第190話 保護
私たちは村を出て必死に駆けた。
グズグズ状態の精霊の背から落馬した、【時の守人】の姿を捉える――
まだ遠くで、肉眼ではぼんやりと霞んでいたが――異常な状態に陥っているのは明らかだった。
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【時の守人】の体が、血まみれであることがはっきりと見えた。片足が千切れ、体はボロボロだった。彼の顔には痛みと疲労が浮かび、意識が消失しているようだった。魔力が尽きた精霊は、完全に消失していた。
私たちは傍まで駆け寄り、息絶えている【時の守人】を見下ろす。
「 ヤバいな。もう死んでるかも・・・ 」
「 とりあえず村の中まで運ぼう―― 」
私は指示を出した。
バルモアさんは、血液で衣服が汚れることも厭わず――即座に抱きかかえて軽々と持ち上げた。
身体中が傷だらけだ。
――何がどうしてこんな状態になっているのか・・・それにもう一人の女の子は?
千切れた片足の傷口から、いまだに鮮血がポタリポタリと流れ落ちていた。
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蘇生魔法が成功し、身体中が傷だらけで片足が千切れ、血まみれの状態だった彼の体は再生し、命が吹き込まれた。
血の凝固や泥の汚れはそのまま残っており、外見はさほど変わらなかったが、確かに息を吹き返した。
「 本当に、 い、生き返った・・・ 」
村人の誰かが呟く――
「 足が、生えたぞ・・ 」
「 デュール様の使徒様というのは、真実だったのか・・・ 」
周囲の村人からは困惑の声が次々に漏れる。
【時の守人】の胸は既に上下し始めており、彼の体に再び命が宿ったことが、村人にもわかったのだろう。
しかし彼の目は閉じたままで、意識は戻らなかった。
「 意識が戻らないですね 」と、村長は眉をひそめた。
激戦の地から帰還したばかりのような彼の身体は、確実に再生しているが――意識は戻らない。
だが私が焦ることはない。これは単純に、気を失っているだけだ。今までの経験で私には判る。
「 ああ、大丈夫よ。そのうち目を覚ますでしょう。寝かせておきましょう。広場に戻って、分配を再開しましょう 」
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「 ハルノ様! 意識が戻ったようです! 」
小屋の中で見張ってくれていた村人が、私たちが配給している広場へと駆けながら叫んでいた。
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小屋に入ると――ビクビクと怯えた様子で視線を彷徨わせている【時の守人】が、寝床から起き上がっていた。
「 意識が戻ったようですね。あなたは村の近くで死亡してたので、私の魔法で生き返らせたんですよ。どうです? 嘘じゃなかったでしょ? 覚えてます? 洞窟の中で会ったことを 」
「 し、使徒様・・・数々のご無礼を、お許しください 」
彼は小さな身体を折り曲げて、その場で膝を突き腰を曲げた。
「 い、いや――別に責めてないですから、頭を上げてください。それより何があったんですか? まさか、あなたたちが危惧してたことが現実に? 誰かに狙われたんですか? 」
「 使徒様、オ、オズマは? 我が妹は、どこにいますか? 」
「 妹さん? いや――、この村にはいないですよ。まさか襲撃とかされて、離ればなれに? 」
彼は、私の反応に暫く絶句した後、ガックリと項垂れてしまった。
「 そんな――・・・これじゃまるで、オズマを囮にして、僕が、僕一人が、逃げ延びてしまったみたいじゃないか・・・ 」
「 とにかく事情を話してください。力になりますから 」
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【時の守人】は、静かに――事の顛末を話し始めた。
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「 その氷属性使いは――おそらくアルバレスの配下、傭兵長のケーニッヒかと 」
【時の守人】ガロさんから、ここ二日間の一連の流れを聞き、ミラさんが反応した。
「 伯爵の手下じゃなく、アルバレス王の手下か――、そいつは強いの? 」
「 氷属性魔法に長けている魔道士で、剣術スキルも持ち合わせている一騎当千の強者ですね。闘技大会の事実上の初代王者で、その場でアルバレスが召し抱えることを決めた者です 」
