第189話 異常発生
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大海に面した岸壁に建つ古城は、長い年月を経て風雨に耐えてきた。
しかし今、その静寂を破るかのように土属性の極大魔法が発動された。
ガロの叫び声と共に大地が唸りを上げた。
大地が液状化し、城の基盤が崩れ始めた――
岸壁に建つ古城の三分の一が、まるで砂の城のように崩れ落ちていく。
石の壁が音を立てて崩壊し、巨大な岩が海へと転がり落ちる。
波が激しく打ち寄せ、崩れた石材が海水に次々と飲み込まれていく。
古城の内部では石床が波打つように動き、石柱が次々と倒れ込む。
ガロはその混乱の中で必死に立ち続けようとするが――足元の石床がまるで泥沼のように唸り、次々と沈み込む。
冷たい汗が背中を伝い、心臓が激しく鼓動していた。
「 貴様! 最初から道連れにするつもりだったか! 」
ケーニッヒが叫ぶが、その声も揺れにかき消される。
広間の柱が軋み――さらに倒壊し、天井が崩れ落ちる音が響く。
ケーニッヒは恐怖に顔を歪め必死に逃げ道を探すが、液状化した大地の影響で、古城内部は大地震を受けた様相を呈している。立っているのもやっとだった。
ケーニッヒとガロが這いつくばるちょうど中間あたりの床に、一際大きな亀裂が入った。
それはまるで意思を持った城が、両者を意図的に引き裂いたかのようだった。
さすがのケーニッヒも、完全に冷静な思考ができなくなっていた。
「 うおおぉ!貴様ぁ! 」
両者を隔てた亀裂がさらに肥大し、ケーニッヒ側の足場が海側に崩れ落ちていく――
「 氷鎧の守護! 」
ケーニッヒは咄嗟に詠唱し、自身の魔法障壁の上位互換ともいえる防御魔法を唱え、その身を氷塊で包んだ。
突出した防御力を誇り、異常ともいえる属性に対する抵抗値を得る魔法だ。
だがこの魔法はデメリットが大きい。氷塊で包んでいる間、単純にこちらからの攻撃などのアクションが全く何もできなくなるからだ。
次の瞬間――、ケーニッヒは瓦礫と共に海へと投げ出された。
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冷たい海水が、氷塊と化したケーニッヒを包み込んだ。
波が激しく打ち寄せる中プカプカと浮かんでいた。氷は水よりも密度が低いため、浮力が働いて海面に容易に浮かぶ。氷の分子構造が水の分子構造よりも広がっているためだ。
だが、まだ氷塊を解除することはできない。
瓦礫が上空からドボンドボンと降り注ぐ終末のような光景――
基礎となる魔法障壁が一部消失している今の状態での解除は、無数の瓦礫による猛攻撃が脅威すぎて無謀だと思えたからだ。
上を見上げると崩壊中の古城の姿が映り、その中でガロが瓦礫に呑まれて見えなくなるのを目撃した。
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ガロは瓦礫の中で必死に身を守ろうとするが、次々と崩れ落ちる石材に押しつぶされ、視界が暗闇に包まれた。
彼の最後の思念は、古城崩壊をもたらした自身の魔法の威力に対する驚きと、ケーニッヒへの憎しみ、そして妹の未来を案ずる兄としての愛情と憂いだった。
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古城全体は混乱と恐怖の余韻に包まれていた。
大地の揺れは収まり静寂が戻ったが、古城はまるで悪夢のように半壊して変貌した。ガロの魔法が引き起こしたこの大破壊は、この辺り一帯を混沌の渦に巻き込んでいたのだった。
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~ラフィール村~
フロト村は、ルグリードさんやアンディスさん、そしてレオンさんたち野郎どもに任せ――
私とリディアさんとミラさん、クズ共に性奴隷として弄ばれていたところをバルモアさんに救われたアイリーンさんの4人で、ラフィール村へと入っていた。
光輪会の全面協力のもと、昨夜真夜中に【ナマズポイント】とこの村をすでに二往復しており、大量の物資を村の中に運び込んでいた。
バルモアさんの報告では、ラフィール村は平和そのもので、特に何も変わった事は起きていないそうだ。ちなみにあれから高熱を発する人も皆無で、村人は全員元気そのものだった。
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「 しかし凄い量ですね―― 」
ミラさんがそう呟き目を丸くしていた。
「 今回はいろんな缶詰を大量に持ってきたし、低糖質高タンパクな大豆バーだけでも段ボール10箱分もあるし、レトルトも腐るほどあるし。一時的な食糧支援としては十分過ぎだろコレ―― 」
「 ってか前回の分もまだ全部は消費されてないみたいだし 」
「 十分過ぎますね・・・ライベルク王都ですぐにでも店を出せるほどの豊富な品揃えかと―― 」
