第198話 実力
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久遠の塔は静寂に包まれていた。
アルバレス王は冷酷な目で部隊長を見つめ、その失態に対する怒りを抑えきれていなかった。
部隊長は膝をつき頭を垂れていたが、その体は震えていた。
「 炎帝の咆哮! 」
唐突に――、国王は低く冷たい声で魔法を発動する。
発動と共に国王の掌から炎の帯が伸びる。炎は赤く輝き、まるで生きているかのようにうねりながら部隊長に向かって突進した!
部隊長は一瞬のうちに炎に包まれ、絶叫を上げる間もなく業火に呑まれた。
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炎のエネルギーが消失した後、そこにあるのは黒く焼け爛れた塊だった。周囲の砂漠には焦げた跡が残り、空気にはまだ熱気が漂っていた。
その場に立ち込める臭いは何とも言えない異様なものだった。
焦げた肉の臭いが漂い、まるで焼けた皮膚と毛が混ざり合ったような、重くて濃厚な香りが漂っていた。
煙が立ち上り、その中には焦げた骨のかすかな香りも混じっている。鼻腔を刺激するであろうその臭いは、まるで鉄のような金属的な香りと、腐敗した肉のような不快な香りが入り混じっていた。
その臭いはただの焦げた臭いとは全く異なり、生命が焼け落ちる瞬間の悲惨さを物語っていた。
付近で息をすればその臭いが肺に染み込み、胸の奥底まで重くのしかかることだろう。
目を閉じてもその臭いは消えず――、まるでその場に焼き付いているかのように感じられるはずだ。
アルバレス王は冷ややかな目でその光景を見つめ、ゆっくりと常駐の兵士たちに視線を向けた。
彼らの顔には恐怖と緊張が浮かんでいた。
アルバレス王は表情を変えない。
王の側近が静かに口を開く。
「 お前たちも同じ運命を辿りたくなければ、その使者とやらが乗ってきた――そこの大箱を破壊し、中身を検分しろ。命を惜しむならば急げ 」
「 はっ、ははっ! ただちに! 」
兵士たちは一斉に頭を垂れ、アルバレス王の命令に従うことを即座に誓った。
「 陛下、畏れながら今は最上階に急ぐべきかと。空飛ぶ箱から出てきたその者たちの狙いがわかりませんが、五名のみならば――たとえ手練れだったとしても数で圧し潰せます 」
三騎士の一人【 雷光のゼファー 】が、静かにアルバレス王に近寄り耳打ちをしていた。
アルバレス王は冷ややかな目でゼファーを見つめ、表情を変えず返す――
「 馬鹿げたことを言うな。もはや追いつくことは不可能な時間差だ。そのデュール神の使者と名乗る一団が何者かを知ることが先決だ。その者たちが残していったこの箱には重要な手がかりが隠されているかもしれん。まずはこの箱をこじ開け中身を調べるのだ 」
アルバレス王は一瞬の沈黙の後さらに続けた。
「 このタイミングで――、まるで嘲笑うかのように頭上を越えて行きおった。同じく不老魔法を狙っておるサリエリの暗部か? 」
「 失態だ! やはり先に粛清しておくべきであったか 」
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兵士たちは王の命令に従い、慎重に箱を破壊し始めた。
アルバレス王はその様子を冷静に見守りながら、次の一手を考えていた。
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突然、天使のような異形に守られながら舞い降りた奇妙な金属の大箱。
破壊を命じられた兵士たちは、戸惑いの表情を浮かべていた。
大箱は、彼らがこれまで見たこともない異質な物体であり、まるで本当に神界から飛び出してきたかのようだった。金属の表面は冷たく硬く、光を反射して鈍く輝いていた。
一人の兵士が剣を抜き、慎重にその金属の箱に近づいた。彼の手は微かに震えていたが、決意を固めた表情を浮かべていた。
彼は剣の刃を金属の表面に当て、軽く叩いてみた。