「 闘技大会? ああ、ミラさんたちが計画してた――アルバレス王の至近距離まで近づける唯一のチャンスって話のやつ? 」
「 はい、そうです 」
「 事実上の――、ってのはどういう意味? 」
「 決勝でケーニッヒは、審判が制止したにも関わらず――対戦相手を故意に殺したのです。もちろん表向きはルール違反ですので、失格となりましたが 」
すかさずミラさんが教えてくれる。
「 な、なるほど―― 」
「 アルバレス王は、【時の守人】を捕まえて――まだ人体実験とかをしようとしてんのかね? 」
「 おそらく――サリエリ伯爵があたしを利用しようとしているのと同じで、砂漠の塔の守護者たる【時の守人】を、塔攻略の最終的な足掛かりにしたいのかもですね 」
「 へっ? 」 私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「 砂漠の塔の守護者なの? あの例の――久遠の塔ってやつよね? 」
「 え?? 」
バルモアさんは無反応だったが、リディアさんが驚いて顔を上げた。
「 え? 何? ミラさんは地元だからともかく――リディアさんも、塔の守護者って部分知ってたの? 」
「 は、はい――、以前、洞窟内で彼らに出会った折、バルモア殿の説明を聞きましたので・・・ 」
リディアさんは、なにやら慎重に言葉を選びながら発言していた。
「 え? ご、ごめんなさい。私もしかしたら、ちゃんと聞いてなかったかも・・・ 」
「 いや、ごめん。そういえば――なんか砂漠の塔と【時の守人】の関係のこと、言ってたねバルモアさん・・・思い出したわ 」
洞窟内で受けた――バルモアさんの説明を思い出した。
「 ヒヒヒッ! 」
バルモアさんは相変わらず不気味な笑い声をあげていたが、どこか――呆れているようでもあった。
「 と、とにかく! まずはオズマさんを捜さないと! ガロさんの話から推察すると、この村に逃げ込む前に、そのケーニッヒって強い人の手下たちに捕まってしまって、今頃アルバレス王のもとに連れて行かれてる可能性高くない? 」
私の推察に対し、ミラさんが答える。
「 高いですね。その場合、数日以内に軍を編成し――久遠の塔へと進軍すると思われます 」
「 オ、オズマ・・・ 」ガロさんは絶望したように項垂れていた。
「 こりゃモタモタしてられないねぇ、元より――民衆のことを考えると、ジェラルドさんの計画に乗るつもりはないし。私的には、これで大義は得たわけだし、いきなりアルバレス王と事を構えるのも吝かではないかなぁ~ 」
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「 ガロ殿、御存知なら教えて欲しいのだが、久遠の塔最上階の封印を解くカギとは一体何なのだ? 我が父ガーラント大公が所持していた――何らかのアイテムか知識なのではないか、という推測を聞いてはいるのだが 」
ミラさんが、項垂れているガロさんに尋ねる。
「 そ、そうか――、あなたも、僕たちと同じ境遇か、ガーラント大公の、御息女か・・・失ったものの大きさは計り知れないが、だからこそ立ち上がり、再び希望を見つけなければ・・・封印を解くカギは、我ら一族の生体認証。そしてもう一つ、我ら一族の友であった、ガーラント一族に託した――、いや、ここでは・・・ 」
ガロさんは終始たどたどしい話し方だったが、ハッと我に返った様子で周囲を見渡し、声を潜めて続けた。
「 別の場所で話そう。村の人たちを、信用して、いないわけではない。しかし、不特定多数に、聞かれない方がいいだろう―― 」
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~福岡県、宗像市~
~深夜~
PHANTOMのエージェントである広瀬は、赤間駅近くのホテルの一室で――ノートパソコンを前に頭を抱えていた。
つい先ほど、直属の上司である持明院にオンラインで報告を終えたばかりだった。
広瀬は持明院が少し苦手だった。
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【持明院 葵】
幼少期から優れた知性と鋭い観察力を持っており、大学では国際関係学を専攻、卒業後は外務省に入省。
そこでの経験を通じ、彼女は国際的なネットワークを築き上げ、情報収集や分析のスキルを磨いた。
その後、彼女はPHANTOMにスカウトされ、組織の一員として活動を始めたのだ。
彼女の冷静な判断力とリーダーシップは、すぐに組織内で評価され、日本支部のまとめ役に任命されたのだった。