もはやリディアさんは開いた口が塞がらないといった様子を隠す気は無いようだった。ちなみに、バルモアさんに預けていた日本刀はリディアさんの手元に戻っている。
「 ハルノ様・・・ナゼここまでの支援を我らにしてくださるのでしょうか・・・? 」
村長のトバルトさんが、心底申し訳なさそうにそう聞いてきた。
「 え? 何でって・・・何ででしょうね? もはや支援が私の趣味みたいになってきてるしなぁ。「 ミラさんを支援してる村だから 」「 成り行きで 」「 重税に苦しむ人たちを見て見ぬふりできないから 」まぁ、理由を無理に付けようとすれば色々あるんだろうけど。実は明確な理由はないのかもなぁ~ 」
「 特異な力を持ってるからって別に傲慢になっているつもりはないし――いや、傲慢にならないように気を付けているって方が正しいかなぁ。ただ、この力を正しい方向に使いたいとは思っているかなぁ。その結果苦しんでいる人たちが笑顔になれば、それが報酬かな~って思ってるかもねぇ 」
「 う~ん、やっぱ自分でもよくわからないかなぁ 」
トバルトさんは私の言葉に深く感銘を受けた様子で、少し涙ぐみながら答えた。
「 我々の村を支えてくださることに心から感謝いたします。その力と優しさが、我々にとってどれほど大きな希望となっているか・・・言葉では言い尽くせません。私たちはハルノ様の支援を無駄にしないよう、これからも努力を続けてまいります。そしていつかハルノ様に恩返しができる日が来ることを願っております 」
トバルトさんは深くお辞儀をし、周囲の村人たちも感謝の気持ちを込めて深く頭を下げていた。
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『 使徒様、使徒様。こちらバルモア。異常発生ですな。ヒヒッ! どうぞ―― 」
不意に、腰に装着したトランシーバーから――物見塔で見張りをしてくれているバルモアさんの声が漏れる。
「 こちら春乃。異常? それは危険な感じなの? どうぞ―― 」
『 現時点ではまだ判断できかねます。精霊に騎乗した者がこの村に近づいて来ております。どうぞ―― 』
「 精霊? 魔法で召喚された精霊って意味? それは一体のみ? どうぞ―― 」
『 左様です。一体のみの精霊召喚でございますな。騎乗しているというよりも、必死にしがみ付いているような――どうやら傷を負っている様子でございますな。どうぞ―― 』
「 了解。すぐに向かうわ。通信は終わり―― 」
『 ヒヒッ! お急ぎを―― 』
私たち3人は、駆け足で村の入口へと向かった。
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物見塔の上で、双眼鏡を構えて観察を続けるバルモアさんに下から声をかけた。
「 一直線にこの村に向かって来てるの? 」
「 はい。まだ遠いですが、確実にこちらへと向かって来ておりますな。あの精霊・・・洞窟で出会った【時の守人】かと思われますが―― 」
「 ああ、あの子供みたいな人たちか・・・傷を負ってるって? なんで? 」
私はそう呟きながら、自前の単眼鏡を覗き込んだ。
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「 うおっ! なんか血がボタボタ落ちてないかアレ! ってか一人だけ? 洞窟の中には二人いたよね? 」
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ガロの視界はぼんやりと霞み、意識は遠のいていく――
時の守人の最後の生き残りであるガロは、召喚した獣型の精霊に身を預け、ラフィール村を目指していた。
精霊の背中にしがみつきながら、ガロは自分の魔力が尽きかけているのを感じた。
精霊の身体を構成する魔力が、走るたびにボロボロと剥がれ落ちていく――
精霊の足音が地面を叩くたびに、その身体は少しずつ崩れていった。
ガロの視界には、精霊の身体から剥がれ落ちる魔力の粒子がちらついて見えた。まるで星屑のように景色に溶け込んでいく。意識はますます朦朧とし、目の前が揺らめく。
「 もう少しだ・・・ 」ガロは心の中で呟いた。
村まであとわずか・・・だが精霊の力も限界に近づいていた。ガロは最後の力を振り絞り精霊にしがみついた。
精霊の身体はまるで砂のように崩れ落ちていくが、それでも彼を運び続けた。
ガロの意識が完全に途切れる寸前、村の入口が遠くに見えた。
希望が彼の心にわずかな安堵をもたらした。
精霊の身体が完全に消え去る前に――、なんとか村の入口にたどり着きそうだ。
だがそこから暫く進むと、片足が千切れたガロの身体は地面に崩れ落ち、意識は闇に包まれたのだった。
意識が暗闇の深淵へと沈み、今にも消滅しそうなその瞬間に願うことは――
妹オズマの無事。やはりただそれだけだった。
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