しかし剣はただ鈍い音を立てるだけで、小さな傷は付くものの――、とてもじゃあないが貫通するような手応えではなかった。
「 どうやって破壊すればいいのか・・・ 」と、兵士が呟く。
兵士たちは互いに顔を見合わせ、どうすればいいのか迷っていた。
大槌を持った兵士が一歩前に出て、思い切って金属の箱に振り下ろした。大きな音が響き渡り、金属の表面に大きな凹みができたが、それ以上の損傷は見られなかった。
「 頑丈だな。まるで魔法で守られているかのようだ 」と、さらに別の兵士が呟く。
兵士たちは一斉に剣や大槌を振り上げ、金属の箱に向かって攻撃を開始した。
しかし彼らの動きはぎこちなく、躊躇いが見え隠れしていた。次第にその攻撃は激しさを増していったが、金属の箱は頑丈で、なかなか破壊することができなかった。
「 ガラス部分を狙え! 」と誰かが叫んだ。
「 透明な部分が、もしガラスならば割れるはずだ! 」
兵士たちはその声の指示に従い、ガラス部分を重点的に攻撃し始めた。大槌がガラスに当たり、鋭い音を立てて少しだけヒビが入る。
何度も何度も叩き、やがてガラスの破片が飛び散り、兵士たちはその破片を避けながら攻撃を続けた。
突然――金属の箱から甲高い音が鳴り響いた。兵士たちは驚き攻撃の手を止める。
音はますます大きくなり、まるで警告のように響き渡った。
「 な、何だ、このけたたましい音は? 」と、口々に叫び困惑の波が広がった。
「 怯むな! 続けろ! 」またしても兵士の中から声が上がる。
兵士たちは再び攻撃を開始したが、その音は彼らの心にさらなる不安を植え付けた。彼らは神罰を恐れながらも国王の命令に従い、金属の箱を破壊し続けた。
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前面と側面のガラス部分が粉々に破壊され、内部へと入り込めるスペースができた。
兵士たちの中には、この金属の箱が「 神の使者 」の乗り物だと信じている者が確実にいた。
彼らは内心、戦々恐々としていた。
もし本当にデュール神の使者の乗り物だったら、神罰が下るのではないかという恐れが彼らの心を支配していたのだ。
「 これで中身を調べることができるが・・・この轟音はいつ止むのだ? 砂漠のモンスターを呼び寄せてしまうのではないのか? 」と一人の兵士が言いながら、破壊されたガラスの隙間から中を覗き込んだ。
もう間もなく陽が完全に沈み闇が訪れる。砂漠の夜は冷え、神出鬼没の砂漠モンスターが活性化する魔の時間帯が訪れるのだ。
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陽が落ち闇の支配が始まった――
アルバレス王の下に、側近の兵士が駆け寄る。
「 陛下。容易く破壊することができた引き出しのような部分から、書物のような物を発見しました。こちらでございます 」そう伝え、アルバレス王に赤い光沢のある薄い書物を手渡した。
「 それ以外の物は何もありませんでした。動物の皮を用いて作られたような椅子が設置してあっただけでございまして―― 」
訝し気な表情で書物のページを捲るアルバレス王。
その時だった――
「 がはあぁぁぁ!! 」
一仕事終え、大箱の周りで手持無沙汰で佇む兵士の中から複数の悲鳴が上がる。
薄暗い中空に、背中から胸部へと串刺しにされた兵士が不自然に持ち上げられ、口元から激しい吐血を撒き散らしていた。
「 サ、サンドストーカーだ! 」
「 2匹いる! 」
兵士たちは慌てふためき散り散りになった。
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サンドストーカー
外見は砂漠の砂と一体化した巨大な爬虫類のような生物。サンドドラゴンとは似て非なるモンスター。
個体によっては全長約3メートルに達し、体は強固な鱗で覆われている。鱗は砂漠の地形に溶け込みほとんど見えなくなるため、獲物に気づかれずに接近することもできる。
目は暗い琥珀色で鋭い牙と爪を持ち、さらに鋭利な槍のような尾を持つ。
