第199話 対決、そして一方・・・
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古代の超文明が加工した石壁は時の流れを断っているらしく、新築のように全く劣化していない。まさに時を感じさせない美しさで、荘厳な雰囲気を漂わせている。
この階の中央には巨大な謎のクリスタルが輝き、周囲に柔らかな光を放っていた。
リディアたち4人は、その光を背にして待ち構えていた。
敵の軍勢が今まさに――自分たちがいる階層に到達しようとしているのが、魔力探知によって随分前から分かっていた。
ミラは鋭い目で階段を見つめ、いつでも戦闘に入れるように宝剣をしっかりと握りしめていた。隣には暗黒魔道士のバルモアが静かに佇んでいる。
後方には、リディアが聖衣を纏った状態で刀を軽く振っており、そのさらに後ろには【 時の守人 】の生き残りであるガロが――怯えた様子で俯いていた。
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「 来るぞ――、ヒヒヒッ 」
バルモアが、自嘲するような薄笑いをしながら呟く。
それにリディアが反応する。
「 やっとか――、随分と待ったな。ハルノ様が御目覚めになるまで何としても死守するのだ 」
その瞬間、階段の下から鎧が擦れる複数の金属音が響いた。
アルバレス王率いる軍の一団が、ついに同じ土俵に上がってきたのだ。
階段を駆け上がってきた兵士たちの姿が見えると、ミラは剣を構え直し、バルモアは何やら口走り――ブツブツと詠唱を加速させた。
勢いよく駆け上がってきた兵士たちは、まるで監獄の門が開かれたかのように我先にと飛び出し――階層に溢れていった。
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「 ここが終着点だ! アルバレスッ! 」
怒鳴り上げるミラの声が階層に響き渡る。
ひしめき合う武装した兵士が散開し道を開けた。
国王アルバレスが冷酷な笑みを浮かべつつ、後方より悠然とした態度で騎士を引き連れ前進してくる。
さらにその背後には精鋭の兵士たちが続いている。
その目には決意と恐怖が交錯していた。
「 そうか、なるほど――そういうことであったか 」
「 これはこれは、本当にミラ殿か? 美しくなられましたな。まさか生きておったとは! あの燃え盛る館の中で、全ては灰になると思っていたがな。運命のいたずらか、それとも執念か―― 」
「 それにもう一匹の時の守人も生きておったのか――、ならばケーニッヒは死んだということか 」
一瞬、アルバレス王の表情が曇る。
「 これは神の意志! 避けられぬ宿命だ! 正義の裁きを受け、逃れられぬ運命を受け入れろ! 」
ミラが、さらに力強く叫ぶ。
「 正義か・・・あの夜、俺は焼き尽くすことで――我が野望の第一歩を成し遂げた。今でも間違っていたとは考えておらん 」
「 憎悪が渦巻き復讐の炎に包まれているようだな。だが覚えておけ! 俺はこの地を統べる王! 俺の力は絶対だ! 貴様らがどれほどの力を持っていようと俺には及ばん! 」
「 愚かな・・・神の前では王の冠も無力だ。真の力は神の意志に従う者にのみ宿る! 」
ミラが叫びながら剣を正眼に構えた。
「 神か・・・デュール神の使者と偽り道を開けさせたらしいが、そのような姑息なマネをする貴様らが神を語るか――、真だと申すのであればその力を示してみよ! 」
「 貴様に言われるまでもないわ!! 」
ミラの怒号が響く――
「 時の守人を加えたとはいえ、弱小な者どもで徒党を組み俺に挑む勇気、その勇気だけは称賛に値するがな 」
「 貴様らの挑戦は、俺にとってただの余興に過ぎぬことを分からせてやろう! 」
「 炎帝の咆哮! 」
アルバレス王が叫ぶと同時に掌から炎の帯が伸び、ミラたちに向かって突進した。
「 風属性・空圧縮! 」
バルモアは素早く呪文を完成させ、巨大な風属性の膜で壁を作り出した。
炎の帯が風壁に激突した瞬間、炎は逆流し、まるで怒り狂った獣のように敵陣営の前線に襲いかかった。風壁に押し戻された炎は、前線の兵士たちの間を駆け巡り、彼らの鎧を焼いた!
