第193話 無限図書館
ガロさんは長年廃墟となっていたお城に潜伏していたが、突然襲撃された。
魔法で崩壊したお城の瓦礫に挟まれ、真夜中まで藻掻いていた――
そして重体であるにも関わらずなんとか脱出し、這う這うの体でこの村まで逃げてきたそうだ。
つまり襲撃されてからまだ丸一日くらいしか経っておらず、この村に追手が迫る可能性が捨てきれない。
塔の最上階に封印されている魔法を習得するためには、当然ながらその習得を求める本人が赴く必要があるらしい。ガロさん曰く――アルバレス王は絶対にオズマさんを連れ、最上階に登ってくると断言した。
少なくとも最上階の封印を解くまで、オズマさんは無事だろうと考えられる。
私たちはすぐにでも久遠の塔へ赴き、アルバレス王にとってのラスボス的な存在となるべく――先回りし、塔の最上階で座して待つのが最良と思えた。
だがこの村のことを慮ると、さすがにすぐに出発はできなかった。
ガロさんを匿っていると決めつけた追手たちが、村人を虐殺するんじゃないか――という恐怖が、頭から離れないのだ。
「 昨日の日中にオズマさんが捕まったと仮定して――移動や部隊編成やらいろいろな準備を含めると、最短何日でアルバレス王は塔に来ると思う? 」
「 この付近で捕縛されたとしたら――オズマを王城に連行するのに最短でも一日はかかるでしょう。そこからすぐに行動を開始し、少数精鋭の側近だけで部隊を組み準備に最低半日。城を出て、塔まで最短でも二日はかかるかと・・・ 」
私の問いかけにガロさんが答えた。
「 確かに、急いでも王都ルベナスからタブラ砂漠の中心まで――、二日はかかるでしょうね 」
ミラさんも同意する。
「 ふむ、ガロさんを追い詰めたその氷属性使いは、お城の崩壊に巻き込まれて死んではいないのよね? 」
「 判りません。城の壁ごと海へと落ちていったので・・・ 」ガロさんの表情が強張る。
「 う~む、その氷属性使いがガロさんを追って来てて、この村を襲撃する可能性がまだあるから――ギリギリまで離れたくないのが正直なところよね 」
「 畏れながら、その武勲赫赫たるケーニッヒとやらは、すでにルベナスに帰還しておるか、もしくはその道中でしょう 」
「 海へ転落しただけで尚且つガロ殿の生存に気付いていたのならば、いくら混乱が猖獗を極めておったとしても、既にこの村まで辿り着いており、今頃は我らと対峙しているか――すでにその者が地を舐めているか、のどちらかかと! ヒヒッ! 」
珍しくバルモアさんが口を挿んだ。
「 う~、なるほど。確かにそんなヤバイ魔道士なら一日あれば追いついてるか――もしくはガロさんが挟まれてる間にお城の中に戻って、すでに捕まえてたか・・・でもそうなってないってことは、つまりガロさんがお城の中で死亡したと判断してる可能性が高いよね? 」
「 ヒヒヒッ! 左様ですな―― 」
「 ではちょっと賭けになるかもだけど、やはりオズマさんの奪還を優先しよう! 用済みになったら殺される可能性があるし急がないと・・・ 」
「 これから準備を開始して車で向かうわ。走行不可能な場所はその都度精霊を喚び出して、車ごと吊り上げて進むから 」
「 各自いますぐ十日分くらいの食料を荷造りして! んで、すぐ車に積めるように準備しておいて! 」
「 私はもう一往復してくるわ。陽が落ちる頃には戻るから―― 」
私は矢継ぎ早に指示を出した。
「 御意 」
「 わかりました! 」
「 あ、ありがとうございます! 使徒様! 」
「 ヒヒヒッ! 正規軍を相手にこちらは少数の私兵――、腕が鳴りますな~ 」
▽
真っ昼間だったが、私は車に乗った状態で一度【なまずの郷】に転移し、光輪会に指示を出した。
基本――陽が落ちてから実行するようになるべくはしているが、もうこの非常識な転移システムを信じているので、真っ昼間でも問題はないと思っている。
どうやら日本への転移の瞬間、魔法そのものが人目の無い場所を自動で検索し、微調整しているようなのだ。
ただし私にとっての協力者や、良い影響を与える人物はその限りではないっぽい。
もちろん端末などで撮影しても転移の瞬間は映らないようだ。光輪会の防犯カメラに、その部分だけが映っていないことに気付いた高岡さんから教えてもらった。その後――何度か検証しているのでまず間違いない。