音感知能力があり非常に鋭い聴覚で、砂漠の中で発生する微細な音を感知することができる。
獲物が砂の上を歩く音や風に乗って運ばれる音を聞き分け、正確に位置を特定する。
サンドストーカーは砂漠の地形に溶け込むように擬態することができるため、静かに待ち伏せし獲物が近づくのを待つこともあるが、基本的には好戦的で、音の発生源に自らより肉薄しようとする特性がある。討伐する際は、この特性を逆手に取る方法が得策だろう。
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「 このていどで慄くとは嘆かわしい 」
そう吐き捨てるように呟くと、アルバレス王の傍に控えていた【 風の刃のマリス 】が詠唱を開始した。
「 風神モード発動! 」
腕を振り空中に何個もの小竜巻をバラ撒くように発生させ、そしてソレ自体を次々に蹴るように連続して飛び乗り、あっという間に兵士たちが襲われている中心の上空へと駆け上った。
傭兵長ケーニッヒも使う空中移動法だった。
滞空したまま剣を振り、下方に向け風属性魔力を込めたエネルギー弾を解き放つ。
「 憤怒の突風! 」
高速で射出されたエネルギー弾がまるで滑り落ちるギロチンの刃のように、兵士を尾で串刺しにしたままのサンドストーカーに襲い掛かる。
斬!!
ぶら下がる兵士もろともサンドストーカを攻撃する。
「 ギャ!! 」
まだかろうじて息のあった兵士が短く絶叫した。
次の瞬間、上半身が吹き飛ぶ!
サンドストーカの1匹も、尻尾の付け根あたりから真っ二つとなっていた。
グァアゴアァァァ!!
低い咆哮のような、喉の奥から絞り出すような断末魔の鳴き声だった。
さらに別方向に小竜巻をバラ撒き、同じ要領ですかさず移動する。
残る1匹のサンドストーカーに肉薄するマリス。
サンドストーカーは瞬時に危機を察知したのか――身体を反転させ鞭のように尻尾を振るい、上空から急襲するマリスを迎撃した!
「 風神の盾! 」
風属性で瞬時に創り出した小さな盾を構え、ダイレクトに攻撃を受ける。
マリスはその衝撃で吹き飛ばされたが、気付くとサンドストーカの鋭利な尻尾もいつの間にか切断されていた。
「 おいおいマリス、あぶねーな! 詠唱がギリギリじゃねーかよ! 」
【 隻腕のダリウス 】が、緊張感の欠片もない口調で冷やかすように叫んだ。
「 うるさいわね。間に合ったんだからいいじゃない 」
面倒臭そうにマリスが返す。
「 雷鳴閃光! バラージ! 」
傍観していたゼファーが突然剣を横薙ぎに振るい、ミドルレンジから大勢の兵士を巻き込みつつ広範囲に雷撃を浴びせる!
感電し、バタバタと倒れる兵士たち。
唯一サンドストーカーだけは暫く抵抗していたようだが、すぐに全身が痙攣するように震え始める。
モンスターの口からは、喉の奥から絞り出すような絶叫が響き渡った。その声はまるで地獄の底から這い上がってくるかのような恐ろしい響きだった。
雷撃エネルギーが体内を駆け巡り、鱗の隙間からは煙が立ち上がっていた。
周りの兵士同様、その場に崩れ落ち砂漠に倒れ込む。
その巨体はまだ微かに痙攣しており、口からは大量の血液が流れ出していた。
ゼファーの雷撃は、その強靭な体躯をもってしても耐えきれないほどの威力だったのだ。
「 マリスは優しすぎるのが欠点だな 」
「 まったく――、兵を肉壁としか思っていないあなたには理解できないでしょうね 」
マリスは溜息混じりにそう呟いていた。
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「 この書物は――、ここでは解読できんな 」
「 もはや留まる理由はなくなった。駆け登るぞ 」
強烈な焦燥と不安を圧殺したアルバレス王が口を開いた。
三人の魔道騎士はその王の焦りを肌で感じ取ってはいたが、気付いていないフリを続けていたのだった。
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