼吸をしていないのは明らかで、青白い血色だった。
「 ハルノ様! 一刻を争います! どうか、どうか蘇生魔法を! 」
「 焦らないでカインズさん、大丈夫です 」
ライル君に向けて掌を突きだし、いきなり魔法名を叫ぶ。
「 蘇生! 」
ライル君の身体を白く眩い光が包み、やがて収束されていき、胸部に吸い込まれていった。
詠唱もへったくれもない・・・
ただただ魔法名を叫ぶだけで成立するという――、この世界の魔道士から見ればかなり特異な現象らしい。
「 成功ですか? おいライル! 起きろ! 」
ライル君はピクリともしない。
「 ハルノ様! 息子に反応がありません! 」
「 カインズさん落ち着いて! 大丈夫です、少しだけインターバルがあるので―― 」
「 し、しかし! 」
オロオロと狼狽するカインズさんを尻目に、私はライル君から離れた。
「 うっ・・ううっ・・・ 」
「 ラ、ライル!! おいわたしだ! 大丈夫か? ライル! 」
「 うっ、父さん――、僕は、ここは・・・ 」
「 よし生き返った! 良かった! ライル! ありがとうございます、ありがとうございます! 」
呻きながら上半身を起こしたライル君を咄嗟にカインズさんは抱きかかえ、周りに憚ることもなく涙を流していた。
「 いやカインズさん、目的をお忘れですか? 蘇生は手段であって目的ではありませんよ。ライル君、足はどう? 動くかな? 」
「 ・・・あ、この感覚、動きます――、動きます! 足が動く! 以前のように違和感もありません! 動く、動きます父さん! 信じられない 」
「 おお! おおお! ありがとうございますハルノ様! ハルノ様! ありがとうございます! 」
「 では――、これにて依頼は完了ってことですね 」
どうやら「 ルード病 」とやらも完治したと見ていいだろう。
足をバタバタとさせて、満面の笑みを浮かべている少年と――
涙で頬を濡らしたまま、クシャクシャな笑顔で息子を抱きしめる父親。
この光景を見られただけで、私は十分かもしれない。
「 賢者殿、貴殿は誠の賢者なのだな。まさか本当に蘇生魔法を行使できる魔道士が存在するとは・・・しかし蘇生が目的ではないとは、どういうことなのだ? 」
――ああ、そうか。この王子様には「 病気を治すための蘇生 」って部分を、説明してないんだった・・・
「 実は蘇生魔法には副次的な効果もありまして、不治の病的なモノもついでに治しちゃうんですよね 」
「 な、なんだと! 誠か? 」
私の返答を聞いた王子はにわかに神妙な表情を浮かべ、同時に驚きを隠さない様子だった。
「 ええまぁ――、とはいえまだ実証実験は少ないので、もしかしたら効果のない病気もあるのかもしれませんが 」
「 そうか、それは凄いな・・・これほどの能力を持つ賢者殿に助力してもらえば或いは・・・賢者殿が属してくれるならば、我が国にとってはこれ以上ない僥倖だ 」
王子はそう呟いた時、その瞳には国の未来を照らすかのような強い期待の光が宿っていた。




