第187話 崖の上の古城
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港町ベルカのそば、昼間の太陽光が燦々と降り注ぐ中で、海風に晒され崖の上にひっそりと佇む古城。
かつての栄光は失われ、今では苔とツタに覆われ、その石壁は風化し、所々崩れ落ちている。
城の高い塔は、明るい空の下に向かってそびえるが、窓は全て砕け落ち暗黒の空洞となっていた。かつての門は錆びつき、巨大な木製の扉は斜めに傾き、その先には、昼間でも不気味な暗闇が広がっていた。
重厚な雰囲気が漂い、足を踏み入れる者たちを威圧するかのようだった。
そんな古城に――、今まさに一団が足を踏み入れようとしていた。
ケーニッヒ・オルファが率いる傭兵団の精鋭部隊だ。
ケーニッヒ・オルファ――幼少期から過酷な環境で育ってきたらしい。家族を失った後、孤独な生活を送りながらも強靭な精神力を培ってきたようだ。ナゼここまで魔道士として完成されているのかは、本人が話したがらないため謎のままだった。
剣の腕もあり、戦闘においては無類の強さを発揮する。
異名の由来は――とある戦闘で、氷属性魔法を駆使して敵をあっという間に殲滅した事から「 氷の魔人 」と呼ばれるようになった。その冷酷な戦いぶりと冷徹な性格が、彼の異名をさらに強固なものとしているのは言うまでもない。
現在はアストレンティア王国の傭兵長として、王国の戦略の一端を担い、数々の戦闘で勝利を収めている。
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ケーニッヒは陽光が差し込む古城の門をくぐり抜けた。
崩れかけた石壁と苔むした床が目に付く。彼の鋭い目は暗闇に潜む危険を見逃さないようにと、周囲を警戒しながら進んでいく――
古城の内部は外観以上に荒れ果てていた。
天井からは大型蜘蛛の巣が垂れ下がり、床には瓦礫が散乱している。ケーニッヒは足音を立てないように慎重に歩を進めた。彼の背後には、忠実な部下たちが静かに従っている。
「 ここにいるはずだ。油断するなよ。奴らは魔法戦が得意と聞く 」ケーニッヒは低く呟いた。部下たちは静かに頷く。
彼の目的は古城に潜む【時の守人】の生き残りを生け捕りにすることだった。情報では二体、目撃されている。
塔の秘密を知る唯一の存在とされる時の守人。
ケーニッヒにとっては塔の秘密なんぞどうでも良かった。
ただ金を稼ぐついでに、存分に戦える環境を常に求めているだけだ。
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廊下を進むと、古びた扉が目に入った。ケーニッヒは手を伸ばし、慎重に扉を開けた。
中には、薄暗い光が差し込む広間が広がっていた。彼は一瞬立ち止まり耳を澄ませた。
気配がまるで無い。
「 隠れているのか、すでに去ったか・・・ 」
ケーニッヒは詠唱を開始し、魔法を唱えた。
「 索敵範囲拡張! 」
索敵していることが対象にバレる可能性が高いが、いまさらだと考え、ケーニッヒは魔力を周囲に広げて対象相手の魔力を探った。
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「 そこか・・・魔力の隠蔽は不得手と見える 」
ケーニッヒは静かに呟き
「 いたぞ、ついてこい 」と部下たちに告げた。
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古城の内部、陽光が差し込む部屋。
暖炉の石壁はひび割れ、苔が生え、かつての暖かさを失って久しい。
その崩れかけた暖炉の奥のさらに奥に、【時の守人】ガロとオズマが身を潜めていた。
彼らの顔には恐怖の色が浮かび、体はガタガタと震えていた。
兄は妹を抱きしめ、静かに囁いた。「 大丈夫だオズマ。ここにいれば見つからないはず 」
しかし次の瞬間、他者の魔力の波動が、自身に覆いかぶさる感覚を覚えた。
「 まずい・・・索敵魔法を会得しているのか? 」
ガロは血の気が引き、呼吸が荒くなった。
心臓は激しく鼓動し、遠くから物音が近づくたびに、その鼓動はますます激しくなっていった。
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古城の中の静寂が、彼らの恐怖を一層際立たせる。
外の世界から隔絶されたこの場所で、彼らはただ平穏を願っていただけなのだが、他種族から常に狙われ続ける宿命からは逃れられないのかもしれない。
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足音の近さから、部屋の中に侵入してきたことを確信するガロ。
心臓が一瞬止まるような感覚に襲われ、冷や汗が背中を伝った。
隠れ場所から出て逃げるべきか、それともこのままやり過ごせると信じ、じっとしているべきか、ガロの心は激しく揺れ動いた。
――オズマ・・・
ガロは妹の手を握りしめた。彼女の目にも恐怖が浮かび、その小さな体は震えている。
逃げるリスクは高い。外に出れば、確実に侵入者の目に留まる可能性がある。しかも相手は複数だろう。
しかしこのまま隠れていても、索敵魔法の効果で、見つかるのは時間の問題かもしれない。
――どうする? どうすればいい・・・
ガロの心は葛藤でいっぱいだった。妹を守りたい一心で、彼は冷静に状況を分析しようと努めた。
逃げるべきか、隠れるべきか、どちらの選択も危険が伴う。
――ここにいても見つかるかもしれない。でも、外に出ればもっと危険だ。侵入してきた者たちだけとは限らない。すでにこの城自体が包囲されている可能性も高い・・・戦うしかないのか?