光輪会に指示を出したのは、大型の四輪駆動車を用意してもらうためだ。
光輪会に求める車両が無い場合、基本は信者の方たちから希望に近い車を借りる。
もし車を破損させたり故障させたりしても確実に補償する。その場合、当該車両はそのまま光輪会の車両として名義変更し、貸してくれた信者には希望の新車を買って返却するためだ。ただし、あまりに元の車と価値が違い過ぎる場合は要相談としている。まぁ、そんな我儘なことを言う人は皆無だと思うが――
軽自動車を貸してもらって壊したからと言って、さすがに高級車のフェラーリは買わない、ってわけだ。
口頭ではあるが、そのあたりの決まり事を周知徹底しているため、高岡さん曰く――買い替えたいと日頃から願っている信者の方からは、「 むしろ壊してくれ 」とさえ思っている人もいるそうだ。もちろん私に対し面と向かってそんなことを言う人はいないが。
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~日没前~
信者の裕福な方から、【ランクル300】をお借りすることができた。
そして防塵マスクとサングラスを人数分、追加の食料も大量に用意してもらいラフィール村に戻った。
「 待たせたね 」
馬と荷車が主な移動手段であるこの世界の村人にとって、日本から持ち込んだ車両は【金属の獣】に映るらしく――未だにココの村人たちは驚愕しており、恐怖と好奇心が入り混じった表情でその異様な存在に映る車両を見つめていた。
光を反射して輝くその姿がまるで神々の乗り物のように神々しいと口々に囁き、図らずも――私が神の使徒であるという真実の裏付けの一つになっていた。
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~無限図書館~
まるで時間と空間の概念を超越した場所だった。
目の前に広がるのは無限に続く書棚の迷宮。天井は見えず、書棚は空に向かって果てしなく伸びている。棚には――あらゆる時代、あらゆる世界の知識が詰まった書物がぎっしりと並んでいた。
図書館の中は静寂に包まれているが、その静けさは決して不気味なものではなく、むしろ心地よい安らぎを感じさせる。歩を進めるたびに足元の床が柔らかく光を放ち道を照らしてくれる。
図書館の中央には巨大なテーブルがあり、その上には無数の地図や星図が広げられている。訪れる者は知識の探求者として、この場所で無限の可能性を見出すことができるだろう。
無限図書館はただの知識の集積地ではなく、訪れる者にとって冒険の出発点となる場所だ。ここで得られる知識と与えられる能力は世界観を広げ、新たな発見と驚きをもたらすだろう。
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デュール――
彼のオリジナルは、この無限図書館という名の監獄に囚われた存在であった。
五次元の存在であり、全ての事象を計算し演算する――地球人から見れば神のような存在だ。
彼の目下の目的は、ある人間を特定の運命へと導き、自分の代わりに『 とある救済 』を成就させること。
そのために彼は、その人間の一挙手一投足、さらには会話に用いる言葉一つでさえも計算に含め細かく演算していた。
もちろん単なる日常の行動にとどまらない。彼はその人間の感情や思考までも計算に含め――さらにその人間に関わる全ての存在の言動、感情、思考も計算に含めていた。
その対象となる人間の同族も、数式を用い宇宙の状態を表すくらいには進化している。
だが、始まりと終わりを表すことはできない。宇宙開闢の、まさにその零地点は表すことができないのだ。
そして終わりの状態も――
だがそれは、肉体を有する下等な生命体に限ったことではなく、デュール自身にも不可能だった。
――彼女たちにとっては残酷な結末になるだろう。結局、最終的な決断を下すのは彼女なのだ。精神生命体そのもののように、始まりと終わりだけは完璧にコントロールできない。それができるのは、間違いなく神だけだろう・・・
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