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第19話 スピードスター

 痛みは絶対御免だ!


 誰もが言うだろう、怪我など治癒魔法で癒せばいいと。

 だが、一瞬たりとも激痛に悶えるなど冗談ではない! それだけは絶対に避けたいのだ。


 ならばどうするか? 答えはシンプルだ。


 どんなに凄まじい攻撃も当たらなければ意味がない。そう、全てを回避すればいいだけの話!

 その上、私の身を護る二重の魔法障壁が、並大抵の衝撃ならば無効化してくれるはずだ。


 しかし、ただ脱兎のごとく逃げ回るだけでは、私の実力を見たいと宣うこの王子を満足させることはできないだろう。だからこそ、こちらも応戦する必要がある。


 問題はここからだ。

 相手に怪我を負わせずに攻撃魔法を放つなど、果たして可能なのか?

 いや待て、攻撃魔法の真髄は、何もダメージを与えることだけではないはず。


 そもそも、あの忌まわしきセルケトを打ち倒した時の攻撃魔法が、果たして桁外れの火力を誇るものだったのか? 私には到底そうは思えない。恐らく、どの攻撃魔法もあの程度の威力なのだろう。だとすれば、本来手加減などできるはずもないのだ。


 ゆえに結論は一つ。直接的なダメージを与える類の攻撃魔法は、絶対に、絶対に禁止だ!


「 では、開始の合図はラグリットに任せる! 賢者殿! 魔法障壁を張りなさい! 」


 王子の声が響く。

 その言葉に促され、私は静かに応じる。


「 はい。ではお言葉に甘えて―― 」


 そして意識を集中し、魔法名を口にする。


女神の盾アイギスシールド!! 」


 常日頃から二重の障壁を張っている私にとって、重ねがけは不要だった。だが、王子の前では手を抜くわけにはいかない。念のため、さらなる防御を纏う。


「 なっ!? 無詠唱だと・・・ 」


 周囲のギャラリーから、どよめきが起こる。王子もまた驚きに目を見開いている。無反応なのは、大隊長さんとマリアさんだけ。彼らは私の力を知っている。


 無詠唱。それは長々とした呪文を唱えることなく、魔法名を叫ぶだけでその効果を発動させる術。魔法講義では触れられなかったその高位の技術に、彼らが驚くのも無理はない。


「 では俺も―― 」


 オリヴァー王子は何かをブツブツと、くぐもった声で唱え始める。その姿は、まるで秘密の儀式を行うかのようだ。呟きが終わり、微かな光が王子を包み込む。光は明滅しながら徐々に薄れ、やがて彼の身体に吸い込まれるように消えていった。


 王子は大隊長さんを鋭く睨みつけ、顎で合図を促す。その眼差しには、勝利への確固たる意志が宿っている。


「 では! これより模擬魔法戦を執り行う! 両者中央へ! 」


 大隊長さんの声が必要以上の大音量で広場に響き渡る。私は二歩進み、広場の中央で王子と対峙する。

 互いの視線が交錯し、火花を散らす。


「 始めえ!! 」


 その合図と共に、模擬戦の幕が切って落とされた。

          

          ▽


 大隊長さんの叫びが響き渡ると同時に、オリヴァー王子は素早く後方へ跳び、私との間に距離を置いた。その表情には不敵な笑みが浮かんでいる。


「 まずは小手調べといこうか―― 」


 小手調べ、と彼は言った。私を見くびっているのか? いや、それは考えにくい。彼の言葉は文字通り、私の実力、そして対応能力を見極めようとしているのだろう。


 王子は再び、何を唱えているのか判然としない声でブツブツと呟き始めた。魔法の詠唱だろう。だが、彼が詠唱を終えるのを、馬鹿正直に待つつもりなど毛頭ない。


時空操作タイムコントロール! 」


 私の口から、今回の作戦の要となる魔法の名が放たれる。

 私を中心に、ドーム型の円形フィールドが展開される。

 訓練場全体をすっぽりと覆い尽くすほどの巨大なドームだ。ギャラリーも含め、この場にいる全員が、漏れなくその効果範囲内に包み込まれた。


 その刹那、オリヴァー王子の両掌から、紅蓮の火球が三発、連続で私を目掛けて放たれた。


 しかし次の瞬間、その猛烈な勢いは急激に減速する。

 まるで高速度カメラで捉えた映像を、超スロー再生しているかのようだ。王子が火球を放った直後、まるで呼吸を合わせるかのように、【時空操作タイムコントロール】の効果が発動したのだ。


 ここから約10秒間――

 世界は、私以外にとってスローダウンする。


          ▽


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 野次馬も含め、その場にいた全員が信じられない光景を目の当たりにした。


