第195話 適格者
砂漠の果てしない広がりの中、太陽が西の地平線に沈みかけている。
空はオレンジ色に染まり、砂粒が風に舞い上がり、まるで無数の小さな星が輝いているかのようだった。
遠くの地平線には蜃気楼が揺らめき――現実と幻想の境界を曖昧にしている。
広大な砂漠の中心には一際目を引く存在があった。
超古代文明が築いたという天を突くような超巨大な塔だ。
塔はまるで砂漠の神殿のようにそびえ立ち、その頂は雲を突き抜け夕焼けの空に溶け込んでいる。
塔の表面は時の流れを感じさせず、まるで最近建築されたかのような鮮やかさだった。
塔の基部には巨大な扉があった。付近にはいくつかの天幕が張られている。
「 っつーか人が出てきたな・・・兵士っぽいね 」
私は運転席の窓ギリギリに顔面を寄せ下界を見下ろし、塔の巨大扉から慌てた様子で出てきた複数の兵士に視線の照準を合わせた。
「 おおっ! 凄いな・・・あんなデッカイ扉が一瞬で消えたり現れたりしてる! 」
扉はまるで生き物のように近づく者を感知し、消失と復元を繰り返していた。
つまり近づくと一瞬で消え去り、通過する者が塔の外に足を踏み出すと、また瞬時に現れ元通りになっていた。その仕掛けはまるで魔法のようであり、超古代文明のテクノロジーの高さを物語っていた。
事前にガロさんから教えてもらった情報では、塔には以前からロックが掛かっておらず、誰でも出入りは自由らしい。そのせいで小型大型を問わず、砂漠のモンスターが中に侵入していることも珍しくないそうだ。
「 中に入ると、恐怖さえ覚えますよ・・・ 」
ガロさんがポツリと呟く。超古代文明の技術があまりにも先進的で理解を超えているため――その存在自体が恐怖を感じさせるのだろうか?
「 しかし、あれは今進行してるアルバレス王の軍よりも、先行していた部隊なのかな? 」
「 いえ、元々駐留している塔を護っている部隊かと思われます 」
ミラさんも後部座席で、窓ギリギリに顔を寄せながら意見を述べる。
ミラさんの膝の上にはガロさんがちょこんと座っており――ミラさんは銀髪、ガロさんは白髪なので、一見すると親子に見えなくもなかった。
「 なるほど。とりあえず降りるよ? いきなり戦闘になるかもしれないけど、まずは私に任せて 」
「 御意 」
リディアさんが即座に返事をしたが、その手には日本刀がしっかりと握られていた。
一応窓を全開にし、大声でワルキューレたちに指示を出し静かに降下していった。
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着地と同時にすぐさまドアを開け、私だけが外に出る。
全く動じていないように見せるため、ゆっくりと決して急がずに動いた。
塔内部と複数の天幕から慌てて飛び出してきた兵士たちは、あり得ない光景に目を奪われた様子で、驚愕の表情を浮かべていた。
彼らは槍を構え盾を握りしめながら、車を含めた私たち未知の存在に対峙していた。
周囲には静寂が訪れている。
兵士たちは誰もかれも唖然としており、言葉さえ出ていない。息を呑み目の前の光景に圧倒されている様子だ。無理もないだろう。
車を見るのも初めてだろうし、その車を数多の触手で吊るしているワルキューレたちも、一見すると不気味な魔物に映るかもしれない。
「 ――これは・・・一体何なんだ? 」と、一人の兵士が震える声で呟いていた。彼の声はまるで風に消されるかのように微かだったが、私には聞こえた。
「 な、なんなんだ・・・神の使いか――それとも悪魔か? 」と、別の兵士が呟いた。その言葉に周囲の兵士たちは一層緊張感を高めたようだった。
私は上空で用意していた小型拡声器を口元にあてがい、堂々と叫ぶ。
『 お前たちの前に立つ私はただの人族ではない! 福音の使者である! デュール神の意志を伝える者だ! 』
『 私の存在はこの地上のいかなる力をも超越している。お前たちが持つ槍や剣は私には何の意味も持たない! 武器を下げよ! 私の使命はこの地に平和と調和をもたらすことである! 』
『 お前たちが私を恐れるのは当然だ。しかし恐れることはない。私はお前たちに危害を加えるためにここにいるのではない。私はデュール神の意志を伝え、お前たちに新たな道を示すためにここにいるのだ! 』
『 久遠の塔への道を開け! 私に進むべき道を示せ! そうすればお前たちもまた、神の祝福を受けることができるだろう! 』
――キマった! 道中、頭の中で練習した甲斐があった!