悲鳴が響き渡り、炎の猛威に晒された兵士たちは逃げ場を失い、次々と倒れていった。
その光景はまるで地獄絵図のようで、炎に包まれ床を転げ回る兵士たちの姿は、戦場の残酷さを如実に物語っていた。
「 バ、バルモア殿! 」ガロが悲鳴にも似た声を発していた。
ガロ自身まだ視認できていないが、確実にこの階層に運び込まれているであろう――妹オズマの身を案じていた。
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「 陛下――、御下がりください。どうやらこやつらを殺さねば最上階には進めぬようですね 」
「 ここは我らにお任せを 」
後方に控えていたゼファー、ダリウスの二騎士が前線に出てくる。
続けてマリスがアルバレス王に対し、毅然とした態度で進言する。
「 陛下、兵を下がらせていただけますか? 有象無象の兵では――却って我々の邪魔になるだけでございます 」
「 ふんっ! ならば存分に働け 」
アルバレス王は鷹揚に言い放ち、片腕を振り兵士たちを下がらせた。
「 承知しました 」
「 マリス、お前は女二人を相手にしろ。ダリウス、お前は時の守人だ。俺はあの黒いのを狙う 」
ゼファーが腰から剣を抜きながら大声で叫んだ。
高々と叫ぶことにより、相手に対しても、勝手に決めた対戦相手を無理やり承諾させようとしているのだろう。
「 勝手に決めんなよ。だが悪くない。あの青白いガキを殺せば――俺はケーニッヒよりも格上という証明になるからな 」
片腕のダリウスが、喜色を隠さずそう返事をしていた。
「 ダリウス。時の守人は魔法戦に長けていたと聞く。もしケーニッヒが奴に殺されているのならば、相当の使い手ってわけだ 」
「 見た目がガキだからと油断するなよ? 」
ダリウスも剣を抜きながら答える――
「 誰に言ってんだゼファー。その言葉をそのまま返すぜ。それにお前の見立てでは――あの中で最強なのは黒い奴なんだろ? 」
「 多分な―― 」
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~東京都、千代田区~
~東亜テクノロジービル、上層階会議室~
広瀬は、支部長・持明院の声が響く部屋の中で、緊張感が漂う空気を感じていた。
彼女の声は冷静でありながらも鋭かった。
広瀬は、彼女がこれから報告する情報の重要性を理解していた。
――・・・一体何があったんだ? この部屋に皆を集めるなんて
持明院は部屋の中央に立ち、エージェントたちの視線を一身に受けていた。
彼女の背後には、PHANTOMのロゴが輝いており、その象徴的な存在感が一層の緊張感を醸し出していた。
「 これから伝える情報は、PHANTOMのみならず、日本の――いや世界全体、人類全体の未来を左右するものだ。絶対機密として扱ってくれ。コードレッド情報だ! 言うまでもないが――家族、親類縁者にも口外禁止だ 」
広瀬は彼女の言葉に耳を傾けながら、心を落ち着かせようとしていた。
彼はこれまで数々の任務をこなしてきたが、今回の報告はそれ以上の得体の知れない重みを想起させた。
――持明院さんがここまで鬼気迫るとは・・・
広瀬は息を吸うのも忘れるほどに緊張していた。
ただ事ではないのは明白。
早く聞きたい、知りたいと逸る一方、聞きたくないという心理が交錯する。
目だけを動かし周囲を見渡すと、桃谷を含む他のエージェントたちも、自分とほぼ同じ心理状態なのが――強張った表情に如実に出ていた。
「 イギリス本部からの確かな情報だ 」
「 いいか? よく聞いてくれ 」
「 直径約20キロの小惑星が、地球に衝突する軌道で向かってきている。発見が通常よりかなり遅れたらしい。非常に暗い小惑星のようだ。しかもこのままの軌道だと、日本列島にかなり近い海域に落ちるそうだ 」
「 バカな! ちょ、直径20キロ?! 」
一人のエージェントが思わずといった様子で叫ぶ。
「 待ってください支部長! チクシュルーブ・クレーターでも直径14キロの小惑星だったと記憶しています。つまり6600万年前、恐竜を絶滅させた原因とされる小惑星でも直径が約14キロメートルですよ? それ以上の直径20キロって・・・ 」
また別の――博識なエージェントが焦りながら叫んだ。
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チクシュルーブ・クレーターとは、約6600万年前――現在のメキシコのユカタン半島に、小惑星が衝突した際にできた巨大なクレーターのことだ。
この衝突によって発生した大量の粉塵やガスが、大気中に放出され太陽光を遮断し、地球の気候を急激に変化させ、多くの生物が絶滅したと言われている。
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「 鎌田の言う通りだ。かなりの大きさだ 」
「 つ、つまり、今度は恐竜ではなく、人類が絶滅すると・・・? 」
広瀬は声を震わせながら、身を乗り出しつつ持明院に尋ねる。
「 そうだ。何の対策も講じなければ、かなり高い確率で人類は死滅する。いや――人類だけではない。あらゆる生物が生存できなくなるだろう 」
持明院だけは妙に冷静だった。
「 そんな・・・ 」
さらに持明院が追い打ちをかけるように続ける。
「 直径20キロの小惑星が地球に衝突した場合、即時の衝撃波と熱によって数十億人が死亡する可能性がある。その後、衝突によって発生する大量のガスが大気中に放出され、「 核の冬 」状態に突入する。気温が大幅に低下し、いわゆる氷河期のような環境が形成されるだろう 」
「 この気候変動によって農作物の生産が大幅に減少し、食糧供給が崩壊することが予想される。仮にインパクトを生き残ったとしても、人類は長期間にわたって厳しい環境にさらされることになるだろう。最終的には食糧不足や寒冷化によって、残りの人類もゆっくりと死滅するだろうな 」
「 なんて事だ・・・いや、ちょっと待ってください! それはいつ! いつですか? いつ衝突するのですか? 」
「 約五か月後という報告を受けた 」
持明院の言葉に広瀬は絶句した。
瞬きを忘れるほどの衝撃を受けたのだ。
「 ご、五か月・・・すぐじゃないか・・・ 」
半数の者が思わず立ち上がり、激しく狼狽した。
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持明院の報告が終わると、部屋の中には静寂が訪れた。
エージェントたちは放心状態で、全員椅子に座ったまま微動だにしなかった――
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