 背に巨大なハンマーを担いだ中年重戦士が、驚愕に目を見開き叫んだ。


「 なっ! なんだ!? なんという速さだ! 何をしたんだあの嬢ちゃんは!? 」


 貴族魔道士が放った三発の紅蓮の火球。その標的だったはずの平民服の女性魔道士は、まるで幻影のように、この世のものとは思えない速度で移動し、火球を完璧に回避した。

 そのあまりの速さに、貴族魔道士が狙いを誤ったかのようにさえ見えたほどだ。


 かろうじて目で追える者もいたが、その動きを完璧に捕捉ほそくできる者などどこにもいない。

 さらに重戦士の目には、若い女性魔道士が貴族魔道士の前後左右四か所に、それぞれ一瞬だけ立ち止まったかのように映った。


 そして次の瞬間――


 地面の四か所から、土魔法で創り出されたと思われる巨大な遮壁が、轟音と共に一斉に芽吹き、天高く伸び上がった。それは、まさに瞬きする間もない出来事。


 貴族魔道士は、四枚の壁が創り出した閉鎖空間に、なす術なく完全に閉じ込められたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時空操作タイムコントロールの効果時間が切れる。


 私が展開した円形ドームの中では、あらゆる生物、物質、さらには思念や魔法エネルギーまでもが鈍化する。

 この不可視のドームの中心にいる私だけが、何の影響も受けずに通常通り動けるのだ。周囲の人々は、自分が鈍化していることすら気づいていないだろう。彼らの目には、私が突如として超スピードで移動し、迫りくる火球を紙一重でかわしたように見えたはずだ。


 物理的な速度だけでなく、意識までをも鈍化させるこの魔法。わずか10秒とはいえ、1対1の状況であれば、私は無敵と言えるかもしれない。

 もっとも、他の基本的な属性魔法とは異なり、再詠唱可能待機時間リキャストタイムが長いため連発はできないが。


 土魔法で作り上げた正四角柱の遮壁の上部から、オリヴァー王子の叫び声が反響して聞こえてきた。


「 おいー! もう十分だ! 降参だ――、よもやこれほどとはな。賢者殿の実力はよく理解した。もうこの牢を解いてくれ! 」


 意外だった。オリヴァー王子は、あっさりと、そして即座に敗北を認めたのだ。悪あがきせず、迅速に判断するあたりは、さすがに賢明と言うほかない。もし彼がまだ続けるようなら、吹き抜けになっている四角柱の上部から水魔法を流し込み、水攻めにするつもりでいたのだが。


 私は四枚の壁を消去するイメージを強く念じ、障壁は音もなく消え去った。


          ▽


「 素晴らしい。素晴らしい力だ! 想定の遥か上を行っておるわ。宮廷魔道士どもが束になっても敵うまい! 賢者殿、感服したぞ! 」


 オリヴァー王子は興奮冷めやらぬ様子で、高揚した声で私を称賛した。その顔には、心からの喜びと満足が浮かんでいる。


「 喜んで頂けたようで何よりです・・・ 」


 周囲の観衆は誰もが唖然自失としていた。彼らの顔には、今起こったことが理解できないという困惑が色濃く浮かび、広場には静寂が広がっている。


「 だが――、勝負自体は引き分けだな! 」


 王子の次の言葉に、私は思わず首を傾げた。


「 え? はい? 引き分け? なんで? え? なんでですか? 」


 私の疑問に、王子は涼しい顔で答える。


「 賢者殿は、俺の身を案じ保険を掛けただろう? 四枚の壁で俺を閉じ込める寸前に――俺に対し魔法障壁を上書きしただろう? 」


 バレていた! 意識すら鈍化させていたはずなのに。まさかあの至近距離での魔法が、これほど鮮明に看破されていたとは。それにしても、「 保険 」という概念があることに驚きを隠せない。いやもしかしたら、私の行動が一番適切に翻訳されただけかもしれないが。


「 ・・・バレてましたか。でも何でです? なんで引き分けなんですか? 」


 私は食い下がって尋ねた。


「 言っただろう? 魔法障壁は事前に一度張るだけと! 試合中の張り直しはルール違反だと。自身にではなく俺に対してだがな。だが、違反は違反だろう? 」


 ――ぐ、ぬぅぅ・・・確かに! 王子の言葉は正論だった。私は思わず天を仰ぎ、己の迂闊さにため息を漏らした。確かに、完全にルール違反だ。


          ▽


「 すげーな嬢ちゃん! なんだあの移動速度は? どうやったんだ? 魔法で身体強化した結果なのか? 」


 判官贔屓(ほうがんびいき)をしてくれていた先ほどの中年戦士が、興奮冷めやらぬまま、鬼気迫る勢いで矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。その眼には、ただの好奇心だけでなく、異様なものを見たかのような畏敬の念が宿っていた。


「 ええ、まぁそうですね。強化魔法の一種ですかね・・・ 」


 そう見えただけで、実際はあなたたちの知覚が鈍化していただけだ――と正直に伝えても、この興奮をさらに煽るだけだろう。そう判断した私は真実を胸に秘め、曖昧な返答で誤解をそのままにしておくことにした。


 すると、それまでまるで化け物でも見るかのように遠巻きに陣取っていた他の観衆も、一人が口火を切ったことで、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れたかのように、堰を切った激流のようにワラワラと集まってくる。

 彼らの瞳には、驚きと畏怖、そして抑えきれない探求心がギラギラと輝いていた。

 広場は一瞬にして熱狂の渦に包まれ、私を取り囲む人々のざわめきと興奮した声が、波のように押し寄せたのだった。

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