第186話 氷の魔人
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時の守人一族の生き残りであるガロ(兄)とオズマ(妹)
彼らがナゼ危険なこのエリアに留まり続けるのか? その理由は一般種族には理解不能なモノだろう。
ガロとオズマの一族は、久遠の塔と魂レベルでの深い絆を持っている。
塔は単なる建造物ではなく、連綿と続く一族の歴史そのものだ。先祖たちの魂が宿る場所。
塔を守ることは先祖たちの魂を守ることであり、これを放棄することは一族全体の存在意義を否定することになる。
そして久遠の塔は、一族に特別な精神力を与えると伝わっている。この力は一族の誇りと結びついており、塔を離れることでその力は失われると言われ、一族の誇りも同時に失われると信じられている。
ガロとオズマにとって、誇りを失うことは生きる意味を失うことと同義。
また一族の誇りを守ることは、精神的な試練でもあると考えられている。
ガロとオズマは、この試練を乗り越えることで自分たちの精神を鍛え、一族の誇りをさらに高めることができると信じている。他種族や普通の人間には、このような彼らの精神的試練の重要性を理解することは難しい。そう、理解しがたいほどに彼らは特殊で、その信念は強固なのだ。
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久遠の塔の最上階に封印されている魔法が、不老効果を得る魔法だと、アルバレス王やサリエリ伯爵は信じている。
だがガロとオズマは知っている。最上階に眠るのは、不老を得る魔法ではないことを――
久遠の塔を建設した一族の祖先――古代文明の守護者たちが、偽の情報、つまり不老魔法の存在を意図的に書物に記したとされているが真実は定かではない。今となっては実際に何が起因して誤った情報が記述されたのか、または記述したのかは謎のままだ。
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港町ベルカの近くには、かつて栄華を誇った古城がある。
今ではその城も時の流れに逆らえず、崩れかけた壁や苔むした石が目立つ。しかしその荒廃した姿の中にも、かつての威厳と美しさが垣間見えた。
ガロとオズマは、この古城の一角に身を潜めていた。
城の一部はまだしっかりとした構造を保っており、彼らはその中でも比較的安全な場所を選んで住んでいた。
城の中庭にはかつての庭園の名残があり、野生の花々が咲き乱れている。風に揺れる花々の香りが、わずかに残る城の栄光を思い起こさせた。
ガロは城の一角に設けた簡素な鍛冶場で剣を研いでいたが、その手は震えていた。彼は臆病な性格で、常に周囲を警戒しながら作業をしている。
彼の隣には妹オズマが静かに座り、新品のように綺麗な――どでかいぬいぐるみをしっかりと抱きしめていた。オズマは完全なる無口でほとんど言葉を発することはないが、その目は兄を見守るように優しく輝いていた。
「 オズマ、寒くないか? 」ガロは震える声で妹に話しかけた。
オズマは何も言わずただ静かに頷いた。彼女の抱くぬいぐるみは彼女にとっては心の支えであり、その存在が彼女の心を安定させていた。
城の外では海風が強く吹き荒れていた。波の音が遠くから聞こえ、時折、岸壁にぶつかる音が響く。ガロとオズマはこの場所で静かに暮らしながらも、常に警戒を怠らなかった。彼らの存在を知る者は少ないが、その少数の者たちが彼らを狙っていることもまた事実だった――
夜になると城の中は一層静まり返る。月明かりが崩れかけた窓から差し込み、石の床に淡い光を投げかける。ガロとオズマは夜の静寂の中で互いに寄り添いながら、明日への希望を胸に秘めていた。
オズマのささやかなる願いを、自作のデュール様の像が神秘的な御力で叶えてくださった。
まだまだ希望をもって生き抜け、と激励してくださっている気がしていた――
そしてあの「 デュール様の使徒 」と自称していた女性。彼女たちが去った直後に起こった奇跡。
ガロは彼女の言葉は真実なのではないかと思い始めていた。
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~フロト村~
夜の静寂を破るエンジン音が響く中、私は車のハンドルを握りしめていた。
闇を切り裂くように、ハイビームの光帯が村へと続いている。
ホイッスルの鋭い音が、下げた窓から容赦なく入り込んできた。
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村の防護柵が見えてくると、心の中に安堵と緊張が入り混じった。遠くから見えるレジスタンスの野郎どもの姿が、私を迎え入れる準備をしているのがわかった。
助手席にはリディアさんが姿勢正しく座り、車の後部には支援物資がぎっしりと詰まっている。これで村の人々の生活が少しでも楽になればと願っている。