ガロは自問自答を繰り返した。彼の頭の中で、様々なシナリオが駆け巡った。
最善の選択を見つけるために、彼は全力で考え続けた。しかしもう時間は無い。
ガロは妹を抱きしめ、彼女の震えを少しでも和らげようとした。
彼の心にあるのは、妹を守るために何としても生き延びるという強い決意のみだった。
「 出てこい! 隠れていても無駄だ。この部屋に居るのは分かっている。無駄な魔力を使わせるな 」
静寂を破り、男の怒号が飛んだ。
ビクッと少し跳ねたオズマの身体を抱き寄せ、消え入るような声で耳打ちする。「 オズマ、僕が標的になる。精霊に運ばせる。射程距離外になり停止したら、全力で走るんだ。走ってラフィール村まで逃げるんだ 」
それを聞いたオズマは、ふるふると首を横に振ったが、すかさずガロが耳打ちする。「 大丈夫。僕もすぐに追いつく。今は僕を信じて逃げるんだ 」
ガロはオズマをギュっと抱きしめたまま、詠唱を開始した。
魔力が収束され、ガロの周辺に渦巻いた。
「 その奥か? 」
さらに男が叫ぶ。
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ガロはガタガタと震えながら――、オズマを引きずり暖炉の外に出た。
室内には6人もの武装した男たちが佇んでいた。
そしてガロとオズマを視界に捉えると、一斉に臨戦態勢に移行した。
「 守護獣召喚! 」
間髪入れず、ガロが魔法名を叫んだ。
瞬時に複雑な魔法陣が石床に形成され、青白い光が溢れ始める。
魔法陣の中から、光り輝く神秘的な獣型の精霊がゆっくりと浮かび上がってきた。
ガロが召喚した精霊は透明だった。
差し込む陽光がその身体を貫き、精霊の輪郭を淡く照らし出している。精霊の姿は、まるで陽光が形を持ったかのように見え、その透明な身体が周囲と溶け合っていた。光が精霊の中を通り抜けるたびに、微かな虹色の輝きが現れ、まるで幻影のように揺らめいている。
「 オ、オズマを連れて、出来るだけ、と、遠くに逃げるんだ! 」ガロは精霊に指示を出した。
精霊は即座に動き出し、陽光を受けて輝きながら、ガロの命令に従いオズマの首筋をその獣の口で咥える。
「 なんだ? 子供か? あの漁師の野郎、いい加減な奴だぜ 」
侵入者たちの中央に立つ頑強な男は、冷たい視線でガロを見下ろし、口元に薄い笑みを浮かべた。
男は「子供か?」と言いながらも、一瞬の油断も見せる様子はなく、鋭い視線をそのまま固定していた。
「 まぁ子供であろうと関係ないがな 」
男は一歩前に進み、手を伸ばして背負っている剣の柄に触れた。
「 五体満足で連れてこいという注文は受けてないんでな。俺の心を躍らせる悲鳴を出してみろ 」
男は剣を抜き、冷たい笑みを浮かべた。
「 金と――、命を懸ける瞬間こそが俺の生きる理由だ 」
「 さあ、戦ろうぜ! 俺を失望させるなよ? 」
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次話は魔法戦です。
投稿した後に、ちょこちょこと、より良くする為に修正することがありますです。
すみませんです。




