第2話 魔法試し撃ち
――くそっ!!
動きにもう迷いがない!
「 完全に気付かれてる! 」
卒倒しそうなほどにキモい生物だった。
テラテラと鈍く黒光る、巨大なサソリのような怪物。
挟まれた途端に寸断されそうなデカい両の鋏。そして太い槍のような鋭い尾。
尤も今、その槍の尖端には先客がぶら下がっているが・・・
――もう腹を括るしかない!
武者震いが止まらない。
震える膝がガクガクと――、止まる気配がない。
――防御魔法の耐久力を信じ一気に魔法を撃ちまくる! もうそれしかない!
深呼吸を一つして、岩場の比較的平らに均された部分へと一気に飛び上がった。
巨大サソリは岩場の手前でピタリと動きを止め、その小さな頭をくねらせている。
そして、その動きも完全に止まった。
私の姿をその小さな眼で捉えたからだろう。
額からダラダラと汗が流れ落ちる・・・
自身の鼓動があまりにも五月蠅い。
ドックン!ドックン!と、死へのカウントダウンをみずから始めた気分だった。
私の乾ききった喉がゴクリと鳴った瞬間、巨大サソリは尻尾を大きく上空に振り上げた!
それはまるで――しなった鞭のように間髪入れず振り下ろされる!
ゴウッ!っと空を切り裂く音と共に、ぶら下がっていた死体がそのまま「 く 」の字を保ち――大砲の弾よろしく一直線に私へと襲い掛かった!
――さ、避けきれない!
無理だ!
咄嗟に腕をクロスさせ上半身を守る行動しか取れなかった!
ドウッ!!
ギャイイイイイィィィンン・・・
金属音のような残響が鼓膜を刺激し慌てて目を開けた。
あらぬ方向の岩壁にソレはあった。
――甲冑が岩場に擦れた音か?
打ちつけられたであろう騎士のような死体は、ドロドロの泥がねっとりと壁面を滑り落ちるが如く、ズルズルと地面へと落ちていった。
――え? えーーー?
もしかして・・・私に一度当たって跳ねた? って、ことっぽい?
両手で身体をまさぐってみたが、私自身にダメージは無いようだ。
しっかりと防御魔法の効果が発動しているらしい。
いや、安心して呆けている場合ではなかった――
なんだか急にムカついてきた!
――なんで私がいきなり! こんな意味不明な死の恐怖に怯えなきゃいけないんだ! 私が一体何をしたって言うんだ!!
恐怖を克服する最も簡単で手っ取り早い方法は、怒りに支配させることだ。
怒って怒って恐怖を誤魔化すしかない。
愚かで安直な方法だが、刹那的にはかなり有効だと思える。
攻撃魔法の威力がどれほどのモノか、果たしてあんな怪物に通用するのかかなり怪しいが――やるしかない。
もう手段はそれしか無いのだから・・・
岩場に立つ私の下へ巨大サソリが迫る!
攻撃のために投擲した死体を何の苦も無くはね返した私に対し、警戒しているのだろうか? その動きは様子を窺うように緩慢だった。
「 聖なる炎柱!! 」
私の周りに六本の燃え盛る炎柱が現れた!
あまりにも唐突な出現に、私自身がビクッと身体を震わせてビックリしてしまった。
巨大サソリも私に同調するように驚いた様子で、ピタリと動きが停止する。
――火に弱いのか?
――こんな乾いた大地に好んで生息しているのなら、弱点は何だ?
巨大サソリは動かない。
何秒経ったか? 睨み合いが続く・・・
――弱点か。いや・・・考えても解らない。
この炎で私自身を囲っている間は、どうやら襲いかかってくる気はないっぽいけど・・・
攻撃のために唱えたけど、これはこのまま防御に使うべきなのか?
この炎の柱たちを前面に集め、壁を作るイメージを咄嗟に脳内で作り上げた。
「 おお! 動いた! 」
忠実にイメージ通り炎柱が音もなくスムーズに移動し、私の眼前で壁と成った。
炎柱と炎柱の間から、サソリの巨体を観察する。
やはり脅威を感じているのか?
ピクリとも動く様子はない。
――でもおかしい。炎にこんなにも近いのに私自身は全く熱さを感じない・・・これも防御魔法の効果なのか? それとも唱えた本人にはダメージ無しとかの、ファンタジー小説やアニメ等でよくあるような都合の良い魔法の炎? とか?
――まぁ何でもいいや。とりあえずこのまま諦めて撤退してくれれば・・・
しかし私の祈りは通じていない。
サソリは全く動く気はないようだ。
六本の炎柱の内一番右端の一本にだけ意識を集中させ、高速で地を滑るイメージを脳内で描き――巨大サソリに向けて突進させた!
サソリは一瞬ビクッと巨体を震わせたが、すぐに左腕の鋏で薙ぎ払う!
が・・・炎柱はその鋏に飛び火し、サソリの左腕は瞬く間に業火に包まれた。
――よし!
このまま全身を焼かれろ!!
がしかし――
巨大サソリは残った右腕の鋏で、みずからの左腕を肩口から切断した!
「 うおっ! マジか!? 意外と知恵があんのか? 」
――片腕を失うことに対し全く躊躇がない!
迷いとか躊躇は皆無だと感じる。
が次の瞬間、いきなり姿勢を低くとりサソリが「 伏せ 」のような体勢となった。
そしてジリジリと後退を始める。
――よし! いいぞ! 見逃してやる! そのまま逃げてくれー!!
こんなキモい生物とは一刻も早くおさらばしたい。
逃走してくれるならそれはそれでありがたい! 勿論追いかけたりはしない。
!!!!!