持明院は非常に冷静で、どんな状況でも感情を表に出さないタイプだった。
彼女の判断は常に論理的であり、感情に流されることはなく、また彼女は非常に高い倫理観を持ち、任務遂行のためにはどんな犠牲も厭わない姿勢があった。
広瀬を含む彼女の部下たちは、彼女のリーダーシップに絶大な信頼を寄せている一方、どこかとっつきにくい印象がいつまで経っても拭えなかったのだ。
持明院の存在は、PHANTOMの日本支部において欠かせないものであり、彼女のリーダーシップと知識は組織に大きく貢献している。それは誰もが認めるところだった。
彼女の冷静さと鋭い洞察力は、イギリス本部の幹部からも一目置かれているらしい。
だが、日本での持明院のあだ名は「 氷の女帝 」だった。
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動画は、一度目も二度目も、肝心なところだけが抜け落ちたように真っ暗な画面となっており、ブラックホールのような空間が出現した瞬間から――例の女性二人と車両が吸い込まれ、ブラックホールが消滅するその瞬間まで――綺麗さっぱり何も映っていなかったのだ。
これはある意味、警告に近いモノがある――と広瀬は感じていた。
つまり、異星人が意図的にジャミングしているのだ。ジャミングとは、無線通信などを妨害するためにノイズを発生させることを指す。
ジャミング技術は、もちろんPHANTOM内でも当たり前のように使っている技術だ。
しかし、通信や映像を妨害するため異星人が使っているとすれば、それは地球人が想像すらできないほどの、超高度なテクノロジーを用いているだろう。
もはや科学的な技術などではなく、異星人自身のパッシブスキルで、そもそもカメラに映らないような特殊な能力を持っているという可能性もある。特殊なエネルギーフィールドを発生させて、カメラの機能を無効化したりなどが考えられる。
広瀬は、「 余計なことはするな――さもないと・・・ 」という警告に思えて仕方なかったのだ。
「 仏の顔も三度撫でれば腹立てる 」という言葉がある。
次は三回目となる。次、異常事態に遭遇した場合――どう行動すればいいのか・・・次は、ジャミングだけでは済まないかもしれない。
▽
音声映像が二回とも、肝心な部分が撮れていない・・・
だが広瀬にとって、証拠が無いからといって――この重大事件を報告しないという選択肢なんてあり得ない。
そう考え、報告をしたわけだが・・・
広瀬は、画面が暗転したままのノートパソコンを見つめながら、深いため息をついた。
PHANTOMの組織の一員として、広瀬は今まで、それなりの数の異常な事象に直面してきた。
だが、今回はあまりにも異常過ぎる。今回は常軌を逸している。
証拠が何も無いまま上司に超常的事象を報告したが、やはり持明院の反応は、やや冷ややかだった。
「 危険だな・・・独断専行するな! 明日午前中に連絡する。それまで勝手な行動は控えろ 」という持明院の声が耳に残る。
広瀬は自分の直感を信じていたが、それだけでは持明院を完全に納得させるには不十分だった。
持明院も、頭ごなしに広瀬の報告を信じていないわけではない。それは広瀬も理解していた。
これだけ特殊な組織に所属している者同士、素面状態で異星人やUFO、はたまた妖怪のたぐいの話をしたとしても、鼻で笑う者は――組織の中には一人もいないだろう。
日本の安全、ひいては国際的な安全を守るために、何としても真実を究明しなければならない。
少なくとも――あの異星人たちの目的を知らねばならない。
今、確実に判明していることは、食料品などを大量に運んでいるという事実のみ。
あのブラックホールがどこに繋がっているのか・・・そこら辺の商店で、普通に販売している食料品などを、どのような目的があって――どこへ運び何に使っているのか・・・謎が深まるばかりだ。
焦りと疑念が交錯していた。
広瀬は椅子に深く座り直し、手元のノートパソコンを見つめた。
またしても同じ疑問が過る。
――まさか、証拠そのものが撮れていなかったとは・・・ナゼだ? そして目的がわからない。
いつまで経っても堂々巡りだ。混乱していると言われても否定できない状態だった。
「 どうすればいいんだ・・・いや、今は外堀を埋めるんだ 」広瀬は自問自答した。
だがこの焦りは、使命感に燃えている証拠だった――
広瀬は再びデータを見直し、新たな手がかりを探す決意を固めたのだった。
――まずは、あの宗教団体の洗い直しだ。
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