些か抽象的ではあると思うが、神の使徒としての威厳を示せた気がする!
「 わ、我々は、アルバレス陛下よりこの塔の警備を任された部隊である! わたしが部隊長アルバート・レギウスだ! 貴公は一体何者だ? 本当にデュール神の使いだというのか? 」
隊長のアルバートとやらが、槍を構えながら一歩前に出てきた。
アルバートは鋭い目で私を見据えた。
「 なぜ――、この塔を登ろうとしているのか? 」
私は静かに微笑み、穏やかな声で答えた。
『 お前たちが納得するまで何度でも言おう! 私はデュール神の使者、神の意志を伝える者だ。この塔には神の意志を果たすための重要な使命があるのだ 』
アルバートは眉をひそめながらも、私の言葉に耳を傾けている。
「 ほ、本当に? デュール神の使者だと? だがわたしはアルバレス陛下への忠誠を誓っている。この塔は陛下の命令で守られている。簡単にここを通すわけにはいかない! 」
私は無遠慮にガンガン進み、アルバートの眼前に立った。そして少し見上げ目を真っ直ぐに見つめた。
「 アルバート隊長。あなたの忠誠心は尊い。しかし、神の意志は一国の王の命令をも超越するものだ。私がここに来たのは神の意志を果たすためだ。どうか――、道を開けてほしい 」
アルバートは一瞬戸惑った様子だったが、彼の心に響いたようで、すぐさま槍を下ろし深く息をついていた。
「 もし貴公が・・・本当にデュール神の使者であるならば、我々は道を開けるべきだろう。し、しかし、わたしは王への忠誠を捨てることはできないのだ 」
私は静かに頷き、アルバートの肩に手を置いた。
「 あなたの忠誠心は理解している。だが、神の意志に従うことが最終的には王のためにもなるのだ 」
アルバートは暫くフリーズし、何やら高速で思考を巡らしている様子だった。
私は内心ドキドキしていたが、焦りを表情に出さないように押し殺し静かに結論を待った。
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突然アルバートが後ろを振り向き、兵士たちに向かって命じた。
「 道を開けろ! 神の使者をお通しするのだ! 」
戸惑った様子のままの兵士たちは即座に隊長の命令に従い、道を開けた。
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「 ひろっ!! めちゃめちゃ広いな・・・ 」
内部に足を踏み入れると、目の前に広がる光景に息を呑んだ。内部はまるで無限の空間が広がっているかのように広大で、一番遠くの壁は霞んで見える。
まるで新築のようなその空間は、時の流れを感じさせないほどに鮮やかで、劣化の痕跡は一切見当たらなかった。
床は滑らかで光沢があり、まるで鏡のようだが・・・不思議なことに光を反射している様子は一切無かった。壁も同様に劣化してはおらず、その表面には神秘的な模様が刻まれていた。これらの模様はまるで生きているかのように微かに輝き、不思議な感覚を増幅させる。
塔の内部には何もない広大な空間が広がっており、その静寂は圧倒的だった。
さらに驚くことに足音が響かない。ナゼか床からは、思い切り踏みつけても音が発生しないのだ。
空気は澄んでおり微かな香りが漂っている気がした。おそらく気のせいだろうが。
塔の中心には巨大な柱がそびえ立っており、その柱は天井まで続いていてまるで塔全体を支えている大黒柱のようだった。柱の表面にはさらに複雑な模様が刻まれており、その模様は超古代文明の知恵と力を感じさせた。
この空間自体も、まるで時間が止まったかのように静かで、訪れる者に深い感銘を与えるだろう。
超古代文明の技術と美学が結集されたこの塔内部は、まさに神秘と驚異の象徴であり、その存在自体が奇跡のようだった――
「 これはアルバレス王や伯爵の気持ちも解らんでもないな・・・こんなモノ見てしまったら、最上階に眠る超古代文明が残した魔法とやらは、どんだけ凄いんだろうって期待に胸を膨らませるハズだわ 」