が・・・次の瞬間、後退したのは予備動作だったのだと悟った。
逃げてくれるものだと思い込み、一瞬油断していたのは否めない。
ハッ! っと我に返った時にはすでに遅かった。
巨大サソリは上空に跳び上がっていたのだ。
――このまま圧し潰すつもりかっ!!
これはっ!? 盾に使っている炎柱を全部ぶつけたとしても意味がない!
サソリは全身を炎に包まれるだろう。
だけど私の方が先に圧死してしまう!!
それどころか、私も一緒に焼かれてしまう可能性がある!
時空操作を試してみるか?
だが重力に引っ張られて落ちている巨体――、ただ単純に落下している極々自然なその現象も鈍化するものなのか?
多分、落下スピードにも影響するはず。
だが、あまりにも博打すぎる気がする。
とにかく考えている暇はない。
――くそぉ! 死なばもろともかよ!!
道連れになってたまるか!
とりあえずこれしかない。
想像通りの効果が期待できる、これしかない!
「 聖なる稲妻槌! 」
私のために、魔法名を見るだけである程度どんな効果のある魔法か――即座に判断できるようにしてくれたことに感謝せねば!
もし中二病を患ったような人がネーミングしていたら、やたら意味深な必殺技のような名称だと、即座に理解し実行できない場合があるだろうし。
想像通りだ!!
ハンマーと書いてある通り、期待通りの魔法だった!
私の頭上で――青白く発光する雷を纏ったドデカい大槌が、横薙ぎに一振りされる!
ドグォォォッ!!
一閃!
完璧にミートした!
巨大サソリは頭部の辺りを激しく潰されながら、おまけの雷撃もバリバリと浴びつつ――後方にふっ飛ばされる。
――うはっ! これは勝負アリだわ!!
グッタリと地に伏せ、槍のような尻尾だけが蛇のようにクネクネとしきりに動いていた。
が、しばらく様子を見ていると――
そのうち完全に停止したのだった。
明らかに生命活動は停止したと思われる。
が! 私の性格上――ダメ押しをしないと気が済まない!
石橋を叩き過ぎてもかまわないだろう。
眼前のこの巨大サソリは実は死んだフリをしており、迂闊に近づいた途端――襲いかかってくる可能性だってゼロではない!
思い込みは致命傷となる場合がある。
元の地球での常識は、一旦忘れた方がいいのかもしれない。
何せここは――元いた地球ではないのだ!
本来せいぜい掌サイズなはずの生物が、この惑星では眼前のコイツみたいに巨体だったら?
想像しただけで吐きそうになる・・・
確実なる安心のため、もう一度「 魔法名 」を唱える。
「 聖なる稲妻槌! 」
今度は地に向けて振り下ろすイメージ!
ドギャッ !!
名称通りならば、聖属性+雷属性の打撃魔法だと思われる。
巨大サソリは背の部分を激しく破壊され真っ二つとなり、ドロドロとした黒い体液が溢れ始めた・・・
――これでとりあえず安心だわ。
流石にどう考えても死んだだろ?
▽
岩場に戻り騎士の死体を見下ろす。
甲冑ごと胸部を破壊され、文字通り胸に風穴が開いている状態で絶命している。
岩場に激しく打ちつけられた衝撃で、両腕があさっての方向にひん曲がっていた・・・
体格と顔立ちから判断するに、明らかに男性だろう。
血塗れだが顔立ちはハッキリとしており、普通の人類に思える。
だが、とてもじゃないが日本人だとは思えない。
元の地球人と比べるならば、フランス人とかオランダ人とか――そのあたりが一番近いだろうか?
兎に角、かなり端整な顔立ちだった。
――とりあえず試してみるか・・・【蘇生魔法】を。
魔法の講義で教わった知識で言えば、蘇生魔法には成功確率が設定されているらしい。
たとえば頭部が潰れていたり、死後あまりにも時間が経過していたりすると、成功確率はガクンと下がるらしい。
蘇生魔法を唱えた瞬間、対象の身体が多少傷ついていたりしても、完全にフラットな状態の健康体にまで事前に修復された後、精神体を呼び戻されて蘇生成功となるらしい。
つまり生き返ると同時に、壊れた組織は元通りに修復されており、失われた血液等も補完されているらしいのだ。
それから、老衰死した者を蘇生するのは倫理的配慮に欠けるという話も出た。
一時的に生き返らせることは勿論できるらしい。
がしかし、別に時間を巻き戻したわけではないので、個体差はあるものの結局またすぐに死亡してしまうから・・・だそうだ。
確かに何度も「 死の瞬間 」を体験するのは、苦痛以外のなにものでもないだろう。
ちなみに病気等の大半はバッドステータス扱いらしく、【状態異常回復】で大体治るらしい。
もし【状態異常回復】でも治らない類の重い病気ならば、こういった方法もあるよ! と――蘇生魔法に関する「 裏技 」も教えてもらった。
が個人的には――裏技というよりも「 禁じ手 」と感じたが・・・
その方法を聞いた時、私は絶句し開いた口が塞がらなかった。
さて、この眼前の死体の蘇生成功確率は如何ほどのものだろうか?
胸に致命傷になったであろう風穴は開いているものの――板金兜等を装備していたのかは判らないが、比較的頭部は綺麗だと思う。
時間的にも、死後それほど経過してはいないだろう。
実験に付き合わせるみたいで、何だか多少申し訳ないような――そんな感情が芽生えるが・・・
どう考えても、みずから死を選んだとは思えない。
流石に自殺の可能性はゼロだ。
ならば生き返らせても文句は言われないだろう! 多分だけど・・・
「 蘇生! 」
騎士の身体が眩い光に包まれる!
少しだけフワッと身体が浮いた気がした。
そして光が収束していき――光の珠となって胸の部分に吸い込まれていった。
数秒経過――
――むぅ、動かないな・・
まさか失敗かぁ?