車を停め深呼吸をしてからドアを開ける。夜の冷たい空気が肌に触れ、私は一瞬身震いした。
レジスタンスの戦士たちが――「 お帰りなさい! ハルノ様! 」と、歓喜で湧いていた。
「 皆、待たせてしまってごめんなさいね 」
私は自然と敬意を込め頭を下げていた。彼らは村を守るため、村人を守るため、己の命を使うと誓った者たちなのだ。
村人たちも遅れて次々と集まり、歓声を上げて車の周りに集まってくる。
彼らの顔には疲れが見えるが、その目には希望の光が宿っていた。
その中から――ミラさんが満面の笑みで姿を現した。
「 おかえりなさい、ハルさん! 」
「 ただいま! 何か変わったことはありました? 」
「 キャラバンが一度訪れました。ハルさんが与えてくださった便利な道具は隠して対応しましたし、あたしの部下はできるだけ表に出さないようにしましたので、妙な勘繰りはされてないと思います 」
「 そう、良かったわ。今回は大量の物資を持ってきたからみんなで平等に分けましょう。明日もう一往復するからね 」
「 はい! 」
「 明後日にはミラさんもラフィール村に行こう。車で進めるとこまで進んで、岩場は車ごと空に運んでもらえばいいし―― 」
「 了解です! 」
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真夜中だというのに続々と村人たちも集まり、バケツリレーのようにどんどんと物資を降ろしていく。
その間も、村人たちからは終わることのない感謝の言葉が続いていた。
その言葉は私の心に響き、私もまた彼らから力をもらっていることを感じる。
私はこの瞬間、今ここにいることの意味を改めて実感した。これからも村の人々のために全力を尽くそうと心に誓ったのだった。
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~港街ベルカ~
海風が吹き付ける中、港町ベルカの石畳を歩き、漁師たちの漁船が係留されている浜辺を目指す一団がいた。
先頭に立つのは、氷の魔人と畏れられるアストレンティア王国傭兵団の長、ケーニッヒ・オルファ。
その鋭い瞳はまるで氷のように冷たく、周囲の空気を凍らせるかのようだった。彼の後ろには忠実な部下たちが静かに従っていた。
「 情報源の漁師を捜してこい 」ケーニッヒは低く呟いた。
即座に部下たちが散開する。
情報によれば、時の守人一族の生き残りを目撃したという漁師が――この町に住んでいるという。
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雇い主であるアルバレス王が是が非でも入手したいと願う魔法――
それが封印されている古代文明の塔。
その塔の攻略に有益であろうと予想される時の守人の存在。時の守人たちは、古来より塔を守護してきたと伝えられている。
港街の喧騒が遠くに聞こえる中、ケーニッヒは立ち止まり周囲を見渡した。
彼の目に映るのは、古びた街並みと忙しそうに行き交う人々。
「 隊長! こちらです 」
足早に戻ってきた部下の一人が告げる。
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港の一角にある小さな小屋に辿り着くと、ケーニッヒは扉を叩いた。
しばらくして――年老いた漁師が顔を出した。
彼の顔には深い皺が刻まれ、長年の海での生活がそのまま現れていた。
「 お前が時の守人一族の情報を持っているという漁師か? 速やかに時の守人の居所を言え 」ケーニッヒの声は冷たく威圧的だった。
漁師は一瞬驚いた様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻し静かに頷いた。
「 伯爵の配下ではないのか? 別口か? 情報はタダではないぞ 」
ケーニッヒは一瞬考えた後、懐から小さな袋を取り出し漁師に差し出した。「 これでどうだ? 」
漁師は袋を受け取り――中を確認する。
「 馬鹿にしてんのか? これじゃ足りないな 」漁師は狡猾な笑みを見せる。
即答するかの如く、ケーニッヒは極短縮で詠唱し魔法を唱えた。
「 氷結の足枷!! 」
突然、漁師の足元に冷気が充満し――あっという間に両足が凍り付いた。
「 これで足りるか? 」
「 次は命を凍らせるぞ 」ケーニッヒは静かに威圧する。
漁師は拘束された足首を驚愕の表情で見つめながら、糸が切れたようにヘナヘナと尻もちを突いていた。
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港町ベルカで、今や新たな運命の幕開けを迎えようとしていた。
氷の魔人ケーニッヒと時の守人一族の生き残り。
その邂逅が何をもたらすのか――、アルバレス王とその側近以外、誰も知る由もなかった。
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