「 別に不老の効果がある魔法じゃなかったとしても、欲しくなる気持ちは解らんでもない。なまじ権力を手に入れてしまったから、何を犠牲にしてでも欲しくなっちゃったんだろうね 」
「 その犠牲が――、我々の国だったわけですね・・・ 」
ミラさんが俯きながらポツリと呟いた。
「 あっ、いや――ごめん。別にアルバレス王たちを肯定してるわけじゃないよ。ただ気持ちが想像できるってだけだよ 」私は慌てて弁解をしていた。
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中央付近には、上へと伸びる巨大な螺旋階段と祭壇のようなものが静かに佇んでいた。
「 ここから最上階まで、ショートカットで飛ぶことができます。集まってください 」
ガロさんがその祭壇付近に集まるよう指示を出し、全員それに従う。
ガロさんが何やら呪文のような文言を呟きだした。
突然まるで重力が消えたかのように体が浮かび上がった。いや、見えない透明な板に乗っている感覚だ。
「 うおおっ! すげえぇぇ! 」
ソレは静かに上昇を始め、周囲の景色が急速に変わっていく。各階層の天井をすり抜けるたび、まるで空間そのものが変化しているかのような――そんな不思議な感覚が広がった。
透明な板は見えない手に導かれるように滑らかに動き続けた。高速で天井を通過する瞬間、目の前の景色が一瞬にして変わり新たな階層が広がる。
上昇するにつれ、塔の内部の広大さが一層際立ってきた。各階層には異なる模様が施されており、その美しさは言葉に尽くせないほどだった。透明な板に乗ったまま次々と天井をすり抜けていく感覚は、まるで夢の中にいるかのようだ。
塔内部を高速で浮かび上がる体験はまさに超古代文明の技術の結晶であり、その神秘と驚異を体感する瞬間だった。
――もう遊園地などでどんなアトラクションに乗っても、これ以上のスリルと興奮は得られないだろうな・・・
やがて塔の最上階に辿り着くと、広大な展望台が広がっていた。
そこから見下ろす景色は、まるで無限の海のように広がる砂漠だった。風が砂を巻き上げ砂丘が波のように動く様子は、自然の壮大な力を感じさせた。夕暮れの光が、砂漠を黄金色に染め上げていたのだ。
塔はこんな過酷な環境の中で、悠久の時をただ静かにその存在を保ち続けているのだろう。
最上階には広大で何も無い他の階層とは違い、いきなり巨大な門がそびえ立っていた。その門は荘厳で、左右には巨大なゴーレムのような彫像が立っていた。彫像も壁と同じような質感だ。表面には模様が刻まれている。まるで生きているかのようで、その目は門前に立つ者を見据えている。
「 ここが最上階? 」
「 はい 」ガロさんがコクリと頷く。
「 中には、人が居住できる数々の施設もあります 」
「 え? 中に? 」
「 はい 」
「 マジか! トイレもあんのかな? あるなら簡易トイレセット持って来たのが無駄になるな 」
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ガロさんは扉の中央に掌を当て、静かに呪文のような言葉を唱え始めた。
呪文が唱えられるたび、門の表面が微かに輝き始めた。光は徐々に強くなり、やがて門全体が眩い光に包まれた。その光はゆっくりと変化し続けた。
ガロさんの呪文が最高潮に達すると、門は瞬時に掻き消えた――
門が消失すると、その向こうには広大な空間が広がっていた。空間の中央には巨大な祭壇が鎮座しており、その周囲には古代の神々や英雄たちを想像させる彫像が並んでいた。祭壇の上には神秘的な光が輝いており、その光はまるで――時間の流れを象徴するかのようにゆっくりと変化し続けていた。
私は――その光に吸い寄せられるように近づいたのだった。
『 適格者と確認しました。惑星停止を習得しますか? なお行使した際、停止させる対象の規模に比例し、行使者の命数を消費しますので留意してください 』




